侍の街……彼らの国がそう言われていたのは、今は昔の話……なんて導入はもはやみんな知っている事なので省く。
その江戸にある一軒の「何でも屋」。その名を「万事屋銀ちゃん」。色々あってテロリストと間違われたり、海賊船に潜り込んだり、宇宙船でテロに巻き込まれたり、暴走族に入った親友を助けに行ったり、人斬りの為に仁義を通したり、記憶喪失になってテロリストをシバいたり、えいりあんから地球を守ったり……などなどと単行本の思い出をここで辿るには少し時間がかかりすぎるのでこの辺でやめておくが、とにかくそれだけたくさんの事件を解決してきた三人と一匹。
だが、実績と評判は残念ながらリンクせず、どんなに頑張っても仕事が大量に来るわけではなかった。
今日も今日とて依頼はカケラも来ない。それが分かっていて、その店主である坂田銀時はさっきまで競馬に行っていた。結果? 聞くまでもない。
「ったく……あそこでジャスタウェイが来なきゃなぁ……今頃、パフェ食い放題だったってのになぁ……」
「帰ってきて早々、競馬の愚痴とかやめてくれません? ていうか、もう18時なんすけど、いくら使ったんですか?」
そう横から口を挟むのは、志村新八。ここの従業員で、この作品の公認ツッコミ役である。
珍しくジャンプを片手に持ち、携帯を向けながら何か話している。
「んだよ、駄眼鏡。帰って来て早々、喧しいんだよ。いくら使おうが俺の勝手だろうが」
「勝手ですけど、僕らの給料日、明日なんですよ」
「そうネ。ていうか、なんで給料日の前日に競馬に行くアルか」
追撃するように言ったのは、宇宙最強戦闘民族「夜兎」の少女、神楽だ。みかんを剥いてばらす事なくまるまる一個、頬張りながらそんな毒を吐く。
その二人に、銀時は懐から今日の馬券を出した。
「いつ、俺が競馬に行こうが勝手だろうが。ところで、お前らの給料、これで良い?」
「良いわけあるかああああッッ‼︎ 要するにただのハズレ馬券じゃねえかああああッッ‼︎」
「お前、ふざけんなヨ! 私達の給料返すネ!」
「うーるせーなー。給料くらいで喧しいんだよ。大体、新八お前だってさっき俺が買ってきたジャンプ、チラ読みしてんだろうが。それでチャラだ」
「レートが全然合ってません! ていうか、あれは読んでたんじゃないです!」
そこでふと片眉を上げる。
「あ? じゃあ何してたんだよ」
「これです、これ」
いいながら見せてきたのは、ジャンプの裏表紙。そこには「ウマ娘 プリティダービー」と書かれていた。ウマ耳が生えた美少女達が全力で駆けてきている。
「……最近、親衛隊内にこのゲームにうつつを抜かして、ライブ会場でもゲームをやっている輩が多いので、僕も実態を掴んでおこうと思いまして」
「……ぱっつぁん、アイドルの次はゲームか。お妙をあんま悲しませてんじゃねえよ」
「マジキモいアル。しばらく私に話しかけないで」
「ち、チゲーから! 僕は別にこんなの興味ないですから!」
「こりゃ、給料やると課金に使われちまうかもしれねえな。うし、お前ら明日の給料は無しだ」
「ドサクサに紛れて何とんでもねえこと言ってんだああああ‼︎」
「何私まで巻き込んでるアルかああああ‼︎」
「ぐはああああああッッ‼︎」
二人のアッパーカットが銀時の顎とボディを抉り、廊下に叩き出された。
「とにかく、給料とこれは話が別です! 今から日雇いのバイトでも行って稼いできて下さい!」
「なんならもう強盗でもやってくれば良いネ! 払える額を用意するまで帰って来るなヨ!」
そのまま家から叩き出されてしまった。二階から看板を乗り越えて叩き落とされ、一階に頭から落下する。
真上からビシャン! と扉を勢いよく閉める音と、自分の腰に差さっていた木刀がずり落ちる音が、虚しく響き渡る。
「……ってェな……あいつら、なんか最近容赦無くなってきたな……」
今日はもう家に戻れないかもしれない。何処かで泊まるにもホテルで一室借りる金なんかないし、今日は路地裏のゴミ箱の中で寝るしかないか……なんて思いながら、とりあえず適当な路地に入った。
すると、ふと視界に入ったのは、ポイ捨てされているジャンプ。前髪の一部が銀髪の少女が特徴的な、裏表紙のウマ娘だ。
「……ったく、少年に夢と希望を教える雑誌の裏に、こんなもん載せやがって……」
内容は知らないが、少なくとも美少女系アプリが教えてくれる事なんて、精々が現実と二次元の女の子の差だろうに。
夢と希望を与えると同時に、それら全てを奪ってんだろ、と思いつつ、鼻をほじった時だ。ふと、そのジャンプが輝きを放つ。
「……あ?」
次の瞬間には、銀時は止むことのない光に包まれていた。
×××
目が覚めると、机の上で伏せるように眠っていた。何処に寄りかかっているのか見回すと、職員室にあるようなデスクの上だった。目の前にはパソコンが置いてある。
「……あ?」
「先生、起きられましたか?」
声を掛けられ、ふと顔を上げるとそこにいたのは緑の帽子と緑のスーツに身を包んだ女性だった。かなりのべっぴんさんだが、こんなまともそうな女の人、銀魂の世界にいただろうか? と、不思議に思ってしまう。
「これから授業ですよ。ちゃんとして下さい」
「はぁ……え、授業?」
「あーあーもう……こんなに教科書散らかして……というか、これ教科書なんですか?」
「いや、言ってる意味が全然、分からないんだけど。……え、ここどこ?」
「寝惚けていらっしゃるんですか?」
小さくため息をつきながら、その女性は真顔のまま銀時に告げた。
「ここは、日本ウマ娘トレーニングセンター学園……通称、トレセン学園です」
「長い名前だな。アナウンサー教育用呂律回し試験か……今なんて?」
「はい? ですから、トレセン学園です」
「その前」
「日本ウマ娘トレーニング……」
「ウマ娘?」
「? はい」
「……」
大量の汗が、銀時の顔に浮かぶ。間違いない、ウマ娘とか聞こえた。……嫌な予感がする。
「……いや、まだ大丈夫。ウマ娘とは聞こえたけど、ジャンプの裏表紙が『ウマ女良』だったかもしれないから。全然、セーフだから」
「あの、本当に大丈夫ですか? 保健室行かれます?」
「っ、い、いや大丈夫……ちょっと、糖分摂りすぎて膀胱がおかしいだけ」
「やはり保健室に行かれては?」
「や、とにかく大丈夫なんで。……じゃ、溜まった糖を排出しに行くんで」
「ていうか、病院に行かれては?」
無視して職員室を出て行った。
そのまま廊下を、ペタペタとサンダルを鳴らしながら、のんびりと歩く。今は授業が始まる前だから、あまり生徒はいない。
しかし、教室の扉の隙間から見える女子生徒、全員にウマ耳が見える。はっきり言って、嫌な予感しかしなかった。
「……大丈夫、まだ大丈夫。頭に耳くらい、天人だったら余裕で生えてるって。うちの下にも一人、ネコ耳生えた汚ねえ団地妻がいんだろうが。だからまだセーフだから」
自分に言い聞かせるように言いながら、銀時は汗をさらに流しながら廊下を歩く。ふと視界に入ったのは、廊下に置いてある入学パンフレットだ。
『トレセン学園で、日本一のウマ娘を目指そう!』
……やはり、どこからどう見ても「娘」である。ジャンプの裏表紙と同じ字体だし、間違えようがない。
「……いや、まだ全然。ウマ娘って名前くらい全然あるから。少し前だって艦娘とかそういうの流行ったし、今時どんな家にも一家に一台娘だから。うちにも一人、貧乏くさいアルアルチャイナ娘がいるから」
もはや苺の種みたいに汗を浮かべる銀時だが、それでもまだ大丈夫だと言い聞かせる。
そんな時だった。ふと廊下から少女が二人ほど、走って来るのが見えた。
「スペちゃん、廊下を走ってはいけませんよ……!」
「でも、もうすぐ授業始まっちゃうよー!」
「……」
……今の「スペちゃん」と呼ばれた女の子の方。ジャンプの裏表紙で華々しくタイトルロゴの真上にいた主人公っぽい女の子と、顔が同じである。
ジャンプの裏表紙に載っている女の子が、目の前を走り去っていく……もはや、認めざるを得ないだろう。
ははっ、はははっ……と、銀時から乾いた笑いが溢れる。
そして、その笑いが止んだ直後、銀時の瞳は白目を剥き、口をあんぐりと開いて叫んだ。
「く、クロスオーバーしたああああああああああああああッッッ‼︎」
その叫びは、校内中に轟くように響き渡ったという……。
×××
「では、授業の方、よろしくお願いしますね?」
そう言って先程、再度合流して自己紹介をした駿川たづなに、自分が授業を受け持つクラスの扉の前まで連れて来られた。
「……マジ?」
「マジです」
「あの、お腹の具合が……」
「ダメです」
1年A組、とかかれたプレートの下で、ため息をつく銀時を捨て置いて、たづなはさっさといなくなってしまった。
こうなったら仕方ない。覚悟を決めて、授業を始めるほか無いのだ。
覚悟を決めると、中から笑い声や話し声が響く扉の中に入った。
「ギャーギャーギャーギャー喧しいんだよ。コロナ禍で路上飲みするイキり連中ですかコノヤロー」
その声と共に入ってきた男を見て、クラスメートは全員、ざわざわとざわめきを立てる。
「えー、今日からお前らのクラスの現国を受け持つことになった、坂田銀八でーす」
こんな人、入学式にいたっけ? と、全員の中で動揺が走るが、銀時は説明しようとしない。
「じゃあ、さっそく授業を始めまーす。まずは全員、教科書開けー。ワンピースの第一巻な」
持ってねえよ、と全員が思ったが、銀時は無視。
「じゃあまず最初のページだな。ルフィが自分の頬をナイフで斬りつけるシーン。これをやった理由を30字以内で述べよ。……はい、じゃあそこのツインテール」
指をさされたのは、茶色く長い髪を二箇所に束ねた少女だった。
銀時は教壇の上に貼ってある座席表に視線を落とした。なんで全部、カタカナばかりなのか……と、思いつつ、どれも見覚えのある名前ばかりだ。
「えー……ダイワスカーレット、お前。答えろ」
「えっ、わ、私……? すみません、教科書忘れました……」
というか、持っていない。持っているはずもない。
「仕方ねえな。じゃあほらこれ、読んでみろ」
言われて、スカーレットの前に銀時は歩き、単行本を手渡す。
「えっ……わ、分かんないわよこんなの……えーっと……」
「はい、5、4、3……」
「カウントダウン⁉︎ あ、焦らさないで……あ、分かった! この人の仲間になるため……」
「2、0。はい終了〜」
「1飛んだぁ!」
「じゃ、外走ってこい。グラウンド10周して戻ってくるように」
「はぁ⁉︎ なんっ……」
「それも10分以内に終わらせて戻って来ないと成績1にするから」
「……」
あまりにメチャクチャ、あまりにはちゃめちゃな言い分だった。ていうか、なんなら個人的にストレス発散にさえ思えるような内容である。
しかし、成績下げると言われた以上は仕方ない。スカーレットは「なんなのよアイツ……!」と毒づきながら外に走りに行った。
×××
放課後。ダイワスカーレットはいつもならグラウンドに向かっていたが、今日は違った。一言、文句を言ってやらないと気が済まない相手がいるからだ。いくら教員でも許せない。……というか、本当に教員なのかさえ疑わしい、あのモジャモジャ白髪。
「失礼します」
ブチギレているのがバレないよう、あくまでもお淑やかに職員室に入った。どこにデスクがあるのか分からないので、すぐに適当な先生を捕まえて聞いた。
「あの、すみません。坂田先生はいますか?」
「坂田先生なら、先ほど購買に行きましたよ」
「そうですか……ありがとうございます」
との事で、購買部に向かってみた。職員室からは割と距離があるが、仕方ない。
歩いてそっちへ向かい、中に入る。……あの男の姿はない。とりあえず、店員さんに声をかけて聞いてみた。
「いらっしゃい」
「あの、白髪でモジャモジャの先生、来ませんでした?」
「ああ、あの人ならジャンプと風船ガムを買って『甘いもの食いてえな……』とか言いながら、どこか行ったよ」
つまり、カフェの方だろう。話を聞くだけじゃ悪いので、ちょうど切らしていたシャー芯を購入し、そこを後にする。
さて、ここから食堂近くのカフェまではそんなに遠くない。歩いて呑気にカフェへ入ったが、あの目立つ見た目の男はいなかった。
代わりに見かけたのは、巨大なパフェを頬張っているスペシャルウィークの姿だ。
「あの、スペ先輩」
「あ、こんにちは。スカーレットちゃん」
「この辺に白髪で木刀腰に差した人、来ませんでした?」
「あ、さっきまでいたよ。チョコレートパフェ食べてたら、たづなさんに『今日の授業の件でお話があります。職員室に来てください』って連行されてたかな」
「……」
結局そこかよ、とイラリと眉間にシワが寄る。というか、あの男、少しはじっとしていられないものなのだろうか?
急足で遠い職員室まで戻ると、ちょうどそこからたづなが出て来た。
「! たづなさん……!」
「あら、どうされました?」
「坂田先生はどこです?」
「先程、お説教が終わって、解散しましたが……何か御用でもありましたか?」
「……いえ、大丈夫です」
限界だった。頭にきたので、もう後は闇雲に探すしかない。とりあえず職員室の前を走るわけにはいかないので、近くの廊下を曲がり、そして……一気に走り出した。見つけたら、一発蹴り飛ばす、と心に決めて。
その直後だった。肩をガッと掴まれた。後ろを振り向くと、たづながニコニコ微笑みながら、自分の肩を掴んでいる。
「廊下は走ってはいけませんよ?」
「……す、すみません……」
今日は諦めて、明日蹴ることにした。考えてみれば、今の自分はこんな事してる場合ではない。レースで一番になるためにも、まずはトレーニングしないといけないのだから。
×××
「ふーん……トレセン学園、ねぇ……」
銀時がいたのは、練習場。そこの観客席で、学園のパンフレットを片手に、走るウマ娘と、それをスカウトするトレーナーを眺めていた。
つまり、ここはウマ娘と呼ばれる少女達を育成し、レースで勝たせる世界なのだろう。
これが「ゲームの世界」なのか「ウマ娘の世界」なのかは分からないが、とりあえず分かることはひとつだ。
「ここにいれば、給料も家賃も払わなくて良いって事だな」
新八と神楽がいたらドロップキックを浴びせられそうなセリフだった。だが、来れた以上は仕方ない。ここなら教職という素晴らしい安定した職にもついているし、安泰だ。
戻りたくないわけではないが……なんか、まぁ戻らなかったらその時はその時、とか思ってしまったり。ほとぼりが冷めるまで、しばらくこっちにいるのもありだろう。
……まぁ、そうでなくても夢オチかもしれないし、もう少し自由を満喫しても良いだろう。
そんな風に思っていると、ふと目に入ったのは一人のツインテールの少女だった。
「……あいつは」
確か、授業中にストレス発散に付き合って貰ったやつ。あの後「お前を殺す」と何処かの自爆マニアのように自分を睨み付けていたから、逃げるように校内を色々と逃げ回っていたようだ。
おかげで、ここのカフェのパフェが超美味いことを知った。
まぁそんな話はさておき、だ。
早速、レースや併走というわけではないが、トレーニングを開始していた。ウマ娘の走行に関して、決して詳しくない銀時から見ても、スカーレットが速いのは分かった。
だが、不思議とトレーナー達がスカウトするのは、スカーレットではなく、それと対照的に男っぽい黒髪ボサボサの子だけだ。
そいつが走っている所もさっき見たが、素人である銀時には同じくらいの速さにしか見えなかった。
そのまま一人、黙々と走り続けるスカーレットを見て、少しだけ気に掛かった銀時は、席を立った。一時期、小説版で教師としてお悩み相談をやった事もあるからだろうか? ストレス発散に使った詫びでは無いが、たまには教師らしいことをしてやる事にした。
「お嬢さん、お嬢さん」
レース場に足を踏み入れ、スカーレットの近くに来るなり、プクッとガムを膨らませながら、残っているガムを差し出す。
「ガム、食う?」
「! あ、あんた……授業中はよくもやってくれたわね⁉︎」
「授業中? 知らねーな。男は過去は振り返らず、前だけ向いて生きてりゃそれで良いんだよ」
「アタシは女よ!」
「いつまでも過去にしがみつく女は大成しねーぞ」
「っ、う、うるさいわね……」
……偶然だが、悩みのタネを引いてしまったようだ。少し語気を弱くしたスカーレットは、言葉に詰まった様子で俯いてしまう。
「……なんかあったのか?」
「あんたには関係ないでしょ」
「関係ねー奴にだから言えることもあんだろ。……ま、言いたくねーなら言わなくても良いけどよ」
言いながら、再びガムを膨らませる。そのガムがパンっと割れ、鼻の中に入った。
「っ、ガハッ……!」
「何やってんのよ一人で⁉︎」
「鼻の中入った! 鼻の中入った⁉︎」
「あーもう、仕方ないわね……! とりあえず、一旦コート出るわよ⁉︎」
半ば、女子中学生に引き摺られる形で競技場を後にした。
×××
「あー……死ぬかと思った」
「どんな事で死にかけてるのよ……」
まったくである。鼻にガム入って死ぬとか、確実にダーウィン賞受賞物だ。
とりあえず、カフェに来て話を聞いてもらうことになった。ガムの取り出しを終えてから店内に入ると、店員さんが注文した商品を運んできた。
「こちら、ミルクティーといちごパフェでございます」
「あんたまたパフェ食べる気⁉︎」
「いや、定期的に糖分摂らないとダメなの俺」
「定期短過ぎるでしょうが!」
「でも、気がついてしまったんだよ。……もし、これが夢なら、週一でパフェなんてわざわざ我慢しなくても良いんじゃねって」
「は? 何の話……?」
「うるせーな、良いから飲めよ。俺の奢りなんてレアだぞマジで」
というか、そんな話はどうだって良い。パフェを食べながら銀時はスカーレットに目を移す。
「で、お前何なの? どうかしたの?」
「こっちのセリフよ。アンタ、なんなの?」
「ああ? あー……」
言って良いものなのだろうか? と、銀時は悩みながらパフェを食べる。
しかし、まぁ言ったところで信じてもらえるとは思えないし、やっぱりやめておくことにした。
「現国教師。……お前が話したくなったら話せ。それまで、この期間限定っぽいパフェをじっくり堪能してるから」
「……」
教師には思えない、とスカーレットは思う。そもそも、この学校の教員でレースの事に口を挟んでくる人なんて滅多にいない。
そうでなくても、なんかもう話し方もオーラも何もかもが教員っぽくない。そもそも腰の木刀は何なのか。
……だが、まぁそれでも、話しても良いか、なんて思ってしまった。レースに何一つ関係ない相手だからかもしれない。
それほどまでに、スカーレットは無意識下に追い詰められていた。
「……少し前に、アタシ……レースしたのよ。大事な選抜レースの日に」
「何それ」
「あなたホントなんでこの学校に……まぁ良いわ」
もうツッコミをやめたスカーレット。今はそこよりも、話の続きである。
「とにかく、そういう大事なレースがあったの。……でも、勝てなかった。あいつに」
そう言うスカーレットの表情は、自然と悔しげになってしまう。
「私は一番が良いの、一番じゃなきゃダメなの。……最初は、私を誘ってきたトレーナーも少なくなかったわ。でも、どの人も『ウオッカのようになれる』だの『ウオッカみたいに強くなる』だの……」
「あ? ウォッカ? なんで急に酒の話?」
「そっちじゃないわよ! アタシのライバルがウオッカって言うの! あんた相談に乗る気あるわけ⁉︎」
「あー、あるある。良いから続き」
パフェを少しずつ減らして行く銀時に心底、苛つきながらもスカーレットは続けた。
「地元では何やっても一番で、田舎から上京していざ競ってみたらお笑いよね。ウオッカみたいな本物にあっさり蹴散らされて……それでも、声をかけてくれた人達の言葉にも、カチンときて高飛車な態度とって……」
少しずつ話す内容が流暢に出てきた。まるで、堰き止められていたダムに穴が空いたかのように。
「見栄だけのみっともない自分が嫌で……でも、これ以上、練習してもオーバーワークにしかならなくて……私、どうしたら良いのか……」
「うわ、このパフェ真ん中コーンフレークで誤魔化してるよ。期間限定ならもう少し気合い入れてくんねーと……」
「帰る!」
当然の反応である。ミルクティーに口をつけることもなく立ち上がったスカーレットは、のっしのっしと出口に向かう。何処となく人を惹きつける何かを感じた気がしたから話してみたが、なんだか真剣に話した自分が馬鹿みたいだ。
そんなスカーレットの背中に、唐突に同じように真剣に返した言葉が届く。
「別に、良いんじゃねーの。そのままでも」
「……」
その言葉に、ピタッと足を止める。
「何がその『一番』って奴を支えてんのか知らねーけど、お前にとって大事なもんなんだろ。その年で、そいつの為にそれだけ意地張って芯を通していけるってのァ、大したもんだ」
「え……?」
褒められてる? と、理解するのに遅れた。
振り返ると、銀時はパフェを食べながらさらに話を続ける。
「えーっと……なんだっけ、ジン? テキーラ?」
「ウオッカ! 全然、被ってない!」
「キャンティ? コルン? ベルモット? バーボン?」
「黒の組織シリーズはいいから!」
「アイリッシュ、キュラソー、スタウト、アクアビット、リースリング」
「映画シリーズもいらない!」
そこまで話してようやく満足したのか、話を元に戻した。
「そいつに負けたくねーってのも、悪ぃ事じゃねー。テメーはただ、まだテメーの夢を一緒に追いかけるポケモントレーナーに会えてねーだけだ」
「……ポケモンは余計よ」
そう言いつつも、スカーレットは内心、妙に安心してしまった。自分は、決して間違っていない、そんな風に言ってくれた相手は初めてだった。
「ただ、身体を壊しちゃ意味ねーし、オーバーワークはやめとけ。そいつは、お前を応援してくれる奴を裏切んのと同じだ」
「……」
何故か、胸の奥に響く言葉だった。それと同時に、目の前の男から発される不思議なオーラに惹かれてしまう。
「ま、お前はスタートダッシュでしくじっただけだ。どんなにずっこけても、最後に見返してやった奴が勝ちだろ。……俺のダチにも、会った時は雑魚だった癖に、いつの間にかイーブンの戦績にまで持ち込んだ野郎がいたよ」
「戦績?」
目の前の男も、何かスポーツとかやっているのだろうか? 何となく個人戦っぽく聞こえたが。
「……坂田先生は、普段何してるの?」
「あ? 普段は万事屋……あ、いや先生だわ、うん」
「よろずや……?」
「……あー」
名前的に、たまに駿川たづなが開くあの店だろうか? ていうことは、教員じゃない? と思ったのも束の間、銀時はすぐに説明を始める。
「何でも屋を昔やってたんだよ。依頼料さえ払って貰えば、何でもやる仕事」
「何でも?」
「や、何でもっつってもムカデ丸呑みとか死者蘇生とか親父の遺産を狙って闇討ちとかは無理よ」
「そんなお願いしないわよ!」
そう言いつつ、スカーレットは目の前の男を見上げる。
この男は、トレーナーではない。でも、ハッキリ言うと、見識の広さやこちらの気持ちを汲んでくれる点は、少なくとも自分のスカウトに来たトレーナー達よりは上だ。
……もう、スタートではウオッカに負けている。それなら、今必要以上に熱くなるより、少し一歩引いた所から、冷静に物を見た方が良いのかもしれない。
そして、今の自分に必要なものを新たに見つける。目の前の男と一緒にいれば、それが見つかる……そんな気がした。
「……じゃあ、アタシとそれ、やりなさいよ」
「……は?」
「勿論、アタシに合うトレーナーが見つかるまでの間よ。色んなウマ娘と関わる機会があったら、何か見えて来るかもしれない」
「で、なんで万事屋なんだよ」
「この学校の悩み相談なんて、ほとんどレース関係に決まってるでしょ」
「やだよ……めんどくせえ」
「はぁ⁉︎ あんた教師でしょ? 生徒の自主性を重んじるとかないわけ⁉︎」
「いやめんどくせーよ。もうホントめんどくせーよ。何がめんどくせーってアレだよ。……うわ、もう例えるのもめんどくせーよ」
「いやあんたホントに教師⁉︎」
本当に評価して良いのかしちゃまずいのか分からない男である。そんな理由で断るとか本当になめてる。
そもそも、この男……大勢の生徒の前で自分に恥をかかせてくれた張本人。そう思うと、だんだんムカついてきた。
「そもそも……あんたあのメチャクチャな授業でアタシにやりたい放題してくれたわよね……? あの責任、どうとってくれるわけ?」
「あ?」
「アタシ、成績もレースも一番を取るために、あらゆる所で『優等生』になろうとしてるの。あなたはそれを台無しにしてくれたのよ?」
「知らねーよ」
「アタシが理事長にあの授業の事を言えば、あんたクビになるんじゃない?」
「……」
言われて銀時は黙り込む。この女……意外とエグいことを言ってくれる。
そもそもここは、銀時にとって異世界。そんな所で無職になったらそれこそ……。
「……仕方ねえな」
「あ、アタシ毎日トレーニングも欠かすつもりはないから。そこんとこよろしく」
「……勝手にしろ」
そんな話をしながら、二人は翌日から、万事屋(トレセン学園出張店)を開く事となった。