新しい世界で   作:Belenus

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自責の念、押し潰される心


生きる意味

『お前のせいで』『お前のせいで』

 

 またいつもの夢だ。

 

『お前のせいで』『お前のせいで』

 

 最近はこの夢をよく見る。

 だからここから先の展開はもう知ってる。

 目を開けると僕の首を絞める『僕』がいる。

 ただいつもと違うのは。

 

『お前のせいで』『お前のせいで』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこにお母さんの影が増えていたことだった。

 

 

 

 

 

 

「――――!!」

 

 最近はいつもあの夢に叩き起される。起きると必ず大量に汗をかいてしばらく呼吸が出来ない。そのため、まず息を整えるのが僕の朝の日課だ。

 

「何かあるなら直接言ってくれよ。お母さん」

 

 見てわかる通り数日が経過した今でも、僕はあの事件から未だに立ち直れていない。表面上は平気なように取り繕っているけれど多分、博麗さんにはバレているのだろう。

 

「寒い」

 

 前の家は暖房がなかったのに暖かかった。多分、僕が体を冷やさないように魔法でもかけてくれていたのだ。自分の膝に顔を埋めて目を閉じる。そうすると今でもお母さんの笑顔が鮮明に浮かぶ。

 

会いたいよ

 

 言っても意味のない事だとわかっている。それでも、お母さんの死は受け入れ難い。どうして、どうして涙が出ないのだろうか。こんなにも悲しいのに、こんなにも苦しいのに。

 

「薄情者」

 

 自分を罵ることで楽になった気がした。もっと自分を攻撃すればもっと楽になれるはずだ。叩いて、殴って、切って、苦しめて、苦しめて、そうしたらもっと楽に。

 

「最後は自分の手で」

 

 そんなの前世で体験した。自分の手で出来ないから車に轢かれることで、死を他人任せにしたのだ。

 

「今世でも殺してもらうのか?来世は?」

 

 また同じように自殺をするのだろうか。そうやって何度も死んで、生まれ変わってずっと輪廻の輪を回り続けるのか?

 

「神様、僕はなんのために生まれてきたのですか?」

 

 答えは返ってこない。この先、一生いや何生も運命に踏みつけられ絶望という地に頭を擦り付けて生きていかねばならないのか。

 

「それならいっそ何もしなければいい」

 

 蹲っていると黒く暗い何かに沈んでいく感覚がする。まるで温かい泥のようだ。そこはとても心地よくてこのまま身を任せればどこまでも堕ちていきそうだ。

 

「堕ちて·····堕ちて·····」

 

 堕ちていけば救われるのだろか。この諦観と絶望の沼に沈んでいけば、もう何も感じずに生きて(死んで)いける気がする。その先にあるのが廃人のような人生だとしても、事実から目を背けられるならそれでも良いのかもしれない。

 

「僕の事を心配してくれた人はもう居ないのだから」

 

 生きることも死ぬことも投げ出したその姿は、嫌な事から目を背け耳を塞ぐ子供と変わりなかった。

 

「·····おい·····おい!」

 

 顔を上げて声の主を探すと目の前にいた。一瞬、誰か分からなかったがよく考えればこの家には僕と博麗さんしかいない。

 

「今日はいつもより酷い顔だな。何かあったのか?」

「·····」

 

 背中をさすってくれる博麗さんの手が温かい。ここで先程の事を話してもいいのだが、ただでさえ心配をかけているのだから何も言わずいつものように笑わなければ。

 

「大丈夫ですよ。寒くて縮こまっていただけですから」

「そうか」

 

 また悲しそうな顔をしている。僕の嘘はそんなに下手だったのだろうか。こんなにも良くしてくれている人に心配をかけさせる自分が腹立たしい。

 

「おはようございます」

「おはよう。朝飯ならもうできてるから顔洗ってきな」

 

 言われた通りに顔を洗い、この数日で定位置となった場所に座る。あの後、博麗さんは何も聞かずに神社に僕を住まわせてくれている。何も聞かないのは僕が話を出来る状態になるまで待ってくれているからだろう。その気遣いに甘えてしまう自分が心底嫌になる。自己嫌悪に浸りながら朝飯を食べる。こんな時でもご飯は喉を通るのだ、自分のクズさに呆れる。

 

「·····」

「·····」

 

 お互い何か話す訳でもなく黙々と食事が進んでいく。何か気の利いた事を話して笑いの一つでも取りたいのだが、この状況で何か言っても苦笑いしか帰ってこない気がする。

 

「ごちそうさまでした」

「お粗末様」

 

 正直に言って、この現状が良くない事は分かっている。ただ逃げているだけであり、博麗さんに迷惑をかけていることも。それでもお母さんの最後が、目の前に迫ってくるあいつの手がフラッシュバックして、動こうとする体を重くする。

 

「なぁ、家に戻ってみる気は無いか?」

 

 家。その言葉を聞いた瞬間に体が緊張していくのが分かる。どうして?何故?そんな理由を求める考えばかり頭をよぎりすぐに行くとは言えない。そんな自分が大嫌いだった、言い訳や理由をつけて動こうとせずにいるそんな自分が。

 

「家にですか?」

「そうだ、あれから帰ってなかっただろ」

 

 帰るも何もあそこには血と遺体しか残ってないではないか。朝から嫌なことを提案してくる博麗さんに心の中で当たってしまう。そんな自分に対して嫌悪感が止まらない。

 

「どうして突然?」

「いや、そろそろだと思ってな。それにお母さんのお墓を作ってやらなきゃな」

「分かり·····ました」

 

 正直、心の準備はまだ出来ていなかった。だが、このまま停滞に沈むのはいけない気がした。何よりも、お母さんのお墓という言葉を聞いてしまったら行かない選択肢を僕は取れなかった。

 

 

 

 

 

「それじゃ準備は出来たか?」

「特に持ち物ないですけど」

 

 持ち物のことを聞いている訳じゃないことを分かっていながら、わざと話を逸らす。行くと言っておきながら、まったく何がしたいのだろう。

 

「そうじゃない。心のだ」

「はい、出来ました」

 

 そう言うと、博麗さんは僕を持ち上げて空を飛び始めた。段々と近づく家に今までどうしても考えないようにしてきた事が頭を過ぎる。死んだお母さんの顔、憎いスカーレットと言う男の顔。その事から一瞬でも目を背けたくて博麗さんに質問をする。

 

「あの、博麗さんはどうして空を飛べるんですか?」

「博麗の巫女だからだね。·····その顔納得してないね。」

 

 巫女と飛べることになんの関係があるのか、全く分からないのだから納得できるわけがない。それにしても博麗さんは、顔を見ただけでこちらの内心を見破りすぎでは?

 

「お母さんも空を飛ぶことができたし、もしかしたら博麗さんも魔女なのかなって」

「やってることは同じでもその逆だ。私は退治する側だからね。多分、聞いてもよく分からないと思うよ。」

 

 そう言って話し始めた事によると。体の中にある力を上手く使うと飛べるらしいとの事。説明がふわふわしていてよく分からなかったし、あまり人に教えるのが得意なタイプでは無いのだろう。でも、こんな意識をそらすための見え見えの質問にも律儀に答えてくれるなんて、博麗さんはいい人なのだろうそれに比べて僕は····とどんどん自己嫌悪が募っていく。

 

「·····」

「·····」

 

 また無言の時間ができる。状況が状況ならこの無言の時間も心地いいものに感じることができるのだろう。何かを話そうにも話題がない。なにか·····話を。そうして考え込んでいると家に着いてしまった。

 

「大丈夫か?」

「はい」

 

 着いてみればなんてことはなく、家に帰って来れたことが嬉しかった。家はもしかしたらお母さんがいるかもしれないと思えてしまう程に、何事も無かったかのようだった。

 

「自分で開けられるか?」

「はい」

 

 ドアの前に立ち、なんて事のない様に開け放つ。広がる室内には血痕の一つも無く、お母さんが居るかもという妄想を助長させる。以前と何も変わらない。

 

 床に落ちてある手紙を除いて。

 

「怖いのか?」

「はい」

 

 なんてことはなく、なんてそんなはずが無かった。ただ見ようとしていなかっただけだ。逃げて、現実逃避して何事も無かったように思いたかっただけだ。怖い、何が書いてあるのだろうか多分あの手紙はお母さんが最後に残したものだ。それを見てしまうのが恐ろしい。

 

「時間はある。ゆっくりでいいよ、深呼吸しな」

「はい」

 

 そう言われて初めて自分の呼吸が荒くなっているのに気づく。目を閉じゆっくり息を吸い吐く。そうして呼吸に意識を向けることで、少しだけ恐怖心を紛らわせる事ができる気がした。しばらく深呼吸を繰り返し目を開け足元を見ると、そこには血が広がっていた。

 

「──────────」

 

 何も聞こえない。いや、違う。自分の叫び声のせいで周りの音が入ってこないのだ。バランスを崩しそうになり床に手をつけると生暖かい血の感触が伝わる。

 

「─────────あ」

 

 目が合った。お母さんが体を血に浸し、生気の宿らない目でこちらを睨んでいる。憎しみのこもる眼で睨むその姿は、夢で見たあの顔と変わらないものだった。

 

『お前のせいで』

 

 不意にそんな声が脳内に響く。カサカサの唇で心底憎い相手に言うように、最愛の人が呪詛を口にする。愛していた。お母さんが居ればそれ以上は望まなかった。それなのに何故そんな些細な幸せさえ神様は奪うのだろうか。ようやく手に入れた幸せの先がこんなものなら、僕は生まれてくるべきではなかっ

 

「おい!」

 

 誰かに揺らされることによりようやく、お母さんに釘付けだった視線が外れる。それと同時に、何も聞こえなかったのが噓のように音が聞こえだした。

 

 

「ピクラス!何があった!」

「ち、血が。声が」

「·····?血なんてどこにも·····ピクラス、大丈夫だしっかり目の前を見ろ」

 

 二度も目の前なんて見れるわけがない。だってあそこにはお母さんの死体があって、僕の事を恨んで、憎んで。

 

「·····無理か。なら、私がしばらく隠してやる」

 

 目の前が一気に暗くなり、かわりに温かな体温を感じた。この感覚には覚えがある。生まれて間もない頃、温かな体温だけを頼りに生きていた。

 

「ゆっくり、深呼吸して。いいか、目の前に広がるのはいつもの光景だ。ピクラスとお母さんが住んでいたいつもの光景」

「いつもの光景」

 

 いつもの光景その言葉だけを復唱して、二度とあの姿を見ないよう言葉を自分に信じ込ませる。

 

「よし、目を開けてもいいぞ。」

 

 改めて見るとそこには綺麗な床だけがあった。もう床についた手に血の感触はしない。

 

「落ち着いたか?」

「はい」

 

 改めて呼吸を整え立ち上がり、手紙に近づく。一歩一歩が重い。手紙を読みたくない。お母さんが最後に残した言葉など知りたくない。だってそれを知ってしまえば、お母さんが死んだことを認めざるおえなくなってしまうのだから。

 

「大丈夫、大丈夫だから」

「はい」

 

 立ち止まる度、僕の背中をさすり大丈夫と言ってくれる博麗さんが心強かった。本当は僕のことを恨んでいるのでは?だから夢にまで現れて僕を苦しめるんじゃないのだろうか。

 ようやくのことで手紙を取り震える手でそれを開く。そこに書いてあった内容は、恨みでも悲痛な叫びでもなく僕のことばかりだった。

 

『この手紙を読んでいるという事は、私はこの世に居ないのでしょう。今、急いでこの手紙を書いている為要点だけを綴ります。

一つ目、私にはピクラスと言う子供が居ます。その子をどうか普通の子供として育ててください。

二つ目、家の玄関マットの下に隠しているお金がありますのでそれを使ってください。

以上ですピクラスをよろしくお願いします。

もしこれを読んでいるのがピクラスなら、ごめんなさい。最後まで一緒に生きていくことができなくて、隠し事ばっかりして。これから先辛いことが沢山あると思う。でも、生きて幸せになって。』

 

 最後まで読んでいくと自然と涙が出た。最後の最後まで、僕の心配ばかりでそして、こんなにも僕を愛してくれていた。

 お母さんの愛を知る度、悲しさと同時に母さんを奪った奴に対する復讐心が手紙の一文字一文字を追うごとに強くなっていくのを感じる。あいつが憎い、今まで出てこなかった感情がどんどん溢れて涙に変わる。

 

「囚われるな。お前のお母さんが望んだことはお前の幸せだ、立てないからと憎しみに寄りかかるな。一人で立てないのなら今は私がいる」

 

 そう言って慣れない手つきで優しく抱きしめてくれる。

 

「泣け。変に大人ぶらなくていい、お前はまだ子供なんだから。辛いことも乗り越えきゃいけないのは大人だけだ。子供のうちは大人に預けろ」

 

 そう語り掛ける博麗さんの声は今まで以上に優しく、そして何よりお母さんと同じ愛を感じることが出来た。この人と生きていきたい。そしてもう二度と失わなくていいように強くなりたい。それが、これから僕が生きていく意味になるのだろう。

 

 

 

 

 

「全く世話が焼けるな。おーい起きろー」

「·····ん?あっ、お、おはようございます」

「今は夜だけどな」

「はい」

 

 そう言われて体を起こす。あれからずっと寝ていたのか。まだ4歳なのだから、仕方がないとはいえ泣き崩れて眠ってしまうとは、強くなるのにはしばらくかかりそうだ。

 

「このベットであってたか?」

「はい」

 

 この家を出たのなんて数日くらいなのに自分のベットが懐かしく感じる。そうだ、あの事件の事で色々聞きたいこともあったんだし聞いてみるか。

 

「あの、博麗さん。僕やお母さんを襲ってきたあいつって何者だったんですか?」

「ああ、あれは吸血鬼だね」

 

 吸血鬼か。魔法があるようなこの世界であれがただの人間なはずないか。あいつ確か僕の事を自分と血を分けた家族みたいなこと言ってなかったか?

 

「あの、僕は吸血鬼と魔法使いの子供という事でしょうか?」

「正確には吸血鬼と人の子供。半分人間で半分吸血鬼ってところだね。あの後、家を調べさせてもらった感じだと人を捨てる前だったみたいだし。魔法は頻繁に使ってたみたいだけどね」

 

 魔法を使ってる時点で人を捨ててるようにも思うが、そこはなにか人と人以外で明確な区切りがあるのだろう。今もまだ完全には受け入れられてないが、本当に妖怪や魔法があるとは。ここは剣と魔法のファンタジー世界なのだろうか?

 

「今更なんですがこの世界って何なんですか?妖怪とか魔法使いとか」

「その前にこっちからも質問だ、あんたは誰?」

 

 誰とはどういう事だろう。この数時間で博麗さんが記憶喪失になった訳でもないだろうし、質問の意図が分からない。

 

「僕はピクラスですけど」

「そういう事じゃないよ。あんたこの世界の人間じゃないでしょ」

 

 なぜ気づいたのかは後で聞くとして、なるほど前世について聞きたいのか。あまり身の上話はしたくないのだがこの場合、話さなきゃならないのだろう。

 

「あの実は·····」

「話さなくていいよ。今聞きたいのは過去の話じゃなくてあんたが誰かって事」

「僕は·····ピクラスです」

「そうか。なら安心だ」

 

 何が安心なのだろうか、それに僕が言ってること変わらないし。勝手に納得されても、こちらとしてはモヤモヤするのだが。

 

「いつから気づいていたんですか?」

「初めから。そんな敬語を使う4歳児なんていないよ。それに、家から転生に関する書物が沢山出てきたし。」

 

 転生に関する書物ということは、僕を生き返らせたのはお母さんだったのか。つまり僕の事を最初から知っていてそれでも愛してくれていたという事だよな。

 

「多分、流産だったんだろう。体を蘇生させても魂が入ってなきゃ意味が無い。そこで別のとこから魂を持って来たってところだろうね。本来は輪廻転生に反する行為だから禁忌なんだけど·····なんか、嬉しそうだね」

「はい、こんな前世の記憶が混じっていた僕でもお母さんは愛してくれていた、ということですから」

 

不覚にもまた泣きそうになってしまった。子供になってから、感情がコントロールできなくなってる気がするし、これも今後の課題だな。

 

「それで、この世界についてだっけ?まあ、簡単に言うと妖怪や神様みたいな幻想の集う場所。だから、ここは幻想郷と呼ばれてる」

「幻想の集う場所ですか。もしかして、ここって日本だったりするんですか?」

「そうだよ。日本の一部を結界で覆って見つからないようにしてるから秘境って感じだね」

 

 だから、言語が日本語だったのか。

 

「それでこれからどうするんだい?お金と遺言の事もあるし好きなだけ私の元に居ていいけれど」

 

 これからどうするべきなのか、どうしたいのかそれはもう決まっている。大切なものを守るためにそして、いつか来るであろうあいつを殺すために今は強くなる。

 博麗さんは憎悪に囚われるなと言った、なら今は囚われるのではなく内に秘めていつか来る日のために刃を研ぐ。

 

「博麗さん、僕を鍛えてくれませんか?」

「いいのかい?鍛えるとなると吸血鬼の部分を受け入れてもらうことになるけど」

「はい、大切なものを守るためですから」

「そうかい、なら明日から始めるよ。と言っても、今やることと言ったらよく食べて寝るくらいなものだけどね。お母さんのお墓はもう作ってあるから戻る前に手を合わせていきな」

「はい」

 

 これからしっかりと生きていけるのか不安はもちろんあるけれど、それよりも僕のことを引き取りこんなにも僕を愛してくれる博麗さんと生きていきたい。お母さんのお墓の前に来てそう思う。もう前の様に戸惑いはなかった。




押された背中、踏み出す一歩目








正確に言うと、これだけしてもらっても主人公は死を乗り越えられていません。ただ壁を前に蹲ることを辞め、回り道することを覚えただけです。
本当に大切な人の死は、抱えられても忘れて乗り越えるのは無理というのが持論のため、主人公がこうなりました。異論は認めます。
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