新しい世界で   作:Belenus

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当たり前に享受するはずの幸せ







処女作なので拙いです。
後、原作のキャラは3話ぐらいに出る予定なので、しばらくはお人形遊びですらない妄想活劇が広がります。


死の季節

 降る雨が道路を濡らし、溜まった水が街灯の光を帯びる。時折、通る車が水を押しのけ雨音だけが響く道路に変化をもたらす。

 そんな中、傘も持たずに佇むまだ少年と呼べる年頃の子供が一人。もう冬も近い故に低くなった気温と雨に濡れていることで体は小刻みに震えていた。

 

「はぁ·····」

 

 ため息なのか、それとも寒さからくる吐息なのかそれは本人にも分からなかった。点滅する街灯の光で時折照らされる顔は、真っ白で生気が無く諦めと疲労に染まっている。

 

「もう、二度と目を覚ましませんように」

 

 祈るようにそう呟いた少年は震える足で道路に飛び出した。足の震えが恐怖からくるものなのか寒さからくるものなのか、これもまた激痛と共に消える本人には永遠に分からない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 覚醒、それは有り得ないことだった。死んだのに生きている。その事に疑問符を浮かべる前に最初に来た感覚は痛みだった。当然と言えば当然、体は車に轢かれぐちゃぐちゃになったのだから。

 大声を出し泣き叫んだ。こんな所を誰かに見られていたのならきっと羞恥で顔を真っ赤にするだろう。 しかし、そんなことを考えている余裕などなかった。それほどまでに強烈な痛みだった。

 しばらくすると、永遠に続くかのように思えた痛みが引いていく。そして痛みの代わりに誰かに優しく撫でられている感覚がした。それは、今まで感じたことない優しさと愛に満ちたものだった。

 

「────────────」

 

 何か音がするけれど上手く聞こえない。と言うより体のあらゆる感覚が薄い。痛みがなくなったことで考える余裕ができ次に心の内を占めたのは不安だった。

 どういうことだ?僕はどうなっているんだ?確か車に轢かれたはずだ。だとしたら、もしやここは病院で自分は病室にいるのでは?死に損ねた挙句これから一生、病院生活を強いられることになるのだろうか。

 などと取り留めのない事を考えているとまた音がした。

 

「──────────────」

 

 やはり、上手く聞き取れない。一気にいろんなことが起こりすぎたせいでものすごく疲れた。眠気と疲労で落ちていく意識の中で最後に『ありがとう』と聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 あれから一ヶ月程がたった気がする。気がするというのもこの家にはカレンダーがないため、確認ができないから正確には分からないのだ。この一ヶ月間で分かった事と言えば、僕がピクラスという名の赤子に生まれ変わったことぐらいだ。目が見えるようになり自分の姿を視認すれば嫌でもその事実を認めざるを得なかった。

 どうして何故こうなったのか、それは今でも分からない。その事を考えるのは随分と前にやめた。いくら考えても答えが出ない以上、無意味と言うものだろう。現状を整理するのに体力を使ったのか、お腹が空いた。お母さんを呼ぼう。

 

「あーー!あー!」

「はいはい、今行くからね〜」

 

 そう言って腰ほどまでに伸ばした黒髪を揺らし、端正な顔に笑みを浮かべながら、こちらに向かってくるのが今世の僕のお母さんである。年齢は二十代前半と言ったところなのに、女手一つで僕のことを育ててくれている。今世はまともな母親でよかったと心底そう思う。

 

「おしっこでもないし、うんちでもない。お腹がすいたのかしら」

 

 慣れた手つきで一つ一つ確認していく姿はさすが母親というところだろう。抱きかかえられながら、目の前に出された乳房に吸い付く。

 それにしても、この体になってからは不便なことが多すぎる。トイレは自分で行けないし、すぐお腹が空くため日に何度もこうやってお母さんを呼びつけ、ミルクを飲まなければいけない。赤ちゃんだから仕方ないと言えば仕方ないのだが。

 

「ほんとにピクラスは静かな子ね。普通だったらもっと泣くって聞いたのだけれど」

 

 そりゃ前世の記憶を持ってるからなぁ。こんな感じのお母さんの反応を見ると時々、罪悪感を覚える。自分はちゃんとした子供ではない、前世の記憶と言う異物が入り込んだものだと。いつか、成長した時には言わないといけないのだろう。

 

「うふふふ。たくさん飲んで大きくなるのよ」

「あー」

「これは返事なのかしら?まるで会話しているみたいね」

 

 流石にやりすぎたか?いつかはバレるものなのだろうが、今はまだ甘えていたい。と言うより、ないとは思うがバレたら捨てられたりとかしそうだし、そんな事になればすぐに死んでしまう。

 

「流石にこの年齢で言葉を理解しているわけないか。この調子だと親バカになりそうね私」

 

 危ない、危ない。次からはもっと赤ちゃんらしくしなければ。恥ずかしいが時々泣いてみるのもいいかもしれない。あまり手を煩わせたくないんだけどね。

 鳥も歌う春の季節にそんなことを考えながら、今日5回目のミルクを吸う。

 

 

 

 

 

 そしてまた半年程の歳月が経った。僕は普通より成長が早いのか、もう立つことが出来るようになっていた。歩き回れるようになり、家や家の周りを見てみたが特に変わったものはなかった。強いて言えば家が森の中にあることくらいのものだろう。

 前の世界では、異世界転生ものが流行っていたが剣と魔法の世界というわけではないらしい。だってこの半年間それらしい事を見聞きしてないからだ。話している言葉が日本語である所を考えると日本のどこかだと思う。

 

「あっ!ようやく見つけた。本当に目を離したらすぐ居なくなるんだから」

「あー」

 

 この家は狭くはないが、さほど広くもないため見つけるのに時間はかからないはずだが毎回、反応が大袈裟だ。

 

「この前まではあんなにおとなしかったのに。動き回れるようになってからは、すぐお母さんの傍を離れるんだから」

 

 この半年間、喋れないし動けなかったせいで死ぬほど暇だったのだ。家にはおもちゃというものがないし、子供用の本も全部読み終わってしまった。暇つぶしにできることと言ったら歩き回るぐらいである。

 

「今日は新しい本を買ってきたの。本を読んでいる時はおとなしいでしょ?」

 

 そう言って渡された数冊の本は全部の妖怪に関する本だった。何故こんなにも内容が偏るんだ?子供に読み聞かせる本といったらもっとこう色々あるだろう?思いつかないけど。この際時間がつぶせれば何でもいいが。

 

「そうだ!この間、怪我したところ見せて」

 

 怪我とはこの間わざと転んでつけたものだろう。最近、新しい趣味を見つけたのだ。先程の話にもあったように怪我をすることである。何故?と聞かれれば答えは単純で愛を感じられるからだ。きっかけは前に転んで怪我をした時。

 

『大丈夫!?あ〜どうしましょう。えっとまずは消毒をして、でもその前に水で洗うべき?』

 

 小さな傷ひとつで、あんなにも心配してくれる事が嬉しくてたまにわざと怪我をしてしまう。お母さんに心配を掛けると分かっていながら、そんなことをしてしまう自分はやはり歪んでいるのだろう。

 

「よし!傷跡が残らなそうで良かった」

 

 順調に愛情を与えられ育っているため、最近では生きていることが楽しく感じる。前までは理解できなかったが、これが普通に育てば誰もが感じる感情なのだろう。

 ただ幾つか不思議な点がある。時折、夜中に聞こえる野生動物とも人間の声ともつかない不気味な音。これだけならばいいのだが、妖怪に偏った本の内容に玄関に向かって歩いて行くと。

 

『外に出ようとしたでしょ。外には怖い妖怪がいるから行っちゃだめよ。』

 

 頑なに外に出そうとしない。それに毎回のように出てくる妖怪という言葉。これが脅し文句みたいなものならいいのだが。どこか妖怪という単語が引っかかった。

 

 

 

 

 

 

 さらに3年程がたった。そして季節は冬。僕が死んだ季節でもあるため、あまり良い思い出はないのだが今日は別だ。なぜなら今日はやっと外に出ることができるのだから。

 僕の誕生日ということと、僕の体が大きくなり長距離の移動にも耐えられるようになったため一緒に里まで行くことになったのだ。ずっと家の中にこもりきりだった事もあり、ものすごく楽しみである。

 

「お母さん早く行こう」

「そう急がないの。今開けるから」

 

 やっとこの玄関から外に出られるのだ興奮もする。この3年間の楽しみと言ったらお母さんが時々、買ってくる本くらいしかなかった。前世ではそこまで運動好きではなかったが、今は野山を駆けずり回りたい気分である。

 

「うふふ。今日は何時になく子供っぽいわね」

「そんなことより。早く」

「はいはい」

 

 ドアが開かれ目の前に飛び込んできた景色は一面の緑だった。ドアが開いた事で入ってきた冬特有の冷たい風に運ばれ木々の青臭さが鼻をくすぐる。

 

「初めての外はどう?」

「予想以上に木しかないけど、これからが本番だから」

 

 今は外の気温と空気に触れられたことで満足しよう。それにしても、ここから人里までどうやって行くのだろうか。見たところ獣道すらないけど。

 

「こっちよ」

 

 お母さんの誘導の元、木の前まで来てみるとお母さんが一本の木を押し倒した。そう押し倒したのだ、あの自分より一回りは大きい木を。え?

 

「見て見て、驚いたでしょ」

 

 そこにあったのは木の絵が描かれていた板だった。びっくりした〜今世のお母さんは化け物なのかと思った。精巧に描かれた絵は本物と見分けがつかないと言うが本当に騙されるとは。

 

「普段は滅多に変わらない表情がころころ変わって新鮮」

「その為だけにこんな事を?」

「正解」

 

 得意げな顔をしているお母さんを見ていると、どっちが子供か分からなくなりそうだ。

 

「さ、行きましょう?」

「分かった」

 

 板の裏に隠されていた獣道は意外と整っており、子供の自分でも歩きやすかった。自分の周りを囲む森林を見ていると、前にテレビで見た三百六十度水槽というものを思い出す。

 

「この森、気に入った?」

「うん!」

 

 周りをキョロキョロ見ながら進む僕の遅い足取りに合わせて、お母さんもゆっくり歩いてくれる。微笑ましいものを見るような視線が少し恥ずかしい。まだ里にすら着いていないのにこの状況がすごく楽しく感じた。

 

「もうすぐで着くわよ」

 

 何を言っているのだろうか。体力的にも時間的にもまだ家を出て10分やそこらのはずだ。流石に里がそんな近場にあるはずがない。

 

「はい、到着」

 

 獣道を出た瞬間、目の前に広がったのは昔ながらの日本家屋だった。後ろを振り返ってみると先程まで通ってきたはずの森が消えているではないか。

 

「驚いた?」

「驚いた·····けど、どうやってやったの?」

「秘密」

 

 クソ気になるのだが。本当に今日は驚かされてばかりだ。手品は種を知らない方が面白いと言うし空気を読んでこれ以上、追求するのはやめよう。気になるけど·····気になるけど!空気読める男だからね!

 

「とりあえず晩御飯の買い出しと最近、外来人が広めてたケーキ?という物でも買っていこうかしら」

 

 先程の光景も自分にとってはかなり衝撃的だったのだが、目の前の光景は疑問が吹き飛ぶくらいには感動的なものに映った。お母さん以外の人や街の喧騒、教科書でしか見た事のない街並みそのどれもこれもが新鮮だった。

 

「凄い」

「でしょ!」

 

 横で自分の事でもないのに何故か得意げになっているお母さんが気にならないほど見入っていた。そうしてしばらく感動に浸っていると次は疑問が出てくる。それは、目の前の光景が昔の日本の景色だからではなく、辺りを見回すと何故か怪訝な顔を向けてくる人がちらほらいるからだ。

 

「はい、いらっしゃい。ってあんたかよ」

「すみません。これください」

「はいよ」

 

 なんだか店員の態度まで悪い。周りもヒソヒソと何を言ってるんだ?

 

ほら、魔女がまた来たよ

今度は子供まで連れてきて

あんな、森に住んでるよく分からん物に関わったらダメだぞ

 

 なるほど、そういうことだったのか。確かに、里があるのにそこに住まず森に居着いているのだ。そんな人間を見たらあらぬ噂も立つというものか。外に連れて行きたがらないのも、妖怪とかではなくそういうことだったわけだ。

 僕が今お母さんにしてあげられることは背中を撫でてあげることぐらいかな。

 

「大丈夫?」

「っ、ありがとう。でも大丈夫ピクラスのためだもの」

 

 お母さんが大丈夫と言うならこれ以上心配するのも逆に負担を増やすというものだ。今は周りを気にせず明るく振る舞うことで、お母さんには元気を出してもらおう。

 そうして一緒に買い物をしていると一人の女性がこっちに向かってきた。

 

「おお!久しいな麗華(れいか)。その子が例の子供か?」

「ええそうよ」

「私は上白沢慧音(かみしらさわけいね)だ。よろしく」

「どうも」

 

 そう名乗る女の人は、長く青みがかった銀髪の上に変な帽子を乗せたお母さんに負けず劣らずの美人であった。美人であるお母さんと普段から話していたおかげか、コミュ障を発揮することなく返事が出来て良かった。

 

「珍しいな子供を連れてくるなんて」

「今日はこの子の誕生日なの」

「それならそうと言ってくれれば何か用意したのだが」

 

 oh·····身の置き所がない。こういう時はどうするのが正解なんだ?会話に混ざるべき?でも話題なんてないし、知らない人だし。

 

「それにしても大きくなったな。私が取り上げた時はあんなに小さかったのに」

「もうあれから3年も経っているんだから当然よ」

「そうか、もう3年も経つのか」

 

 僕を取り上げたと言っているからもしかして産婆さんなのだろうか。友人に産婆さんがいるとは、お母さんの交友関係もなかなか広い。

 

「あいつはどうだ?あれから接触は?」

「ない·····けど油断は出来ないわね。知られてはいないし大丈夫だとは思うのだけど」

 

 お母さんと上白沢さんの話を聞いてると、二人とも仲が良く上白沢さんも悪い人ではないことが分かる。やはり影で人の悪口を言うような人は一部ということだろう。

 

「もし何か困ったことがあったら遠慮せず言ってくれ。同じ半じ」

 

 そう言った瞬間、上白沢さんの口が塞がれた。

 

「だめ!そのことはまだ秘密なんだから」

「す、すまない」

 

 あんなに焦るお母さんを見るのは初めてだ。しかし『はんじ』ってなんだ?秘密と言われると気になる。

 

 

 

 

 

 

 上白沢さんと別れた後しばらく買い物をして帰宅した。お母さんは今、台所で今晩の夕飯を作っているのだが気合いの入りかたが尋常じゃない。はたして全部、食べ切れるのだろうか。

 

「もうすぐ出来上がるから待ってて」

「うん」

 

 上白沢さんが言っていた『はんじ』と言うのが気にかかるが、気にしても仕方ないし教えてくれるようになるまで待つしかないか。今日はいい一日だった。まだ終わっていないが、これから何が起こっても(・・・・・・・)そう思える気がする。

 

「お母さん」

「ん?」

「ありがとう」

 

 感謝を伝えると料理をしていた手を止め、こちらに近き僕を抱きしめてきた。若干、濡れている手が冷たいがそれ以上に温かいため無視だ。

 

「あっ!窓の外、雪が降ってるわよ」

「本当だ!」

 

 今は窓を見ていてあげよう。涙で濡れた顔は見なかった。窓から見える雪が綺麗だな〜と、お母さんは料理に戻ったみたいだしそろそろ良いだろう。もらい泣きしそうになったのはここだけの秘密。

 

「はい、出来上がり」

 

 そう言って、机の上に乗せられた料理の数々は見事なものだった。今日ほど歯が生えるのが、早かったことに感謝した日はないそれほどに今日の料理には気合いが入っていた。

 

「じゃあ、早速食べましょうか」

 

 いよいよ食べられると思っていた時、呼び鈴が鳴った。ただ、呼び鈴が鳴っただけだ。家には滅多に人なんて来ないが、もしかしたら上白沢さんが来たのかもしれない。普通ならそう考えるはずだ。

 だが、何故か目の前のご馳走に待てをされた不快感よりも、玄関の先にいる誰かに対しての恐怖心が勝っていた。先程まであんなに楽しかったのに何故だろう、ものすごく嫌な予感がする。

 

「あら、こんな時間に誰かしら?」

 

 とっさにお母さんの袖を掴んだ。何か確信できる理由があったわけじゃない、でも勘が言っていた行かせてはならないと。

 

「行かないで」

「大丈夫よ。そんなに怖がらなくてもお母さん強いんだから」

 

 そう言って、優しく掴んでいた手をはがし玄関に向かっていく。何とかして止めなければ。そんな焦燥感だけがつのり何も出来ずにいると、ついにお母さんがドアについてしまう。頼む!頼むから何も起きないでくれ!

 

「はーい、どちらさまで·····」

 

 玄関を開けたその瞬間、何かがお母さんのお腹を貫いた。つらぬく?どこを?なにが?目の前で起こっていることを理解できない。いやしたくない。

 

「昔は偉大な魔法使いだったお前もこの程度か」

 

 赤く染った腕が引き抜かれ、横倒しになったお母さんのお腹から大量の血が流れ出す。赤黒い血溜まりが徐々に広がりお母さんを包んでいく。

 

「あ·····あ·····あ·····あ·····」

 

 呆然としている僕を置いて、その男はまるで自分の家にいるかのように堂々と歩を進める。灯りに照らされた男は、銀髪に赤い目そして人にしてはあまりに大きく尖った歯をしていた。

 

「これでスカーレット家の汚点は消える」

 

 男の手が目の前に迫りそして、そして、そして··········

 

 

 

 

 

大丈夫·····大丈夫よ。ごめんなさい。急だったものだからピクラスにまで幻覚の魔法をかけてしまったわ」

 

 僕の頭を撫でる手の感触でようやく意識を取り戻した。何が何だかわけがわからないが、お母さんが無事でよかった。

 今、お母さんは僕のことを抱えながら空中を飛んでいる。つまり、里やあいつが言っていた魔女というのは本当だということだろう。何故かそんな冷静な考えが頭をよぎった。

 

「今は聞きたいこと沢山あると思うけど、後でちゃんと説明するから」

 

 今は、この言葉で納得するしかないのだろう。でもこれで少し安心出来る。だってあいつが言っていたことが本当なら、お母さんは偉大な魔法使いだったそうなのだから。それにかなりの速さで移動しているし、このまま行けば逃げ切れるのでは?

 

「このまま逃げ切れるとは思えない。せめてこの子だけでも」

「待って!僕だけでもってどういうこと!?」

「ごめん、ごめんね」

 

 泣きそうな顔になりながらそう呟くお母さんを前にしたら、もう何も言えなかった。これからどうなるのだろう。そんな不安を抱えながら揺られていると森の中に薄く人里の篝火が見え始める。もうすぐ、もうすぐ着く、着けば助かるかもしれない。その期待は地面との衝突を持ってして打ち砕かれた。

 

「痛っ··········お母さん·····お母さんは!?」

「逃げて·····早く逃げて」

 

 胸を貫かれながら必死に訴えるお母さんのその姿は、先程見た幻覚と寸分たがわなかった。

 

「逃げ切れると思ったのか?本当に?そう思ったのなら衰えたな」

「うそ、うそ、うそだ!これもまた幻覚なんでしょう!?そうだって言ってよ·····また頭を撫でてよ、お母さん!」

「うるさいガキめ、本当にスカーレット家たる俺の子か?」

 

 ゴミを捨てるようにこちらに放り投げられたお母さんの体には、もう生気が宿っていなかった。地面に広がる血と血の匂いが、死という事実から逃れさせてくれない。

 

「自らの母親を殺されても何も出来ないとは情けない。やはり人間との間に生まれた半端者か。ここで殺しておくのが正解だな」

 

 なぜ?どうして?だってさっきまで楽しく誕生日パーティーをしていたはずじゃん。辛い事なんかなくてお母さんも笑っていて。なのにどうして目の前のお母さんは血に染っているんだ?一歩一歩とこちらに近づいてくる死の影を前に、僕はお母さんの体に縋る事しか出来なかった。

 

「この手から逃げ果せたあの女のことだから何かあると思ったが。とんだ拍子抜けだったな」

 

 目の前まで来た男を見て死を覚悟したその時だった。

 

「好き勝手はそこまでにしてもらおうか」

「っ!」

 

 声のする方を見上げるとそこに居たのは、袖の繋がっていない紅白の服を着た女の人が空に浮いていた。月に照らされながら佇む姿を見て、場違いにも綺麗だと思った。

 

「ちっ、博麗の巫女(はくれいのみこ)か」

「ご名答。それじゃあしっかり退治されてもらおうか」

「いや博麗の巫女とやり合う気は無いからな逃げさせてもらう」

「簡単に逃がすと思ってるのか?」

「ここでやればガキが無事では済まない事、分かってるはずだ。次は必ずお前を殺す」

 

 そう言い放ち男は飛んで行った。一瞬だった、先程まで死を覚悟していたのに原因の男はあっさりと僕から手を引いた。

 

「大丈夫か?ってそんな訳ないか。話せるか?」

「はい」

 

 言いたいこと聞きたいこと色々あった。この人がもっと早く来ていればお母さんも死なずにすんだのでは?そんな考えが頭をよぎる。だが、あの男に対しても女の人に対しても恨みの念どころか、お母さんが死んだことに対する悲しみの感情すら湧かなかった。

 

「色々聞きたいことも話したいこともあるが、話せる状態じゃないだろう。とりあえず今は安全だから眠れ」

 

 眠れるはずがない、そのはずなのに抱き寄せられ頭を撫でられると僕はすぐに眠たくなってしまった。僕はいつからこんな薄情になったのかお母さんが死んでも涙ひとつ出ないクズ野郎に。

 まどろみの中で最後に感じたお母さんの匂いはもう、血の匂いしかしなかった。




零れ落ちた命、戻らない日常







ピクラスというのは、不幸の神様らしいです(wiki調べ)。
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