トレセン学園銀八先生。   作:バナハロ

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日本人だけど外国人。

 トレセン学園の学生寮。そこで学生達の管理も行なっている生徒会のうち、副会長であるエアグルーヴは、門限違反者を注意する為……そして門限が過ぎた後に寮を抜け出す者を注意する為、寮の門前で待機していた。

 特に、ここ最近は厳重注意すべき生徒が多くいる。その中の筆頭が、ダイワスカーレットだ。

 大体の事情は把握している。ウオッカとのレースに敗れ、自らをさらに追い込むため、暴走に近い形で走り込みをしている。というか、彼女に関しては厳重注意済みだ。

 次もまたこういうことがあるかもしれないので、今日は自分も違反者になる覚悟である。

 そんな時だった。

 

「エアグルーヴ先輩」

 

 後ろから、あまりに予想外な声が聞こえる。振り返ると、ダイワスカーレットが立っていた。それも、これまた予想外に手ぶらのまま学生服姿である。

 

「なんだ、ダイワスカーレット。抜け出す許可でも得に来たか?」

 

 あまりに考えにくい可能性だが、制服の下に体操服を着ている可能性を考慮して、厳しい口調で問い詰める。

 しかし、スカーレットは首を横に振るう。

 

「いえ……違います。今まで、ご迷惑をおかけしました」

「……何?」

「夜中に寮を抜け出していた件です。本日は、その事を謝りにきました」

「それは構わんが……まさか、転校でもするつもりか?」

「いえ。……ただ、吹っ切れただけです。現状を受け入れて、その上で次はあいつに負けないように努めます」

「……」

 

 あまりに急な心変わりな気がする。いや、心配していた手前、悪い事ではないのだが。

 

「……何かあったのか?」

「いえ、何もありません。……ただ、変な奴から、落ち着く事を教わっただけです」

「……?」

 

 とりあえず、本当にこれ以上、外で自主練をするつもりはないようだ。一先ず、その事に安堵しつつ、何があったのかは胸の奥でそれなりに気になっていた。

 

 ×××

 

 翌日、生徒会室でエアグルーヴはいつものように執務を行う生徒会長、シンボリルドルフから書類を没収していた。

 

「むっ、エアグルーヴ?」

「ダメです、会長。なんでもご自分でなさらず、たまには我々に仕事を分配して下さい」

「しかし、君も色々な生徒の悩みを聞いて相談に乗っているのだろう? つい最近も、その事でまたトレーナーとの契約を破棄したみたいではないか」

「それとこれとは話が別です。書類をお預かりさせて下さい」

「ふむ……分かった」

 

 シンボリルドルフは、基本的に働き過ぎだ。今までそれが原因で倒れたり病気になった所を見た事はないが、それでも気になるものは気になる。それに、副会長という会長を補佐する立場にいながら、仕事を全て丸投げするのも「女帝」として許されない。

 さて、早速受け取った書類を見下ろすと、教室使用の承諾書だった。名前は「万事屋銀ちゃん」と書かれていて、顧問の名前に坂田銀時、そして生徒の所に「ダイワスカーレット」の名前があった。

 

「? 会長、こちらは……」

「む? ああ、昨日急に銀髪の天然パーマの先生が私の所まで来てね。それだけ置いて帰っていったよ。内容によると『何でも屋』『生徒のお悩み相談』らしくてね。特に問題も無いと思って許可したよ」

「……しかし、ダイワスカーレットの名があるのは」

「彼女にも良い刺激になるだろうと思ってね。ここ最近、寮を抜け出してオーバーワークする彼女は、君の悩みの種でもあっただろう?」

 

 それはその通りだが……しかし、トレーナー探しをやめて他人の世話を焼き始めるとは、それはそれで迷走しているような気がしないでもない。

 

「……一応、後で様子を見に行きます」

「それは構わないが……また新しいトレーナーと契約したのだろう? そちらは行かなくて良いのか?」

「大丈夫です」

 

 そう言いながら、とりあえず「やる」と言った分の書類仕事を片付ける。

 どう言う心境の変化があったか知らないが、トゥインクルシリーズと無関係の教員に何かを唆された可能性もある。彼女は「優等生」なのだし、そこを利用されたのかもしれない。

 実態を把握するために、顔だけでも見に行った方が良いだろう。

 

 ×××

 

「おいおい……おいおいおい、こっちの世界のジャンプ、もう銀魂終わってんじゃん」

 

 そんなことを言いながら、銀時は教室で昨日のジャンプを読み耽る。

 現在、この教室には銀時しかおらず、スカーレットはまだ来ていない。自分から作ると言い出した場所に中々、来ないとは良いご身分だ。

 ぽいっと読み終えたジャンプを適当に机の上に放ると、糖分の限界が訪れたので甘いものを食べに行こうと立ち上がった時だ。教室の扉が勢い良く開かれた。

 

「お、いるわね。銀さん」

「遅えよ、ダスカ」

「略すな!」

「つーかお前何してたの?」

「廊下にポスターを貼ってきたわ。せっかく、この私が所属する『万事屋』だもの。せっかくなら、一番生徒に相談されたいじゃない」

「やる気満々だなお前。うちのガキ二人にも見習って欲しいわ」

「? ガキ二人?」

「なんでもねえ」

 

 とはいえ、元の世界じゃ街中にポスター貼るのにも役所の許可が必要だったりするし、学生の校舎内だからこそ出来る事なのだろう。

 

「あとは、お茶淹れるために電気ポットとお茶っ葉が欲しいわね」

「随分と気合入ってんなお前」

「当たり前でしょ。せっかく、新しいことを始めるんだもの」

 

 ていうか、とスカーレットは続けて銀時を睨む。

 

「銀さんこそもう少しやる気出したら? まず机の上に足を乗せないで。それから、ジャンプも読み終わったもの、そこに置きっぱなしにしないで」

「なんなんだお前は、ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ……口うるさい小姑か」

「仮にもこのアタシが所属する組織の顧問が、あんたみたいに適当でぐだぐだな人間なのは許せないの! 大体、その死んだ魚みたいな目は何よ⁉︎」

「良いんだよ、いざと言う時はギラめくから。それより、購買でア○ロチョコ買って来るわ。糖分切れた」

「糖分切れたって何⁉︎」

 

 だーもうっ、と髪を掻き上げるスカーレットを無視して、銀時は机から足を下ろす。

 

「こんな時に生徒が来たらどうするのよ⁉︎」

「そんなに早く来るわけねーだろ? 俺が万事屋やってた時は週に七日は閑古鳥鳴いてたぞ」

「それ経営として大丈夫だったの⁉︎」

 

 いや、というか自分はそんな商売を始めようと言ってしまったのか、とスカーレットが少し後悔しそうになった時だ。コンコンと扉にノックの音がする。

 

「え、うそ?」

「きたじゃない。早く姿勢を正していなさいよ。どうぞ」

 

 答えると「バクシィィィンッッッツ礼します!」という元気な声で一人の生徒が入ってきた。

 

「今あいつなんて言った?」

「分かりません」

「初めまして、サクラバクシンオーです!」

「おー」

「どうぞ、座ってください」

 

 スカーレットが椅子を進めると、バクシンオーはそこに座る。それに伴い、銀時は向かいの席に座った。

 どうしたの? と聞く前に、スカーレットがルーズリーフとシャーペンをバクシンオーの前に置いた。

 

「名前とクラス、相談内容をお願いします」

「分かりました!」

「え、そんなのいる?」

 

 銀時が片眉を上げて聞くと、スカーレットは腰に手を当てて胸を張りながら答える。

 

「当然でしょ? 活動記録はある程度、残しておかないと」

「……」

 

 そういうものなのかもしれない。なんだか本職として少し情けなく感じつつも、とりあえず話に移った。

 

「で、なんの御用で?」

「はい! 実は私、学級委員長なのです!」

「あーそう。で?」

「学級委員長とは、皆さんのお手本になるべく存在……その上、今日は日直! つまり、いつもの倍、お手本にならないといけない日なのです!」

「ダスカ、この子何言ってんの? それともトレセン学園ってそういうもん?」

「え、違うと思いますけど……」

 

 苦笑いを浮かべつつも敬語で話している。多分、優等生のフリは相変わらず続けるつもりらしい。

 まぁ、何にしても今は目の前にきたバカっぽい少女のことだ。

 

「で、それで?」

「そんな私が何たる不覚ッ! 学級日誌を紛失してしまいましたッ‼︎」

「……」

「……」

「……」

 

 その割とどうでも良い告白に、三人の間に沈黙が流れる。銀時もスカーレットも「で、相談は?」と言わんばかりの空気を流す。

 その沈黙を破ったのは、バクシンオーだった。

 

「ここまで言えば、もうお分かりですね⁉︎」

「いや、分かんねーよ。何一つ。てか、分かりたくもねーよ」

「いや、分かるって言えば分かりますけど……分かりたくないんですが」

「むぅ……意外とお二方とも鈍ちんですね……。もしかして、国語とか得意でない?」

「誰に物言ってんだ。現国教師だぞコラ」

「それを言うならもっとまともな授業を用意して下さい。教材でワンピースとかナルト持って来られても困ります」

 

 しれっとスカーレットから冷たいツッコミを浴びる教員を見ても、バクシンオーは顔色一つ変えず、マイペースに相談を続けた。

 

「お願いします。ご一緒に学級日誌を探して下さいッ‼︎」

「だってよ、ダスカ。あとは頼んだ」

「分かりました。坂田先生共々、ご協力します」

「おーい。聞こえてるかツインテール?」

「本当ですか⁉︎ よろしくお願いしますッ‼︎」

 

 いや、まぁ以前の万事屋でもペット探しの依頼とかはあったが……それでも、学級日誌を教員が探すのは如何なものか? そんなの、なんなら友達に頼め、とさえ言いたくなる。

 だが、そんな考えが顔に出ていたのであろう。隣でスカーレットがにっこり微笑みながら腕をホールドしている。

 

「行きますよね? 先生」

「いや、俺そろばん塾あるから」

「先生?」

「ていうか……あの、なんか腕ミシミシいってんだけど。ゴリラに育てられた駄眼鏡の姉ちゃん並みの腕力じゃねこれ?」

 

 ウマ娘の腕力は、人間の比ではない。それこそ、宇宙最強戦闘民族「夜兎」と腕相撲しても、良い勝負をするレベルかもしれない。

 そのオーラをヒシヒシと感じている銀時は、大量に冷や汗をかくしかない。

 

「……行きます」

「はい」

「では、参りましょう、お二方!」

 

 そんなわけで、走りながら教室を出て行った。

 

「では、皆さん! まずは私の教室です! レッツ、バクシィィィィンッッ‼︎」

「あ、廊下は走っちゃダメですよ!」

「と言うお前もな」

 

 なんて言いながら走っている二人を追いかけている時、ふと銀時は気がついた。やたらとオーラのある女子生徒が、自分達の教室に向かっているのが。

 依頼者だとしたら、空き教室に行かせてしまうことになるが……まぁなんか面倒臭そうなオーラは察していたので、とりあえず二人について行っ……。

 

「あれ?」

 

 バクシンオーについて行ったスカーレット……それに、如何に人間離れした力は持っているとはいえ、やはり人間である銀時についていけるわけがなかった。

 ……とはいえ、あの様子だとサボったりなんてしたら、スカーレットに何をされるか分からない。あの膂力の一撃は、神楽と同レベルの一発と思ったほうが良いだろう。

 

「……せっかくだし、購買寄ってから行くか」

 

 呑気に歩きながら、銀時はあくびを浮かべて歩いて行った。

 

 ×××

 

 40分後。スカーレットが書かせていたルーズリーフからバクシンオーの教室を割り出した銀時は、購買で買ったア○ロチョコを口に放りつつ鼻をほじりながら、扉を開けた。

 

「おーう、お前らー。見つかったかー?」

「遅い! ……じゃなくて、遅いですよ? 坂田先生」

「お前らが早過ぎたんだろ」

「ここから万事屋まで40分もかかりませんけど……⁉︎」

「それは俺が購買でア○ロチョコを買ってたってだけで、誰の所為でもねーよ」

「それ先生の所為ですよね⁉︎」

「んなことより、日誌はあったのか?」

 

 ブチっ、とスカーレットから何かがブチギレる音がしたが、銀時は無視。バクシンオーに片眉を上げて聞いた。

 

「いえ……ありませんでした……!」

 

 悔しそうに涙を流しかねない表情で項垂れるバクシンオー。それを見ながら、銀時はチョコの蓋を開ける。

 

「まぁまだ教室に着いたばかりだし、諦めんのはまだ早ぇーだろ」

「それは先生だけですよ? もう隅々まで調べました」

「うぐっ……しかし、教室にないとしたら、一体どこに……」

「チョコ食う?」

「いただきます!」

 

 との事で、バクシンオーの手のひらにチョコを数個、溢した。

 

「あむっ……んっ、美味しいですね! 懐かしい味がします」

「人生を楽しむコツは童心を忘れねー事だよ。ア○ロチョコにしてもジャンプにしてもな。……で、他に候補はねえのか?」

「そう言われましても……私は常に校内を見て回っておりますので。特に、今日は日直でしたので、いつ何処でも日誌が書けるように何処にでも持って行っていましたッ!」

「夜神月か、お前は」

「いえ、委員長です!」

「どんな返ししてんだよ」

 

 ダメだ、この女子生徒の基本的な適性はボケだ。こちらがツッコミに回るしかない。

 

「ま、とりあえず今日、その見回りで行った場所に顔出すぞ。そうすりゃいつか見つかんだろ」

「わ、分かりました!」

 

 そんな話をしながら、教室を出た。

 三人で呑気に歩きながら、早速銀時が質問する。

 

「で、今日は何処行ったんだ?」

「そうですね……まずは、校門前で掃除のおサボりをしていた生徒をお説教しましたッ!」

「あっそ。じゃあそこ行くか」

「ええ! では、レッツ、バクシ……」

「待って下さい、バクシンオーさん!」

「むっ、なんですか? スカーレットさん」

 

 急に止められ、バクシンオーは足を止める。

 

「何処を見て回ったのか、全て教えていただけませんか?」

「? 何故ですか? みんなで一斉に回った方が見落としがないと、学級委員長は思うのですが!」

「ええ。ですが、ノロノロパー……坂田先生がいらっしゃるので、バクシンオーさんが走ってしまうと、ついて来れませんから」

「オイ、お前今なんつった?」

「なるほど……それで、手分けするということですね?」

「はい」

 

 微笑みながらそう提案するスカーレットだが、目元は全然、笑っていない。そんな風に釘を刺されなくても、別に銀時はサボるつもりはないのだが。

 

「ま、俺もそれで良いわ。どこ行ったんだ?」

「はい! 花壇、グラウンド、屋上、中庭、食堂、体育館、図書室、家庭科室……あと、トレーナー室、あと職員室です!」

「ルーラでも使えんの? 落ち着きないってレベル超えてるだろそれ」

「では、私とスカーレットさんは体育館、屋上、トレーナー室、花壇、食堂、図書室、中庭、家庭科室を見ます!」

「えっ、なんでアタシ達が8割回るんですか?」

「よろしくー。じゃ、行ってくるわ」

「あ、サボったら許しませんからね!」

「わーってるっての」

 

 そのまま二人と別れ、銀時はとりあえず職員室に向かった。

 

 ×××

 

「……あはは、なんかごめんね? うちのバクシンオーが」

「い、いえ……」

 

 しばらく色んなところを回ったが見つからず、今はバクシンオーのトレーナーのトレーナー室。

 アホみたいにありとあらゆる場所を駆け回った挙句、結局何処にも見つからなかった。

 

「あー、うー……どうしましょう、トレーナーさんッ! このままでは私……先生に怒られてしまいます!」

「落ち着いて、バクシンオー。とりあえず休んで。言っとくけど、ここでいくら頑張っても今日のトレーニングは手を抜かないから」

「うぐっ……!」

 

 すごい、とスカーレットは目を剥く。あの破天荒且つ暴れん坊で人の話を聞かないバクシンオーを、こんなにあっさりと落ち着かせるとは。……ほとんど脅しだったが。

 ……しかし、それがスカーレットには羨ましかった。その脅しができる、と言うことは、少なからずバクシンオーの事を、トレーナーさんは分かっているのだろう。

 お互いの事をそれなりに信頼している関係。バクシンオーの様子を見るに、自分の考えや行動を制限している様子は見えないのに。

 ……銀時はああ言ってくれたが、自分の意見やワガママな面を許容してくれるトレーナーは現れるのだろうか? 

 そのスカーレットに、バクシンオーのトレーナーはお茶を出した。

 

「飲んで」

「あ、ありがとうございます……」

「ダイワスカーレットさん、かぁ……勿体ないよね」

「? 何がですか?」

 

 バクシンオーにもお茶を出しながら、トレーナーは微笑みながら続ける。

 

「ダイワスカーレットさんとウオッカのレースは俺も見てたよ。もうバクシンオーを担当してたから声は掛けなかったけど、あれだけの実力があって、誰も担当につかなかったなんて」

「っ……」

「理由は聞いてるよ。でも、俺はその勝ち気は長所だと思うよ」

「……え?」

 

 ハッとして顔を上げる。

 

「多くのトレーナーは勘違いしてるけど、ウマ娘がトレーナーに合わせるんじゃなくて、トレーナーがウマ娘に合わせないと、上手くいくことなんてない。だって、実際に走るのは結局、ウマ娘なんだから」

「……」

「だからウマが合うトレーナーと出会えなかった今年、焦らずにその辺のトレーナーと組まなかったのは、俺は正解だと思うよ」

「……」

 

 驚いた。トレーナーなんて、みんな自分本位なのだと思っていた。自分と同じクラスのウオッカも、色んなトレーナーに追いかけ回されている。その事もあって、いまだに担当が決まっていないのは、あれはあれで皮肉な話だ。

 

「大丈夫、一部のトレーナーにとって君は生意気に映っているかもしれないけど、君なら良い面だってたくさんある。今日みたいに、うちのバクシンオーに付き合ってくれてたり、ね。すぐに気が合うトレーナーは現れるよ」

「……ありがとう、ございます」

「ううん。もう似たような事言われてるでしょ」

「え?」

 

 これまた驚いた。確かに言われたが、何故分かったのだろうか? 

 

「前にバクシンオーが気にしてたからね。オーバーワークが過ぎる寮生がいるから、次見かけたら注意するって張り切ってたよ」

「ち、注意する事を張り切られても……」

「それが、バクシンオーの良いとこだから」

 

 しかし……もしかしたら、今日教室に来たのも、バクシンオーなりの気遣いだったのかもしれない。

 そんな時だった。

 

「あ───────ッッ‼︎」

 

 バクシンオーの爆音が二人の鼓膜を破りに来たので、速攻で耳を塞いだ。

 

「っ、な、何……⁉︎」

「どうしたの?」

「ありました! 学級日誌!」

 

 そう叫ぶ指先にあったのは、トレーナー室から見える窓の外。木の上に引っかかっていた。

 

「な、なんであんな所に……⁉︎」

「裏表紙に『ゴルシちゃん、参上』って似顔絵付きで描いてある」

「な、なるほど……?」

 

 ホント、変な人しかいない学校である。なんにしても、あれを取るには木を下から揺らすしかないだろう。

 

「バクシンオーさん、下におり……」

「レッツ、バクシイィィィィンッッ‼︎」

「「アホおおおおおおおお!」」

 

 何を思ったか、バクシンオーは窓の外から飛び出した。勢いのついた良い走り幅跳びだ。距離で言えば10メートルほど離れている木に、見事にしがみつき、サクサクと登って学級日誌を獲得した。

 

「バクシン取ったどぉ─────ッ!」

 

 バクシン自殺行為とも言える。

 

「ちょっ、あ、危ないですって!」

「コラ、バクシンオー戻って来なさい!」

「言われなくても、戻りま」

 

 と、言いかけた時だ。バクシンオーが足場にしていた枝が折れた。

 

「あへ?」

「ちょっ……!」

 

 バランスを崩し、枝にぶら下がるバクシンオー。手元から学級日誌が離れ、地面に落下。パシィィンッッ……と、表面全てが平面に直撃した音が響き渡る。

 

「と、トレーナーさーん! 助けてくださーい!」

「ち、ちょっと待ってて! 今、トランポリンか何か……」

「わ、私が助けを呼んで来ます……!」

「ギャアアアアア!」

「「ど、どうしたの⁉︎」」

「てっ、手元に……毛虫がああああ!」

「「えええええええッッ⁉︎」」

 

 こうなったら、もう一刻の猶予もない。最悪、自分が飛ぶつもりのスカーレットがベランダから乗り出した時だった。

 ふと木に向かって原チャリを走らせて爆走してくる、見覚えのある銀色の天然パーマが見えた。

 

「! ぎ、銀さん⁉︎」

「……だ、誰?」

「ったく、テメェら! 手間ァ掛けさせんじゃねえよッッ‼︎」

 

 そう言いながら、銀時は木に近づくなり、木刀を振り被り、木を思いっきり殴打した。

 えっ、と、スカーレットとトレーナーの間から声が漏れたのも束の間、あまりの腕力と威力に、木は大きく傾くどころか殴られた場所に亀裂が走る。

 

「「ええええええっ⁉︎」」

「ぎゃああああ! お、おちるううううッッ‼︎」

 

 三人から悲鳴が漏れる間に、銀時は原チャリの上に足を乗せ、思いっきりジャンプ。そして、バクシンオーがいる高さにまで跳ね上がると、そのままバクシンオーを肩に抱える。

 

「ふんごッ!」

「さ、坂田センセエエエエエエエッッ‼︎」

「だーってろ、バカシンオー‼︎」

 

 そう怒鳴ると共に、銀時は真下を見る。高さにしておよそ10メートルほど。死んでもおかしくないレベル。

 それに対し、銀時は手に持っている木刀を投擲する。それが根元にブロロロロッッと空気を切る音と共に回転し、地面と倒れる木の間に、固定するように突き刺さった。そのたった一撃で、倒れる木を支えてしまった。

 

「おおっ……⁉︎」

「ふんぐっ!」

 

 バクシンオーが目を剥くが、銀時は無視して倒れるのが止まった木に手を当てた。

 その木を軸に、手を擦りながら地面まで一気に着地した。

 

「あーあーあー……手のひらズタズタになっちゃったじゃん。手ェ洗って来ないと……」

「バクシンオー!」

 

 直後、校舎の中からトレーナーとスカーレットが出て来る。声をかけれたことに気づき、トレーナーの下にバクシンオーが走り込み、飛び込んでハグした。

 

「トレーナーさーん! 怖かったですー!」

「もー、心配したぞー! 思わず絞め殺したくなるくらい」

「えっ……あ、あの……トレーナーさん、腰が痛いんですけど……」

「……今日のトレーニング、簡単に終わらせられると思うなよホント……」

「いだだだだ! すみませんでした⁉︎ 謝るので力任せの絞技は勘弁して下さい下さいいいい⁉︎」

 

 それを眺めながら、銀時は地面に刺さった木刀を引き抜く。

 

「おいおいおい……もう土まみれになっちゃったよ。こっちの世界で、木刀……はまぁ売ってるとして、洞爺湖って入れてもらえんのかなー。いや、良い機会だし、名前変えるか?」

「ち、ちょっと……!」

 

 ブツブツと呑気なことを言いながら、支えを失った事で倒れた木を無視して、木刀の土を払っている銀時に、スカーレットが声を掛ける。

 

「な、何者よあんた……? 何よ、今の身のこなし。ウマ娘でも簡単に行かないわよ、あんなの?」

「あ? あー……それよりバカシン、怪我ねえか?」

 

 適当に誤魔化しながら声をかけると、ダウンし切ったように座り込んでいるバクシンオーの代わりにトレーナーが答えた。

 

「あ、ああ、大丈夫です。それより、ありがとうございます。助けていただいて」

「あ? あー、良いんです良いんです。気にしないで下さい。お礼に一割いただければ十分ですので」

「いや、財布ではありませんので。……あ、代わりにこれ。今度のレースでバクシンオーが優勝した時のご褒美に取っておいた『ハチミー一年無料パス』差し上げますよ」

「お、良いんすか? ありがとうございます」

「それもこちらのセリフですので」

 

 そのパスを受け取り、別れた。

 

「ダスカ、これどこで食えんの?」

「え? ……ああ。学校近くのカフェ。今度、連れて行ってあげる」

「あっそ。じゃ、今日は俺ァ帰るわ。久しぶりに疲れた」

 

 そう言いながら、銀時は鼻をほじりながら歩き始める。

 少し、やり過ぎたかもしれない。仕方なかったとはいえ、この世界はそもそも侍の国ではない。そもそも、戦う人間がいないのだから。

 今後はもう少し慎重に動かないと、今のスカーレットのように女子生徒を怖がらせてしまうかもしれない。

 そう心掛ける事にして、とりあえず帰……。

 

「坂田先生」

「?」

「木をへし折った件と学内を原チャリで走り、壁を大破させた件について、理事長からお話だそうです」

「……」

 

 たづなに連行され、心掛けるどころか心に誓うハメになった。

 

 


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