さて、バスケットボール大会もいよいよ決勝戦。理子は、たづなと二人でのんびりと体育館を眺める。
「しかし、坂田先生が考えることはいつでも突発的ですね……」
「本当に。おかげで、多くのトレーナーからクレームは多いですよ……」
たづながため息をつきながら答える。……が、隣の理子からはまだそれを貰ったことはない。
「そういえば、樫本トレーナーは彼にクレームとか入れないのですか?」
「何故です?」
「いえ……実際、割とメチャクチャ、はちゃめちゃなことをしているイメージですから」
本当に賛否両論である。バクシンオーやルドルフのトレーナーからは「まぁたまには良いでしょ」みたいな軽いノリでOKをもらうのだが、ライスシャワーのトレーナーからは割とボロクソ言われていたりする。
「私は、特に何も思いません。生徒の安全を考えているし、本日のバスケットもウマ娘達のモチベーションを保つためと聞いていますし、たまにはこんな日があっても良いでしょう」
何せ、外して当たり前の福引を外してモチベーションが下がる子供達だ。子供によってはチョークが折れて何故かレースのやる気が落ちたり、コーヒーと紅茶を間違って飲んでやる気が失せたり、眠気が来て練習する気がなくなる子もいるらしい。
それとこれとは話が別だろ、と言いたくなる理由で練習する気が失せるのがウマ娘だ。だから、こうして遊ぶのも悪くない。
「繊細に扱ってあげないと、ウマ娘達の心が持ちません」
「ふふ、そうですね」
そんな話をしている時だ。決勝に進出したウマ娘達がコートに入場である。なんかいつの間にか実況もいる。
『それでは、選手の入場です。赤チーム、4番PGライスシャワー』
そう言いながら、体操服姿のライスがコートに出てくる。両手を振ってみんなに控えめな笑顔を向ける。ライスのトレーナーが全力で手を振っていたおかげで、その周囲には誰も寄り付いていない。
『5番Cミホノブルボン』
そう言いながら、ブルボンがモビルスーツの出撃シーンのようにコートに出てくる。
『6番SGゴールドシップ』
「ゴルシちゃん、参上だぜー!」
ようやく元気な子が現れた。
『7番SFメジロマックイーン』
「これに勝ったら、トレーナーさんがケーキを食べて良いと言って下さいました……!」
なんか変な気合いが入っている。でも何を勘違いしているのか、一人だけ服装が野球のユニフォームである。
『8番、PFメジロライアン』
「っしゃー! 勝つぞー!」
ようやくまともに両手の拳を突き上げて出て来た。実際、この子が決勝まで上がるのは、ある種予想通りでもあるが。
さて、続いてもう片方のチームである。……と、言っても、まぁ決勝戦のチームは最初から決まっているわけだが。
『ふひひっ……ウマ娘ちゃん達のバスケ……眼福……はっ、で、では、続いて銀チームのご紹介です』
まず、今まで紅白戦にちなんで赤と白だったのに、なんで急に銀になったのか、という所だ。その時点でわざわざ紹介するまでもない気がする。
『4番SG、日向グルーヴ』
おい、いきなり黒バスかよ、とスラダン世代の二人は少し眉間に皺を寄せてしまう……と、思ったら、現れたエアグルーヴは眼鏡をかけて誠凛高校バスケ部のユニフォームを着ていた。
「わざわざ名前変えてまで来ましたね」
「エアグルーヴさん、メガネ似合いますね……」
そんなつぶやきが漏れる中、さらに次の子が出て来る。
『10番PF火神スカーレット』
そう言いながら出てきたスカーレットは、わざわざ眉毛の形をギザギザに塗って現れた。
「銀さん……後でぶっ飛ばす……!」
あれは割と恥ずかしいようで、顔を真っ赤にして出てきた。
『11番? 黒子タイシン』
今度現れたタイシンは、ユニフォーム以外、特に何かコスプレの気配はない。それはつまり……身長の時点で選ばれたというわけであって。
「銀さん……あとでぶっ殺す……!」
同じことを言いながらコートに立った。
『7番C長さん』
は? 誰? と二人が小首を傾げたのも束の間、8時だよ全員集合のオープニングの格好をしたシンボリルドルフだった。
「なんでそこでいきなり黒バスやめた⁉︎」
「生徒会長は一体どこに向かっているのでしょうか……」
それは、本人も知り得ないことだった。
そして最後の一人である。
『5番PG伊月バクシンオー』
「バクシィィィィン‼︎」
これ余ったから相反する二人を合わせたでしょ、なんて誰しも分かることだった。
本人はそれに気が付いていないようで、元気に着地した。
『監督、安西銀義』
監督の紹介もするの? ていうかなんで監督だけスラムダンク⁉︎ と、二人とも……というか見学している全員が思ってしまった。
「ちなみに俺が安西先生にしたのは、そっちの方が好きだからだ」
人の心の中読んでんじゃねーよ! と、これまた全員が思ったが、とにかく試合開始だ。
×××
さて、まずコートの中央で立っているのは、メジロライアンと日向グルーヴ。審判である秋川理事長が大きな声を出す。
「宣誓! 双方チームとも、全力を持って不正なくゲームに当たるように!」
「「はい!」」
「では、ぷりっ……プレイボール!」
噛んでしまった理事長は、真上にボールを放り投げた。というか、そもそも球技を勘違いしている説ある。
それをまず取ったのはメジロライアン、後ろにいるライスにボールを回した。
「はいっ」
「う、うん……ブルボンさん!」
「了解」
ボールをもらったブルボンは、それを手にして地面に突きながらドリブル。ふと視界に入ったゴールドシップに回そうとした時だ。
「ほっ、と」
「!」
黒子タイシンがボールをカットした。そのボールはバウンドしながら、コートの横に座っている銀時の足元に転がる。
笛が鳴り、ゲームは一時停止。赤チームボールからスタートだ。銀時がボールをブルボンに放る。
「ほい」
「ありがとうございます」
ボールを受け取ったブルボンは、そのボールを近くのマックイーンに投げようとした直後だ。
ボールが、若干濡れていたのかぬるっと滑る。
「!」
それを受け取ったマックイーンも同じだ。ドリブルをしようとしたが、手がぬるりと滑ってしまう。それを好機と見た火神スカーレットがボールをとってしまう。
「っ……汗でしょうか……!」
なんか、あのボール滑る。でも、火神スカーレットは平然とドリブルしてゴール下まで行く。
「シュート……!」
「ゴルシちゃんだぜ!」
だが、その前にゴールドシップが手を出してボールをカット。転がったボールを、ライスが手にとってパスを回そうとした直後だ。また、ツルッと手を滑らせた。
「あれれっ⁉︎」
明後日の方向にボールが飛び、それを長さんが拾ってボールを軽く手元で回したあと、ドリブルし始めゴールにシュートした。
ゴールネットを揺らし、先制点は銀チームである。
「よっし……!」
「ナイスシュートです、会……長さん」
「それさん付けしてるだけじゃないか?」
なんて話している中、マックイーンとライアンは奥歯を噛んだ。まさかの自分チームがミス連発である。
そんな中、ふとマックイーンの鼻腔を刺激する甘い香り。嗅ぎ覚えがある香りですぐに正体は分かったが、何故この香りがこんなところで……? と、眉間にシワを寄せる。
それはすぐにわかった。自分の掌に、何故かチョコレートソースがべったりついていたからだ。
「ま、まさかこれは……ついに私、無からチョコを生み出せる能力を得ましたわ⁉︎」
「違うでしょ! 審判タイム!」
ライアンがタイムをかけた直後、理事長が片眉を上げてコートに入った。
「ストップ! 何かあったか?」
「あのボール、なんか塗ってあります! ほら、コートにもなんか茶色い液体が点々と……!」
「確認! このボールを用意したのは?」
「坂田先生です。先ほど、受け取りました」
ブルボンが自分の手を舐めながら答える。甘くて美味しいみたいで、マックイーンも舐めてしまっていた。
何となく、ライアンは嫌な予感がしつつ、理事長と一緒にボールを回収して銀義の元に駆け寄った。
「尋問! 安西先生、これはなんだ?」
「ボールでしょう」
「誤解! ボールについている茶色の液体の事を聞いている!」
「汗じゃないすか? 茶色に見えるのはボールについてるからだと思いますよ」
「疑惑! いや、どう見ても茶色そのもの!」
「じゃあ、もしかしたら泥まみれの汗かもしれないすよ。ほら、ウマ娘達、結構頑張って大会出てましたし」
「苛々! そんなレベルではない茶色と甘い香りがする!」
「甘い香り? ……ああ、試合後、みんなでお疲れ様会のためにパフェを作ってるからっすかね」
そう言いながら、銀義が指を指す先では、黒子タイシンと伊月バクシンオーがパフェ作りをしている。試合のコートで。
苛立ったのはライアンも同じで、二人の間に割って入った。
「ちょっと、んなことはどうでも良いんですよ。このボール、何か塗ってますよね。じゃないとあんなに滑らないし、あの……長さん? って人、ドリブルの時、ボールの何もついてないとこ確認してましたし」
「おいおい、言いがかりはよせよ。なぁ、日向?」
「その通りだ。汗でボールが濡れることくらい、試合中ならあるだろう」
言いながら、日向グルーヴはボールを受け取り、軽くドリブルをする。が、手を滑らせて自分のつま先にバウンドしてしまい、顔面に直撃。メガネは割れた上に、顔面がチョコレートソースまみれになった。
「どう見たってチョコレートソースついてるでしょうが!」
「いやいや、これチョコじゃねーよ。日向、甘いか?」
「むしろ苦いな。カカオ95%くらい」
「チョコって言ってるじゃん!」
「不正! 今の得点は無効の上、赤チームからゲームリスタートである!」
と、早くも味方にしか分からないように塗りたくったチョコレートソース作戦は失敗になってしまった。
×××
「ま、失敗した策を二度やっても意味ねえってことだな」
第一クォーターが終わり、監督である安西の周りに選手達が集まった。それでも、一応は運動神経抜群のチームである。相手にメジロライアンとゴールドシップがいるにも関わらず、14対12と2点差で抑えた。
「おっと、失敗した策が分からない君は『三年Z組銀八先生』の一巻をチェケラ!」
「何の話よ。どうするのよ、このままじゃ勝てないわよ?」
スカーレットがそう言う通り、バスケという球技の地力の差がある。何とかリードを取らないと勝てるものも勝てないだろう。
「安心しろ。次の手は考えてある」
「どうすんの?」
「長さん、オペレーションコントだ」
「なっ……もうあれをやるのかい?」
「しゃーねーだろ。文字通りのチョコボールで60点くらい取るつもりだったのに終わっちまったんだからよ」
「そもそも、その作戦が大胆すぎだと思うんだけど」
「うるせーよ」
黒子タイシンの言葉にそう返しながら、安西はパンパンと手を叩いた。
「うし、じゃあ勝ちに行くぞ」
その言葉で、ゲーム再開となった。
×××
オペレーションコント……つまり、コントならではの大掛かりな仕掛けをいくつも作り、それで敵を翻弄する作戦である。
具体的な手段を紹介すると、ボールが30個くらい天井から落ちてきたり、何故か四方八方から水が出てきたり、急にカラスが現れて全員で合唱を始めたり、途中で誠凛高校の格好をした選手が増え始めたり……などと、ゴールドシップが好きそうで、実際、大喜びしていた仕掛けが散乱した結果、理事長が大声を出した。
「散々! もう試合は中止である!」
「なんでっすか、理事長。諦めたら、そこで試合終了っすよ?」
「五月蝿い! だから試合終了である!」
そう言いながら、苛立った理事長が安西に……つーかもう銀時で良いや、銀時にボールを投げつけた。
それを銀時が、首を横に捻って避けた時だ。その真後ろにいたゴールドシップにボールが直撃した。
「「あっ」」
ヤバい、と二人が思うまでもなく、ボールはずるりと床に落ち、ポーンポーン……と、バウンド。それを、ゴールドシップは掴んだ。
「……はっはーん、なるほどなるほど。ゴルシちゃん分かっちゃったぜ。つまり……理事長はバスケットボールよりも、ドッジボールがお好みと」
「えっ、や、違……」
「ゴルシちゃんショット!」
「危なっ⁉︎」
理事長に向けられたボールを慌てて避ける。そのボールは壁にバウンドし、日向グルーヴの頭に直撃した。
ヤバい、と再び二人は肩を震わせる。ポーンポーン……と転がるボールをむんずっと掴んだ日向グルーヴ……つーか、エアグルーヴは、肩を震わせながら怒りを露わにし、ゴゴゴゴッと音が鳴りそうな程のオーラを放つ。
「下らん猿芝居につきあい、チョコまみれになろうとウマ娘達のためになるなら喜んでと思い、この仕事に承諾したが……なるほど。つまり、そういう感じでくるわけか、ゴールドシップ……!」
「お、やる気か? ゴルシちゃん、誰が相手でも良いぜ?」
言いながら、ゴールドシップは足元に転がっているボールを手に取った。ウマ娘だから、仮にバスケットボールでドッジボールをしても怪我はしない……だが、なんか嫌な予感がして仕方なかった。
「ゴルシちゃんクラッシャー!」
「女帝ストライク!」
「あぶねええええ!」
慌てて銀時は理事長を庇うようにして避けた。二人が投げたボールは共にぶつかり合い、タイシンとマックイーンに直撃した。
「「……」」
「激震! 争いが争いを呼んでいく……!」
「つーかあいつら当たりすぎだろ。避ける事を知らねーのか?」
そんな呟きも届かず、二人もまたボールを拾った。
「ゴールドシップさん……あなたの普段の自由奔放さには耐えてきたつもりでしたが、そろそろ我慢の限界ですわ……!」
「いくら副会長だからって、やって良いことと悪いことあるんじゃないの? それとも小さいからって馬鹿にしてんの?」
キレている。これ以上ないほどおキレになられている。だが、エアグルーヴもゴールドシップも知ったことか、と言わんばかりだ。ていうか、真ん中にいる銀時と理事長は普通にピンチである。
助けを求めるようにたづなと理子がいたはずの場所に目を向けると、いなくなっていた。
「あいつら……逃げやがった……!」
と、奥歯を噛み締めた直後だった。
「上等だ、かかってきやがれ!」
「前々から貴様らバカにはうんざりしていた!」
「メジロ家の恥晒しめ!」
「チビだからってなめんなぁ!」
四方からボールが飛んでくる。理事長がいて避けることが出来なかった銀時に、全て命中した。
「「「「あっ」」」」
そこで、四人とも冷静になる。いや嘘。ゴールドシップだけ「見たかー!」みたいな顔をしている。
そして、銀時も割と限界が来た。どいつもこいつも好き勝手人に押し付けて、やりたい放題やって手間ばかり押し付けて……こちとら、異世界に迷い込んだ侍だっちゅーんに。
それを、ボールで返すたァ良い度胸だ。落ちるボールをガッと両手に掴むと、表情を豹変させて腕を振り上げた。
「上等だクソガキどもォォォォ‼︎ テメェら大人ナメてんじゃねェェエエエエ‼︎」
ボッと火を吹く速度で投げられたボールは、エアグルーヴに向かう。反射的に避け、壁に跳ね返り、スカーレットに直撃した。
「ぎ、銀さんんんんんん‼︎」
「文句あんならかかって来いクソガキどもがアアアア‼︎」
そのまま、一気にドッジボール大会が始まった。周りで見ていたウマ娘たちも参加し始め、体育館が一気に戦場となる。
そんな中、ぽかーん、と理事長はコートの中心で佇む。なんか……血の気が多い生徒が、いつの間にか増えた。いつからだろう、こんな馬鹿騒ぎするような学校になったのは。仮にも女子校だというのに……。
……いや、でも普段は「トレセン学園の生徒」である事に自覚を持ち、自身の振る舞いを気にかけているような子達ばかりだ。一部を除いて。
ならば、たまにはこんな風に江戸っ子のお祭りのようになるのも悪くないのかもしれない。
そして、こんな風に生徒達が遊べるのは、あの中心で一番、楽しそうに吠えている若白髪の教員がいてこそなのだろう。
だからこそ、理事長はにかっと笑った。生気のない笑みで。
「ヤケクソ! 健やかに育て、少年少女!」
適当にそんなことをほざきながら、体育館から逃げた。
全ウマ娘のスピード、パワー、スタミナ、根性が100上がった。殺る気が上がった。賢さが150下がった。
こうして、嵐の合宿は幕を閉じた。