万事屋に入る事を決めたエアグルーヴだが、薬を嗅がされたこともあって、大事を取って三日間、学校を休んだ。何でも、母親に連絡した際、とても心配されて怒られてしまったそうだ。以前までの自分が、いかに滑稽で周りが見えていないか、と言うのが身に染みてわかってしまった。
さて、今日はようやくの登校日。エアグルーヴがまずやるべきは、生徒会長に万事屋に所属する許可を得る事である。
一応、自分は生徒会の副会長。万事屋に入る事にも許可を得る必要がある。
「構わないよ」
が、二つ返事でOKされてしまった。
「実を言うと心配していたんだ。契約を結んだトレーナーの数的に、もしかしたらトレーナー界隈の方で君がブラックリストのように名が上がってしまうのではないかな、と思って」
「……そう、ですか」
今ので大体、分かった。エアグルーヴの相談内容や仕事と万事屋の仕事がやたらと被っていたのは、依頼者が目の前の敬愛すべき会長……シンボリルドルフの依頼だからだろう。
「会長……申し訳ありません。余計なお手を煩わせてしまって……」
「ふふ、何のことかな? 私は、新たな部活の様子を見ておきたかっただけさ」
「……会長」
敵わない、とエアグルーヴは笑みをこぼし、小さくため息をつく。ルドルフ的にも、まさか銀時の元に行くと言うのは予想外だったが。
「勿論、こちらの執務もぬかるつもりはありません。……ですが、たまに空けることもあると思うので」
「……ああ、分かってるよ」
「……でも、会長も働き過ぎるのはやめて下さいね」
「ふふ、肝に銘じるよ」
それだけ話すと、エアグルーヴは席を立った。今日は早速、その万事屋へ行く日。
のんびりと歩いて万事屋に向かい、教室に入った直後……視界に入ったのは、メガネにくわえタバコ、白衣にサンダルという姿の銀時だった。
「……銀時、なんだその格好は」
「あれ、お前知らなかったっけ? 先週、お前ら……というか、感想欄の方々に軽犯罪法違反って言われてから、木刀はやめて銀八スタイルで行く事にしたんだよ」
「なんの話だ。というか、銀八とは誰だ?」
「坂田銀時(ガクエンのすがた)って奴だ」
「いや知らん。なんにしても、教室でタバコはよせ」
「これはレロレロキャンディーだ」
「キャンディーから煙が出るか!」
「それは、ものすごくレロレロしているからだ。……ほら」
「貴様の舌はどうなっている⁉︎」
本当に棒付きキャンディーを見せられ、思わず目を剥いてしまう。
「……いや、そんな事よりも、だ。今日の依頼はどうなって……」
「銀さああああん‼︎」
その直後、後ろからダイワスカーレットが走って教室の中に入ってくる。が、エアグルーヴに気付き、足を止めて頭を下げてきた。
「あ、お疲れ様です。エアグルーヴ先輩」
「ああ、お疲れ」
「銀さん! だから漫画で授業をするのはやめろって言ってるでしょ⁉︎」
すぐに用件に戻り、天然パーマを問いただす。が、銀時は鼻をほじりながら答えた。
「なんだよ、お前がブーブー文句を垂れるから、今回は一コマに台詞が多いデスノートにしてやったんだろうが」
「絵がない文字だけの教材にしろって言ってんのよ!」
「馬鹿野郎、お前デスノートの単行本の『How to use it』は文字しかねえだろ」
「おまけページを教材に使うバカがあるかああああ!」
肩で息をするスカーレットを無視して、銀時はジャンプを読み続ける。
その二人のやりとりを眺めながら、エアグルーヴは思わず微笑んでしまった。それに気付いたスカーレットは、ハッとして慌てて弁解する。
「あっ、す、すみません……アタシったら……今のは……!」
「……いや、気にしなくて良い。あの男の前やレースの時は、むしろ生意気な方が良いというものだろう」
「そ、そうですか……?」
「そーそー。何でもかんでも良い子ちゃんじゃダメなんだよ、世の中。何事も型破りで常識はずれな奴が才能を突出させるもんだ」
「ジャンプで国語の授業を行う型破りどころの騒ぎではない奴が賛同するな、たわけが!」
少なくとも型破り過ぎるやつに援護してもらっても全然嬉しくない。
「それで、今日の依頼は?」
「まだ誰も来てねーよ」
「そうか……ちなみに、来なかった場合は?」
「ダスカはそこで勉強してるし、俺はここで寝てる」
「……なら、私はここで生徒会の仕事でもするか」
そう言いながら、エアグルーヴは机と椅子を用意する。各々の机がすぐに用意出来るのは、学校の強みなのだろう。
そんな時だった。コンコンとノックの音が響いた。
「どうぞー」
スカーレットが声を掛けると、扉が開かれた。そこに立っていたのは、綺麗なショートヘアの茶髪の少女だった。
「ハロー!」
「ここはハローワークじゃねえ。これ以上、うるせぇガキは引き取らねえぞ」
「そうじゃないでしょ! どんな連想力⁉︎」
「というか、うるさいガキって我々の事か⁉︎ 我々の事じゃないだろうな⁉︎」
そこを注意しておいて、まずスカーレットが動いた。棚からノートを取り出して、空いている椅子を進める。
「では、ここにどうぞ。タイキシャトル先輩。こちらに名前、クラス、依頼内容もお願いします」
「分かりまシタ〜!」
「ふむ……記録は確かに大事だが、ノートではな……。書類、作るとしようか」
「そんなガチになる事ァねぇだろ。んなもん用意するなら、全自動パフェ製造機でも設置してくれや」
「出来るか! 世界中探してもそんな機械ないわ!」
「ワタシもそれ欲しいデース!」
「乗るな! お前はいいからそれに書くことを書け!」
本当に忙しいものだ。アホが二人揃うと厄介極まりない。
「書き終わりまシター!」
「ありがとうございます」
「で、名前は?」
「タイキシャトルデース!」
「全部、カタカナで喋るんじゃねーよ。どこまでが名前だコラ」
「デスカラ、タイキシャトルデース!」
「だから分かりづれェんだよ! 名前だけ言え、名前だけ!」
「ナマエ?」
「一昔前のコントやってんじゃねーんだよ!」
「銀時、彼女はタイキシャトル。アメリカ出身なのだ、許してやれ」
「そりゃ聞いてりゃ分かるけどよ……」
まぁ良いや、と思いながら、小さくため息をつく。
そのまま書かれたノートに目を通した。
「日本語をもっと学びたい?」
「ハイ!」
「学べば良いじゃねーか。何でいちいち、ここを頼るんだよ」
「イエ、実はこの前、スズカと話していた時のことデス……もうすぐ新たなレースがあるとのコトで、スズカが言いました。『私、なんだか楽しみで胸が躍るわ』と」
「で?」
「よく分からなかったので、聞き返してしまいマシタ。『スズカの胸が何故、踊るのデスカ?』と」
「「……あー」」
突如、納得したように声を漏らしたのは、スカーレットとエアグルーヴ。
「あ? お前らなんか分かったのか?」
「い、いや……なんというか……」
「まぁ、文化の違いだな。それが致命的な方向へ向いたというわけだろう」
「何、そいつ断崖絶壁なの?」
「……本人の前でそれ言うなよ。殺されるぞ」
「ていうか、前にエアグルーヴ先輩と併走してるとこ見たでしょ」
それを言われて、ようやく銀時はスズカと呼ばれる少女を思い出した。
「……ああ。確かに寂しかったな。スカーレットのが年上に見えたもん。中身はともかく」
「余計な情報を足さなくて良いのよ!」
「それで、スズカは涙を流しながら『ええ、気にしていないから平気よ、タイキ。ほんとに平気』とだけ告げて許してくれまシタが、まさかそれが『ワクワクする』と言う意味だとはワタシも思わなくて……」
「……で、日本語をキチンと学びたい、と」
なるほどねー、と理解した銀時は、それならちょうど良いと言わんばかりに立ち上がり、ロッカーから紙袋を取り出し、タイキの前にドスっと置いた。
「じゃあこれ、デスノート全巻入ってるから、明日までに読んで来い。まず話はそれからだ」
「何の話をするつもりだ貴様はああああああ‼︎」
直後、エアグルーヴに後頭部を掴まれ、紙袋に顔面を叩きつけられた。
ウマ娘の腕力で叩きのめされた銀時だが、何食わぬ顔を向けてしゃあしゃあと答える。
「馬鹿野郎、今更『あ、い、う、え、お』から始めたり、くどくどと慣用句を叩き込むより、こういう物語から使い方を教えた方が良いんだよ」
「だからってなんでデスノートだ! 中身が偏り過ぎるだろう!」
「どうするのよ、タイキ先輩が『計画通り!』とか『女を本気で殴りたいと思ったのは生まれて初めてだ……』とか言い出したら!」
「そうなったらお前、夜神シャトルに改名すりゃ良いだろ」
「何も良くないわああああ! 何一つ解決していないだろそれ‼︎」
ツッコミを浴びる銀時を捨てといて、スカーレットが漫画を没収する。
「でも、物語を使うってのはアリだろ?」
「それはそうだが……」
「それに、日本語がズラーっと並んでる活字や新聞じゃ、外国人は入りづれーかもしんねーし、日本の文化にも触れられる漫画がベストなんだよ」
「……ならせめて他の漫画にしろ。ブラックな奴じゃなくて、明るい奴……」
言われて、銀時はロッカーからまた新たな紙袋を取り出す。タイキの前にドシャっと置きながら、タイトルを伝えた。
「うし、じゃあこれだ。チェンソーマン全巻」
「人の話聞いてた⁉︎」
ツッコミを入れたのはスカーレットだった。
「こんな少年誌の皮を被った青年誌、使えるわけがないでしょ⁉︎」
「あれ、お前これ知ってんの?」
「アニメやるって言うのでクラスメートがはしゃいでたからチラッと見たけど、グロ過ぎるのよ! 第一話で主人公がバラバラになってたじゃない!」
「馬鹿野郎、グロいだけじゃねーよ。この昨今、同性間の恋愛も示したワンシーンもあり、レズハーレムを開いて、5〜6人くらいの女が全裸で弄り合うシーンとかもあっ」
無言で顔面に紙袋がダンクされた。後方に吹っ飛び、椅子から転げ落ちる銀時を無視して、エアグルーヴはタイキに言う。
「タイキ……日本語を学ぶのは結構だが、まず何で学びたい? 日本には幸い、様々な漫画やアニメ……もちろん、テレビドラマや映画もある」
「さっきの漫画はダメなのデスか?」
「ダメだ。忘れろ」
「そうデスか……そう言われても、ワタシもどんな物語があるのか……」
「ほーらみろ。何も分からない奴に『どんなのが良い?』なんて聞いても無駄なんだよ。こっちが適当に勧めたやつを読ませりゃそれで……」
「だからって偏りがあり過ぎる内容のものはダメだ!」
さて、どんな漫画が良いか……と、万事屋三人が悩む中、タイキが声を漏らした。
「そういえば、あれはどんな漫画なのデスか?」
「どれですか?」
すると、タイキは教室内の掃除用具入れから箒を二本取り出し、手元でクルクルと回し始める。
「九山八海一世界 千集まって小千世界…… 三乗結んで……斬れぬものなし! 三刀流奥義『一大三千大千世界』‼︎」
「なんで知ってるんですか⁉︎」
「ウオッカが練習してるの見まシタ!」
「ていうか、今かなり流暢に日本語喋ってなかったか? あいつもう日本語ペラペラだろあれ」
それが何の技なのか、エアグルーヴにも聞いたことがあった。ワンピース……ついに100巻を迎えた長期に渡り連載している国民的漫画だ。
正直、興味はなかったが、まぁそれだけ長く連載している漫画が異常な内容という事はないだろう。
「私は構わないと思うが……スカーレット、どう思う?」
「私も良いと思います」
「なら、決まりだな」
「ねぇ、俺の意見は?」
「早速、ワンピースを買いに……」
「いや、ロッカーの中にあるぞワンピース」
「貴様、ロッカーにどれだけ漫画を入れれば気が済む⁉︎」
そんなわけで、早速ロッカーから漫画を取り出す。流石にいきなり全巻、貸すわけにもいかないので、とりあえず5巻まで貸し出した。
「ワォ、サンキュー!」
「ちゃんと返せよ」
「分かっていマース! 私、これを読んで絶対に目指しマス! 日本語王を!」
なんかもう既に読んだことある? と聞きたくなるフレーズを残し、タイキは紙袋を持って教室を出て行った。
×××
翌日、再び銀時達は万事屋でぼんやりしていた。……なんか、この時間ってすごくもったいない気がする、とエアグルーヴもスカーレットも思う。
そもそも、自分達はデビューの時期を遅らせるというだけで、決して諦めたわけではない。
ちゃんとトレーニングの時間や日も確保しているが、依頼がない時に過ぎて行くこの時間は、なんだか勿体無い。
「……エアグルーヴ先輩。この部屋にもトレーニング器具……ランニングマシーンで良いので置けませんか?」
「考えておこう」
「あ、じゃあパフェ製造機も」
「それは諦めろ。……というか、前から思っていたが、貴様甘いもの食べ過ぎではないのか?」
「糖尿寸前らしいですよ」
「おーい、余計なこと言うなダスカ」
「なら、少しは制限した方が良いだろう。……とりあえず、ポケットの中の物を出せ」
「あ?」
嫌な予感がした銀時は、思わず顔を上げる。いつの間にか、エアグルーヴは目の前まで来て腕を組み、仁王立ちをしていた。
「ア○ロチョコだ。常備しているだろう」
「し、してねーよ。今ちょうど切らしてて……」
「嘘をつくな。出せ」
「嘘じゃねえよ。大丈夫だっつの、ちゃんと医者に止められてる通り、パフェも週一に抑えてるし」
「つまり、プラスアルファで食べているだろう!」
「いやいや、ホント大丈夫だから。俺、一応主人公だったから。なんだかんだ単行本77冊出てて、一回も糖尿にまで陥ってないから」
「訳のわからない話で煙に撒こうとするな。……素直に出さんのなら、力づくだが?」
「やってみろやコラ」
一触即発……まさにお互い、居合の構えのまま隙を伺い合う……そんな張り詰めた空気の中、動いたのは……銀時の後ろにいつの間にか回り込んでいたスカーレットだった。
「今です、エアグルーヴ先輩!」
「んなっ、て、テメェ……!」
「良くやった、スカーレット」
「お、お前ら恥ずかしくねーのか⁉︎ 人間相手にゴリラが……」
「「誰がゴリラだああああああッッ‼︎」」
「あだだだだっっ! 口から飛び出るうううう‼︎ 内臓的な何かがああああ‼︎」
なんて力づくの絞め技に断末魔をあげた時だった。
「ゴムゴムの〜……ピストルー!」
唐突にバゴンという音と共に、扉が吹っ飛んだ。教室内に入って来たのは、昨日のタイキだった。
「ハロー! コミックを返しにきまシター!」
「ん、おお。来たか」
「おいテメェ! マジでア○ロチョコ返せ!」
「どうだ? 日本語の方は?」
「ゴムゴムの〜……鐘!」
「技名じゃなくて日本語を覚えろ!」
「勿論、覚えまシタよ?」
「例えば?」
「バギー玉!」
「そんな日本語いつ使う⁉︎」
「じゃあ……鬼切り?」
「技名ばかり覚えるな!」
「だ、だって〜……カッコイイから……!」
「いやそんな子供みたいな言い方されても困るんだが⁉︎」
日本語というか、日本の文字を覚えるばかりだ。というか、そもそもやはりワンピースは日本語教育に向かない気がする。
どうしたものか、とエアグルーヴが顎に手を当てていると、銀時が間に入った。
「良かったじゃねえか。じゃ、これ続きだ」
「おい」
「イェース! アリガトウゴザイマース!」
「気にすんな。でも、クマ出来てっから。ちゃんと寝ろよ。レースに支障が出てちゃ意味ねーからな」
「このくらい安いものデース!」
その返事を聞いて、ふとスカーレットもエアグルーヴも意外そうに目を見開く。一応「安いもの」という言葉もリスクをお金の表現をした言い回しだが、あまりにも自然に出て来た。
確かに案外、このままなら効果はあるかもしれない……なんて思った時だった。
コンコンとノックの音がする。
「どうぞ?」
スカーレットが返すと、入って来たのはサイレンススズカだった。嫌な予感がする万事屋メンバーを捨て置き、パァッとタイキが表情を明るくしてみせた。
「スズカ!」
「失礼しまーす……あら、タイキ?」
「そうデース! スズカの胸、大きくする方法、見つけマシター!」
「ええっ⁉︎ ち、ちょっと……男性の前でそんな事大声で……!」
そう言いつつソワソワと頬を赤らめるスズカ。多分、胸を大きくする方法を知りたいのだろう。……あと、多分タイキがここに来てる理由を勘違いしている。昨日、スズカに失礼なことを言ってしまっただけに、それを解決しに来てたと思っているのだろう。
その勘違いは分からなくもないが、頼むから勘弁して欲しい。
「ダスカ、止め……!」
「ゴムゴムの実を食べれば、胸は大きくなりマース!」
「……」
直後、まるでいきなり気温が下がったかのように寒気が襲って来た。
「……ふふ、タイキ? それはどういう意味で言っているの?」
「え? 食べれば身体のどこでも大きく……」
「つまり、私の胸は空想のものがないと大きくならない、そう言いたいわけ?」
「イヤ、そういう意味じゃ……」
「それとも、逆に一生大きくならないと、そういうことを言ってる?」
「そ、それも違」
「そこまで言うからには付き合ってくれるんでしょ? ゴムゴムの実探し」
「え、あるんデスか⁉︎ ほんとに!」
「あるわよ。異世界の何処かには」
そのままスズカに引き摺られていくタイキ。その様子を眺めながら、銀時は鼻をほじりながらつぶやいた。
「まぁ、そもそもの原因は語彙力の少なさじゃなくて、思ったことを口に出す無神経さだしな」
「いや、あんた呑気なこといってる場合?」
「あ?」
「女子寮の監視も銀時が行っているんだろう。あの二人が帰ってこないと、今日は寝れないと思うが?」
「……」
その日、銀時は日付が変わるまで帰れなかった。