「なーにが『更衣室に流れる過呼吸音』だ。蓋開けりゃただの盗撮犯じゃねーか」
廊下を歩きながら、銀時がそんな呟きを漏らす。この意見ばかりは全員、同意せざるを得ないため、特に反対意見はない。
しかし、まだまだ他にも七不思議はある。霊について詳しいマンハッタンカフェが緊張感を緩めないように口を開く。
「まぁ……今回のはそうだったかもしれませんが、あと七不思議は六つあります……」
「どうせその六つもくだらねーんだろ? そんなもんさっさと回ってさっさと終わらせちまおうぜ」
「そうだな。というか、校則違反をしている生徒だった場合、むしろさっさとそのバカ行為を止めねばならん」
別の使命感が芽生えているエアグルーヴが同意した。そもそもこの時間にここにいる時点で寮を抜け出していることになるのだ。まぁそれはお互い様であるため、アグネスデジタルの件含め、今後生徒を見つけたら不問にするつもりではあるが、何にしても帰宅だけはキチンと促さなければならない。
「で、カフェ先輩。次の七不思議は何ですか?」
「次のはですね……『家庭科室に潜む辻斬り』です……」
「辻斬りだぁ? また紅桜か? アニメと映画と実写やって今度はクロスオーバーでもやるんですかコノヤロー」
マンハッタンカフェがあらためて説明をすると、家庭科室から「しゃりっ……しゃりっ……」という、刀を研ぐ音が聞こえて来るのだと言う。
トレセン学園が出来る遥か昔、ここで辻斬りをしていた男が切腹を命じられ、今も亡霊となってこの地でウマ娘を斬り続け、その肉片で調理をしている……という内容のものだ。
「……だって、銀さん。相手が刀持ってるなら銀さんの出番よね」
「よろしく、銀さん。大丈夫、骨は拾っとくから」
「馬鹿野郎、エアグルーヴが最近、グラスワンダーに薙刀教わってるってよ。だから頼むわ副会長」
「生徒を盾にするってどんな教師だ貴様!」
と、まぁお互いに押し付け合いが始まった。その様子を眺めながらもマンハッタンカフェは先に進んでしまうので、四人とも慌てて後を追う。
さて、そんなこんなで家庭科室に到着した。一見、変わりはない。特に変な音も聞こえて来ない。
「……なんだ? 刀研ぐ音とか聞こえてくるか?」
「さぁ……ていうか、そもそも刀を研ぐ音を知らないし」
「どんな音なの? 銀さんは聞いたことあるでしょ?」
「えっ、なんであるんですか?」
ダイワスカーレットの質問に今日イチ驚いた様子のマンハッタンカフェが声を漏らすが、リアクションしてもどうせ信用されないので誰も応えない。
銀時も顎に手を当てたままダイワスカーレットの質問に答える。
「どうだろうな……別に銀魂でそういう描写があったわけじゃねーし、俺のメインウェポン木刀だし」
「そうなの?」
「とりあえず、耳を近づけてみれば良い」
エアグルーヴの提案で、5人は扉に耳をくっ付ける。すると……確かに音が聞こえてくる。しょりっ……しょりっ……と、刃物を研ぎ澄ますような不気味な音が。
それに、揃いも揃って身震いさせてしまう。
「お、おい……いるじゃないか。確かに何かいるじゃないか」
「銀さん、今日木刀持って来てないの?」
「ねーよ。銀八モードの時は基本的に教師に似合わないものは持ち合わせてねーんだよ」
「普段、ジャンプとか漫画とか無駄に持ってきてる癖に……!」
「馬鹿野郎、ジャンプは青少年育成に最も適したオールマイティ書物だぞ。今日あんな、当たり前に持ってるか決まってんだろ」
「いや意味分かんないし。なんで青少年育成に三千世界だの口寄せの術の印だの肢曲だのを覚える必要があるわけ?」
「良いからさっさと終わらせんぞ。……おい、マンハッタンカフェ、良いな?」
「……はい、いつでも」
一応、各々で距離を置き、顔を見合わせると……一気に蹴破る勢いで扉を破壊した。
「「「「オラアアアアアアア!!!! 辻斬れるもんなら斬ってみろォォォォォォォォオオ!!!!」」」」
「よくそのセリフがハモりますね」
「ひゃあぁああ!?」
悲鳴を上げたのは当然、突入組の誰でもない。中にいた女子生徒だった。
……というか、なんかやたらと良い香りする。五人の食欲を掻き立てるような、そんな高カロリーな気がする匂いだ。
何事かと思って顔を上げると……そこには、ファインモーションが鉢巻を頭に占め、エプロンをつけたまま包丁を研いでいた。
「ファイン!? 何してる!?」
「あ……ば、バレちゃった……? えへっ」
「いやえへっ、じゃなくて。何しているんだだから」
「実は……ラーメンこっそり作ってました」
「いや……家でやれよ」
銀時の冷たいツッコミが響き渡った。
しかしまぁ、随分と本格的な材料が揃っているものだ。背脂だの豚骨だの何だのと鍋にぶち込まれてグツグツ煮込まれている湯気からでさえ味がする気がしてしまう。
「ていうか、エアグルーヴ達こそどうしたの?」
「いや、その……七不思議を調査していてな……」
「あ、もしかして坂田先生ですか? 初めまして、ファインモーションです。エアグルーヴのルームメイトです!」
「おー。坂田銀時。……このツンデレ女帝のルームメイトとは思えないくらい礼儀正しい奴だな」
「貴様に正す必要はないからな!」
なんてやっている時だった。ぐうぅぅっ、という音が二つ鳴り響く。銀時とエアグルーヴ、マンハッタンカフェがその音の方を見ると、ダイワスカーレットとナリタタイシンが頬を赤らめながらお腹を抑えていた。
その様子を見て、クスッとファインモーションは笑みを浮かべた。
「お腹空いてるの? 良かったら食べて行く?」
言われて、5人は顔を見合わせた。まぁ、まだ不思議はあと五つもあるし……食べて行っても損はない。
……だが、とエアグルーヴは少し悩む。仮にも副会長が最終下校時刻が過ぎた校舎で、寮の門限さえ過ぎている時間にみんなでラーメンを食べる……そんなことが果たして許されて良いのか。
いや……でも責任は銀時が取るだろうし、別に良いだろう。
「まぁ……このまま貴様を放置しておくわけにもいかないしな。ラーメンを作り終えたら遼まで戻るよう促さなければならないし、仕方ない。いただいていこう」
「ツ」
「ン」
「デ」
「レ」
「黙れ貴様ら! 行間を使って抗議するな腹立たしい!」
そんなわけで、いただいていくことになった。
×××
「おーい、なんなんだこの学校のガキどもは。なんでわざわざ校舎に忍び込んでやる必要なねーことをするバカばかりなんだ?」
銀時のそのセリフを否定する気力も起きない4人だが、もう致し方ない。実際、なんか七不思議解明のために来たというよりも、ほとんどバカのサファリパークへツッコミ回りに来ているような感覚だからだ。
「どうなっているんですか、カフェさん?」
「いえ、私も予想外というか……大事なレース前に七不思議なんていう噂で実力を発揮しきれない子がいないように来たのにこれは……」
「そりゃ実力発揮しきれねーだろ。深夜にバカやってんだから。バカの実力しか発揮されてねーよ」
「まぁ、あと五つあるんだし、一つくらい本物あったりするかもよ?」
ナリタタイシンの言うことも尤もな気がしたので、とりあえず次を探すことにした。
「なら、次は?」
「次は……校庭です……。何でも、グラウンドで永遠に走り続ける幽霊が出るとか……」
「走ってんじゃねーか。それもう脚あるじゃねーか」
一応、カフェが語った概要は「過去に親を殺されたウマ娘が、光速で走り続ける事でタイムスリップを目指し、過去を変えようと何度も走り続けている」とのことだ。
「それもう怪談じゃねーじゃん。世界最速のヒーローじゃん。雷に穿たれてろコノヤロー」
「いやもう普通にグラウンドの無断使用で説教しに行くぞ」
「なんだお前、心当たりあんの?」
エアグルーヴのウマ娘確定と言わんばかりの口調に違和感を持った銀時が聞くと、エアグルーヴはダイワスカーレットとナリタタイシンとマンハッタンカフェに目を向ける。
三人は考え込むまでもなくすぐに頷いた。
「……いるわね」
「確かに」
「そこまでして走りたがりそうな人……いますね」
「いんのかよ。どんだけランナー気質? サ○プラザだってそんなに走りたがらねーぞ」
で、グラウンドに来た。走っていたのはサイレンススズカだった。
「やっぱりか」
「走って帰れ」
×××
さて、お次は視聴覚室。ウマ娘達の神秘を解き明かすための解剖手術の様子が収められた闇のビデオが一人でに流れるというもの。
噂の扉を開けてみると、そこで繰り広げられているのは……。
「む、ね、た、かー! やっぱり何度見てもムネの強靭なフィジカルから放たれる大砲は最高ですわー!」
野球のビデオを見ているメジロマックイーンの姿だった。
その様子を見た五人は誰がツッコミを入れるか顔を見合わせた後、銀時が仕方なく口を開いた。
「だから家で見ろっつーの。なんで一々学校の設備使わないと気が済まねえの?」
×××
で、五つ目。「理科室に現れるマッドサイエンティスト」である。これはもはや言わずもがなだった。念の為に木製の薙刀を持ってきていたエアグルーヴが教室に入らずそれを振りかぶり、ぶん投げた。
扉を貫いたそれはそのまま中にいるアグネスタキオンの足の間を通り、白衣を貫いて壁に縫い付けた。
「いやちょっとおおおおおお!! 顔くらい見てからにしてくれないかい!?」
「知るか。もう理科室の時点で正体はバレている。いいから後片付けをして帰れ」
×××
さらに六つ目。ここは体育館だ。なんでも「オペラの劇団が現れ、死の儀式を行なっている」らしい。
で、着てみればこれである。
「テ、イ、エ、ム、オペラオー! 讃えよ、テイエムオペラオー!」
「むしろこの劇を畳めよ。てか、何に備えての練習?」
と、また銀時がツッコミを入れて、残り一つとなった。
居残っていたトレセン学園七不思議生徒を全員、校舎から追い出し、もうなんか5人とも警備員の心地で歩いている。
「ったくよー、何なんだどいつもこいつも……普通に学生生活を送ることが出来ねーのか」
「まだ一つあります……」
「いや、もうどうせ生徒だろ? なんかこう……バカがバカな所でバカしてんだろどうせ?」
「バカバカ言い過ぎよ……いや、実際全員バカだったけど」
「カフェ、とりあえず次のバカは誰だ?」
「いやあの、名前を求められても分かりません……私が知っているのはあくまでも七不思議の概要ですので……」
そこを訂正してから、改めてマンハッタンカフェは最後の七不思議を思い出しながら言う。
「確か……『トレセン学園に現れる謎の最強ウマ娘、長さん』でしたね」
思わず吹き出しそうになる銀時は慌てて口を押さえる。最後の七不思議、それもう知っているというレベルではない。なんなら正体まで知っている。
ていうか、それ別に夜間に限って存在するわけでもないのに、なんで七不思議に入っているのか。
「むっ、私知っているぞ、その長さんとやら」
「私も知ってる。なんか時々出没するらしいね。学園に」
「何なんですかね、やたらと走るの速いらしいですけど」
そりゃあ会長だもの……と、銀時は頭の中でため息を漏らす。これは言ってしまって良いものだろうか?
正直、将ちゃんの時は将ちゃんの正体がバレたら首が翔ちゃんなので死ぬ気で隠していたが、別に長さんの正体がバレようがどうなろうが知った事ではない。
「しかし……今聞いた七不思議だと場所が特定されていないのではないか?」
「はい……何せ、近所の公園やら何やらと本当にありとあらゆる場所に現れるものですから……」
そりゃそうだろう。だって生徒会長だし、あれ銀時と一緒じゃないと現れないし。
ぶっちゃけ、探す時間が無駄だ。
「じゃ、俺ぁそろそろ帰るわ」
「は? なんでよ」
「もういいだろ、どうせこの後もバカ娘しか出て来ねーし、てか七不思議の内容もバカだし。先に帰ってパフェ食って寝るわ」
「こんな深夜に何処でパフェ食うつもりよ」
「というか、少なくとも生徒がこんな深夜に校則違反をしているんだ。指導して然るべきだろう」
「うるせーな。てかいい加減、俺に教師の常識を求めてくんじゃねーよ。学生なら法律違反くれーでビビってんじゃねーぞ」
「とんでもない事を平然と言う男だな本当に!」
とにかく、どうせいない奴を探すなんて真っ平だ。時間の無駄だし、明日も仕事……ではなく土曜日だが、土曜なら土曜でパチンコ行きたいし。
「ていうか、お前らもさっさと帰れ。探すんなら、また後日にしとけ」
「……うーん、どうしましょう?」
「仕方あるまい。珍しく……いやホントに珍しく、もう宝くじが当たる頻度レベルで銀時が正しいことを言ったのだ。今日の所は、おとなしく引き下がるとしよう」
と、いうわけで、その日は解散となった。
×××
帰りに無駄足食った事で甘いものを摂取したくなった銀時は、時間的に何処のお店も開いていないのでコンビニで甘いものを購入した。
普段はあまりしないが、今日は気分的に公園のベンチで食べたくなった。
自分がいた江戸よりも進んでいるようで、天人がいない分、進んでいない面もある街。
人間とウマ娘なる人種が共存し、全員がバカみたいにやりたい事をしている。江戸もこの街も変わらない。
最近、万事屋の集まりが悪いのも、他のメンバーが本当にやりたいことをやっている結果だろう。
そして、それでも万事屋に来るのは、彼女達にとってそっちもやりたい事だからだろう。
「……あいつらに似てんな」
駄眼鏡とアルアルチャイナ娘にそっくりだ。バカで生意気で頑固な奴ら。
……だからこそ、異世界から来た異分子が他の世界を汚すのは許すわけにはいかない。
「……甘っ」
ベンチに座ってプリンを食べながら、そんな呟きを漏らす。
自分も、いつまでもここにいるわけにはいかない。帰り方の目処はついた。そろそろこちらも動き始める。
そう決めて、とりあえず糖分摂取を続けた。
あと1〜2話で終わる予定です。