新しい世界で   作:Belenus

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崩壊の音色


壊された日常

 夢を見た。珍しく、首を絞め憎悪を垂れ流す『僕』はいない。いつもの居間で皆が楽しそうに笑っている幸せな夢だ。その中に僕がいないのは少し寂しくはあったが、それでもみんなが笑っているならそれでよかった。

 本当にそれだけで、よかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 なのに·····

 

 

 

 

 

 どうして

 

 

 幸せな夢は最初だけだった。

 幸せはすぐに崩れ去った。

 文字通り皆が徐々に崩れる。

 

『痛い』『痛い』『痛い』

 

 みんなが恨めしそうにこちらを見る。

 憎悪の念が僕の存在を否定する。

 

「うるさい!うるさい!」

 

 耳を塞いでも聞こえる。

 目を塞いでも見える。

 隣にいる『僕』が嘲笑う。

 楽しそうに。

 嬉しそうに。

 

『お前が望んだことだろう?』

 

「僕は·····こんな事·····望んでない!」

 

 悲鳴が鳴り止まない。

 苦痛の声が止まらない。

 

『お前が関わるとみんな不幸になる。お前は存在しちゃいけないんだよ』

 

「なんで·····なんで·····ぼくばかり·····」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前のせいだ』

 

 

 

 

 

「っ!はぁ、はぁ」

「だ、大丈夫か!」

 

 『大丈夫だよ』いつもは言えるはずの、その一言か口から出ない。悪夢はいつもの事、慣れている。なのに、呼吸が上手くできない。大切な人達から向けられたあの視線が、あの悲鳴がまだ頭にこびりついて離れない。

 

「大丈夫、大丈夫だから」

「ま、まりさ」

「私がついてる。ゆっくり深呼吸しろ」

 

 魔理沙の助けで何とか呼吸を正常に戻す。いつから、僕はこんなにも周りに頼らなければいけないように、なったのだろうか。つい先日も霊夢に同じ事をしてもらったばかりだと言うのに。

 

「ありがとう。もう、大丈夫だよ」

「ごめんな」

「なんで、魔理沙が謝るのさ」

「私がちゃんと起こせば、こんなふうにならなかったのに」

 

 起こすという発言を聞くに、僕が魘される前から見ていたということだろう。それはそれで少し恥ずかしいが、さほど問題ではない。

 

「むしろ起こしてくれなくて良かったよ」

「なんで?」

「今日起こされていたら別の日にこの夢を見ていただろ?なら魔理沙が隣にいる今日でよかった」

「そ、そうだな!」

 

 魔理沙の態度を見て、先程までの夢がありえない事だと認識する。例え、同じ状況になったとしても僕を恨んだりはしないだろう。

 

「それに気にする必要はないよ。いつもの事だから」

「いつも!?それ、本当に大丈夫なのか?」

「少し怖い夢を見ただけだから」

「魘され方が尋常じゃなかったけど」

 

 この夢を見る時の自分を、客観的に眺めることは出来ないため魘されてた事も初耳なのだが、そんなに酷かったのだろうか。

 

「どんな感じだった?」

「掠れた声でごめんなさい、ごめんなさいって」

「そんなこと言ってたのか」

「涙こそ流してなかったけど泣きそうだったぜ」

 

 むしろここまで聞いてみて、泣いていなかったのは驚きである。魘されていた事もそうだが、今日の夢は一段と酷かったから涙くらい流しているものだと思った。実際に夢の中では泣いてたし。

 

「なんにしても、ありがとう魔理沙」

「おう、昨日はなんにも出来なかったからな」

「そんなこと気にしなくていいのに」

 

 確かに昨日は霊夢が介抱してくれたが突然、取り乱した相手に上手く対処しろというのが難しい話なのだ。体は成長しているのに、心の方はあまり成長を感じられないのは由々しき問題だな。

 

「もっと心を強く持たないとな」

「その必要はないんじゃないか?」

「なんでさ。体だけ強くなっても意味ないだろ」

 

 心·技·体というように、それぞれが成長しなければ意味がないのだ。このままいつまでも魔理沙や霊夢に頼っていては、将来2人がいなくなった時に困るし、自分の足で歩けなくなってしまう。

 

「あのな、人は1人では生きていけないんだぜ?頼らないようにする、弱点を克服するって言えば聞こえはいいけどな、その考え方じゃ頼らないが頼れないに弱点が弱点にしかならないぞ?」

「?」

 

 言いたいことは理解できる。けど、納得できるかと言われたら別だ。弱点は弱点だし、頼らないようにするのは僕にとっても周りにとってもいい事じゃないのか?

 

「弱点は克服しなくても周りに頼ればいいし、頼らないようにするのは考えてるより重荷になるんだよ」

「それでも·····」

「だーかーらー、何でもかんでもやろうとするなって。自分で自分を潰したら元も子もないだろ。少なくとも今は心ぐらい弱いままでいいんじゃないか?」

 

 精進して歩み続ける事は大切だが、それ以上に弱さを許して休むことも必要だということだろう。自罰的過ぎると前に言われた気がする。

 

「そう·····かもしれないな」

「頑張りすぎない程度に適当に生きるのも大事だってこと」

「分かったよ。もうちょと頼るようにする」

「そうだ、試しに魔理沙ちゃんが慰めてやるよ」

 

 そう言って、頭に手を回し抱きしめてくる。まるで、恋人みたいだなと思いながらも、悪い気はしないので抵抗はしない。魔理沙の小さくはない胸が顔に当たって朝から変な気分になりそうである。

 

「も、もう大丈夫だから」

「だめだ。周りに甘える練習なんだから」

 

 昨日はあんなに照れていたくせに、なぜこんなことが出来るのだろうか。居心地が悪いわけじゃないのだ、むしろいい。だが、僕は男なのだ。以前も言ったように性欲がない恋愛アニメの主人公じゃないのだから、間違いだって起こり得る。だから軽率な行動はやめて欲しい。

 

「照れるなよ」

「照れるよ」

「昨日の仕返しだ、もうちょとこのままでいてもらうぜ」

 

 昨日のしおらしい態度はどこえやら、すっかり元気である。抱きしめられていると、魔理沙の体温や息遣いが伝わって心地いい。このまま二度寝も悪くないかもしれない。そんな僕の考えは廊下からの足音で中断された。

 

「や、やばい」

「んー、何が?」

 

 足音の軽さ的にこちらに向かってくるのは霊夢である。こんな姿を見られたらどんな反応をするか·····早く離れなければ。朝から霊夢の怒りを買うのは遠慮したい。

 

「あの、そろそろ離れよう?」

「··········」

「ま、魔理沙?」

「なんだ?」

 

 寝ているわけじゃないんだよな?こちらの声が聞こえてるわけだし。霊夢の足音も近づいてきた為、そろそろ本気で離れないとまずいことになる。

 

「そろそろ離れよう?」

「··········」

「聞こえてますよね?魔理沙さん」

「なんのことか私にはさっぱりだな」

 

 どうやってこの場を切り抜けよう。魔理沙を無理やり引き剥がしてもいいのだが、それをするのは躊躇われる。素直に霊夢が来ることを伝えれば離してくれるのでは?よし、そうしてみよう。

 

「もうすぐ、霊夢が来るから離して欲しいな〜」

「なら、見せつけてやろうぜ」

「え?」

「私達が昨日どんな夜を過ごしたのか」

 

 顔を赤らめながら何を言ってるのだろうかこの子は。神に誓って、何もしていないはずだ。接触だっておねだりされて手を握ったのと、少し体を触られたくらいだろう。そんなことを考えている間に、襖は無情にも開かれてしまった。

 

「何をしてるのかしら」

「見て分からないのか?熱い抱擁を交わしていたんだぜ」

「何か申し開きは?」

「霊夢より先に大人の階段を登って悪かったな」

 

 ああ、短い人生だった。

 

 

 

 

 

 

「っ!」

「大丈夫か?味噌汁がしみるんだろ」

「ごめんなさい」

「霊夢は加減を知らないからな〜」

「だ、だから、悪かったって言ってるじゃない!」

 

 あの後、魔理沙が避けたせいで後ろにいた僕に霊夢がかましてきたドロップキックが命中し口の中を怪我した。意外にもお母さんはその事でだいぶ怒っているようだ。普段のお母さんなら、『罪な男だな〜』とか言ってからかってきそうなものなのに。

 

「二人共!好きな男を取り合うのはいいが、怪我をさせたら元も子もないだろ。そんな事していると、別の女にピクラスを取られるぞ」

「「ごめんなさい」」

 

 場の勢いと空気で誰も気にしていないが、僕は2人からの好意を知らないフリしているのだ。なのに、そんな大声で好きな男をとか言っていいのだろうか。取り敢えずフォローしておこう。

 

「大怪我をしたわけでもないですから。大丈夫ですよ」

「ピクラスがそう言うならいいが」

 

 お母さんに怒られて反省しているようだし、これ以上なにかする必要もないだろう。2人が怒られているところを見るのは珍しいため、それで満足しよう。

 

「魔理沙が家にいるのは今日が初めてなのに、違和感ないんだよな」

「魔理沙ならどこに居ても違和感ないんじゃないかしら」

「私は行動範囲が広いからな」

 

 意外とこの中で一番コミュ力が高いのは魔理沙かもしれない。知り合いの家でも、ここまで自然体でいるのは難しい。

 

「逆に霊夢は、ここ以外で過ごしてる想像つかないな」

「霊夢って出不精だからな〜」

「失礼ね、必要な時は出かけるわよ」

 

 いつも一緒にいるからだろうか、霊夢がここから出ていく姿が想像できない。個人的には博麗の巫女なんて継がないで、普通に恋愛をして普通に暮らして欲しい。でも、たまには帰ってきて欲しいかな。

 

「なぁ、私の方は見てくれないのか?」

「え?なんで?」

「さっきから霊夢と見つめ合ってるからだよ」

 

 考え事をしている間、ずっと見ていたらしい。気づけば顔を真っ赤にして、俯いている霊夢が目に入った。見つめ合っていただけでこんな反応をされるとは、子供っぽくて実に可愛い。

 

「な、なにかついてる?」

「綺麗なお顔がついてるよ」

「な、何言ってるのよ!」

 

 こんなセリフが通じるのも、恋によって盲目になっているおかげだろう。大人になればこんなセリフは、赤面どころか笑いを買うことになるからな。だって、お母さんが笑ってるし。

 

「私にはないのか?」

「魔理沙は綺麗じゃなくて、可愛いって感じだからな」

「そ、そうかな」

 

 こんな事をやっていたら、後ろから刺されても文句言えないな。お母さんからの視線が痛いけど気にしない。久しぶりに来た僕のターンなのだから、存分に楽しまなければ。

 

「そろそろ、真面目にご飯食べような」

「はい」

 

 怒られてしまった。二人の箸が止まっているのは僕のせいなので、お叱りは甘んじて受け入れよう。

 

「なあ、もしかしてこの中で料理ができないのって私だけか?」

「確かにそうかもしれないね」

「今時、料理ができない女なんて誰も貰ってくれないわよ」

 

 幻想郷では時代が古いため、女の子は家事をして男の子は稼ぐという思想がすっかり根付いている。文字通り時代が違うため、現代の価値観を無理やり押し付けるのは良くないから否定するつもりはない。

 

「私だって料理くらいすぐにできるようになる!これでも、魔法の道具を作ってるから手先は器用なんだ」

「料理と道具の制作じゃ全然違うじゃない」

 

 不安になったのか魔理沙が横目でチラチラ僕を見てくる。あまりこういった話には参加したくないのだが、仕方ない助け舟を出してあげるか。

 

「料理くらいなら僕が教えようか?」

「ほ、本当か!もちろん二人きりだよな!」

「ちょと、ずるいわよ魔理沙!」

「料理なら私が教えてあげよう。·····露骨に残念そうにするんじゃないよ」

 

 お母さんが教えてくれるなら、それはそれで楽かできるから僕としてはいいのだけれど。今はそんなことより気になることがある。

 

「今日は3人とも予定ないだろ?」

「はい」「ないわね」「ないぜ」

「今日は一日私に付き合ってくれないか?」

「「「うん」」」

 

 今日のお母さんは変だ。さっきからずっと、寂しそうと言うか不安そうにしている。霊夢も魔理沙もお母さんの様子に気づいてさっきから明るくしようと話を続けてくれているのだろう。やはり、ここは僕が先陣を切って聞かなければ行けないだろう。

 

「お母さん、どうかしたんですか?」

「な、何がだ?」

「取り繕っても分かりますよ。家族なんですから」

「·····今は話せない」

「分かりました」

 

 お母さんが今は話すべきではないと思っているのだ。なら、話せるようになるまで待つのが最善だろう。せっかく魔理沙と霊夢が会話を盛り上げてくれていたのに悪いなと思いつつも目を背けることが出来なかった。

 

「そんなことより、思い出の地でも巡らないか?」

「いいですけど。どうしたんですか?唐突に」

「ここ最近、私が神社から動くことってないだろ?だから、運動がてらに思い出の地でも巡ろうかなと思ってな」

 

 本当に今日はどうしたのだろうか。思い出巡りなんて柄でもないのに。やること自体は構わないのだが、どこか不安になる。思い出の地を巡るなんて別れの前段階みたいな行動だな。

 

「思い出の地ってここ以外にありましたか?」

「言われてみれば、確かにここ以外に思いつかないな」

「言い出したのお母さんじゃないですか」

「そ、そんな呆れなくても。そうだ!一つだけあったぞ」

 

 

 

 

 

 

 何かと思って来てみればここか。魔法の森、僕とお母さんが住んでいた場所だ。ここに来ると自然と気分が落ち込むのだが、僕とは対照的に魔理沙はテンションがすごく高かった。

 

「なあ、ここ魔法の森だよな!私が家を建てようと思ってたところもここなんだ」

「そうだったのか」

「ここって、魔法の材料を集めるのに最適なんだよ。だからここに住めば魔法の研究もやりやすくなる」

 

 魔理沙の発言からして、魔法の森には以前から何度か来たことがあったようだ。人が来るには危険な場所だから、名前につられて行くなと警告したはずなのに。

 

「ここに来たことあるんだ。大変だっただろ?」

「そうなんだよ。何回かキノコの胞子にやられてさ〜あの時は本当に·····たい·····へん·····だった·····」

「墓穴を掘ったわね」

 

 話していくうちに約束を思い出したのだろう、段々と顔が青ざめていく。気づかれる前に話を聞き出せてよかった。人の忠告を聞かずに、大変な目にあったそうだ。

 

「へー、大変だったんだなー。胞子にやられたんだー。誰か止めてくれる優しい奴とかいたりしなかったのかなー」

「や、やられたって言っても少しだけだぜ?言うほど大変じゃなかったし」

 

 この期に及んで助かる道があると思っているらしい。

 

「約束は?」

「守るもの」

「罪には?」

「罰を」

 

 どうやら教えたことを忘れた訳ではないようだ。ただ、あまり叱る必要もない。というか、叱れないのだ。僕がそもそも、強くなるために危ない橋を渡る癖があるため説得力がない。

 

「危険なことをするなとは言わないけど、相談くらいはして欲しかったな。そんなに頼りない?」

「いや、そんなことは。·····ごめん」

「謝れたから許す」

 

 頭を撫でると目を細めて笑うのだから、さっきの態度が嘘のようだ。理解さえしてくれれば、必要以上に責めることなど逆効果でしかないからな。

 

「それにしても、こんなことろに家があったんだな」

「知らなきゃ入れないようになってるからね」

「そうなのか。この家、誰も使ってないなら私が使おうかな」

「いいんじゃない?もう、誰も住んでないし」

「だよな!じゃあ、私が使お」

 

 次の瞬間、霊夢が魔理沙の頭をひっぱたいた。

 

「痛っ!何するんだよ霊夢」

「ここは、ピクラスと亡くなったお母さんの家なのよ!」

「え?」

 

 霊夢には引き取られた経緯を話してあるため、この中で知らないなは魔理沙だけだ。だから、そんなに申し訳なさそうにしなくてもいいのに。

 

「ごめん」

「魔理沙が使いなよ」

「いや、流石にそれは」

 

 今日はなんだか、霊夢も魔理沙も謝ってばかりだな。謝られるのは心が痛むから、あまり嬉しくない。

 

「確かに、ここはお母さんとの思い出が詰まっているからこのまま残したいけど、誰にも使われず朽ちていくくらいなら、僕は魔理沙に使って欲しいな」

「本気で言ってるの?」

「霊夢、僕は本気だよ」

 

 魔理沙に言われたから開け渡そうとしているわけじゃない。元々、ここの管理も大変だったのだ。誰かが使って管理してくれるなら、僕も助かるし魔法使いに使われるならお母さんも満足だろう。

 

「ピクラスのお母さんは、偉大な魔法使いと呼ばれるほど凄かったんだぞ」

「そうなのか!?」

「うん、実際に聞いたし。お母さんのこと、知ってたんですね」

「ああ、もちろん。それほど交友があったわけでもないが、有名だったからな」

 

 魔理沙が凄いキラキラした目で見つめてくる。そんな目をされても知っていることはほとんどないのだが。僕が知ったのだってお母さんが死んだ後だし。

 

「いつも貸しているあの本、お母さんが遺した物だよ」

「そ、そうだったのか」

 

 焦ってる焦ってる。もしかしなくても、いつも雑に扱っていることを気にしているのだろう。今日の魔理沙は嬉しそうにしたり、申し訳なさそうにしたり忙しいな。

 

「これを機に本は大切に扱おうね」

「は、はい」

「この家も汚したら怒るから」

「故意じゃない場合は許してくれないか?」

 

 そのセリフを聞くと、汚す気満々に見えるのは気の所為だよな?気の所為であってくれ。まあ、せっかく魔理沙の家になったのだからとやかく言う気はないけど。

 

「魔理沙はこれからどうするの?家も手に入れたんだし寝泊まりはここでするの?」

「あー、そうだな。どうしよう」

「せっかくだから、もうちょっと泊まっていったらどうだ?せっかくピクラスと一緒の屋根の下で暮らせるんだし」

「じゃあ、しばらく泊まらせてもらうぜ」

 

 霊夢の舌打ちが聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 今日のお母さんはいつもよりお喋りである。あの後、家に帰ってからも積極的に話しかけようとしてくるのだ。悪い気はしないからいいのだが、どこか焦ってるように見える。

 

「お母さん、そろそろ聞いてもいいですか?」

「やっぱり誤魔化せないか」

「当たり前じゃない、何年一緒にいると思ってるのよ」

 

 お母さんは、未だに話すことを躊躇っているようだった。

 そこまで、人に言えない話なのだろうか。

 

「分かった。でも、ピクラスは席を外してくれないか?」

 

 何故、僕だけなのだろうか。僕だけと言うことは、男がいるとまずいことか?まあ、ここは素直に従うか。

 

「分かりました。何かあったら呼んでください」

「ああ、済まないな。一人だけ」

「理由があるんでしょう?」

 

 襖を閉じる前に見たお母さんの顔は悲しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 話が聞こえてはまずいと思い、出来るだけ居間から離れ境内の鳥居に腰かける。家からだいぶ離れたはずなのだが、先程から大声で何か言い合っているのがここからでも聞こえる。魔理沙どころか霊夢の大声まで聞こえるため、話の内容は相当ショックなものなのだろう。こんな時、何も出来ない自分が恨めしい。

 

「一体どんな話をしているんだ?」

 

 僕、つまり男には話せないことでこんなに言い合いになること。結婚や妊娠の線はないだろう、男に話せない内容じゃないし。僕だけ里子に出されるとかは?

 

「違うな」

 

 家は貧乏でもないし、里子に出す理由がない。邪魔だからとかそんなことを理由にするはずないし。考えれば考えるほど分からない。

 

「知りたい?」

 

 誰だ!なんてベタなことは言わない。空中にできた裂け目から囁くようにつぶやく奴なんて一人しかいない。その正体は人じゃないけど。

 

「いつも言ってると思いますけど、もっと普通に出てこれないんですか?」

「神出鬼没が私の売りなの」

「そんなこと言ってるから、友達がいないんですよ」

 

 以前話した夜以来、紫さんは何が楽しいのか僕に話しかけることが多くなった。最初の頃は紫さんが出てくる度に驚いていたが、最近ではすっかり慣れ紫さんがいつ出てくるのかタイミングがつかめるようになっていた。

 

「あら、友達なら貴方がいるじゃない」

「友達?」

「本当、随分と言うようになったわね。前はもっと可愛げのある子供だったのに、こんなふうになってしまって。よよよ」

 

 泣き真似をする姿が異様に似合っているのがムカつく。黙っていれば絶世の美女なんだから黙っていればいいのに。

 

「貴方、私に対しては随分と辛辣じゃない?」

「全部知ってる相手に取り繕うほど暇じゃないんですよ」

「何でもは知らないわよ。知ってることだけ」

「そういうところでは?」

「うふふ。だって、からかって欲しそうな顔してたんだもの。案外、私を友達だって認識しているのは貴方の方かもね」

 

 こういうところが嫌いなのである。知っているなら態々口に出すことでもないだろうに。照れを隠せない自分も嫌いになりそうだ。

 

「それで、何で私にはそんな態度なのかしら?」

「知っているのでは?」

「知っていても答え合わせは必要よ」

 

 僕が紫さんにこんな態度をとってしまうのは多分、甘えから来るものだ。紫さんは全てを知った上でそれでも僕と話に来てくれている。だから、どんな態度をとっても許してくれると甘えているのだ。全てを知られている故に、全てをさらけ出せる。

 

「可愛いわね。霊夢や魔理沙の気持ちが分かるわ」

「また、冗談を」

「嘘じゃないわよ。今までの会話で私が嘘ついたことあったかしら?」

「確かにないけど。分かるって言うならお母さんの気持ちだろ?だって、霊夢と魔理沙の気持ちは恋心じゃないか」

「じゃあ、間違ってないわ」

 

 は?いや、いやいや。まさか。紫さんが恋心を抱くとかどんな冗談ですかそれ。しかも、僕に対してとか。

 

「あはははは。流石にそれは有り得ませんよ。万が一いや億が一、紫さんが恋をするとしても僕はないですよ」

「だから、嘘じゃないって言ってるのだけれど。貴方、自己肯定感低すぎじゃない?」

 

 本気で言っているのか?霊夢や魔理沙ならまだ分かる。紫さんだぞ、あの恋とは一番遠いところにいる。面白くない冗談だ。

 

「どうして?」

「恋をするのに理由が必要かしら?」

「いや、必要でしょ。貴方が僕に惚れる理由がないんですもの」

「強いて言うなら、貴方の生き様に惚れたのかしら?」

 

 なんで疑問形なんだ?それに、僕はろくな生き様してない気がするのだが。だって、前世の最後なんて自殺だもの。

 

「貴方のような人生を送ってきて人に優しくできる人物はなかなかいないわよ。私に対してだって、母親を殺したやつと同じ妖怪なのに差別してないでしょう?」

「いや、それは·····そうだけど。それが惚れる理由になるのか?」

「強いて言うならと言ったでしょう」

 

 どうしよう。不意打ちが過ぎる。なんでこんな事で悩む羽目になっているんだ?これがモテ期と言うやつなのだろうか。よもや紫さんから告白されるとは。さっきまで友達とか言ってたくせに。

 

「別に今は答えを求めてないわ。突然の事で混乱してるだろうしそれにこの後、事情を知れば貴方は私の事が嫌いになるわ。答えなんて決まってるもの」

 

 そう語る彼女の顔は風になびく髪に隠れて見えなかった。

 

「一体·····何を言って」

「気づいているんでしょう?誤魔化さないの」

「いや·····それは」

「いくら否定材料を探しても無駄よ。間違いなくその母親譲りの勘は外れることなどないわ」

 

 何故だ?何故こうなる。今日はなんにもない一日のはずだ。昨日だってそのはずだった。なのに何故こうも不安な気持になるのだ?

 

「だいぶ話が逸れてしまったけど、お母さん達が何を話しているのか知りたい?」

「··········」

 

 冷たい風が吹き抜ける。そういえばもう冬だ、僕の嫌いなあの季節。こんなにも不安になるのは冬になったからだ。そうだ、そうに違いない。知らずにいれば、いつもの日常が戻ってくるはずだ。

 だから·····僕は、逃げることを選んだ。

 

「お母さん達が話していることって大したことじゃないんですよね?紫さんが不穏な雰囲気を出すから少し考え込んじゃいましたけど、それなら知る必要はないかな。だって、僕が知ったらまずい事だから僕だけに話さなかったのに僕が知っていたらいけないですもんね」

 

 もっと言葉を紡がなければ。そうすれば意識をそらせるから、見ないでいられるから。このままでいれば、いつもの日常が待ってるはずだ·····はず·····なのに·····どうして。

 

「どうして、そんなに悲しそうな顔をするんですか?」

「その答えなら、後ろにあるわよ」

 

 振り返るとそこには、先程まで居間にいたみんなが集まっていた。みんな一様に悲しそうな顔をしている。霊夢に至っては涙まで流していた。

 

「ばれてしまったようだな。ピクラスには知らせるつもりはなかったが、惚れた弱みか?余計なお世話だぞ紫」

「彼はまだ何も知らないわ。あなたのように勘が鋭い。血は繋がってなくても親子ね」

「自慢の息子だからな。霊夢、今日からお前が博麗の巫女だ自由にここを使うといい。二人共、後の事はよろしく頼む」

 

 なんで、別れの挨拶なんてしているんだ?今日はいつもの日常のはずだろう?確かに、霊夢にドロップキックされたり紫さんから突然、告白されたりしたけどいつもの·····日常のはずだ。

 

「ピクラス·····済まない。二度も家族を失う気持ちを味わわせてしまうこと許してほしい。」

「なら、別れの挨拶なんてしないでくださいよ!家に·····戻りましょう?」

「それはできない。私にしか出来ないことなんだ」

 

 お母さんにしか出来ないことってなんだ?僕達の母親であることもお母さんにしかできないことじゃないのか?どうしていつも唐突なんだ、僕には考える時間すらくれない。

 

「僕は話を聞いていないから、お母さんが何のために何をするつもりか知りません。でも、いいじゃないですか逃げたって。」

「っ!だめ·····なんだよ。もう、どうにもできないんだ」

 

 なんで·····どうして·····嫌だ、嫌だ、嫌だ!

 もう、失わないために力を手に入れたのに!

 力?·····そうだ!言っても分からないなら力ずくで。

 

「力ずくで止めます」

「勝てると思ってるのか?」

「死んでも·····止めてみせる」

 

 お母さんの目に浮かぶ涙に、僕は気づけなかった。




最後の時、旅立ちの拒絶







キャラが勝手に動いた結果、紫さんが主人公に惚れてることになってしまった。伏線になったから結果オーライ。
それにしても、いつもならがら物語の緩急が緩やかにならない。唐突に来る別れに主人公も怒ってますね。申し訳ない。
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