人類銀河帝国 コリント朝 功臣列伝資料 「サテライト8班リーダー ケニーの日記」(航宙軍士官、冒険者になる異伝) 作:ミスター仙人
4月18日(人類銀河帝国 コリント朝2年)
徹夜で一気に帝国艦隊と崑崙皇国軍(もう区分けする必要が無くなったので)は陣形を横陣で向かう。
既に洛陽郊外でも戦闘が起こっていて、乱戦状態だ。
当初は劣勢だった崑崙皇国軍も、途中参戦の戦闘車両と戦闘バイク部隊が、牛頭の魔物の軍隊に突撃して行く事で挽回し始めている。
更に上空からのドローンによる支援のお陰で、被害が少なくなったので此方に向かい撤退する、洛陽滞在の崑崙皇国軍が増えて来た。
臨時の後方基地を補給部隊と、救護部隊で構築し、其処で洛陽滞在の崑崙皇国軍を受け入れ、怪我等を癒やした上で場合によっては『南京』に輸送する体制を築いた。
他の攻撃部隊は、やって来る牛頭の魔物の軍隊に対し、後方の洛陽の大門に向け魔法弾の砲撃を集中させ、後続の魔物達の行動を掣肘し、現在洛陽郊外に取り残された牛頭の魔物の軍隊を殲滅に掛かった。
事前に訓練を重ねた5万の3輪戦闘バイクに騎乗する崑崙皇国軍は、李世民殿、岳飛殿、趙匡胤殿がそれぞれ率い、勇躍牛頭の魔物の軍隊に向けて突進する。
既にそれぞれ軍団魔法を習得していて、3つの巨大な塊は、敵である100万を越える牛頭の魔物の軍隊を斬り裂いた。
それを援護するべく帝国艦隊はパルス魔法弾での支援攻撃を、牛頭の魔物の軍隊に向けて放つ!
形勢不利と見た牛頭の魔物の軍隊は、巨大な牛の姿に变化するとその角に炎を纏わせ、強烈な突進を仕掛けて来た。
其れに対して、その突進の鋭鋒から身を躱し、各部隊は正面から対峙せずに側面攻撃を主体に切り替えた。
訓練通りの連携攻撃と機動攻撃が功を奏し、殆どの郊外に居る牛頭の魔物の軍隊は殲滅出来た。
一先ず、臨時の後方基地に全軍が集結して、直ちに崑崙皇国軍の再編を行う。
かなりの人数が傷付いてしまったが、幸い殺されてしまった人数はそれ程居ない。
しかし、片腕や片足になったりした者は大勢いたので、健常な人数は200万人程なので、怪我人を保護する為に100万人置いて、残りの100万人と帝国軍で洛陽に再度攻め込む事になった。
洛陽の4つの大門は、先程の砲撃で壊されていたが、再度の砲撃を行う事で、木端微塵となって更地と化した。
その大門跡を乗り越え、それぞれ4つに分散した我等は、都城址の大道をゆっくりと突き進む。
しかし、先程までの郊外の戦いと違い、何故か都城址には、牛頭の魔物の軍隊どころか動物一匹居らず、不自然なまでの静寂が支配していた。
やがてそれぞれの大門から侵入し大道を通ってきた我等は、洛陽の中心である『紫禁城』を取り囲む事となった。
普段は喧騒に包まれているらしい『紫禁城』は、カトウの報告通りに3日前から誰も帰還していないとの事なので、不気味な静けさに包まれ、一切の反応を見せない。
この状況にアラン様は、カトウ達中央情報局局員達に『紫禁城』の調査を命じた。
その間に、異常事態が起こる可能性を想定し、ある程度の距離を取る為に洛陽の四方、5キロメートル程に同心円状に洛陽を包囲した。
暫くの時間が過ぎ、『紫禁城』の奥を調査していたカトウ達から連絡が入った。
何とこの『紫禁城』の遥か地下に恐ろしいほどの巨大な空洞が有って、其処から西に向けて回廊が有ると言うのだ。
よって、この回廊を調べる為に超高性能ドローンを地下に入れて、飛ばして見る事になった。
幸い回廊の大きさは、充分にドローンが活動出来る太さで、殆ど真っ直ぐにで僅かな傾斜がある程度なので、そのまま直進させる事が出来る様だ。
自分含む軍の上層部は、そのドローンの報告が上がるまでに即応出来る様に、配下の臨戦体勢を維持していた。
だが中々ドローンからの情報が入って来ないので、アラン様から本日中の報告は無いので、、交代制で休憩を取り、食事と就寝に移れと命令が有り、帝国軍と崑崙皇国軍の皆は臨戦体勢を解き、交代交代で休息を取った。
4月19日(人類銀河帝国 コリント朝2年)
結局日を跨いで、ドローンは今朝回廊の通じている先の情報を取ってきた。
何とこの回廊の終着先は、距離にして1万キロメートルに及び、崑崙皇国の領土を超えた先に通じていたのだ。
この時点で、我等帝国軍の面々嫌な予感がしていた。
敵が牛頭の魔物で有る点。
回廊が西の方角から来ている点。
カトウの調査で紫禁城の秘宝たる『宝貝』が幾つも持ち去られている点。
どうやら回廊は、つい最近に洛陽に通じた様だが、其れはあくまでも出口がであって、出発点である場所の回廊は遥か昔に掘られ始めていたのが、スペクトル分析で判ったそうだ。
以上の事から、この回廊は遥か過去から、凄まじいまでの妄執によって掘られていたと言う訳だし、その場所は地上での距離と方向から、予想通りにある場所を示していた。
その場所とは、
『敦煌』
我々帝国軍が、この崑崙皇国に辿り着くまでに、寄らせて貰った『蚩尤』が封印されていると言われていた場所であった。