紫さんが裂け目の中に戻り、その場に三人だけが取り残された。これからどうすればいいのだろうか。お母さんに妹がいたとや、これから家族が増えることなど一気に考えなきゃ行けないことが増えた。
「お母さんの妹ってどういうことですか?」
「それについては私も分からない」
当たり前だ。さっき驚いて紫さんに聞き返していたじゃないか。僕も相当テンパっているらしい。前世も含めてこういう経験が全くないため、お母さん便りにならざるおえない。
「とりあえず、霊夢って言ってたね。何歳なんだい?」
「4歳」
「お母さんは?」
「ようかいにころされた」
「そうか、辛い中よくここまで頑張ってきたな」
そう言いお母さんが頭を撫でていると、ぎゅと手を握りしめ泣くのを我慢しているようだった。普通に泣いてもいい年頃なのに、なぜ我慢しているのだろうか。
「我慢しなくてもいいんだぞ」
「お母さんが泣かないでっていってた」
そこまで聞いて、感極まった僕は霊夢を抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫だよ。ここまで頑張ったんだもんお母さんも許してくれるよ」
「ほんとに?」
震える声でたずねてくる様子を見て、僕まで泣きそうになった。でも、ここは頼って泣いてもらわなければいけないのだ。頼る相手が泣いていたら、元も子もないだろう。
「本当だよ。お兄ちゃんが保証する」
そうすると、安心したのか小さな嗚咽が次第に大きくなり霊夢は大きな声で泣き始めた。まだ小さな背中をさすり、これまで溜め込んでいた感情を吐き出させる。
「大丈夫、大丈夫」
これまでどんなことがあったのかは想像出来る。僕と同じように、家族を失いそして霊夢は最後に聞いたであろう『泣かないで』という言葉を守ってきたのだ。それが、どれだけ凄いことか。
「お、おかあさんがね。ちでいっぱいになってそれで」
泣きじゃくりながら震える声で、必死に何を見たのか伝えようとしてくる。思い出したのか最後まで言えずに泣き出してしまうが、充分伝わった。だから、その言葉を口にする。あの日お母さんが僕に言ってくれた言葉を。
「大丈夫。今は安全だから眠りな」
新しい家族が出来て不安だったが、この子が前を向けるようになるまで支えていこうと思った。しばらく抱き合っていると安心したのか僕の言葉通り霊夢は眠った。
「眠ったか。本当に一難去ってまた一難。なんでここにはこんなに問題を抱えてる奴ばかり来るのかね」
「いつの間にか身寄りのない子を引き取る、孤児院みたいになってたりしそうですね」
「勘弁して欲しいね。こんな子供は二人で十分だ」
噛み締めるようにそう呟くお母さんを見て、僕も心の底からこんな子供がこの先出ないように祈った。妖怪の被害というのは数え切れない程、頻繁にある訳ではない。でも、確実に被害は出ている。
「どうにか出来ないんですかね」
「どうにも出来ないさ。ここは人間ではなく妖怪の楽園なんだから」
妖怪は人間に認識され恐怖として記憶に刻まれることで、力を増し存在を維持する。ここは、そんな妖怪のために人間を家畜化した鳥籠の中なのだ。
「外の世界を知っている分。胸糞悪いですね」
「仕方ない。こんな世界でも、家畜だとしても必要とされている。妖怪からも人間からも。」
「霊夢にはせめて人生を謳歌して欲しいです」
「そうだね」
久しぶりに感じる人の体温が心地いいのか、気持ちよさそうに眠る霊夢が愛おしく感じる。これから霊夢の兄となると考えると、しっかりとしなければという思いとは裏腹に、僕に兄がつとまるか霊夢は憎しみに囚われないだろかなど不安も感じる。だが、弱音は吐いてられない頑張らなければ。
「それじゃあ、霊夢を布団に寝かせたら今度はピクラスに家事を覚えてもらおうかな。」
「子供らしく〜とか言ってませんでした?」
「それはそれ、これはこれということ」
わざと話にツッコミどころを与えて、この場の空気を変えようとしてくれているのだろう。こういう細かな気遣いができる所は見習わなければ。
「まだ五歳なので出来ることは少ないと思いますけど。頑張りますね」
「文句は言うけど嫌とは思ってないあたり、出来た子でお母さんは鼻が高いよ」
そんな言葉を聞きながら、境内から家に戻りお母さんが敷いてくれた布団に霊夢を寝かせる。
「ん〜〜」
僕が離れて冷たい布団に入ったせいか、掴んだ手を話そうとしてくれない。ずっと抱きかかえているのもやぶさかでは無いのだが、そういう訳にもいかないため優しく指を解いていく。
「また後で来るから。おやすみ」
寝室から出て、お母さんの元へ戻ると一連の動きを見ていたのか微笑ましいものを見るように、ニヤニヤとこちらを見ていた。別にそういう目で見られるのは、構わないのだがやり返したくなってしまうのが性分だ。
「ありがとう。お母さん」
「っ、急に言われると照れるな。そんなことを言っても家事の量を減らしたりしないからな」
お母さんは悲しいことに褒められ慣れていない、それにお母さんと呼ぼれることにも慣れていない。だから、感謝を伝える時にはありがとうにお母さんをつけると、高確率で照れるのだ。
「お母さん、霊夢は大丈夫だと思いますか?」
「私にもはっきりとは分からないけど、案外起きたらケロッとしてると思うよ」
先程まで、あんなに泣きじゃくっていたのにそんな事あるのだろうか。しかも、相手はまだ10歳にも満たない子供だと言うのに。
「そんなことないって顔してるけど、霊夢は強い子だよ私の勘が言ってる」
お母さんは時々こういったことを言う。勘がどうとかあまり当てにならなそうだけど、お母さんのは別だ何故か当たる。なんでも、博麗の巫女になれるまで修行するといくつか特殊な力が発現するらしい。そんな、お母さんの勘が言っているのだから大丈夫なのだろう。
「でも、ピクラスは心配しててあげるぐらいがちょうどいいよ。そういう人がいると安心できるからね」
「心配する方の気持ちも考えて欲しいですけどね」
「だから、こうやって話し合いをするんだろう。話はそろそろ終わりだよ。家事を教えるからついてきな」
その後、家事を色々教えてもらったのだが如何せんまだ五歳ということもあり出来ることが少ない。恩返しができるのだから頑張ろうと思っていただけにかなりショックである。
「そんなに落ち込むな。ピクラスの事だから、恩返しができる〜とか考えてたんだろうけど今はその気持ちだけで十分だよ」
流石にお見通しである。心の中を見られているようで、他人だったら気持ち悪く思うのだが、お母さんにやられるとむしろ嬉しい。
「やっぱり何か形ある事で恩を返したくて。この家事のことだって、僕の何かしたいって気持ちを考えての提案だっんですよね?」
「そういう隠れた気遣いは気づいても言うんじゃないよ。それに、恩なら私もピクラスに受けてるしね。こういうのはやりだしたらキリがないから、出来る時に出来ることで返していけばいいんだよ」
出来る時に出来ることを。今まで出来ないことも出来るようにしなければと躍起になっていたが、そういう考え方もできるのか。素直に感心してしまう。視野狭窄とはこの事だな。
「もうすぐ夕飯ができるから霊夢を起こしてきて」
「はい」
そう言われて霊夢を起こしに行こうと振り返ると、寝室から居間に続く扉の前で霊夢がこちらを見ていた。何をやっているのだろうか、もしかして入るタイミングを見計らっていたのだろうか。
「どうしたの?」
「っ!えっと、あの、その、いつ入ろうかなって」
失敗した。怖がらせないように屈んでしっかり目線が合うようにしたんだが。次は、もっと出来るだけ優しい声色で話してみるか。何事もトライアンドエラーである。
「そっか。もう夕飯もできるから早く入りな。それと、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ家族なんだし。僕はピクラスこれからよろしくね」
「うん、よろしくお兄ちゃん」
かわいい、抱きしめたい。でも、今やったら向こうにとっては疑問と驚きだろう我慢しなければ。
「お兄ちゃん?大丈夫?」
「大丈夫だよ」
いけない、悶えていたら心配されてしまった。
しかし、順応が早いのか受け入れることで忘れようとしてるのか。お母さんが言った通り、ケロッとしているしなんならお兄ちゃんとまで呼ばれてしまった。無理してないだろうか。
「おはよう。夕飯できてるから席について」
「はい。お母さん」
お母さんも唖然としている。やっぱり順応が早すぎる。なんでだろうか。確かに忘れることは大事だが、この先を考えるとあまりよろしくない気がする。お母さんに耳打ちして聞いてみる。
「お母さん。霊夢、順応早くないですか?」
「そうだね、でも無理してるって感じではないんだよね」
2人して考えてみるがなかなか答えが出ない。ただ、この子が人一倍強いだけならそれでいいんだけど、それだけでもない気がする。
「こういう時は直接本人に聞いてみるべきだね。それに、ひそひそ話してると本人が勘違いしそうだし」
そう言われて、霊夢の方を見ると不安そうにしていた。新しい家と家族で不安なのに、自分の事をこんなふうに話されていたら余計不安になるか。
「悪かったねひそひそ話して。ただ、疑問でね。なんで、私をお母さんと呼んでくれるんだい?」
「だって、あたらしいお母さんなんでしょう?」
間違ってない。間違ってないのだが、とらえかたがちがう。子供ゆえに言葉をそのまま受け取ってしまうのだろう。
「なんて言ったらいいのかな〜」
お母さんが頭を抱えているので助け舟を出そう。もう一度、今度は失敗しないようにゆっくり霊夢の前に屈んで出来るだけ優しい声色で話した。
「霊夢。新しい家族ができて不安じゃない?お兄ちゃん達も急だったから、受け入れるのに時間がかかるかな〜って思ってたんだけど」
「えっと〜」
「急に色々質問しすぎたね。ゆっくりでいいよ。ゆっくりで」
「うん。わかった」
頭を悩ませて考え込む姿はそれだけで愛らしく、場の空気を考えずに和んでしまう。親バカならぬ兄バカになりそうだ。しばらくすると考えが纏まったのか、霊夢は頭を悩ませながらゆっくり時間をかけて答えを口に出した。
「あのね、お母さんがいなくなってあたらしいお母さんができたことは戸惑う?けど。あたらしいお母さんもお兄ちゃんも、やさしいからふあんじゃないよ」
たどたどしく、難しい言葉も使って捻り出した答えは大人にはない子供ゆえの強さだった。
「そっか、悩んで考えてくれてありがとう。でも、もし不安だったりしたらお兄ちゃん達に言ってね」
「うん。わかった!」
元気に返事をする霊夢の姿は、自分にはあまりにも眩しく見えた。僕はお母さんの死を乗り越えるのにかなり時間がかかったというのに、霊夢は僕どころか誰にも頼らずに乗り越えて立ち上がったのだ。
「霊夢は凄いよ」
「ほんと?」
「うん。なかなか出来ることじゃない」
頭を撫でると、目を細め笑っている。これから、お兄ちゃんとして自分がどれだけのことを、霊夢にしてあげられるのか先が思いやられる。
「そんなにがっかりする必要はないよ。確かに霊夢が乗り越え受け入れたのは凄いことだし、私もびっくりしたよ。でも、ピクラスも立派にお兄ちゃんやれてるじゃないか」
「そうだといいんですけどね」
果たして、この短い間で自分が霊夢に何をやれているというのだろうか。話を聞いてあげるぐらいしか出来ていないのに僕が霊夢の助けになっているとは思えない。
「霊夢の顔を見なよ」
そう言われて、霊夢の方を見ると満面の笑みをしていた。ああ、そういう事か。この笑みを引き出せるなら、話を聞いてあげることぐらいでいいのだ。何か大きなことをする必要なんて初めからなかった。
「確かに、僕も捨てたものじゃないかもしれないですね」
「当たり前さ。この一年間、関わってきた私が保証するよ」
またもやお母さんに励まされてしまった。いつもなら落ち込むところだがせっかく背中を押してくれたのだ今は、妹にちょとは兄らしいことが出来たと満足しよう。
「さぁ、夕飯が冷める前に早く食べよう」
「それにしても、昔の自分だったら考えられなかったな。こんなにも大切なものができて日々、生きるのが楽しいなんて」
昔なら考えられないことである。3度も大切なものが消えていき絶望したが、人生何があるか分からない。だって自殺から始まる物語もあるのだから。
「あいつら今頃何してるんだろう。今が何年か分からないから死んでるのか生きてるのか知らないけど」
そんな独り言を呟きながら縁側で足をぶらつかせる。木々を揺らす風が当たりを通り過ぎ、前髪が揺れる。
「この夜特有の静けさと、冷たい風が心地いいんだよな。これは夜更かしだけの特権だ。早起きだけでなく夜更かしにも三文以上の徳があるんだ」
なんでこんなことをしているかと言うと、今でも時々あるのだあの夢を見て夜中に目を覚ますことが。幸いお母さんが、死んだ日から頻度は減ってきている。
「って、誰に説明してんだろうな」
こんな独り言を言ってしまうのも過去の体験から来るものだ。友達もいなく家族も夜遅くまで家に帰ってこない、そんな状況で話し相手など自分しか居ないだから。
「この独り言も治さないとな〜」
「あら、それはもったいない。せっかく聞いている人がいるのに。人じゃないけれど」
「っ!びっくりした〜」
昼間の時とは違い完全に気を緩めていたため、ものすごく驚いてしまった。だって、帰ったと思うじゃないか。昼間だって僕に興味無さそうだったし、まさかあらわれるとは。
「ふふふ。今度は可愛い反応が見れて大満足」
「それは良かったですね」
実際、紫さんは今まで出会ってきた中で1番美しいのでそんな人に満足していただいたのなら、こちらも満足というものだ。だから、手の中で転がされてイラついてなんかない。ないったらない。
「紫さんでしたよね。どうしたんですか?こんな夜更けに」
「それはこっちも聞きたいところなのだけれど。話してはくれなさそうね」
「よくお分かりで」
当然、話すつもりは無い。紫さんの雰囲気的に話さなくても知っていそうだし、わざわざ話したいことでもないからな。
「まあ、その事はいいわ。あなたの魂はイレギュラーなの。だから悪いけれど監視対象ってわけよ」
「そうですか」
驚きはない。この人?妖怪?は全てを知ってそうな雰囲気だし、禁忌の魔法なんて使ったんだもちろんバレているだろう。これで幻想郷の賢者とやらに知られていなかったら、セキュリティがガバガバである。
「私が管理している幻想郷よ?そんなわけないじゃない」
「なんにも話していないんですけど。心の中という人間に与えられた自由な領域を侵害するとは極刑は免れませんよ」
「あら、あの子には許しているじゃない」
「信頼と親愛の上で成り立つものですから」
心なんて覗かれた日には死を覚悟しなければならないだろう、もちろん相手がだ。人の内側を土足で踏み込むのだ、閲覧注意なんて表示されない地獄がそこに広がっている。
「さとり妖怪と引き合わせたら、面白そうね」
「さとり妖怪がなんだか分かりませんが、ろくでもないことを考えているのは分かります」
「あら、辛辣ね」
この人に対しては全部、筒抜けだろうから逆に隠す必要が無いのである。そういう点では、誰より素直に相手をしていると言っても過言ではない。
「そんなことより。監視対象ということは、今までの独り言も全部聞かれていたんですか?」
「えぇ、もちろん。会いたい?」
どういうことだろうか。なんて、分かっている。前の家族に会いたいのかって聞かれてることは。悪い癖だこういう話から逃げようとするの。ここで今、会いたいと言ったら会わせてくれるのだろうか。
「··········いいです。会ったら多分、自分を抑えきれずに殺してしまうと思うから。それに、僕に前の家族なんていないですから」
僕に前世はあっても、家族はいないのだ。僕を産んだ人も、友達だと呼んだ人も全員今では等しく赤の他人だ。それ以上でもそれ以下でもない。いや、それ以下はあるかもしれないな。
「嘘じゃないわねその目。からかって悪かったわね。そんな顔していると可愛い顔が台無しよ」
「それで、本題はなんですか?わざわざ現れたんですからこれだけじゃないでしょう?」
紫さんがただ話したいから現れたとは思えない。きっと今後のことで忠告でもしに来たのだろう。
「ただ話してみたかっただけよ」
「本当に?」
「そんなに疑わしいのかしら」
「はい。現れる時は問題を運んでくるイメージが僕の中の紫さんですから」
霊夢は問題ではなく可愛い妹だから良かったものの、お母さんの反応を見る限り僕の所感は間違っていないはずだ。じゃなければ、あんなに険悪になったりしないだろう。
「なら、予言だけしてあげるわ。あなたはそう遠くない未来でまた家族を失う時が来るでしょう。心の準備をしておく事ね。」
それだけ言い残すと、紫さんは空中に出来た裂け目に戻ってしまった。最後に不安になることを言い残すなんて、後味が悪すぎる。
「家族を失うか〜」
なんだか、紫さんって胡散臭い人だな〜と思いながら月を見上げるのだった。
不穏な予言、約束された結末
自分の中の紫さんのイメージはこんな感じです。毎回不穏だけを残して去っていく彼女の不安は、誰が取り除くのでしょうか。他の人や藍と橙には見せない、弱い姿を書けて行けたらと思います。