トレセン学園銀八先生。   作:バナハロ

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SNSだけで世の中を知った風になっちゃダメ。

 翌日、ダイワスカーレットが朝早く目を覚ますと、目に入ったのはウオッカの顔だった。

 

「ぎゃわああああ⁉︎」

「うおっ、な、なんだよ?」

「こっちのセリフよ! あ、あんたなんのつもり⁉︎ そっち系⁉︎」

「いや、起こそうとしただけだっつーの!」

「はぁ? なんでそんなことするのよ」

「これだよ!」

 

 元気はつらつで起き抜けに見せられたのはスマホの画面だった。SNSの動画らしいが、そこに映っている銀髪の天然パーマは思いっきり見覚えがあった。

 原チャリに跨って、木刀で木を折った挙句、ジャンプしてバクシンオーを抱えつつ、その木を木刀で倒れないように投げて突き刺して支え、それを軸に無事、着地している映画みたいな絵面。

 ……改めて見ると、人間業ではない。

 

「……何これ」

「どっかの誰かが動画撮ってたらしくて」

 ??? 『ゴルシちゃんだぜ!』

「でさ、これ坂田先生だよな? お前がやってる『万事屋』の」

「……なんで知ってるのよ」

「ポスター見た」

 

 裏目に出た。宣伝行為が。盛大なため息を漏らしながら、スカーレットは朝から今日一日が憂鬱に感じてしまった。

 そんなスカーレットの気も知らず、ウオッカは相変わらず少年のように輝いた瞳のまま聞いた。

 

「なぁ、俺も万事屋に入れてくれよ!」

「ダメ!」

「えー、なんでだよー。俺も坂田先生にああいうの教わりてーよー」

「私だって教わってないから!」

「じゃあ、せめてツーリングさせてくれ!」

「あんたはバイク持ってないでしょ!」

 

 仮にも自分を負かしたライバルが、朝から駄々をこねている……久しぶりに自分を情けなく感じてしまっていた。

 

「たーのーむーよー!」

「うるっさいわね! ていうか、朝の身支度くらいさせなさいよ!」

「させたら、坂田先生を紹介してくれるのか?」

「紹介も何も国語の担当教師でしょうが! 自分で声をかけなさい!」

「お前からの口利きがあった方が、スムーズに話が進みそうだろ?」

「あーもうっ、ホントめんどくさい!」

 

 結局、万事屋に連れて行く約束をしてしまった。

 

 ×××

 

「はぁ、もう……」

 

 スカーレットはため息をつきながら、女子トイレの個室から出た。本当に面倒な事だ。

 ……いや、仕方ないとはいえ、あのバカタレが目立ってくれたおかげで、必然的に自分にも生徒達が集まって来る。具体的には、今朝のウオッカと同じで「紹介して!」らしい。

 

「ったく……あいつは別にトレーナーですらないっての……」

 

 一人だと思って、そんな呟きが漏れた時だ。ガチャっと個室の扉が開かれる。

 ヤバっ、と冷や汗をかく。誰もいないと思って、つい毒を吐くような独り言を漏らしてしまった。

 誰? と思ってドギマギしながら振り返ると、出て来たのはエアグルーヴだった。

 

「あっ……お、お疲れ様です!」

 

 終わった、と思いつつも挨拶すると、エアグルーヴは頷きながら答える。

 

「本当に疲れているようだな」

「え?」

「朝からずっと質問攻めに遭っていたのだろう?」

「は、はい……ちょっと、うちの顧問のことで……」

「その事で疲れている所悪いが、私もあの男について聞きたいことがある」

「えっ……」

 

 エアグルーヴ先輩もああいうの興味あるんですか⁉︎ と聞きそうになるのを必死に堪えた。事実にしろ、事実ではないにしろ、先輩に対して「ミーハーですね」って遠回しに言ってしまう事になるからだ。

 

「あの男は、どういう男だ?」

「え、どういうって……?」

「以前、何をしていたとか、そう言う事だ」

「あ、あー……以前は、万事屋をやっていたそうですよ。今もですけど」

「……それだけか?」

「あ、あと甘いものとジャンプ……少年漫画が好きみたいで、特に甘いものは常に持ち歩いています」

「……なるほど」

 

 思えば、あまり銀時のことは知らないかもしれない。まぁ教員と生徒の距離感なんてそんなものかもしれないが。

 

「よく分かった。感謝する」

「い、いえ……」

「……少し、スッキリした顔になったな」

「え?」

「何がきっかけであれ、暴走が止まったのなら良い事だ」

「あ……はい。ありがとうございます……?」

「次の授業、もう始まるぞ。急げ」

「あ、はい」

 

 手を洗ってから、先にトイレを後にするエアグルーヴの背中を追うように、トイレを出ながらハンカチで手を拭く。眺めるのは、エアグルーヴの背中。

 あの人もまた、自分とは違う本物の優等生なのだろう。女帝でありながら、生徒会副会長も務めているそれは、やはり尊敬に値する。

 

「……あっ、本当に時間ヤバいかも」

 

 トイレから出たら、生徒の気配ひとつない。もうみんな教室で先生が来るのを待っている……いや、なんならもう来ているかもしれない。

 次の授業は、なんの因果か国語。遅れて行ったら何を言われるか分からない。

 小走りになって教室に向かったのだが、もう授業は始まっているのか、教室の扉は閉ざされていた。

 

「あーあ……やっちゃったわ……」

 

 まぁ、もうイジられる覚悟を決めて、少し控えめに後ろ側の教室の扉を開け、中の様子を覗くと……。

 

「はい、じゃあ全員、声を揃えて……せーのっ?」

「「「九山八海斬れぬ物なし! 三・千・世・界‼︎」」」

「はいそこ、ちゃんとリコーダーと30センチ定規、回せてない。もう一回」

「「「九山八海斬れぬ物なし! 三・千・世・界‼︎」」」

「良くなった」

「先生! 俺そろそろ次の世界に行けるぜ!」

「じゃあお前、次の『一大三千大千世界』に移って良いよ」

「よっしゃあ!」

「じゃないでしょうがあああああああッッ‼︎」

 

 思わずドロップキックで教室内に飛び込んでしまうスカーレットだった。

 

「何やってんのよあんたは⁉︎」

「あん? 教室の連中が、俺みたいになりてーっつーから、教科書から技を抜粋して音読ついでに教えてやってるだけだろうが」

 

 言いながら銀時が懐から取り出すのは、やはりワンピースの単行本。

 

「いやあんた刀三本も持ってないし! 昨日、この技別にやってないし! なんならこの技あんた絶対出来ないし!」

「馬鹿野郎、俺があんな動き出来たのはジャンプのお陰だぞ? 少年誌じゃなくて青年誌にいたら、間違いなく途中で打ち切られてたからな」

「何の話をしてんのよ⁉︎」

 

 全くだった。まぁ、もうこうなった以上は、銀時もワンピースの授業を続けるつもりはない。

 

「わーったから先につけ。お前だけ遅刻は遅刻だからな」

「うぐっ……わ、分かったわよ」

 

 それはその通りなので、スカーレットは少し悔しげにしながらも席に着く。ホント、この頭の軽そうな男があんなスタイリッシュだけど何処か泥臭い真似を出来るとは思わなかった。

 

「じゃ、全員教科書だせー。今日はこの前の続きから、第七班の下忍vs 桃地 再不斬から始めんぞー」

「しつこいのよ漫画ネタ!」

「「「はーい」」」

「みんな持ってるの⁉︎」

 

 置いていかれるスカーレットだった。

 

 ×××

 

「今、なんと言った?」

 

 放課後。生徒会室の前で、そう不機嫌そうな声を漏らしたのは、副会長であるエアグルーヴだった。

 その目の前にいるのは、トレーナーらしきスーツの女性。その女帝から放たれた女性とは思えない眼力に、大人でありながら女性はヒヨってしまった。

 

「っ、だ、だから……他のウマ娘の世話を焼くとか、生徒会の仕事とか、そんな無駄なことに時間を割くなら……!」

「もういい」

「えっ……」

 

 まるでワイヤー付きのトラップの栓が抜けたように。ピリッと激震でも走りそうな鋭い声音が、トレーナーの話を遮る。

 

「貴様との契約は今をもって解消する」

「ち、ちょっと! どうしてよ⁉︎」

「貴様は理解しているようでしていないからだ。私が目指すべき理想をな。そのような奴を、今後信用してトリプルティアラなど、果たせると思うか?」

「っ!」

 

 年上のプライドが、ここにきてくすぐられたのだろう。その言い草にカチンと来たトレーナー……いや、元トレーナーは静かな怒りを漏らした。

 

「……何よ、お高くとまっちゃって。それ、結局ワガママなだけじゃない」

「……なんだと?」

「ダイワスカーレットと変わらないわね。流石、副会長サマ」

「貴様……!」

 

 思わずエアグルーヴが沸騰しかけた時だ。

 

「はァ〜い、そこまでェ〜」

 

 あまりに呑気な言葉と共に、死んだ魚の目のような男が割り込んできた。

 この男は見たことある。というか、昨日は一度だけすれ違った。スカーレットに助言をした男だ。

 そんな男が、何故ここに? などと思うのは野暮だろうか? 

 

「ままま、お互い落ち着いて落ち着いて。何があったか知らねーけど、ご近所の迷惑も考えなさいよ」

「いや、夫婦喧嘩じゃないんで」

「どっちが悪ィとか、どっちが正しいとか、そんな頭に血が上った状態じゃ、冷静な意見を交わし合えないでしょ。そんな勢いとその場の感情だけで離婚なんてしたら、一番迷惑かかるのはお子さんだからね」

「や、だから夫婦喧嘩じゃないんで」

 

 なんでこの男はしつこく夫婦にさせてくるのだろうか? お陰でエアグルーヴの怒りのボルテージは上がって行く。ついでに方向も変わって行く。銀時に。

 

「ままま、夫婦でも夫妻でもマリッジブルーでも良いからよ」

「最後、結婚に至らず別れてるじゃない!」

「とりあえず、夫婦喧嘩にはやっぱり、こいつだろ」

 

 言いながら銀時は、懐から日本酒の瓶を取り出した。エアグルーヴの肩はプルプル震える。勿論、怒りで。

 

「お母さんも」

 

 言いながらトレーナーの肩に手を置く。

 

「お父さんも」

 

 エアグルーヴの肩に酒瓶を握った手を置く。

 

「とりあえず一緒に飲めば、話も夫婦関係も円満にい……」

「なんで私が旦那だ、たわけがああああッッ‼︎」

 

 直後、華麗なアッパーカットが放たれ、銀時は天井にめり込んだ。

 

「私は後輩との約束がある! 失礼する!」

「あ、ちょっと待ってよ……!」

 

 結局、エアグルーヴとそのトレーナーとの契約は解消となってしまった。

 その様子を、生徒会室の中から聞いていた生徒会長は、少しだけ面白いものを見たかのように笑みを浮かべた。

 

 ×××

 

 万事屋銀ちゃんに向かうスカーレットの足取りは早かった。勿論、ボコボコにする為である。

 あの後、スカーレットだけ教科書を持っていなかった点を、よくもまぁイジリ倒してくれたものだ。音読させられたり、モノマネさせられたり、分身の術が出来るまで反復横跳びさせられたりと、もう頭にきている。

 ここは一つ、ビシッと言ってやらないと気が済まない……のだが、万事屋銀ちゃんの教室周りに、やたらと人が多かった。

 

「?」

 

 何事かと思い、人の間をかき分けて中へ進むと、教室の中央で銀時のお向かいに座っているのは、シンボリルドルフだった。

 

「っ⁉︎ せ、生徒会長さん⁉︎」

「あ、来た。おっせーよ、ダスカ。遅刻した罰として走って来い。地平線の彼方まで」

「待っていたのに追い出してどうする……。お邪魔しているよ、スカーレットくん」

「い、いえ! 遅れてすみません!」

「じゃあスクワットしながら聞いとけ」

「なんであんたは鍛えさせようとするのよ⁉︎」

「うわ、聞きました会長さん? 粗暴な口調ですね、とても優等生とは思えな」

「分かりました〜」

 

 優等生アピールを利用して……この男絶対後で殺すと心に決めながら、スクワットを始めた。

 

「えーっと……彼女は、良いのかな?」

「良いの良いの。とりあえず、自己紹介してもらえる?」

「ああ、そうだな。シンボリルドルフだ」

「え? チン……」

 

 直後、スカーレットの廻し蹴りが銀時の椅子を真横に蹴り倒した。お陰で窓に突っ込み、ガラスが盛大に割れる。

 

「ごはあああああああッッ‼︎」

「名前も依頼内容もクラスも、ノートに書いてもらえます?」

 

 そんなわけで、書いてもらうことにした。引き続きスクワットをするスカーレットを捨て置いて、ノートを差し出した。

 

「はいこれ。これに名前とクラスと内容書いて」

「ああ。分かったよ」

 

 サラサラと書いてもらう間、スカーレットの耳元に聞こえてくるのは、廊下の生徒達の声。昨日活躍した銀時を見ようとここまで来たら、さらに会長まで来たという理由で集まったようだ。

 

「書いたよ」

 

 言われて、銀時はノートに目を下ろす。

 

「何々……おいおい、随分と依頼多いな」

「ああ。すまないが、引き受けてくれると助かる」

「……それァ別に良いけどよ。こういうの……例えば『寮を抜け出す生徒の見張り』ってやる奴ァいねーのか? なんでわざわざうちにやって来たんだ?」

「君の仕事ぶりに興味があってね。それに、スカーレットにも何かしら刺激があった方が良いだろう?」

 

 そのセリフを、銀時は無言のまま聞き入れる。どうやら、割と賢いタイプのようだ。スカーレットが何のために万事屋なんて始めたかも理解している。

 ……そして、その上で他に何か訳があるのを濁している。この歳でそこまで言葉をうまく選べるのは大したもんだ……と、銀時は感服してしまった。

 

「わーったよ」

「ふふ、助かるよ。お礼に、この教室にもお茶出しの設備を設けられるか、先生に掛け合ってみよう」

「そりゃどうも」

 

 そんな話をしながら、二人は立ち上がる。

 

「では、また」

「おー」

 

 適当に挨拶して、ルドルフを見送ってから、銀時は小さく伸びをする。さて、まぁ仕事をもらった以上はやるか、と思い、まずは後ろの生徒に声を掛けた。

 

「うーっし、じゃあ行くぞ。ダスカ」

「ーっ……ーっ……」

「お前なんで馬鹿みたいにスクワットしてんの?」

 

 直後、スクワットを終えたスカーレットがガッと音がしそうな程強く、銀時の肩に手を置いた。

 

「お願いッ……一発で良いからッ、殴らせてッ……!」

「……」

 

 大量の汗を流した銀時が「あっ」とそっぽを向いてスカーレットの意識を逸らし、隙をついて走り出す。10秒後、すぐに後を追ったスカーレットのドロップキックが炸裂した。

 

 ×××

 

 さて、最初はとりあえず生徒のお悩み相談。カフェに集まる事になっているらしく、銀時とスカーレットは注文した商品を持って、カフェ内にいるはずの相談者を探す。

 目の前に置かれている、注文したハニートーストを手にしている銀時を横目に、スカーレットは呆れたような声を漏らす。

 

「あんたねぇ……これから生徒の相談に乗るってのに、何ガッツリ行ってるのよ」

「俺がどこで何を食おうが勝手だろうが」

「あんた、ただでさえ人の話聞いてんのか聞いてないのか分からないんだから、あんまり相談する人を不愉快にさせないようにしなさいよね」

「やらねーぞ」

「いらないわよ! てか、だから聞いてんのあんた⁉︎」

「んな事ァどうでも良いから、さっさと……なんだっけ。ゴールデンウィーク?」

「スペシャルウィークよ!」

「そいつを探せ」

 

 最初は、生徒会に集まった生徒の相談だ。レースの事から普段の生活の事まで、色んな相談が集まる中で、銀時とスカーレットでも答えられそうな内容のものが集まっている。

 その子がいる席を探していると、ふとスカーレットの目に見覚えのある後ろ姿が目に入った。

 

「あ、あそこ」

「あの子? ……主人公じゃん」

「はい?」

「なんでもねーよ。いくぞ」

 

 それだけ話して、銀時とスカーレットはその席に向かった。

 

「スペ先輩」

「え? ……あ、スカーレットちゃん! と動画の人?」

「俺の名はルフィ。海賊王になる男だ」

「はい?」

「自己紹介くらい普通にしなさいよ! ……すみません。スペ先輩、坂田銀時先生です」

 

 挨拶を終えてから、改めて銀時が聞いた。

 

「生徒会から言われて、相談受けに来ました」

「あ、そういうことなんですね。てっきり、エアグルーヴ先輩が来てくれると思っていました」

「え?」

 

 スカーレットが小首を傾げるが、その疑問を口に出す前に銀時がきいた。

 

「いつもはそうなのか?」

「はい!」

「ふーん……」

 

 鼻をほじりながら相槌を打つと、とりあえずハニトーをナイフで切り分ける。

 

「で、どんな相談?」

「は、はい……」

「……」

 

 その視線は、銀時の手元に向けられている。目を輝かせ、涎を今にも垂らしそうな形相だ。

 

「……食うか?」

「私にはあげないって言った癖に⁉︎」

「客と従業員が同じ扱いされると思うなよ」

「いただきま……い、いえ、結構です! というか、相談はまさにその事なんです!」

「あ?」

 

 器用に一口サイズに切り分けたハニトーを食べながら、銀時は片眉を上げる。

 

「実は、食べすぎてしまうんです! その癖を、せめてレース前には直したいのですが、どうしたら良いですか?」

「ふーん……美味っ」

「あんた少しは遠慮しなさいよ……」

 

 そう言いつつ、スカーレットは答えてみる。

 

「我慢、って思ったりはしないんですか?」

「いえ、思うんですけど……特に、目の前で食べられると……」

「もっちゃもっちゃ。すげぇー、ハニトー美味ぇー。これ歌舞伎町にも探せばあんのかな。もっちゃもっちゃ」

「……じゅるり」

「銀さん?」

「食うか?」

「誘惑するな!」

「いただきます!」

「スペ先輩⁉︎」

 

 簡単に釣られていた。本当に制限するつもりがあるのだろうか? 

 そんな風に思ったスカーレットの隣にいる銀時は、フォークをスペシャルウィークに渡しつつ言う。

 

「別に一切れくれー大丈夫だろ。むしろ、ここであげなかったら後で丸々一個食っちまうかもしんねーし」

「……」

 

 そう言われればそうなのだが……と、思っている時だった。銀時に、幸せそうな顔で咀嚼をするスペシャルウィークからフォークが返される。

 

「ありがとうございまふ……」

「あーいいって別に……」

 

 と、思いながらお皿の上を見ると……なくなっていた。一切れも。皿の上が平地になっている。

 

「テメエエエエッ‼︎ 誰が全部食って良いっつったよ⁉︎ ハムスターみてーな口でもっさりもっさり咀嚼しやがって‼︎」

「はっ、すみません! わざとじゃないんです⁉︎」

「なんで細かく一口サイズに並んでてわざとじゃなく全部食えるんだよ‼︎ 掃除機かテメェは⁉︎」

「だ、だからこの癖を直したくて〜」

「工場に帰って作り直してもらってこい! 頭の中から!」

「ぷっ……ふふっ、残念、だったわね……」

「テメェは何がおかしいんだダスカコラ⁉︎」

 

 あり得ない、と銀時の眉間にシワが寄る。これが神楽だったらボコボコにしていたが、まぁトレセン学園の生徒なので手はあげない。

 

「大体、レースのが本当に大事だと思ってんなら、どんなに誘惑されたって食う気にはなんねーだろ! 結局、テメーの中じゃレースなんざ一時の至福以下って事だろ!」

「えっ……?」

「ちょっと、銀さん……言い方を」

「だってそうだろ。俺は糖尿寸前だから、ちゃんとパフェは週一に抑えてるからな」

「パフェの代わりにハニトー食べてるでしょうが!」

 

 なんて話をしている時だった。ガタッとスペシャルウィークが両手を机について立ち上がった。

 その肩は小刻みに震えていて、大きなショックを受けた事が伺える。スカーレットも少し不安になる程だ。

 

「ちょっと……言い過ぎでしょ」

「食い過ぎの相談に来といてカービィみてぇな特技披露する奴なら、少しはキツい事言わねーとダメだろ」

「だからって、泣かしちゃったら……」

「坂田先生!」

「あ?」

 

 直後、スペシャルウィークから大声が発される。そして、何かと思ったら涙を流しながらも決意が込められた瞳で自分を睨んでいた。

 

「大変、参考になりました! 私、まだまだ甘かったみたいです!」

「や、お前の甘さとかどうでも良いから俺に甘いものを返せ」

「そうです……レースが近い日は、そのレースと天秤に掛ければ良いんです……!」

「や、だからレースの天秤の前に俺の皿に甘いものを返せ」

「ビシっと言っていただき、ありがとうございました!」

「おい待て! 何一人だけスッキリして帰ろうとしてんだ! だから俺に糖分を……」

「失礼します!」

「もうそれされてるわ!」

 

 そのままスペシャルウィークは立ち去ってしまった。

 残された銀時とスカーレットは、黙り込んだまま静かになったカフェ内で座る。

 

「何なの? この学園の生徒は人の話を聞かねー奴ばっかなの?」

「あんたも大概だけどね。さ、次行くわよ」

「せめて金返せあいつ」

「いつまでハニトーに執着してんのよ!」

 

 そんなわけで、次の相談場所に向かった。

 ふと、カフェに訪れた副会長とすれ違いながら。

 

 ×××

 

 次の現場はグラウンドだった。

 

「おいおい、レース関連の相談は俺、受け答えできねーぞ」

「アタシがいるから何とかなるわよ」

「いや、お前まだ一年だしレースもあんま出てねえし。誰がお前の助言を活かすの?」

「う、うるさいわね! これでも空いてる時はバクシンオーさんとそのトレーナーさんとトレーニングしてるもの!」

 

 あれ以来、割と仲良くなったので、手伝えることは手伝っている。トレーナーはついていなくても、身体を鍛えることは出来るからだ。

 

「んな事ァどーでも良いから、まずはオグリキャップって奴を探せ。そればっかりは俺にもどいつだか分かんねーんだから」

「わ、わかってるわよ……!」

「や、だから分かんねーんだよ」

「一昔前のコントみたいなノリはやめなさい! しんどいのよ!」

 

 そんな話をしながら、グラウンドをぼんやりと眺める。

 その中に、エアグルーヴの姿があるのを、銀時は気づいた。トレーナーはついていないが、一人でストレッチをしている。

 さっき喧嘩してからああしているあたり、あの後も結局関係は修復せず、契約は解消してしまったのだろう。

 

「あ、見てあれ」

「あん?」

 

 スカーレットもエアグルーヴに気が付いたようで指を差す。そしてそのエアグルーヴは、別のウマ娘と並んでスタート位置についた。

 

「スズカ先輩とエアグルーヴ先輩、併走するみたいよ」

「ふーん……どっちが速ぇーの?」

「分からないわよ、そんなの。二人ともライバルみたいな関係で、どっちが勝ってもおかしくないんだから」

 

 それを聞きつつ、銀時は鼻をほじる。

 併走がスタートする。両者とも一気に地面を蹴って走り出す。こうして改めてウマ娘のレースを見ると、やはり速いものだ。それこそ、源外の爺さんに改造してもらったスクーターと同じくらい早いのではないかと思う程だ。

 さて、そんな怪物同士のレースは、少しずつ差が開かれていく。スズカが前に出て、エアグルーヴがその後ろを追うような形になった。

 

「……エアグルーヴ先輩、調子悪いのかな」

「あん? そうなのか?」

「ええ。レースも中盤なのに、少し差が開き過ぎてる気が……」

 

 そうスカーレットが言う通り、差は広がるばかりで縮まらない。ゴールした時には、2馬身以上の差で敗れてしまっていた。

 

「……やっぱり、調子悪いみたい」

「気になんのか?」

「え、ええ……その、私が暴走してた時、迷惑かけちゃってる、から」

「……」

 

 それを聞きながら、銀時は鼻をほじり、他所へ飛ばした。そんな時だった。スカーレットは「あっ」と声を漏らす。

 

「いた、オグリ先輩」

「うし、いくぞ」

「ええ」

 

 そう言って、そのオグリキャップの元に向かった。

 

「オグリ先輩!」

「む? ……スカーレットと、誰だ?」

「坂田銀時先生、国語の先生です」

「どうも」

 

 ボケをあらかじめ封じておいて、スカーレットはすぐに聞いた。

 

「何か、困りごとがあるんですよね?」

「ああ、その通りなんだ。よく分かったな?」

「何に困ってるんですか?」

「実は……まだ道を覚えられていないんだ。この学園でウロウロしていると、すぐ迷子になってしまう」

「はい。……はい?」

 

 今なんて? と呼ぶように小首を傾げる。

 

「だから、道を覚える方法を教えて欲しい」

「お、覚えるって言われても……」

「まぁ気持ちは分かるわ。俺もまだ覚え切れてねーし」

「辛うじてこの競技場は覚えたんだが、他の道のりとなるとどうも……」

「ついでだ、ダスカ。俺にも教えろ」

「あんたホントにこの学校の教師? 別に良いけど」

 

 との事で、二人でオグリキャップの案内を始めた。

 その時、銀時は気が付いていた。後方から、自分達を眺めている人影があった事に。

 

 




長くなりそうなんで二話に分けます。
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