金色に輝く華麗なるウマ娘(笑)の物語   作:朧月夜(二次)/漆間鰯太郎(一次)

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5話くらいでサクっと終わります


そのウマ娘、キンイロリョテイにつき

「君は本当に理解しているのか? 真面目に走れっ!」

「おーこわ。それよりあれか?会長の小言は今日も快調ってか? 可愛いね♡ チューするぞコラ」

「ちょ、上目遣いしながら胸を突くのをやめろっ!? いやまて、会長と快調か……ふふ、やるじゃないかリョテイ」

「…………会長、また騙されてますよ。リョテイ、貴様、真剣に話を聞け。いつもいつも会長を煙に巻きおってからに」

「ああん? 女騎士は黙ってくっころされてろボケ」

「誰が女騎士だっ! 今日という今日は絶対に許さん」

「許さんがどうした。お? かかって来いよ、ボッコボコにしてやるぜぇ!?」

「なぁにぃ!?」

 

 トレセン学園の生徒会室は今日も騒がしい。

 普段から奇行癖が目立つ問題児、キンイロリョテイの説教だ。

 とは言え途中からリョテイが話の腰を折り、エアグルーヴがリョテイに掴みかかっている。

 小柄なリョテイはそれをスルっと躱し、挑発的な表情でシャドウボクシングをして見せた。

 普段から犬猿の仲である二人に、ルドルフがやれやれとため息をつく。

 

 キンイロリョテイは元々、地方である札幌トレセンに所属していた若いウマ娘だったのだが、その素質が評判になり、次世代のスターを求めていたシンボリルドルフが直接スカウトに出向き中央に移籍したウマ娘だ。

 

 とは言え見た目はどうにも速そうには見えない。

 何せ小学生にも思える程に小さく幼女の様な見た目なのだ。

 整った顔は将来は美人になることは想像出来るも、いかんせん幼さが勝る。

 それにスタイルは寸胴で、胸もよく見れば膨らんでいるかな? 程度の小山。

 艶々の黒い髪は、保護者を買って出たマルゼンスキーの趣味なのかツインテールに結われている。

 

 こんな子供が速いなんて誰も思わないだろう。

 だが実際速いのだ。

 札幌トレセンでの育成時代、リョテイに敵うライバルは存在しなかった。

 勿論それは札幌という地方レベルの相手に対してという意味でだが、問題はそのタイムだ。

 

 夏の時期は暑く、避暑の意味も込め、トゥインクルシリーズは札幌を舞台に行われる。

 その中でもとりわけ人の目を集めるのが札幌記念だ。

 これはG2レース、つまり重賞であり、秋のG1戦線への調整に用いられる事が多い重要なレースと言えるだろう。

 なので普段は見る事が出来ない人気ウマ娘が札幌に集結するという事で、道民には垂涎なレースでもある。それゆえにG1レベルで観客が押し寄せるのだ。

 

 この札幌記念は皐月賞などと同じ2000メートル。

 そこに実力が確かな古バがしのぎを削って叩き出したタイムを、デビュー前の模擬レースの中で、キンイロリョテイは1秒も縮めている。

 勿論公式記録ではないが、この時計がルドルフの耳に入り興味を持たれたきっかけにもなった。

 

 ただ本人はゴールした後に「あ、やっべ」と呟くと、唖然とする周囲に向かって「見ろ! 手稲山の上にUFOがいるぞ!」と叫び、全員が「んなアホな」と思いつつも、ついついそっちを見た瞬間にリョテイは脱兎のごとく逃げ去った。

 どうやら望んで出したタイムじゃないらしい。

 

 キンイロリョテイはその愛らしい見た目とは裏腹に、周囲から、特にトレーナー陣などから不良のレッテルを貼られたウマ娘である。

 なにせ普段、先輩たちのレースで賭けの胴元となりノミ行為をして説教されたり、俺の様に走りたい? なら秘密のトレーニングに付き合うか? と学園の仲間たちを引き連れ夜の小樽ドリームビーチで腰まで水につかりながら、感謝の正拳突き一万回を慣行しようとしたり、幼女扱いしてきた男性トレーナーに睡眠薬を飲ませ、寝ている間にアンダーヘアーをライターで火を付けて燃やし、「お前もこれで子供の仲間入りだなァ!」と腹を抱えて笑って謹慎になったり……挙げればキリがない程の武勇伝を持っている。

 

 周囲も彼女が本気を出せばとんでもなく速いのは知りつつも、何故か本人はそれを嫌がっているのだ。

 なにせ模擬レースの最中、突然「飽きた」と言い放つと欽ちゃん走りをしながら逸走したりするのだ。

 そういう時は大概、抜群の時計を出している。

 真剣に上を目指すウマ娘達にはふざけるなとキレられそうだが、何せ本人の人柄はなんというかおバカな事をしている状態が許される様な所があるため疎まれてもいない。

 

 本人は絶対に認めないが、挫折したウマ娘を高確率で揶揄うため、薄々とこのクソガキは実は優しいんじゃ? とバレているのだ。

 デビュー前のウマ娘は精神面が不安定になりがちなのだが、落ち込んで鬱になった瞬間、リョテイに振り回されてキレるか笑うかすれば、大概は落ち込んでいる事すら忘れる。

 そういう部分を仲間たちは認めているのだ。それを指摘すれば本人は心底嫌そうな顔をするだろうが。

 そんなリョテイだったが、中央に来たところで彼女のキャラは変わらなかった。

 しかしルドルフはどうしても彼女に本気で走ってほしいと願い、こうして何かあると呼び出しては説教をする。

 

 ルドルフは三冠を獲った後も快進撃を続け、七冠を奪取し現在は最前線から退いている。

 それは自分の強さに自負はあれど、URAのスターが一人しかいないのは不健全で、もっと強者たちがギラギラと一進一退のせめぎ合いをする方が健全と考えているからだ。

 だからこそ次世代の若手たちに目をかけており、その中の一人がキンイロリョテイだったという訳だ。

 

 そんなルドルフに憧れ、現在少しずつキャリアを重ねているエアグルーヴも最近生徒会執行部に入ったのだが、彼女にとってルドルフとは、もはや信仰の対象と言える程に忠誠心を持っている。

 だからこそ地方出身の不良ウマ娘をルドルフが可愛がるのが気に入らないし、リョテイがルドルフに軽口を叩くのが許せないのだ。

 

 しかしリョテイに食って掛かろうが柳に風。

 いっつも煙に巻かれて地団駄を踏む。

 ちなみに今日はどうにかリョテイをターフに連れ出す事が出来たのだが、併せで格の違いをわからせようとするも「お前が本気なら俺も本気を出さざるを得ないか……まってろ着替えてくる」

と真剣な表情で更衣室に向かい、そしてそのまま帰ってこなかった。

 夕暮れのターフでは、エアグルーヴが咆哮していたが、結局はこうなるのだ。

 

 エアグルーヴを放置して消えたキンイロリョテイが何をしていたかと言えば、それは商店街の近くにあるパチンコ屋である。

 黒いジャージ姿でサンダル履きの幼女めいたウマ娘が堂々とパチンコを打っていても、常連たちはマスコットの様に思うのか、大当たりするとご祝儀だと称してリョテイに缶ジュースを与えるのが密かなブームである。

 

 ちなみに果たしてウマ娘がパチンコを打っているのが良いのか悪いのかだが、どうもセーフ的な風潮らしく、今まで咎められたことは無い。

 もちろん学園的にはアウトであり、時折コメカミに青筋を浮かべたルドルフが襲来し、思いっきりリョテイに拳骨を落として引きずっていく姿が目撃されている。

 

「さって帰るか……」

 

 今日は大勝したようで、ほくほく顔のリョテイが店から出てきた。

 財布はパンパンだし、両手にはスナック菓子やジュースが詰まったビニール袋がそれぞれぶら下がっている。

 彼女が日課のようにパチンコに勤しむのは、本人に博才がある事もあるが、単純に早い時間に家に帰りたくないからだ。

 

 彼女は寮には住んでいない。今は遠征中だから食事が楽な寮に間借りしているだけで。

 本来はマルゼンスキーのマンションに同居をしている。

 地方である札幌トレセンからの移籍の際に、ルドルフが見初めたというだけでは納得しないURA関係者との軋轢が少々あり、ルドルフに同行していたマルゼンスキーが珍しく激昂し、「自分が後見するなら文句ないでしょ?」と強引に同居をしたのがそのきっかけだ。

 

 ちなみにリョテイが知らない間に実家に根回しもされ、彼女が気が付いた時には東京のマンションに荷物が運ばれた後である。

 トレセン学園に行く前に荷物を送ろうと実家に戻ったリョテイが、もぬけの殻になっていた自室に呆然とした時の表情は傑作であったと、後にリョテイの母親が証拠写真と共に供述する。この母、なかなか鬼畜である。

 

 つまり居候なのだが、とにかくマルゼンスキーのスキンシップが激しい。

 何というか猫可愛がりをすると言えばいいか。同居の件もマルゼンスキーがリョテイを気に入った事が大きな理由である。

 しかしリョテイは枯れた性格なので、実の妹の様に可愛がられ、そのついでにひらひらの服を着せられるのが嫌なのである。

 彼女が普段からツインテールなのも、可愛い服を拒否する事の交換条件としてしているのだ。

 そんな訳で現在のリョテイは、過保護な保護者がいない一人の時間を満喫しているのであった。

 

 そしてリョテイは寮への道すがら、近道である芝練習場の横を通った。

 時刻はもう21時を過ぎており、練習場の照明は落ちている。

 だがそんな暗闇の中に、規則的な荒い息が聞こえる。

 

「んあ? 誰かいるんか?」

 

 外ラチまでやってきたリョテイは、荷物をその辺に置くと、ひょいっと柵の上に飛び乗った。

 信じられないバネだ。

 そしてじーっとターフを眺めると大きなため息をついた。

 

「まーだやってんのかよ」

「…………はぁはぁ。リョテイちゃん……」

 

 サイレンススズカだった。

 普段の楚々とした美少女の姿は今はなく、ぐったりとした顔で、膝に手をやり息を整えている。

 どれだけ走ったのだろう?

 彼女の体操着はびっしょりと汗で張り付いており、体中から湯気が立ち上っている。

 

 そんなスズカの傍にリョテイは駆け寄ると、じっとスズカの顔を見上げた。

 周囲に人がいないときのリョテイの表情は、まるで能面の様で、とても不機嫌そうに見える。

 何も言わないリョテイにたじろぐスズカだったが、すぐにキッと表情を怒らせた。

 

「オーバーワークは理解しています。でも走らなきゃ、駄目なんですっ」

 

 リョテイが自分を咎めると思ったのか、スズカは機先を制してそういった。

 だが件のリョテイはニヤーと底意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「お前さーただでさえ貧乳なんだから、こんな透ける程汗で濡らしたら強調されるやん。それともあれか、人に見られて興奮する系の性癖があんのか?」

 

 そんな事を言い放った。

 一瞬で顔が真っ赤になるスズカ。

 

 デビュー年的には同期になるリョテイとスズカだが、リョテイが中央に移籍してから、何かと二人は絡んでいる。

 主にリョテイがスズカの胸を揶揄い、顔を真っ赤にしたスズカが貴女もそうでしょ! とやり返すのだが、自分は子供みたいな体型だからセーフ、けどお前はスタイルが良いから貧乳が目立つしアウトとやり返し、キレたスズカがリョテイを追いかけ回すのが定番化しているのだ。

 

「ふざけないでください! 私はっ、その、なんでもありません」

 

 何かを言い募り黙るスズカをじっと見上げるリョテイ。

 普段の彼女のキャラとはあまりにギャップのある真剣な表情に、スズカは思わず一歩下がった。

 

「お前って勝気なくせにビビりだよな」

「えっ!?」

「こうやって自分を追い込んでるのって弥生賞を間抜けな負け方したからだろう?」

「間抜けって……」

 

 唖然とするスズカ。

 普段なら煽られたと沸騰するシーンだが、残念なことにリョテイのセリフは的を射ていた。

 スズカはメイクデビューを2着に7バ身差をつけすんなりと勝ち、次に選んだレースが皐月賞トライアルとなる弥生賞だった。

 

 メイクデビューでの圧勝劇の後、彼女はトレーニング中に足の違和感を感じ、トレーナーが大事をとってコンディションの維持に努めるという方針を指示した。

 とは言え元々地力はあり、トレーナー達によるスカウト合戦になったスズカであるから、このローテーションは周囲からも特に問題視されてもいない。

 デビュー戦が他者を圧倒的に凌駕していた事で、次走を半年近く開いたトライアルレースにする事も問題ないという判断だろう。

 

 だが結果は大きく出遅れ、すぐに挽回を計ろうとするももたつき、結局は8着という惨敗だった。

 周囲からの期待も高かった彼女に対し、ファンたちの落胆もそれなりに大きい。

 しかしスズカは現在のトレーナーとは、決して信頼関係が構築されているとは言い難い。

 逃げの方が走り易いと考えるスズカに対し彼女のトレーナーはレース戦術としては先行を選んだ事が原因だ。

 

 とは言えトレーナーも別に間違ったことを言っているでもないのだ。

 彼女の距離適性的に、皐月賞とダービーは勝ちに行きたい、そういう方針が前提にある。

 けれど弥生賞までの間の期間はそれなりに長く、スズカのレース勘が薄れている事を不安視した。だから確実な勝利を目的とし、消極的にも見えるが安定を取った。

 

 プランとしては中団より前目で,具体的には先頭から少し間を開けた二番手か三番手辺りで足を溜め、最終コーナーで一気に加速する、そういう構想だ。

 しかし練習とは違い、本番のレースでは、誰もが自分の勝利のために足掻く。

 その結果、身体をぶつけたり進路をさりげなく塞いだりなどは日常茶飯事。

 そうなると必要以上に体力が削られ集中も途切れやすい。

 

 トレーナーはそういう部分をカバーする必要があると考えた。

 その為、リハビリ中はスタミナと削り対策として筋力トレーニングを多めに設定。

 逃げという戦術は、逃がした時点で2番手以降は不利になる。当然デビュー戦でセンセーショナルな勝ち方をしたスズカに対し、ライバルたちはハナを切らせない様にスタート後から妨害に来るだろう。そういう意味ではスズカのトレーナーは万全の準備をしたと言えるだろう。

 

 だが結果は本人に迷いがあった事が影響し、ゲートでもたつき出遅れて惨敗。

 スズカは自分のミスだと理解はしてても、もし自分が逃げたらこうなっていなかったかもしれないという葛藤がある。

 トレーナーの方針は納得していても、それを受け入れる余裕はストイックすぎるスズカにはなかった。

 そのモヤモヤを振り払おうとスズカが選んだのはトレーナーと距離を取り、ひたすらに身体を虐める事だった。

 だがそんなスズカの心情を鼻で笑うかのようにリョテイは斬って捨てた。

 

「間抜けだろう? 逃げりゃお前に勝てる奴なんかいないのに。イイコチャンでいなきゃってか? それで負けてりゃ世話ねえよな。出遅れたってより、ゲートが開く瞬間まで迷ってたろお前。でゲートの音で我に返って慌てた。これが間抜けじゃなきゃなんなんだよ」

「むう……」

 

 ぐうの音も出ない指摘だった。

 畳みかける様にリョテイは続ける。

 

「お前みたいなビビり女は逃げるしかねーんだ。だったらどこまでも逃げろや。貧乳のくせに生意気なんだよお前」

「ひっ、貧乳は関係ないでしょっ! リョテイちゃんも小さいくせにっ!」

「いいの俺は身体も小さいから。それにだ、トレーナーに言う事聞かせてーんなら、勝手に逃げてお前の力を見せつけてやりゃーいやでも納得するだろうが」

「人の気も知らないで勝手な事言わないでよ……」

「だからビビりだって言ってんだ。逃げねえお前に価値はねえ。ま、後は好きにしろや。じゃーな貧乳女」

「あっ……」

 

 言いたいことだけ言って満足したのか、キナ臭い顔で頭を掻いたリョテイは踵を返した。

 ブツブツとボヤキながら遠ざかっていくリョテイの背中を、スズカは黙って眺めているしかできない。

 

「寒い……」

 

 三月の夜風はとても冷たい。

 冷え切ったスズカの心よりも。

 思わず身体を抱くスズカ。

 ただ不思議と、あれだけストレートに罵倒された事で、どこか気が楽になっている事実に気が付き、なんだか負けたみたいで腹が立つと口を尖らせたのである。

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 

「ったく、余計な事を言っちまったぜ……」

 

 栗東寮に宛がわれた部屋に戻ったリョテイは盛大に後悔していた。

 苦虫を噛み潰したような表情でビールのプルタブを切っている。

 元々住人のいない部屋だから、ベッドや机はあれど調度品は何もなく殺風景な部屋の中で。

 

 もう寝る準備だとブラトップキャミと白いショーツ姿でベッドに胡坐を掻きビールを飲む姿は女性らしさの欠片も無い。かなりシュールだ。

 寮長に見つかれば確実に小言は間違いない。

 

「けどなぁ……言わずにはいれないんだよなぁアイツの事は……」

 

 500mlのビールを一気に飲み干しぐしゃりと缶をつぶす。

 リョテイが葛藤するのには理由がある。

 彼女には前世の記憶があるのだ。

 その時の彼女の性別は男性で、ウマ娘ですらない。

 ただ彼だった彼女は、子供の頃に競馬狂いの父親に連れられ東京競馬場に行き、皇帝シンボリルドルフの勝利を目撃したことで同じように競馬沼に堕ちた。

 

 以降、40半ばでガンで死ぬまで、彼はルドルフ以降の日本競馬史を間近で見てきた。

 彼は呑む打つ買うの三拍子が揃ったダメ人間だったが、博才だけはあった様で、ほとんど競馬だけで生活費を稼ぎだす猛者だった。

 とは言えその為の努力は惜しまず、週末に出走する馬全ての時計はチェックするし、血統関連のデータ収集や、レースごとの過去の傾向分析にも余念がない。

 

 いわゆるギャンブル狂いで、公営ギャンブルは全て網羅していたし、パチンコは当然のこと、雀荘で高いレートの賭け麻雀などにも余念がない。しかしとりわけ競馬は強い思い入れがある。

 だが死んで生まれ変わってみれば、あれだけ愛した競馬は存在せず、それどころか競走馬以前に馬という生物すら存在しない。

 その代わりにいるのがウマ娘で、自分自身がウマ娘ときた。

 

 彼女の素行が悪いのはこれが原因だ。

 ライフワークともいえる競馬。

 それが無いことでやさぐれた。

 幼少時はその事が理由で躁鬱が激しく、一時期は自閉症の様に自分の殻に閉じこもっていたほどだ。

 

 前世の彼は日本の馬ならほぼすべての血統データを記憶している。

 海外馬とて有名どころはほぼ網羅している。

 そんな彼だが、自分の名前であるキンイロリョテイなんて馬は、いやウマは知らない。

 けれど自分を競馬沼に堕とした元凶であるシンボリルドルフは存在していた。

 

 だから余計にやさぐれた。

 

 何故かと言えば、どうやら自分はとんでもなく速くなる素質があるようだが、名前から察するにモブみたいな存在なんだろう。

 周囲には聞き覚えがある名前が溢れている事で、猶更その思いは強くなる。

 だからこそだ。自分がどれだけ速かろうが、競馬愛が深い事が一番になることを躊躇させるのだ。

 つまり愛した競馬の歴史に残るウマたちを、自分が負かせてしまう事は正しいのか? その葛藤である。

 

 だからリョテイは昼行燈を装う事を選んだ。

 まあ酒やパチンコに勤しむのは、ただの中の人の性癖であるが。

 それでもだ、同期にサイレンススズカがいる。

 これを知った時、リョテイは視界の中にスズカを入れる事を我慢できなくなった。

 

 何故か。それは史実におけるスズカを知るからだ。

 自分の様に手を抜き、二着三着を繰り返す駄バと違い、スズカはデビュー戦から光っていた。

 だが弥生賞での惨敗、これでリョテイは恐怖を覚えた。

 それは競馬の様々なレースデータが知識として残っている彼女だからこその恐怖だろう。

 

 デビュー戦、そして弥生賞。

 前世での記憶、それを史実として、リョテイの同期であるスズカは史実をなぞった結果を出している。

 それが意味するのは、史実における古馬に入った頃にやってくる秋の天皇賞の予後不良だ。

 

 サイレンススズカという競走馬は、圧倒的な大逃げでファンを魅了する名馬だ。

 けれど成績的には正直微妙と言わざるを得ない。

 特にクラシック時代はとにかく安定しない結果ばかり。

 成績が開花したのは古馬になってからで、年明けの中山記念で重賞初制覇を果たすと、そこから立て続けに重賞で連勝を重ねていく。

 当然逃げという戦術とローテーションの厳しさ的に疲労が抜けない心配もあったが、人気投票で選出され、宝塚で初G1勝利を果たす。

 その結果が秋天での粉砕骨折である。そしてスズカは予後不良と判定され安楽死。

 

 ならばスズカはこっちでもレース中に死ぬのか?

 

 思わず背筋が寒くなるリョテイ。

 それと同時に激しい怒りも覚える。

 ルドルフの成績を見るに、なるほどこっちとあっち、もちろん前世での彼女が生きていた世界の事だが、何やら関連性はある様に思える。スズカもまた史実をトレースするかの様な成績。

 

 じゃあ何か。

 ウマ娘がどれだけ研鑽しようと、それは意味が無くて、やがて史実に引きずられるというのか?

 自分はモブだろうが、周囲のネームド達は一生懸命にトップを目指して頑張っている。

 それが無駄なのか? ふざけるな、リョテイは憤る。

 だったらそれって呪いっていうんじゃねえのか? 

 そう思ってからだ。何かにつけてスズカを構うようになったのは。

 

 ギャンブル狂いのダメ人間でも、競走馬たちが時折見せてくれる輝きに、前世の彼女は魅了されていた。

 ゆえにIFが見たい。

 スズカが秋天を勝っていたなら、陣営はどうしたんだろう?

 ジャパンカップに挑戦したかな? あるいは距離に不安はあっても有馬記念か?

 案外くたくただからってマイルCSに出る線もアリだな。

 前世の彼女はスズカのその先が見れる物なら見てみたいと思った。

 おそらく、彼以外のファンたちもそれに同意するだろう。

 

 だからスズカを見守り、何かヤバい方向に行こうものならぶん殴ってでも止めよう。

 リョテイはそう決意した。

 だがしかし自分はモブ。偉そうな事は言えないし、何より自分のキャラじゃない。

 そう考えた結果、まるで小学生男子が好きな子と喋りたいがために虐めるみたいなムーブをしてしまうのだ。

 

「……ま、なる様にしかならねえか。クソが」

 

 そうして頭をくしゃくしゃにしたリョテイは、温くなったビールを飲み干すとベッドに飛び込んだ。

 そんなリョテイだったが、翌日寝坊をし、起こしにきた寮長フジキセキに飲酒がバレ、しこたま説教を受ける事になる。

 

 当然生徒会長であるルドルフにも伝えられ、次回の未勝利戦で勝利しないと飲酒やギャンブルが出来ない様に監視を付けると通告され崩れ落ちたのである。

 ちなみに監視の候補は後輩のスーパークリークである。リョテイのやる気が下がった。

 

 





コロナの後遺症から全快しそうな一歩手前なのでリハビリがてら書いてみました。大好きなコロナビールをお供に。

今年もあなたの、そして私の夢が走ります。あなたの夢は誰ですか。私の夢は今でもステイゴールドです。
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