夏合宿……それも、屋外。真夏の日差しの下、海辺において滝のような汗が出ても走り続け、結果を出すための努力を為すためのそれに参加するというのは、各々が夢を叶えるために必要な場である。
さて、そこに参加するのは何もトレーナーがついているウマ娘だけではない。
「へっ、やるようになってんじゃねえか、スカーレット……! 俺と互角とは……!」
「そっちこそ……! 前に走った時より格段に速くなってるじゃない……!」
砂浜でウオッカとの併走をしている万事屋銀ちゃん、書記兼ツッコミ……ダイワスカーレット。
「ふふ、ありがとうエアグルーヴ。私と一緒に走ってくれて」
「気にするな、スズカ。私は万事屋としての仕事でここに来ているだけだ。お前の特訓はそのついでに過ぎん」
「そう言いつつ、やる気満々に見えるけど?」
サイレンススズカと、これまた砂浜で準備体操を進めている生徒会副会長兼万事屋銀ちゃん、書記兼ツッコミ……エアグルーヴ。
「やったー! 夏合宿に来てタイシンとハヤヒデと一緒に走れるとか……超嬉しいー!」
「ああ、そうだな。チケット」
「……うるさい、暑苦しい、声デカい」
「えー、だって嬉しいんだもん」
「というか、混ぜてもらっている立場でその言い方はダメだろう、タイシン」
「うるさいな……分かってるから。……その、アリガト……」
「えー? 今なんてー?」
「な、なんでもない!」
ウイニングチケットと、ビワハヤヒデとアキレス腱を伸ばす、万事屋銀ちゃん仮入部兼ツッコミ、ナリタタイシン。
彼女らは、万事屋をやっていることもあって合宿所で他のトレーナーを持つウマ娘と一緒にトレーニングをさせてもらっていた。
そういう意味では、あのいけ好かない天然パーマの顧問に感謝するべきなのかもしれない、と三人とも思っていた。
死んだ魚のような目は、いざというときはギラめき、御伽噺にしか聞こえない経験談にも強く込められている不思議な説得力、そしてウマ娘の激しい一撃にも耐え得る人間とは思えない肉体……そう、万事屋顧問、坂田銀時……!
「えー……水着に着替えてる女性トレーナー全然いねーじゃん……」
「何を期待している!」
真上から踵落としが降ってきて、頭から双眼鏡を叩き割るように砂浜に突っ込んだ。
フラフラと身体を起こして誰の仕業か見ると、後ろにいたのはシンボリルドルフだった。
「お前……トレーニングは?」
「……トレーナーくんが、スケジュールの調整を間違えてしまったみたいでね。一日目はお休みになってしまった。その時間を使って、生徒達におかしな男が言い寄らないか見張っているところさ」
「おい、なんで俺見て言ってんだよ。言っとくけど、俺が期待してたのはガキのストイックな身体じゃなくて、美人トレーナーのボンッキュッボンだから」
「同じだからな、それは!」
「バッカお前、全然違うだろ。大人になったら外見だけがまともじゃ勃たねーんだよ。うちのダスカ、エアグルーヴは発育は大したもんだが、先生に敬語の一つも使えないガキだ。そんな奴の乳揺れなんか見たって、こちとらピクリとも反応しねーし勃ちもしねーんだよ」
「君は本当に教員か⁉︎ よくもまぁ生徒に向かって性癖を説けるものだな!」
「だから、見張りは俺がやっててやるから、お前は気ィ抜いとけよ」
「誰が信用できるか! 私はどちらかと言うと君の見張りだ!」
それを言われても、銀時は真顔のまま「あっ」と声を漏らした。
「そうだ。せっかくなら、お前はもう少し生徒との距離を詰めて見張ってやれや」
「何故そんな真似を? 言っておくが、私は君から目を逸らすつもりはない」
「いやいや、そういえば前に、生徒との距離感で悩んでたろ? 良い機会なんじゃねーかと思ってよ」
「……しかし、夏合宿は、どの生徒にとっても自身を強くする大切な機会だ。万が一、邪魔になるようなことがあれば……」
「よーし、ならこうするぞ」
「?」
「ついてこい」
そう言うと、銀時はルドルフを連れて一度、合宿所に戻った。
×××
「はぁ、ふぅっ……!」
「っくしょう、やっぱ……キツっ……!」
「あと一往復だ! がんばれ!」
「おうよ!」
「はい!」
「はい、俺の方が返事早かったー! お前は二番手ー!」
「はー⁉︎ あたしの方が早かったから!」
「なんか余裕そうだし、やっぱあと五〇往復な」
「「嘘です!」」
遠泳をしているスカーレット、ウオッカの間で火花が散る。その様子を、ウオッカのトレーナーの女性は腕を組んで眺めていた。
スカーレットが来てくれて助かった、と正直、ラッキーだと思えている。なんだかんだ、彼女とのトレーニングや競争はとても楽しそうだし、いつも以上の力を発揮してくれている。
この調子なら、次のレースも好成績が期待できそう……と、少しワクワクしている時だった。
「博士、あれをどう思われます?」
「まずいねー、あれは。非常に良くないねーあれは」
背後から、やたらと胡散臭い声が耳に届く。後ろを振り返ると、白髪でボサボサ頭の白衣の男が「いつの時代だよ」と言ってしまいたくなる白いレンズの眼鏡をかけて立っていた。その隣には、やたらと皇帝感あふれるウマ娘が、同じように白衣に身を包んで佇んでいる。
何にしても、今のは聞き捨てならない。
「失礼、そこの方。まずい、とはどういう意味ですか?」
「まずいねー、これ。何がまずいってこれはもうあれ、まずいよねーもう。どのくらいまずいかって言うと、それはもうまずいよねー」
「そうですねー。まずいですねー、あれは。いや本当にまずいですね」
「話聞いてます?」
「それはもうまずいよねー。ラーメン屋で途中からメニューに乗せられるカレーくらいまずいよねー、あれ」
「そうですね。まずいですねー、この『コンビニ限定、小豆ヨーグルトじ○がりこ』」
「お菓子の話かよ! ていうかそんなの売ってんの⁉︎ 小豆ヨーグルトってどんな組み合わせ⁉︎」
何なのだろうか、この二人……と、思っていると、男の方がこちらに目を向ける。そして、メガネを直しながら告げた。
「ああ、失礼。レコーダーさん」
「トレーナーです」
「まずいのは、じ○がりこだけでなく、あの二人のことでしてねー。……いやー、まずいまずい」
「……私のトレーニングに何か問題が? というか、あなたは?」
「実は私、こう言う者でしてね」
言いながら、その博士っぽい男は名刺入れからカードを一枚、差し出す。そこには「スタバ、抹茶オレ一杯無料券」とかかれている。
「これがなんだよ!」
「良いでしょう? 次行く時が楽しみでしてねぇ」
「自慢かよ! アタシが聞きたいのはあんたがなんなんだって事なんですけど!」
「今のやり取りでわかるでしょう」
スッと前に出て来たのは、隣の秘書っぽい女性。
「こちらは甘党博士。甘いものに目がない博士です」
「それただの糖尿寸前のオッサンだろうがアアアアッッ‼︎ その不審者がなんの用だよ⁉︎」
「おい、不審者はねーだろ。それは言い過ぎだろ。なぁ?」
「不審者ですよ。真夏の海に白衣でいる時点で」
「あんたも鏡を見てみろ!」
同じ格好でいる時点で、秘書が文句を言うのはおかしい気がした。というか、いい加減にしてほしい。何しにきたのだろうか?
「あなたが現在、行っているのはスタミナを上げるためのトレーニング、と言う事でお間違いないかね?」
「ええ、そうですが?」
「しかし、お二人の様子を見てご覧なさい」
言われて、2人の方へ顔を向けた。楽しそうに競い合っているように見えるが、何かまずいのだろうか?
「二人とも、とても熱くなっています。……が、それ故に、表情はかなり険しくなっているようには見えませんでしょうか? アレではー……えー、なんだっけ?」
「掛かりです。そのくらい覚えてください、バカ博士」
「そうそれ。お前あとで覚えとけ。レースにおいて掛かりやすくなるかもしれません」
「……」
それはそうなのかも、と少しだけ思ったり。特に、担当のウオッカは差し適性に合わせてトレーニングのメニューを組んである。あまり序盤に飛ばし過ぎる癖はつけてほしくない。
「それは分かりました。ご忠告、ありがとうござ」
「そこで、我々がスタミナをつけるに適したトレーニングを提供します。ルドルフくん、あれを」
「分かりません」
「いいから適当に用意しろっつってんだ。殺すぞルドルフくん」
「え、今ルドルフって言った?」
「コレクターさんは早く二人を集めて下さい」
「トレーナーだ! アタシはリアリティストーンなど持っていない!」
仕方なく従った。何だかもう従うだけ従って、さっさと終わらせた方が早い気がしたからだ。何より、この白髪の方はともかく、秘書の方はどことなく只者ではないオーラを放っている。もしかしたら、良いトレーニング方法を教えてもらえるのかもしれない……。
戻って来た二人は、白髪の男とルドルフさんとやらを見て瞬きする。
「誰?」
「ていうか、何?」
「急で悪いんだけど今からメニューを変えるわ」
「え、なんでだよ?」
「そうよ。やっと火がついてきたとこなのに」
「はい、そこのバカとツンデレ。黙りやがって下さい。今からトレーニングのメニューを始めます」
そう言うと、博士はルドルフがその辺から拾った貝殻をつまみ上げる。そして、そこに「銀」の文字を書いた。
「はい、えー今からこの貝殻を海に向かって投げます。ルドルフ、それからダスカとウオッカ、一対二で先にこの貝殻を拾って来た方のチームの勝ちだ」
「いやパクリだろうがそれはアァァァァッッ‼︎」
トレーナーのローキックが、見事に博士の足を持っていった。
「そのトレーニングの何処でスタミナが育てられんだよ! ていうか、こんな平面から投げたって大して飛ばねーからマジで育たない奴じゃねえか!」
「ちなみに、負けた方のチームは飯抜きだ」
「飯抜いた時こそトレーニングの効果が減っちゃうでしょうが!」
「なら、減らないよう死ぬ気で頑張るように。では……始めっ!」
直後、銀と……博士っぽい人は貝殻をぶん投げた。その貝殻は、へぶらりんっと漫画みたいな音を立てて空の彼方へ射出され、数秒後、ウマ娘にしか見えない飛距離あたりで落下した。
「何処まで飛ばしてんだ!」
「まったくよ! あんなの無理に決まってるじゃないの⁉︎」
「行け。秘書!」
「おう!」
直後、どういう仕組みか、白衣とその下の衣服を一薙ぎ払いで脱ぎ捨て、スクール水着となったルドルフは、華麗なフォームで海に飛び込んだ。そのまま、ザバババババッと、地中を泳ぐディアブロスかのような勢いで、真っ直ぐと貝殻の方へ向かっていく。
「……速っ」
「え、何者?」
「さて、良いのか? ダスカ、ウオッカ。このままじゃ、お前らトレセン学園の生徒が、何処の馬の骨とも知らん秘書に負けたことになるが……」
「……」
「……」
「そうだな。万が一、お前らが負けたら飯抜きは勘弁してやる。ただし、お前らのコンビ名は今日から『ダスカウオッカ』から『ま○だおかだ』に変更な」
「そんなコンビ名をつけた覚えはねえよ!」
「行くわよ、ウオッカ!」
「行くのかよ⁉︎」
「負けてられないもの!」
「チクショオオオオオオ‼︎」
二人揃って海に飛び込む……その様子を眺めながら、銀時は呟いた。
「じゃあ、飯作って待ってようか」
「あんた結局、何しに来たんだ⁉︎」
「トレーニングにはなってんだろ」
「なってるけども! ……ちなみに、あのウマ娘は何者だよ? なんかあの二人が全然、追いつけてないんだけど……」
「会長」
「か、会長かよォォォォッッ‼︎」
なんてやりながら、しばらく三人の遠泳を見守った。
×××
「あー、疲れた」
「もしかして私達今、普通に邪魔をしていたんじゃないか?」
ヅラを取った銀時に、ルドルフが愚痴るように言う。元々白髪なのに、わざわざ白髪のカツラをかぶっていた辺り、本格的である。
「あーもうっ、やってられっか。人間って禿げるからヅラ被るんじゃなくて、ヅラ被るから禿げるんじゃねーの?」
「聞いてるのか? 私、トレーニングの邪魔だけはしたくないんだが……」
「あ? んな事ァねーだろ。なんだかんだ、三人で本当にバカみたいに貝殻探し漁ってたじゃねーか。あの後、ずっと泳いでたんだろ? 一緒に遊べたし、スタミナも肺活量もついたろうし、一石二鳥ってモンだろうが」
「なら良いけど……」
んな事より、と銀時は続ける。
「お前、意外とボケもいけんじゃねーか。生意気な秘書キャラ、割と良い感じだったわ」
「ほ、本当?」
「その調子で次も行くぞ」
「次はエアグルーヴの所だろう? どんな仮装で行く?」
「その辺は任せろって言ってんだろ」
そんなわけで、ノリノリで準備を始めた。
×××
エアグルーヴとサイレンススズカは、砂浜で腹筋をこなしていた。砂浜の筋トレ……何が効くって、砂浜である事だ。腹筋をやる以上、背中を地面につけるわけだが、太陽光によりこんがりと焼かれた砂浜は、肌をつけると激高の熱を発する。
そこに背中をつければ、すぐに引き上げたくなる……というわけで、腹筋はとても効果的にこなされ終えた。
「はい、スズカ。エアグルーヴ。お疲れ様。これ、ドリンク」
「ふぅ……ありがとうございます」
「すまない、助かる」
飲み物を受け取りながら、エアグルーヴはスズカのトレーナーに少し感心してしまった。当たり前と言えば当たり前だが、流石、考えられたメニューだ。自身の肉体が仕上がっていくのをヒシヒシと感じられる。
これなら、合宿が終わった後には自分も別人になれる……と、思うと同時に、今まで自分が切ってきたトレーナー達のことも思い返してしまう。理想を理解しない者が多かったが、メニュー自体に不満は無かった。
改めて、自分の思い描く未来を掴み取るには、一人では出来ない事をヒシヒシと感じさせられる。
それに気付かせてくれた銀時に、少しくらい感謝しても……なんて思った時だ。
パラリラパラリラ〜♪ と、昭和なエンジン音が鳴り響いてきて、嫌な予感がする。顔を向けると、バイクに跨ったリーゼントの銀時と鉢巻を巻いたルドルフが、砂浜に現れているのが見えた。
「っ、な、なんですかあんたら⁉︎」
「ようよう、テメェら! 誰に断ってこの砂浜使ってんだ、アーハン⁉︎」
「そうだぜ、ベイベ! ここはたった今から、私達『駄九巣憤怒』のシマになんだぜ、ベーイベ⁉︎」
いつの時代のヤンキーだ、というか邪魔すんな、と思ってしまったが、ルドルフが一緒になっているので強く言えない。
「え、エアグルーヴ……どうしましょう?」
「あの白髪のリーゼントをぶっ飛ばせば何とかなる……が、スズカ。お前が殴ってこい」
「どうして私⁉︎」
「会長の前で私に暴力的なことをしろと言うのか!」
「いや私だってトレーナーさんの前で暴力は嫌だけど⁉︎」
ゴニョゴニョと二人がやっている間に、銀時が自由気ままに言った。
「どーしてもこの場所を使いてーって言うんならなァ、オレらと勝負して貰おうじゃねーか、アーハン⁉︎」
「し、勝負……?」
「そんなわけで『ドキっ、砂浜の上で空気椅子大会』開催決定ェェェェッッ‼︎」
「どんどんどんー、パフパフパフー!」
ノリノリの会長可愛い、なんてエアグルーヴの中に邪念が生まれる間に、話はどんどん続いてしまう。
「いや何勝手に……!」
「よーし、じゃあそこの大人しそうな緑と、もう見るからにツンデレオーラ炸裂させてる女帝、こっち来いやアーハン⁉︎」
「え、わ、私?」
「誰がツンデレだ! というか、お前いつまでそのネタ引っ張るつもりだ!」
「じゃ、ルールを説明しまぁす!」
「聞けよ、話!」
誰の同意も得ることなく、話を進めてしまう。本当に身勝手である。
「スズカ、ツンデレ、ルドルフにはこれから空気椅子をしてもらう!」
「自然にツンデレと呼ぶな!」
「一番最初にお尻を地面につけた方の負けとなる!」
「シンプル!」
「勝ったウマ娘は、ここでスイカ割りをする権利を得られ、一番負けたウマ娘はスイカの隣で頭を出す権利を得られる!」
「何故、急にデスゲームになるんだ! ていうか、スイカ割りする事は確定してるし!」
一世一代の大勝負、絶対に負けられなくなってしまった。
さて、ゲームを開始するために三人は横に並ぶ。
「おい、トレーナー。テメーも審査員の一人だからな。ちゃんと見とけよアーハン?」
「わ、分かったよ……あとそれ口癖?」
やたらと大人しいのは、空気椅子で鍛える部位もいずれ鍛えるつもりだったからだろう。
「では、位置について、よーい!」
そのセリフで三人とも空気椅子の構えをする。長く空気椅子のままであることが勝利条件なので、スタートさえ同時ならスタート前に構えておくのは問題ではないからだ。
「……」
「……」
「……」
「……え、え?」
「おい、銀時」
「スタートはまだかな?」
「スタートまであと1分待機しますアーハン」
「なんでだよアーハン⁉︎」
「早くしてくれアーハン⁉︎」
「エアグルーヴ、移ってる」
「スタート」
トレーナーの掛け声で始まってしまった。それと同時に、ストップウォッチを起動している。銀時より余程、真面目に審査するつもりのようだ。
改めて三人は両足、そして腰を直角の姿勢に保ったままキープする。流石、足を使う競技を三人ともこなしているため、その姿勢は綺麗なものだ。
しかし、このままではあまりに絵面が地味である。このことを予測していた銀時は、何処から取り出したのか、3人のお尻の下に何かを設置する。
それを見たトレーナーが怪訝そうに声をかける。
「何してるんですか?」
「プレッシャー」
「いや、ギュネイのアムロを呼ぶ呼び方はいいですから」
「これ、ブーブークッション」
「「「はっ⁉︎」」」
3人から悲痛な声が上がる。
「ちょっ、じ、冗談ですよね⁉︎」
「銀時! ふざけるなよたわけ⁉︎」
「おい! 聞いてないぞそれ!」
「トレーナーさん、どう思います?」
「どんな形であれ、プレッシャーはどのレースでも起こり得るものだからな。アリで」
「「「ええええええ!」」」
負けられない理由が一つ、追加された。女の子的に、例え作り物であってもお尻がブッと音を鳴らすのは我慢ならない。
ルドルフもスズカも目つきが変わる中、一人だけ困った様子でいるのはエアグルーヴ。負けるわけにはいかない……かと言って、ルドルフに恥をかかせるわけにもいかなかった。
「なんか、まだまだ余裕そうでは?」
「じゃ、も一つ追加するか」
「「「まだあるの⁉︎」」」
引き続き、銀時はアイテムを取り出す。次に取り出したのは、虫かごだった。その時点で嫌な予感しかしない。
「よし、行くぞ。定春30号以降」
「きゃあああああああ‼︎」
「ぎ、銀時ィィイイイイッッ‼︎」
「覚えてろよおおおおおお‼︎」
中から出て来たのは、カマキリやカミキリムシ、セミ、バッタなどの昆虫。Gがいないのは幸いだったが、そもそも何処から取ってきたのか知りたい所だ。
「どう思います? トレーナーさん」
「いや、流石にこれは女の子的に少し……」
「でも、ここで早まって動くようじゃ、レースでペースを乱されるのと同じじゃね?」
「なるほど……」
「納得しかけないで下さいトレーナーさん!」
「ピャー! ギャー!」
「お、落ち着けエアグルーヴ! 奇声がすごいから!」
なんてやっている時だった。セミが一匹、飛び立った。そして、その進行先にいるのは、エアグルーヴ。虫がウィークポイントとなっているエアグルーヴは、思わず目をギュッと瞑って覚悟を決めた……そんな時だった。
「エアグルーヴ!」
隣からルドルフが庇うようにエアグルーヴを押し倒す。脹脛がブーブークッションに当たり音が漏れたが、二人ともそれを気にする余裕はない。
パタパタと、セミは遠くへ飛び去っていった。
「大丈夫か? エアグルーヴ」
「は、はい……会長……」
何にしても、ゲームセットである。先に動いたのはルドルフだから、負けは負けだ。
「わ、私達の勝ち……でしょうか?」
「そ、そうだな……?」
スズカが構えを解き、トレーナーがクッションを回収する。少なくとも、ここ一番、三人にとって緊張する場面ではあっただろう。そういう意味では、精神的には強くなれた気がした。
……とはいえ、だ。誰もそれに対し感謝する気にはなれなかった。
「あの、会長さん。もし良かったら、罰ゲームの内容、少しだけ変えて下さる?」
「ほう、奇遇だね。スズカ。私もそう思っていたんだ。……エアグルーヴもだろう?」
「はい。それはもちろん」
そう話しながら、二人の視線の先にいるのは、銀時。
嫌な予感がした銀時は、若干、引き下がり、近くにあった原チャリにまたがる。
「じゃあ俺、ドラマの再放送が始まるから」
そう言って、エンジンを鳴らす。しかし、ウマ娘のそれは、加速しきる前の……いや、加速しきった後であっても原チャリなど相手にもならないわけであって。
3人揃って砂浜を蹴り、ルドルフとスズカが原チャリを掴んだ。
「あれ? おかしいな。後輪パンクでもしたかな……」
なんて思っている間に、銀時の後ろに座るエアグルーヴ。そして、腰から手を回して銀時に抱き着いた。
「?」
振り返る銀時。それに向かい、笑みを浮かべるエアグルーヴ。
逃げられない、と悟った時には遅かった。10秒経過した時には、いつの間にか銀時は地中に頭を残して埋められ、その隣にはスイカが設置されていた。
そして正面には、目隠しして木刀を構えているエアグルーヴがいる。
「分かった、流石に調子に乗りすぎました! マジすいませんっした!」
「エアグルーヴ、右だ! もっと右!」
「行き過ぎ行き過ぎ! ちょっと左!」
「よし、そのまま真っ直ぐ!」
「三人がかりで照準を俺に合わせようとするな! 待て、待て待て待て待てあああああああ‼︎」
×××
「死ぬかと思った」
「自業自得だろう。……というか、タンコブで済んでいるんだね?」
砂浜をさらに歩く二人。銀時の脳天には、漫画みたいなコブが出来ていた。
「ていうかあの野郎……容赦なく人の頭に木刀振り下ろす? どんな教育されてるんですか?」
「教育してるのは君だろう。少なくとも、君に出会う前の彼女はそういう子では無かったよ」
「いやいや、元々ああいう奴だから絶対。ひどい時は薙刀で襲われたからね」
いや本当に変わってしまったものだ、とルドルフは少しだけ後悔する。
そんな中、ルドルフが微笑みながら呟いた。ちなみにあの後、銀時が気絶している間に、3人で美味しくスイカをいただいた。
……もしかしたら、差入れのつもりだったのかも、なんてルドルフは少し思ってしまったりもした。
まぁ、何にしても、ルドルフもなんだかんだトレーニングにはなったので、何もしないよりは良かったかもしれない。
そんな風に思っている時だった。
「おーい、ルドルフ!」
ルドルフにとっては聞き馴染む声が耳に届く。振り返ると、そこにいたのは自身のトレーナーだった。
「トレーナーくん⁉︎ どうやってここに……!」
「仕事をさっさと終わらせてきたんだ。初日に何もしないわけにはいかないだろ?」
「……トレーナーくん……」
やはり、このトレーナーを選んでよかった……と、心底思った。今日は来れないかも、とさえ言っていたのに、追い付いてくれたのだから。
そのトレーナーが、銀時に目を向けた。
「あなたは……」
「ああ、紹介するよ。万事屋の坂田銀時先生だ」
「はじめまして。ルドルフのトレーナーです」
「ああ、どうも」
「ルドルフがお世話になりました」
そう言いながら、礼儀正しく頭を下げるトレーナー。そして、隣のルドルフに声を掛けた。
「ルドルフ、楽しかったみたいだね」
「え、な、何故?」
「顔を見れば分かるさ。いつになくはしゃいだみたいじゃないか」
「……」
それを言われると、少しだけ恥ずかしい。まぁ、確かになんだかんだこんな風に立場も忘れてバカやるのは、銀時と一緒の時以外にない。そのついでにトレーニングになっていれば、当然と言えば当然なのかもしれない。
「準備体操は……いらないかな? 早速、トレーニングを始めようじゃないか」
「ああ。分かった。……坂田先生」
「あ?」
「ありがとう」
「礼なんざいらねーよ」
そんな適当な返事だけして、二人は別れた。
さて、一人になった銀時は、後一人、臨時で万事屋に入ったメンバーの元に向かうことにした。
一応、保護者の立ち位置なので、見ておかないわけにはいかない……そう思って歩いて探している時だった。
「ハヤヒデ、チケット。もう一回だ!」
「少し落ち着け、タイシン」
「そうだよー。もう連続で30本は走ってるよ?」
そんな声が聞こえ、様子を見に行く。そこには、肩で息をしているタイシンと、それを落ち着かせるハヤヒデとチケット、そしてトレーナーの姿があった。
「そうだよ。良いトレーニングをするなら、ちゃんと休みも取らないと」
「後一本くらいいけるから!」
「タイシン。俺の言うことが聞けないのなら、これ以上、チケットとのトレーニングに参加はさせられないよ」
「っ……! なら、もういい!」
「あ、た、タイシン!」
一人、タイシンは孤立してしまっていた。その様子を眺めながら、銀時は小さくため息をついた。
あの気性の荒さと意地の張り方……多分、子供の頃から背が低くて、それが理由で揶揄われていたりしたのだろう。
そして、焦りもあって簡単に他人に気を許すこともできなくなっている。……まぁ、何にしても依頼を引き受けた以上、このままってわけにもいかない。
そう決めて、銀時はとりあえずその場から移動した。