それから一週間、銀時とスカーレットは、割と忙しい日々を過ごした。と、いうのも、銀時が呆れてしまうことに、この学園のメンバーもアホばかりだからである。
10人中10人が……それこそライバルであった高杉晋助でさえ普段はただのヤクルコバカだったくらい、百発百中のアホばかりだが、この学園の生徒も10人中6〜7人くらいはアホで出来ている。
「あ〜……しんど。どいつもこいつも下らねえ事で悩みやがって……」
「そう言わないであげなさいよ……引き受けたのあんたでしょうが……」
二人とも、珍しく疲弊した様子で教室の椅子の上でだらけている。
「……今日はもう依頼無いのよね?」
「お前はな。俺はまた寮の前で見張りだ」
「付き合うわよ」
「お前も指導対象になるだけだろ。ガキに深夜の徘徊なんざさせられるか」
「あ、アタシはガキじゃないわよ!」
「いやもうその発言がガキだわ。自分の事をガキだと認められてねー時点で、まだまだガキなんだよ。それを自覚して下の毛が生えて来れば、初めて大人になるんだ」
「し、下の毛って……セクハラよ!」
「安心しろ。アルアルチャイナ娘より発育が良くても、ガキに発情するほど性欲激ってねーから」
言いながら、銀時は席を立ち、軽く伸びをした。
「うしっ……じゃ、俺もう行くわ。お前も早く帰れよ」
「……女子寮に忍び込んで、女子生徒のこと襲ったりしちゃダメだからね……!」
「だっからロリコンじゃねえって言ってんだろ」
それだけ言って、銀時は教室から出て行った。
×××
さて、最後の仕事は女子寮前。ここで生徒の門限破りを監視することだ。とはいえ、ここ最近はあんまり抜け出す輩は見当たらない。
もしかしたら、銀時がここにいるだけで効果があるのかもしれない。何せ、木刀を腰に刺した男が待機しているのだから、それだけでも気迫がある。
そんなわけで、監視中の銀時は早くもジャンプに目を落としていた。
「この呪術廻戦っての……結構、面白ぇな。……でも、ジャンプもこう言う世界観がマッドで暗い奴増えたよなー。チェンソーマンしかり、約束のネバーランド然り」
二つとも終わった漫画だが、有名になったものでもある。
「やっぱ俺は昔のゴツいジャンプが好きなとこもあんだよなー。もう筋肉ムキムキ過ぎてわけわかんないことになってるキャラが出る漫画なんてワンピースしかねーからなー。細マッチョも良いけど、こう……北斗とかドラゴンボールとかキン肉マンとか、あのくらいゴリゴリのゴリラが多い漫画も欲しいんだよなー」
なんて読者目線のダメ出しに近いというか……「え、それお前が言うの?」みたいなことを呟きながらページをめくっている時だ。青のセーラー服っぽい学生服が視界に入る。
それに対して銀時は、ジャンプから顔も上げずに声を掛けた。
「おーい、そこー」
「外出するわけではない。貴様に……」
「エロ本買いに行くなら10分まで許可するぞー」
「許可を出すな‼︎ 誰がそんなもの買いに行くか⁉︎」
「最近は女の子キャラにも変態とかどすけべキャラが多いからな。あのストーカー眼鏡みたいに成人してるならただの犯罪者だが、思春期なら仕方ねーよな。エロ本買うのも読むのもゴミ箱から拾ってくるのも」
「貴様と一緒にするな! そんなものを買う生徒、トレセン学園にはいない!」
「じゃあジャンプか? ジャンプでも許可してやる」
「ジャンプでもない! というか雑誌から頭離せ!」
「じゃあAV?」
「アダルトからも頭離さんか、たわけ!」
ツッコミの嵐である。
身勝手な事に、そろそろジャンプに集中したくなった銀時は、苛立ちを隠す事なく顔を上げた。
「うーるせーなー。つーか、たわけってなんだたわけって。いつの時代の人間だテメー……あん?」
「そもそも私が用事あるのは貴様だ」
「あ? お前も三千世界教わりたいクチ?」
「いや、そうではない」
「じゃあ、ゴムゴムのピストル?」
「ワンピースから頭離さんか!」
「おいおい、『頭離せ』のツッコミ3回目だぞコラ。新八なら別のバリエーションを……」
「ええい、話が進まん! 良いから黙って聞け!」
もう強引に話を切り上げて来る。
「貴様、私を覚えているか?」
「ああ、女の顔覚えんのァ得意なんだ。前、迷子になってた時にトレーナーっぽい人と喧嘩してた奴だろ?」
「迷子になってたのか貴様⁉︎」
「あの後、会長さんに会えて良かったわ。無事に万事屋まで送ってもらえた」
「き、貴様ほんとに本校の教員か……?」
「で、副会長さんがなんの用だ?」
言いながら、銀時は懐からア○ロチョコを取り出し、手元に転がして口に含んだ後、後ろに現れた副会長……エアグルーヴに向ける。
「食うか?」
「いらん。貴様、何のつもりだ?」
「何のって?」
「私がすべき仕事を肩代わりしているだろう」
「……」
なんとなく想像はついていたが、やっぱそういうことか、と銀時の中で合点がいった。
まぁ何にしても、今は別の話……と、思い、鼻をほじりながらその辺に飛ばした。
「おい、女子寮の前にハナク……タネを飛ばすな」
「これタネか? ……別に肩代わりしてるつもりァねェよ。依頼があったから受けてやってるだけだ」
「なら、それは誰からの依頼だ?」
「守秘義務だ」
「……チッ、食えん男め」
わざわざ言う必要はない。
「なら良い……が、これだけ伝えておくぞ。余計な事はするな」
「おっ、これ松○優征先生の新作じゃん」
「聞け!」
「読む?」
「読むと思って聞いているのか貴様⁉︎」
「悪ィーが、俺もダスカもお前の為に仕事してるつもりァねえよ。だから、結果的にお前にとって『余計な事』になってても、やめるつもりはねェから」
そう言い切りながら、ジャンプに夢中の銀時。
「……ちっ。口だけは回る男のようだな」
「当たり前だろ。口先から生まれてきたような男だぞ? 下の方の」
「それみんなそう……って、何を言わせる⁉︎」
「いや勝手に言ったんだろ」
「っ、と、とにかく話はそれだけだ! 失礼する!」
それだけ話して、エアグルーヴは寮の方へ引き返した。その後ろ姿を眺めながら、銀時は鼻くそをほじってその辺に飛ばす。今日はよく鼻の穴の中に、硬い何かが詰まっている感覚が来る。
×××
翌日、スカーレットは今日も万事屋の教室へ。会長であるシンボリルドルフからの依頼ももうすぐ終わる。……追加がなければ。
中にはレースの相談に近いもの……主にメンタル的な話だがあったりしたし、スカーレット自身にも色々と見えてくるものはあった。
何より、銀時のそのメンタル的な面へのアドバイス。何故か説得力があるそのセリフは、スカーレットのためになるものが多かった。
変な男ではあるが、彼に少しの期間でもついていれば、確実にレースで活かせる。もちろんトレーニングも続ける必要はあるが、今度こそウオッカに負けない。
なので、もう少しくらい頑張ろう……そう思って、扉を開けた。
「こんにちは。今日も来たわ……ん?」
見かけたのは机の上に一冊のジャンプ……を置き石代わりにして風で飛ばないように設置された一枚の紙だった。
『今日は任せる』
つまり、丸投げである。昨日、確かに疲れたとかなんとかほざいていたが、まさかこんな風に切って捨ててくるとは。少し見直したと思ったらこれである。
「銀さんんんんッッ‼︎」
しかし、仕事は投げられない。今日は仕方なく、一人でやるハメになった。
×××
「ハッ、ハッ……ハッ」
今日もスズカと併走したエアグルーヴだが、以前以上の大差をつけられ、敗北してしまった。
練習だからそこまで気にする事はない、と自分に甘くするつもりはない。何せ、全力で走って敗北したのだから。
情けない、と自らを叱咤するように奥歯を噛み締める。このままでは母親の背中を追い、トリプルティアラを獲得どころではない。副会長として、会長の隣に立つ事さえ許されない。
会長は気にするなと言うだろうが、誰よりも自分が許せない。
「……エアグルーヴ」
心配そうな声がかかる。自身の新たなトレーナーからだ。もう何度目かわからない、この流れが何を示すのか、すぐに合点がいった。
その先は言うな、と言いたかったが、その言葉を言おうとする時点で、エアグルーヴの理想を否定されたのと同意だ。止めなかった。
「生徒会の仕事より、こちらを優先してくれないか? 今の君では……」
「……ダメだ」
「し、しかし……」
「ダメだと言っているだろう!」
「……」
言ってからハッとする。苛立ちを抑えきれず、キツい言い方をした。それも、年上に向かって。
「……そうか。スカウトを受けてくれた時点で、少しは信用してもらえてる、そう思っていたよ」
「高飛車になるのならどうぞ。でも、俺は付き合いきれない」
とうとう、トレーナーの方から離れると言われてしまった。背中を向けて競技場から立ち去るトレーナーを眺めて、奥歯を噛み締めるエアグルーヴ。
だが、悔しがっている場合ではない。この後は、周りより一足先に抜けて、たまにこの近くで現れる悪徳記者を見つけ、牽制しないといけない。
そう思って、悔しさを必死に殺し、立ち上がった。シャワーと着替えを済ませ、一般観覧席で腰を下ろす。まだ噂の悪徳記者は来ていないようだ。
「……ふぅ」
一息つく。少しだけ疲れでも出たのか、ぼんやりしてしまった。
どいつもこいつも、自分のことばかりを考えている。副会長としての責務、として自分の中にある母親への尊敬と敬愛を理解してくれていない。だから「こっちに集中しろ」などと軽々しく言えるのだ。
……それとも、自分が間違っているとでも言うのだろうか? 生徒の相談に乗るのは当たり前の事だ。ましてや、副会長なら尚の事だ。
それに、尊敬する会長は、実際それをこなし、自身のトレーナーと上手くやっている。……自分には無理、そんなの認められるはずもない。
考えれば考えるほど爆発しそうになってしまう。ダメだ、こんな事では。今は、見張りを……見張り。
「……はっ、しまっ……!」
知らない間に眠ってしまっていたようで、はっと顔を上げる。その直後、肩に掛けられていた布が落ちる。白と青の雲柄の着物……こんな目立つ服装を着る人間はこの世に一人しかいない。
「よぅ、前線異常なしであります。姉御」
そんな呑気な声が耳に届き、振り返って顔を向けると、そこには銀髪天然パーマの男がどら焼きを頬張っていた。
「っ、き、貴様……⁉︎」
「口元、涎」
「っ⁉︎」
「嘘」
「っ、た、たわけが! なんの真似だ⁉︎」
「別に? ただ、教員として生徒を危険な前線に立たせるのも忍びなくてな」
そう言いながら、銀時はどら焼きを食べ終える。
「……貴様にはどうせ他の依頼が溜まっているだろう。それはどうした?」
「ダスカが上手くやってんだろ。あいつ、普通に優秀だよ」
「擦りつけただけだろそれは!」
「良いから、もう少し休んどけよ」
「っ、結構だ! この程度、私には造作もない!」
怒鳴りながら、エアグルーヴは落ちた着物を銀時に投げつける。
それをキャッチしながら、銀時は上からそれを羽織り直す。
「相変わらず可愛くねー女だな」
「結構だ」
「レースで惨敗した後なんだし、ちったァ休んどけよ」
「っ、み、見ていたのか⁉︎」
「ああ。ボロ負けだったな。ベジータと18号くらい」
「すぐ少年漫画に例えるのはやめろ! 分かりにくい!」
ドラゴンボールの話、と言うことしか分からない。
「じゃあ、ルフィとクロコダイルの初戦」
「それも少年漫画だろう!」
「ま、一週間前に見た時よりも遅くなってたのは確かだな」
「っ!」
急に本題に戻るのも、正直やめてほしかった。素人の癖にあまりに核心をついた意見に、苛立ちが強くなる。
「黙れ! 貴様に何が分かる⁉︎」
「分かんねーけど分かるわ。技術的な話はさっぱりだが、そいつの面ァ見れば、魂がどう曲がっちまってんのかくれー分かるわ」
「詩人だな。残念だが、そう言うのは求めていない」
「へぇ、じゃあ何を求めてんだ?」
「っ、……本当に口だけは回るようだな」
乗せられた、と理解し、エアグルーヴは悔しげに俯く。
「……話してみろよ」
「何?」
「聞いてやるから。何悩んでんのか」
「ふんっ、自惚れるな。貴様に話す事などない」
「……」
それを聞いて、銀時は何かを探すように懐を弄りながら返した。
「なんか、似てるわ。お前」
「? 誰と?」
「ダスカと。……つーか、ダスカ以上の頑固者だろ、お前」
「……なんだと?」
つい先日、自分が注意した後輩と同じと言われ、聞き捨てならないと言わんばかりに睨む。
「私はオーバーワークなどしない」
「そこじゃねえよ。……てか、お前があいつよりマシなのはそこだけだわ」
「何?」
「理想がどうだの、トリプルアタックがどうだの前に話してたが、今のお前じゃ一生無理だって話だよ」
「トリプルティアラだ!」
「いや最近、グラブルコラボしたから」
「何の話だ⁉︎ というか、どういう意味だ!」
ガタッと席を立ったエアグルーヴは銀時の胸ぐらを掴もうとするが、懐を弄りながらぬるりとかわされる。
「貴様に何がわかる⁉︎」
「あれ、ア○ロチョコなくね?」
「何探してるのかと思ったらチョコか⁉︎ 人と話してる時に⁉︎」
「話してねーだろ。話せっつってんのにお前、全然意地張って相談しねーし……あれ、マジでない……もしかして切らした?」
「っ、そ、それは……」
「……」
別に、意地を張っているつもりはない。ただ、話す相手がいないだけだ。
会長はただでさえ仕事しすぎな人なのに、自分の事で面倒をかけさせたくない。
ナリタブライアンは大雑把過ぎてこういう相談には向かないし、サイレンススズカはライバルだ。
目の前の男に至っては論外。そもそもレースの素人と来た。
「……俺だって、前までは大事な事はツレにも話さなかった」
「……何?」
「世話になってるババァが刺されて、街に居場所が無くなって、仲間だけ逃すために一人で躍起になった事ァあった」
何の話かと思ったが、どうにもさっきまでと同じように漫画の話をしているようには見えなかった。むしろ、体験談を語っているように見える。
「例え俺が死んでも、あいつらが生きててくれりゃあそれで良いと思った。街中が敵になって戦争おっ始めるのに巻き込めば、確実に死ぬと思ってたからな。それを、奴らに言った」
「……それで?」
「ブン殴られたよ。刺された婆さんも、俺もあのクソガキ二人も、絶対に死なねえからって。俺があいつらの背中を護り、あいつらが俺の背中を護るから、だと」
「……!」
この男が何を伝えたいのか、少しだけ分かった気がする。それと同時に、それが綺麗事でないことも分かる。何せ、今も目の前の男は、本来の職務をスカーレットに託しているから。丸投げしているのではなく、何とかなると信頼し、任せているのだろう。
「……ま、テメーの悩みがなんだか分からねー以上は、もう何も言わねーけどよ。理想だ完璧だ目指すのァ勝手だが、それを理想のまま終わらすのか、ちっとくれー折れてでも掴み取んのかはお前の自由だ。好きにしろ」
……思えば、理想に手を伸ばした母親のレースの映像は見た事があったが、練習中の映像を見た覚えはなかったかもしれない。少なくとも、母親が思い悩み、苦しみ、そして何より一人で突っ走っているだけの絵は見たことがない。
もしかしたら、自分の知らないところで……自分の見えない所で、みっともなく血反吐を吐きながら、死にものぐるいで足掻いていた時期はあったのかもしれない。
そして、それを達するのは、一人では決してダメだったのかも……そんな風に思った時、少しは相談してみても良いかも、そんな風に思い、銀時に顔を向けた。
「っ、さ、坂田先せ……」
「ごめん。なんか甘いもの買ってくるわ。しばらく空ける」
「……」
……本当に上げて落とす達人か、とエアグルーヴは一瞬でもあの男に気を許しかけたことを後悔した。
そんな時だった。視界に入ったのは、いつのまにか観覧席でカメラを構えている男。パッと見た感じだが、入校許可証をつけていない。
「……きたか」
その先まで歩いて降りる。
「……失礼。記者の方ですか?」
「はい?」
振り返ったのは、人畜無害そうな好青年っぽい男。だが、その笑みはどこか薄ら寒さが含まれている。
「入校許可証と取材許可が降りていなければ、撮影も取材もお断りしております」
「そうでしたか、申し訳ありません。事務の方に伺いに行ったのですが、いらっしゃらなかったので」
「……ご案内で良ければ私が致します。こちらへ」
「よろしくお願いします」
入校許可証も取材許可も、記者に対してそれを出すにはあらかじめ電話で名前と会社を聞き、こちらで作っているブラックリストに名前がないか確認した上で下りる。
以前から噂になっていた悪徳記者であれば、それはブラックリストに載っていて間違いない。
つまり、このまま事務室に案内すれば門前払いされる。
そう踏んで、観覧席から降りる為に階段を降りる。観覧席の階段は直接外に繋がっているのではなく、トイレや事務室などが設置されている室内に入る必要があった。
その階段を降りている時だった。エアグルーヴは疲れからか、油断していた。後ろから口元に、ぷしゅっとスプレーを嗅がされる。
「っ⁉︎ な、何を……!」
ふらりと身体がフラつく。脳内が少しだけ曇るような感覚に陥り、痺れる。
「綺麗で真面目そうで責任感が強そうなお嬢さんだ。だからこそ、釣れると思っていた」
「ッ……!」
「体調が悪いのでしたら、こちらは如何?」
抵抗しようにも、身体が言うことを聞かない。肩を抱かれて、空き部屋になっている一室に入れられる。
「っ、なんの、つもりだ……⁉︎」
「いや何、実は私、以前からこちらに取材許可を求めていたのですが、何かと理由をつけて、何度もお断りされてしまいましてね。ですが、こちらもそろそろ締め切りが近い。使える手駒が欲しかったのですよ。具体的には、事務室に忍び込んで、おそらく存在する私のリストを破棄してくれるような、ね」
「私が、そんなものに応じると思うか……⁉︎」
「……あなたのお母様、かなり輝かしい実績をお持ちでしたねぇ。そんなお母様の娘さんが肌色の多い写真などで名誉を汚されたくはないでしょう」
言いながら男が懐から出したのは、カッターナイフだった。まさか、とエアグルーヴの脳裏はヒヤリと冷たくなる。悪寒、なんてものではない。恐怖と畏怖に呑まれそうになるのを、必死に抑え込みながら歯を食いしばる。
普段なら逃げられるが、嗅がされた薬がかなり危なかったようだ。
「っ……」
「大丈夫、恥ずかしがる事はありません。あなたはデビューより先にグラビア誌の巻頭を飾るだけです」
脳内で「お母様……」と呟き、キュッと目を瞑った時だ。バゴッと扉が吹っ飛んだ。
使われていない部屋だったからか、大量の埃が舞い、煙幕でも張られたかのように視界が暗くなる。
辛うじて見えたのは人影。ボサボサの頭、だらしなく着られた着物、そして肩に担がれた木刀。
「悪ぃーが、そんな下世話な雑誌、発行許可を出すわけにゃあいかねーよ」
「っ、だ、誰だ⁉︎」
「なんですかチミは? ってか? ……そうです、私が……万事屋です」
そう言いながら煙の中から姿を表したのは、銀髪の侍だった。
「坂田先生……⁉︎」
「先生? ……剣道部の顧問とか?」
「その危ねえオモチャを女に向ける奴に、名乗る名なんざねーよ」
「いやさっき名乗ってましたよね?」
「良いからそこ退け。……そいつァ、うちの学園でトリケラトプス獲んだ。テメェの相手をしてる暇はねえ」
そう言いながら、いつもの死んだ魚の目を少し光らせて、銀時は男を睨み付ける。
だが、男もカッターナイフを握ったまま銀時の方へ向き直る。
「そうですか。ですが、手は出されない方が良い。私はこの部屋にカメラを仕掛けてある。教師が木刀で暴力沙汰など、懲戒免職では済みませんよ?」
あり得ない話ではない。この部屋に元々、連れ込むつもりだったとしたら、万が一の時に備えてある可能性もある。
だが、銀時は退かない。真っ直ぐと男を睨みつけ、木刀の鋒を向ける。
「好きにしろ。俺の恥部を晒そうが、実は糖尿の気があるとか、良い歳してジャンプを卒業できないとか、好きに晒しやがれ」
「ほとんど自分で晒してるじゃないですか」
「ただし、この剣……こいつが届く範囲は、俺の学校だ」
「ッ……!」
気圧されたのは、男だけでなくエアグルーヴもだ。ダイワスカーレットの話ではここに来る前、万事屋をやっていたとの話だったが、どうもそれだけではない気がする。
緊張に限界が訪れた男は、焦った挙句、思わず走り出した。カッターナイフを握りなおすと、銀時に向けて走り出す。
「っ、こ、このおおおお! 余計な真似をするなああああああッッ‼︎」
走り込んでくる敵に対し、銀時は動かない。木刀を腰に当て、身を低くして静かに構える。
……そして、自身の間合いに入って来ると同時に一気に踏み込んだ。
そこから先は、エアグルーヴにさえ視認できなかった。男の後ろで木刀を振り抜いたと思った時には、男は倒れてカッターは砕けていた。
「っ……!」
「おーい、大丈夫かー?」
声をかけられた時には、銀時の目はいつもの死んだ魚の目に戻っていた。
「も、問題ない……!」
「相変わらず可愛くねー女だな。弱ってる時くらいしおらしくしたらどうだ」
「……っ、う、うるさい……」
弱々しく吐き捨てながら、エアグルーヴは銀時を睨む。その銀時は、倒れている男に目を向けた。
「おい、何寝たふりしてんだ。気絶してやり過ごそうとしてんじゃねーよ」
「っ、な、なんで……!」
「どこあんだよ。カメラ。隠してんだろ?」
「な、ないです! あれハッタリで……いやごめんなさい!」
「嘘ついたら、ケツにリコーダーねじ込んで『翼をください』吹かせんぞ」
「……掃除用具入れの中です」
本当にやられかねない、と思ったのだろう。白状した。
エアグルーヴが扉を開けると、本当に入っていた。
「他は?」
「ないです……」
「翼が欲しいか?」
「……ロッカーの上」
ロッカーの上に古いトレセン学園の冊子があったが、その隙間に小型カメラがあった。
「他は?」
「電気の裏……」
「何個仕掛けたんだよテメーは!」
「どのアングルから良いのが撮れるか分からないので……」
「気持ち悪ィんだよ! 許可証のためっつーか、もう完全に自慰用だろそれ⁉︎」
その後も片っぱしからカメラを見つけ、その男は縄でぐるぐる巻にして捕獲した。
×××
さて、その後、男は警察に逮捕。何を嗅がされたか分からない状態のエアグルーヴは、保健室で休まされている。
……危なかった。後ろから何かされるのにも気付かないほど、自分が疲れているとは思わなかった。
考えてみれば、ここ最近で誰かに頼み事などした覚えがないし、他の生徒にするアドバイスや生徒会の執務で、あまり眠れていなかった気がする。
「……」
あの男に言われた通りだ。生徒の悩み、生徒会の執務、一人で必死になり過ぎることなんてなかった。他の生徒会メンバーに共有するなり、もしかしたら、トレーナーと共に片付けるとか、そういった道筋もあったのかもしれない。
まぁ、そういう仕事を手伝ってくれるトレーナーがいたかどうかは定かではないが……手伝ってくれない、なんて決め付けるよりは、自分から聞くだけ聞いてみるべきだったのかもしれない。
そんな簡単なことにも気付かないとは……と、自分の愚かしさに少し呆れている時だった。
保健室の扉が吹っ飛ぶとともに、銀髪天然パーマの侍が突っ込んで来た。
「何こんなところでサボってんのよあんたああああ!」
「うおあああああああああ⁉︎」
その後に入って来たのはスカーレット。銀時の上に跨り、胸ぐらを掴んでいる。
「いってえな! いきなり何しやがんだテメエエエエッッ⁉︎」
「人に仕事を押し付けるだけ押し付けて、あんたがこんなとこで寛いでるからでしょうが‼︎」
「寛いでねえよ! こう見えて悪徳記者をやっつけたんだよ銀さん⁉︎」
「雑な嘘つかないでくれる⁉︎」
「嘘じゃねえよ!」
……騒がしい。仮にも保健室だと言うのに。寝たフリを決め込むのもアリかと思ったが……まぁ、世話になった礼だ。
「騒がしいぞ、スカーレット。ここは保健室だ」
「え? ……あっ、え、エアグルーヴ先輩⁉︎」
「その男が言う事は本当のことだ。そして、助けられたのが私だ」
「えっ……?」
「ほーらみろ、銀さんの言った通りだろ? 銀さんの身体は糖分とジャンプと正しさで出来ています」
「それ別に誇ることじゃないけど⁉︎」
「意地とプライドとツンデレで出来てるお前よりマシだ」
「それほぼ全部一緒でしょうがあああああああッッ‼︎」
「ごっふぁ!」
「だから、ここは保健室だと言っているだろう」
銀時にとどめを刺すスカーレットを見て、小さくため息を漏らすエアグルーヴ。改めてこうして見ると、随分とイキイキした顔を見せるようになったものだ。
腫れ上がった額から煙を上げて気絶している銀時には目もくれず、エアグルーヴはスカーレットに声をかける。
「おい、スカーレット」
「っ、な……なんですか?」
「お前は何故、この男と万事屋をやろうと思った?」
「え?」
「この男と共に万事屋をやる以上、少なくとも学内以外のレースには出れないだろう。あれだけ一着に執着していた割に、何故だ?」
聞かれて、スカーレットは思い返すように顎に手を当てる。
「……えーっと、銀さんに言われたんです。『お前はスタートダッシュでしくじっただけだ。どんなにずっこけても、最後に見返してやった奴が勝ちだろ』って」
「……最後に、か……」
「あと『まだテメーの夢を一緒に追いかけるポケモントレーナーに会えてねーだけだ』って。だから、今焦って気が合わないトレーナーと組むんだったら、ゆったりと構えて自分がベストのコンディションになったら、改めて夢に向かって走りたい……そう思ったんです」
エアグルーヴは、顎に手を当てる。その考え方も、確かにアリなのかもしれない。数多くいるトレーナーなら、その中には自分の目標に付き合い、共に追いかけてくれる人がいてもおかしくない。
そんな人が現れるまで待つ……それも一つの手なのかもしれない。
「あとは、まぁ……銀さんと一緒なら、もしかしたらレースに向き合うのに、大切なものが見えて来るかもって思ったからです。……なんか、銀さんのセリフってやたらと説得力あるから」
「……確かにな」
それはエアグルーヴも感じている。おそらくだが、実体験から来ているからなのだろう。
「……私も、入ろう」
「え?」
「その男が起きたら伝えておけ。私もトレーナーが見つかるまでの間、万事屋として仕事をする、と」
「冗談じゃねえぞ! 誰がダスカの進化系みたいな奴を入れるかよ!」
「あ、起きてた」
「起きてるならちょうど良い。そういう事だ」
「どういうことだよ⁉︎」
「断ると言うのなら、こちらにも考えがあるが?」
「言ってみろよ。そしてやってみろやコラ」
「その腰の木刀、剥き出しにして歩くのは普通に軽犯罪法違反だが?」
「……ああ?」
「そういえばそうよ、銀さん。ていうか、なんで普通に木刀持ってるのよ」
言われて、銀時の顔に大量の汗が浮かぶ。
「……マジ?」
「「マジ」」
「……」
面倒臭ェ、と、銀時はため息をついた。もうこうなったら、許可するしかない。
「わーったよ……ったく」
なんでこうも気の強い女ばかり集まるのか……そう嫌な予感を脳内で巡らせながら、ひとまず許可を出しておいた。
戦闘は多分、今後ありません。次から本格的にギャグ回になります。