ヘレナの跡を追った後、紆余曲折あってレイシアは彼女の隊室前まで辿り着くことに成功した。
そして扉を開けるや否や、開口一番どうか自分を部下にしてくださいと声を大にして頼んだのだ。
そして、間髪入れず返ってきた答えがこれだ。
「は? イヤよ。」
「んがッッ!?」
一瞬だった。
刃物みたいなのは雰囲気だけじゃなく、切り返しもだった。
一世一代のレイシアの嘆願はバッサリと切り捨てられた。
嗚呼無情、あまりにも無情。
いきなり訪ねてきた来訪者を手厚く歓待するほど彼女は甘くはなかったらしい。
ヘレナは机に座ったまま、つまらなそうに頬杖をついて冷たい目でこちらを見据えている。
まるで養豚場の豚を見る目だ。
「大体、私1人で全部事足りてるんだからこれ以上人員増やす必要なんてどこにもないわ。」
「ゔっ!」
「というかそもそも、右も左も分からない新人なんかに入られてもハッキリ言って足手纏いよ。」
「ゔゔっ!」
言葉のナイフが刺さる刺さる。
どれもこれも正論すぎてぐうの音も出ない。
いや、彼女に言いたいことがないわけではないのだが、言ったところで気味悪がられるだけだ。
『何となく寂しそうだったし、危なっかしいから手伝いたい。』、なんて言った日にはあの冷たい目が人間を見る目ではなくなるだろう。
だから、今は堪えるしかない。
「それに………。」
「ッ…!」
まだ追撃があるのかとレイシアは咄嗟に身構えたが、戦闘機ヘレナからの毒舌爆撃が行われることはなかった。
何かを言いかけて切り上げた、といった具合だ。
「とにかく、私は部下なんて持つつもりはないの。 どうせここに来たのもリーラかエドワードさんの差し金でしょ? 余計なお世話だって伝えておいて。」
ヘレナは一方的に話を打ち切ると、視線をレイシアから切って手元の机に広げてあった書類に向ける。
『話は終わり』という意思表示なのだろう。
遊◯王で言うところの守備表示。
だがレイシアにとっては話は全く終わっていない。
いや、スタートラインにすら立っていない。
「…いつまでそこにいるつもり?」
ヘレナ心底迷惑そうにため息をつきながらこちらに視線を投げる。
その目つきに、正直ムカっときた。
どんな事情があるのか知らないが、こちらの話をほとんど何も聞かずに一方的に打ち切って『帰れ』なんて言われて素直に『はい帰ります』なんて言えるわけがない。
レイシアの中の反骨スイッチにカチリと火が灯った。
「ッだぁぁぁぁ!!!!! 頭に来たしもうめんどくさいっス!!! アタシヘレナさんが採用してくれるまで梃子でも動かないっスからね!!!!!」
恥も外聞もかなぐり捨てて、レイシアは手近にあったデスクに全力で抱きつく。
正直自分でもどうかと思うが、難攻不落のヘレナ城を攻め落とすには、最早この手段しかない。
これで彼女を強制的に攻撃表示にしてやるのだ。
その後はノープランだが、ゴリ押しでどうにかしてみせる。
「……貴方何歳よ…。」
上目遣いでヘレナの方向を見てみると、本気で引いている。
ドンドン引き引きだ。
「ピッチピチの18っス!!!」
「そういうことじゃないわよ。」
ヘレナから冷静なツッコミが入るがそんなもの気にしていられない。
今のレイシアに出来ることは、せめてヘレナを交渉のテーブルに着かせることだけ。
羞恥心なんて母の腹の中に置いてきたと思っていたが、幾分自分の中にも残っていたらしい。
顔が熱くて熱くて仕方ない。
顔面が火を吹く前にケリをつけて見せる。
「さあ!! 言ってください! 何でヘレナさんは部下を取らないんですか!!」
「…………何でそんなこと会ってばかりの貴方に教えないといけないのよ。」
あまりにも不躾な質問だったのだろうか。
ヘレナの顔がどんどん曇っていく。
眉間の皺でミルフィーユが出来そうだし、なんなら怒りの雷が落ちて来そうだ。
流石にマズかったかと、覚悟したその時。
「…? あれ、何スかこの音…。」
ガサガサという音がデスクから聞こえた。
音の質からしてビニール類、だろうか。
だが目に見える範囲にはそれらしき音源はない。
ということは、引き出しの中だろうか。
遠慮より好奇心が勝って、レイシアは引き出しの取手に手をかける。
「えっ……ちょっと待ってそこはッッ…!!」
レイシアのその行動にヘレナは血相を変えて席を立つ。
しかしヘレナが制止を入れるよりも、レイシアが引き出しを開け放つ方が早かった。
開いたパンドラの箱の中にあったのは、
「はえ………?」
ーーー余白がないほど詰め込まれた、色とりどりのお菓子の袋たちだった。
たべっこメダル、カセッキー、恐竜グミ、etcetc……。
レイシアの知る限りの手ごろに手に入る甘味が所狭しと並んでいる。
彼女は唖然としながら、ヘレナの方に目を遣ると、
「ーーーーー。」
言葉では表せないような表情をしていた。
一番近いのは世界の終わりのような顔といったところ。
どうやら余程バレたくなかった秘密らしい。
まあ確かに、初対面の時にあったクールビューティーなイメージがたった今音を立てて崩れ去ったところだ。
彼女の憂いは正当なものだ。
いやというか、社会人がこんなことしていいのだろうか。
部下がいない部屋を、悪い意味で有効活用しすぎではなかろうか。
それはそれとして、これは良くない流れだ。
こんな秘密を暴いた後に部隊に入れてくれなんて言っても、そんなものただの脅しにしか聞こえない。
「…………あの、ヘレナさん。」
なら今のレイシアが出来ることは、精一杯の誠意とやる気を見せることだ。
レイシアは深々と、白目でフリーズしているヘレナに頭を下げる。
それこそ、勢い余って床に激突しそうな勢いで。
「お願いします!!! アタシを部下にして下さい!!!! 雑用でも荷物持ちでも何でもしますから!!!!」
もしここで先ほどの件を脅しに使ってしまえば、きっと彼女と心から打ち解けることは未来永劫叶わない。
そんなことをして築ける関係なんて高が知れている。
しかし、『ただ頼み込むこと』が脅迫を使うよりも成功率は格段に下がることくらい分かっている。
でも、自分を裏切ることはできない。
自分の心だけは裏切れない。
成功だけを求めるなら愚策もいいところだが、レイシアは自分のこういうところは結構気に入っている。
そんな中ヘレナといえば、
「〜〜〜〜ッ。」
どうやら本気で悩んでくれているいるようだ。
苦虫を噛み潰したような顔で何やら唸っている。
一体何がそんなに悩ましいのだろうか興味は尽きないが、今は祈ることしかできない。
今日の運勢占いは3位だったから、多分イケるはずだ。
そして数十秒後、ヘレナは大きく溜息ついた。
「………はぁ………言っておくけど私、あまり教えるの上手くないわよ。」
ヘレナは諦めたのか、呆れたのか、渋々ながらレイシアの入隊を認めてくれた。
その返答に飛び跳ねそうになるのを堪え、
「……!! はいっス!!!」
部屋中に響くほどの大声で元気いっぱいの返事をする。
側から見れば、ヘレナの答えはまるで味気のないものだったが、それでもレイシアの目は喜びで輝く。
こんな経緯で、レイシアはヘレナの下で働くことになったのだ。
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レイシアがヘレナの部隊に加わってから早半年が経過した。
入隊を許可して貰った経緯をリーラに話したが、彼女は涙が出るほど笑っていた。
全く人の気持ちも知らずに気楽なものだ。
彼女とヘレナとレイシアの奇妙なトリオの時間は、リーラが茶化し、レイシアが笑い、ヘレナが呆れる。
そんなことを繰り返す賑やかなチームだった。
それはそれとして、一緒に過ごすうちにヘレナは何というか不器用な人なのだと分かった。
教え方は『見て学べ』の究極系のようなものだったが、本当に分からなかったことは懇切丁寧に教えてくれた。
普段も冷たく突き放すような態度だが、その実面倒見が良すぎる。
ノライバーとの戦いでレイシアが追い詰められた時は、迷わず助けに来てくれるし、本気で心配してくれる。
わざとぶっきらぼうに振る舞っているが、根は途轍もない姐御肌だ。
きっと道に捨てられている子犬を見捨てられないタイプと見た。
実際、彼女の手持ちのシノサーロはかつては持ち主に捨てられたリバイバーだったそうだ。
それに机を開けた時から察しはついていたが、甘いものに目がないのも見た目からのギャップが凄かった。
付き合えば付き合うほど親しみ深く、人間くさくて、優しかった。
そんなある日、レイシアはこんな質問をした。
「そーいえば、隊長のご家族ってどんな人なんですか? 隊長ってばいーっつもアタシが家族の話する時話題逸らすじゃないっスか。」
本当に他意も何もない興味本位の質問だった。
実家から届いた茶菓子を頬張りながら、レポートを書いていたヘレナの方を見てみる。
「………………………。」
「………え?」
ヘレナは何も語らずに、レイシアを見ていた。
だか、無言でヘレナがこちらに投げた視線は、今までにないほど冷たくて、鋭くて、ドス黒い感情が籠っていた。
目が合っただけで呼吸を忘れそうになる。
普段は小柄な彼女が、いつになく大きく見えた。
見慣れた彼女の姿が、まるで別人に見えてしまうほど。
地雷を踏んでしまったことは即座に理解できたが、それでもこんなに過剰に反応するなんて思ってもいなかった。
咄嗟に謝罪を口にしようとしたが、息が詰まって上手く声が出ない。
「っ隊………長…!?」
レイシアが何とか絞り出した声に、ヘレナはハッと我に帰ったのか大きく息を吐いた。
「……っごめん、驚かせたわね。」
無意識のものだったのか、ヘレナは気恥ずかしそうに俯きながら眉間を抓っていた。
次にこちらに投げた視線はいつも通りの彼女で、レイシアはホッと胸を撫で下ろす。
「………貴方になら話しても、いいか…。」
どこか物悲しげに呟くと、棚から新しい紅茶と茶菓子を取り出す。
何時になく真面目な雰囲気に、レイシアの背筋が自然と伸びる。
恐らく、これからヘレナは自分の家族のこと、ないし過去のことを話すつもりなのだろう。
手元に出された紅茶にも、茶菓子にも食指が動かない。
張り詰める緊張感の中、ヘレナは感情の籠らない声で自身の過去について語り始めた。
曰く、彼女の両親は目の前でノライバーに殺されたらしい。
それ以来彼女は憎しみだけを糧に進み続けてきた。
かつて持っていたもの全てを捨てて。
そして今、唯一残った自分の命すら燃やし尽くそうとしている。
初めて彼女を見た時に感じたものの正体は、きっとこれだったのだろう。
ーーーこの人は、過去に縛られ続けている。
苦しみ続けている。
失うものなんて、もう何もないからどんな無茶でも出来てしまう。
嗚呼、何て悲しくて、孤独なんだろう。
そう考えると、涙が止まらなかった。
これはもう10年も前の事件で、当時子どもで、ヘレナのことも知らなかった自分は関係ないはずなのに、彼女に何かをしてあげていたらなんて思ってしまう。
そんなことは出来ないと分かっているのに、もどかしくて仕方がなかった。
そして同時に、きっと自分では彼女の心の穴を塞ぐことは出来なかったのだろうとも、解ってしまった。
高望みしていたわけでも、自分を過大評価していたわけでもない。
それでも、悔しくて悔しくて仕方がない。
せめて、彼女にとっての何かになりたかった。
「…同情なんて、しないでよ。」
すっかり湯気が立たなくなったティーカップを傾けながら、ヘレナは呟く。
対するレイシアは、
「うぐっ……はいっス……えぐっ…!」
隊服の袖で流れ続ける涙を拭っていた。
「……なんで貴方が泣くのよ…。」
「だって…だってっ…こんなのあんまりっス…! 隊長はっ…いつになったら報われるんスか…!!」
そうだ、あんまりだ。
彼女の心は今もひび割れている。
何か重大な理由があったのなら、納得出来ていたかも知れない。
だが、何の理由もなく、今の彼女が在るなんていうのはあまりに悲しすぎる。
「…報われるために、進み続けるの。」
その言葉はまるで、自分にそう言い聞かせているみたいだった。
「……私が部下を取りたくなかった理由はこれよ。 私の勝手な復讐に、誰かを巻き込みたくなかったの。」
初対面の時の違和感がようやく払拭された。
でも同時にこの人は、どこまでお人好しなのだろうか、と思ってしまった。
だってそうだ。
ヘレナにはきっと、周りの全てを巻き込んででも過去を清算する権利がある。
それくらい許されていないと、彼女の傷と割に合わない。
でも彼女は、未来の自分の幸福よりも、今の誰かの幸せを望んでいる。
そこでようやく気付いた。
レイシアは、そんな彼女だからこそ付いて行きたいと思ったのだ。
力に、なりたいんだ。
「…っアタシは、何があっても付いて行くっスよ!! 隊長のためになるなら、アタシは何でもするっス!! だから、気にしないでください!」
「…ありがとう、レイシア。」
レイシアの言葉に、ヘレナは少しだけ嬉しそうに口元を緩ませながら、レイシアの桃色の頭を撫でる。
誰かのために生きてみたいと思ったのは、初めてのことだった。
この時、レイシアは心の底から彼女のために全てを捧げると誓った。
初めて会った日の比ではないほどに。
この一件がきっかけで、2人の仲は以前よりも深くなって、遠慮もなくなっていった。
本当に、楽しかった。
毎日が充実していた。
ーーでも、そんな日々は長く続くことはなかった。
次更新はスピカちゃんのバレンタイン話になるかもです。(出来ればメルクスさんをお借りしたい…)