ゆらぎ荘で思い出を語る面々。
その時、悪霊が山上市に出現する。
本編を読んで、モヤモヤが残った人に少しでも楽しんでもらえたら幸いです
※24巻でコガラシが復活した時、全員と夢を見た記憶を持ったまま復活してたのを見落としていたため、本編と矛盾があります
宮崎千紗希の訃報が届いたのは、冬空コガラシが高校を卒業した後の、まだ肌寒い日が顔を覗かせる初夏のことだった。
ゆらぎ荘の軒先で、郵便箱から封書の束を取り出した中居ちとせは、その中に一枚の葉書が挟まれているのに気がついた。
「あら、いまどき葉書なんて珍しいですね。誰かしら・・・? 宮崎日和さん。千紗希さんのお母さんですね。・・・・・そんな、千紗希さんが!?」
その知らせは中居ちとせから、またたく間にゆらぎ荘に縁のある人に伝わった。
告別式当日。
冬空コガラシと湯ノ花幽奈は並んで宮崎千紗希の告別式場へ向かっていた。
午後の日が落ちる少し前、傾いた太陽が街をオレンジ色に染めている。
コガラシは黒いネクタイに黒いスーツに身を包み、革靴を履いていた。
数々のバイト経験の中に葬儀社のものがあり、仕事着として貸し出されていたものをバイト先にお願いして借り受けることができた。
礼儀としては自前のものを用意するのが筋だろうが、仕立てが間に合わないほど急な話だった。
隣を歩く幽奈は生体化している。
幽奈は普段は三角巾を頭に巻いているが、葬儀の場に三角巾は不謹慎すぎる。
生体化に合わせて外してもらい、いまは湯煙高校の制服に身を包んでいる。
こういう時に幽体なら服ごと変化できるが、そうも言ってられない。
「コガラシさん。わたし、まだ、現実感がありません」
幽奈がうつむいたまま隣のコガラシに話しかけた。
「オレもだ。ぜんぜん実感がねえ・・・」
コガラシが幽奈の未練を暴走させ霊として現世に留め、コガラシと幽奈が結ばれてから、幽奈と千紗希はほとんど会うことも、会話することもなくなっていた。
コガラシと早霧、雲雀、千紗希は高校3年も同じクラスだった。
幽奈は自分がコガラシと付き合っていることを3人に見せつけるような真似ができるはずもなく、
自然と湯煙高校から足が遠のいた。
高3になれば受験を意識する。
千紗希は放課後は予備校に通うことが多くなり、ゆらぎ荘に立ち寄ることもめったになかった。
皆が高校を卒業し、環境が大きく変わったその矢先の知らせだった。
道中、「故宮崎千紗希儀 告別式」と書かれた看板がほうぼうに立ち、
目に入るたび、否応なく千紗希が亡くなったという現実を突きつけてくる。
やがて会場が見えてきた。
普段目にしても何に使われるかわからなかった、一階部分が吹き抜けの駐車場になっている建物に入り、
階段を登ると受付が見えてくる。
受付には柳沢 芹がいた。並んで待つ人に記帳を案内し、香典を受け取っては奥の控えへ持ち込んでいる。
列に並んだコガラシと幽奈にも順番が来て、芹もコガラシに気がついた。
「来たのか。幽奈も」
「ああ」コガラシはぎこちなく香典を渡す。
記帳しながら、目を合わせるでもなく芹と話した。
「芹、おまえ、いつ知ったんだ?」
「日和さんから連絡をもらった」
「旦那さんも単身赴任先から帰国したけど、人手が足りないと聞いて。私も手伝うことにしたんだ」
「そうか。それなら、オレも手伝ったほうがいいか?」
「いや、お前はいい」
「あ、ああ。そうか。わかった」
記帳を終えたコガラシと幽奈は、芹に促されて、押し出されるように会場へ進んでいった。
遠くなるコガラシと幽奈の背中をしばらく芹は見つめていたが、やがて、受付を待つ来場者の応対に戻っていった。
幽奈とコガラシは通路を進んでいき、会場に入る。
目に入ってきたのは壁一面を花で飾られた祭壇だった。
中心には笑顔の宮崎千紗希の遺影が飾られている。その奥には木箱が置かれていた。
周囲は壁一面を埋め尽くすように供花が飾られ、「○○家 一同」などと送り主を表す大掛かりな札がいくつも並んでいる。
その中には「ゆらぎ荘 一同」の札もあった。
お花は仲居さんが依頼したのだろうか。
会場に用意された椅子はを溢れるほど配置されていた。
会場には見知った湯煙高校のクラスメイト、学校の教科の先生や夢咲先生らの姿も見かけた。
小学校、中学の時の同級生らしき人もいた。
泣いている人が何人もいる。
ゆらぎ荘の参列者は仲居さん、呑子さん、夜々、狭霧、雲雀、こゆず。
皆一様に神妙な面持ちで、否応なく人に生と死を直面させるこの儀式に望んでいた。
「本当に千紗希お姉ちゃん死んじゃったの? そんなのやだよ」
人目をはばからず声あげてこゆずは泣いた。呑子は何も言わずこゆずを抱きしめ、頭をなでてやった。
焼香を済ませたコガラシと幽奈は喪主として参列していた宮崎日和に挨拶しに行った。
「幽奈ちゃん、コガラシくん」
日和さんは静かな、でも穏やかな顔で接してくれた。
「あの、本当になんて言っていいかわかりません。ただ悲しいです」
「うっ、うっ、うっ・・・千紗希さん」
幽奈はさっきから泣き通しだ。
「千紗希と仲良くしてくれて、二人ともありがとうね。ふたりの話をする千紗希はいつも笑ってて、本当に二人のことが好きだったんだと思う。たまにはうちに来て、私の知らない千紗希のことを教えてもらえると嬉しいわ」
「はい、話をさせてください。あの、本当にお悔やみを申し上げます。ただ、残念です」
「私も本当に悲しいです。ごめんなさい、これしか言えなくて」
「いいのよ。気持ちだけでも本当に助かってる」
少し間を置いて、日和さんが付け加えた。
「あのね。少しだけあなた達に期待していることがあって」
日和さんは明るい口調で話す。
「ひょっとしたら、あなた達なら、千紗希の幽霊にも会えるかもしれないでしょう?」
そして、ちょっといたずらっぽく笑った。
もし千紗希の霊に会うことがあったら教えてほしいと日和から頼まれたコガラシは快諾し、日和に別れを告げた。
帰り道、幽奈がコガラシに問う。
「コガラシさん、さっきの日和さんのお話ですけど・・・」
「うん、どうした?」
「あのですね、もし、千紗希さんの地縛霊を会ったらどうしますか?」
「そうだな・・・まず、なんで死んじまったんだ馬鹿野郎って怒りたい。あと、お母さんに会いに行ってほしいって伝えたいな。日和さんだけだと見えないから、オレもついていくことになるのかな」
「そうですね。コガラシさんらしいです」
幽奈は少し笑った。
「けど、千紗希さんに未練があって地縛霊になっているなら、
コガラシさんなら成仏せずに現世に留めることができますよね。
千紗希さんにお願いされたらどうしますか?」
「それは、できればしてやりたいけど・・・難しいな」
コガラシは唸った。
幽奈のことを見る。幽奈も同じ思いのようだ。
確かに、成仏を止めることはできるかもしれない。ただ、成仏を止めたとしても
地縛霊としてこの世に留まることになった宮崎千紗希はどうする?
「難しいですね・・・」
二人はわだかまりを胸に抱えたままゆらぎ荘へと向かっていった。
告別式に参加した面々は、自然とゆらぎ荘に足を向けていた。
広間に集まったのは、狭霧、雲雀、朧、呑子、夜々、中居ちとせ。幽奈とコガラシ。こゆずは泣きつかれて眠ってしまったようだ。
「千紗希ちゃん、本当に亡くなっちゃったんだね・・」
雲雀がぽつりと言葉をこぼす。
「わたし、千紗希ちゃんのこと本当にすごいなって思ってたんだよ。
私と幽奈さんと千紗希ちゃんと、皆コガラシくんのことが好きだってわかってからも、ずっと私たちと仲良くしてくれて。 高校卒業するまで同じクラスで過ごしたからわかるの。誰に対しても優しくて。本当にみんなから好かれてた」
「そうだな。おしゃれだとか、女子力が高いのもすごかったが、何より人を思いやる優しさを持った人だったと思う」
「そんな優しい人が早くに亡くなるとは、やはり世の中は理不尽と言わざるを得ないな」と朧。
「私の漫画のファンだったのよね。寂しいわ」
「夜々、千紗希のごはんがまた食べたい」
宮崎千紗希が皆から好かれていたのは、今日の式からも明らかだった。
式場から溢れる椅子の数が、彼女がいかに慕われる人柄だったかを物語っていた。
「コガラシくんは、高校卒業してから千紗希ちゃんのこと聞いてないの?」
雲雀がコガラシに話をふる。
「ああ、東京の大学に受かったって話は人づてで聞いた。ただ、オレが幽奈と付き合うようになってから、ほとんど話すこともなくなっちまって」
「それは、、、しょうがない」と早霧。
「千紗希ちゃん、高校卒業するまでに、何人もの男の子から告白されてて、でも全員断ってたみたい」雲雀が続ける。
「高3になったら受験を意識するってのもあったろうけど」
「やっぱりコガラシくんのこと、忘れられなかったんじゃないかな」
みなが口をつぐんでしまう。空気が重い。
「あー、、、でも」呑子さんが話し始める。
「それももう一年以上前のことでしょう。失恋のショックで・・・っていうには時間が経っているし、落ち込んではいたけど元気にやっていたのよね」
「そうだな。時々わたし達5人で集まって、振られた愚痴を言い合ったりカラオケで歌って発散したりしていたんだ。はは、幽奈の前で言うようなことじゃないけどな」
狭霧が自嘲気味に笑う。
「朧も参加してた。千紗希とも話して、気持ちが軽くなった。たくさん励ましてくれて、随分助けられた」
「ごめんなさい。あっ、ごめんなさいなんて言うのも違いますよね。うう・・・」
幽奈はつい謝ってしまい、うつむいてしまう。
「幽奈ちゃん、気にしないで。わたし達、もう大丈夫だから」雲雀が笑顔を見せる。
「そうだ。千紗希が亡くなったのは失恋が原因じゃない。それだけは確かだ」早霧も合わせる。
「お二人はうまくいってるのかしら? まさか喧嘩ばかりとかじゃないわよね?」
呑子さんがあえてずけずけと聞いてくる。
「そうだぞ。せっかくわたし達が振られたのにあっさりお前らが破局したのでは振られ甲斐もない。うまくいかなかったら許さんからな」
「ええ、特にトラブルはないかと思いますが。ですよねコガラシさん?」
幽奈が聞いてくる。
「オレも同じだと思ってるけど・・・他の人の恋愛を知らないから普通かどうかはわからねえ」
「いいんじゃない。恋愛に普通なんてないと思うわあ。特にあなた達なんて、特殊中の特殊じゃないのぉ。普通なんて一番意味のない尺度だわ」
呑子さんの言葉が優しい。
「そうですよね。助かります」
「ふふっ、よかったわ」
呑子さんが微笑む。
やっぱり大人の人っていいな。
「あっ、あとせっかくだから聞いておきたいんだけど」
「なんですか?」
「してるの?」
思わず飲んでいた茶を吹きそうになった。
「なっ、何言ってるんですか!? 言えないですよ、そんなの!」
「いやだって、霊とHするのってどういうふうにするのか気になるじゃあない?」
幽奈は顔を真赤にしていた。ばか、そんなわかりやすい反応があるか。
「ごめん、それはちょっと聞きたくないかも」
「わたしも御免こうむる」
雲雀、狭霧が苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「それは聞いてみたい。コガラシの性癖を知ることで肉体による籠絡が可能になるかも」
朧がさらりととんでもないことを言う。
「いやいや、絶対に言わないって。ていうかまた夜這いかけるつもりなのか朧!?」
みんなの反応を見て呑子さんは笑ってた。まったく、この人は。
「でも、本当に残念よね。大学入って、これから新しい恋もきっと始まるじゃない。これから人生の春を謳歌するって時に死んじゃうのは本当にもったいないわよね」
「ちょっと気になったんだけど、死因ってなんだったのかしら。コガラシくんは聞いてないの?」
「いえ、詳しくは聞いていないです。事故だってことしか」
「死に顔も見れなかったし・・・やあねえ」
呑子さんが中居ちとせにちらと視線を送る。
ちとせはため息をついて言った。
「何が原因にせよ、若い子が亡くなるのは年長者としては悲しいです。
長い時間を生きてきましたが、こればっかりは慣れることがありません」
誰もが同じ思いだった。沈黙が流れる。
と、どこからか携帯が鳴り出した。
狭霧のものらしい。懐から携帯を取り出して、席を外した。
すぐに終わったらしく、廊下から顔だけ出して雲雀に声をかけてきた。
「雲雀、出動だ。山上市の外れに、悪霊が出たらしい」
「あっ、うん。・・・やだね。こんな時なのに」
二人のやり取りを聞いていたコガラシが声をかける。
「なあ、狭霧、雲雀。オレも行っていいか。手伝いたい」
「構わないぞ。ついてきてくれ」
胸の中のもやもやを、ひょっとしたら悪霊退治で少しでも軽くできるかも、と思ってのことだった。
「あれが悪霊か・・・気を抜くなよ、雲雀、コガラシ」
狭霧が警戒感をあらわにする。
すでに日の落ちた山上市の山中に現れた悪霊は、人型の全身に黒いオーラをまとわせ、ゆっくりと、でも一歩ずつ着実に街に向けて移動していた。
大きさは普通の人間と変わらない。
全身が真っ黒で、表情も何もわからない。
月明かりで山腹一帯が照らされる中、その輪郭だけが真っ黒にかたどられ、暗闇の中で異様さを際立たせていた。
さらに異様なのは、その周囲だった。
悪霊が一歩進むごとに、悪霊の足に踏みつけられた草木がみるみるうちに枯れていく。
それは直接触れる足元だけでなく、悪霊中心に同心円状に広がっていた。
生き物から生命エネルギーを吸い取っているようだ。
これが人に触れたら、どうなってしまうのだろう。
先行して悪霊へと接近していた狭霧は、戦闘態勢に入る。
手にした刀を振りかぶり、初手の一撃を加える刹那、悪霊の姿を大きく視界に捉えた狭霧はぎょっとした。
大きく後ろに飛び退く。
「そんな・・・・まさか」
コガラシは足を止めた。
「どうした」
悪霊を見つめる早霧の顔に動揺が見える。
「いいか。心して聞け」
一呼吸おいてから、はっきりと早霧は言った。
「コガラシ、雲雀、あれは千紗希だ」
「・・・えっ」雲雀が声を漏らす。
「待て早霧。どういう事だ!?」
「私もクラスメイトととして、振られた者同士として何度も千紗希のことを見ていた。
覚えているか、コガラシ、雲雀。千紗希は頭に髪留めを付けていただろう。星型のやつだ。
この悪霊の頭にそれが見えたんだ・・・!」
「でっ、でも、たまたま同じ物を付けた人が悪霊化したのかも」雲雀が必死に反論する。
「このタイミングでか。同じ髪留めを付けた人がこのタイミングでたまたま千紗希以外に亡くなって、たまたま悪霊化したのか。そんな偶然があるといいがな」
確かに虫の良い考えかもしれない。
コガラシも悪霊に近づいて、目を凝らした。
黒いオーラがゆらめいて見えづらいが、確かに頭部に見覚えのある髪留めらしきものが見えた。
「宮崎っ、オレだ。コガラシだ。聞こえないか!」
悪霊に向かって呼びかけてみるが、反応がない。
「宮崎、頼む、返事をしてくれ!」
再三の呼びかけにもまるで手応えがなかった。
「早霧、悪霊をどうにかして元に戻す方法を誅魔忍軍で聞いたことはないか!?」
「悪霊を成仏させたり、元の霊に戻す方法はないと聞いている。消滅させるしかないと」
「頼む、浦方うららに連絡してみてもらえないか」
「そうだな、何かお祖母様なら知ってるかもしれない。連絡してみよう」
しかし、返事は芳しくなかった。
浦方うららの中継越しに聞いた話では、誅魔忍軍の歴史の中で悪霊を元の霊に戻すことができた例は一度もないという。
「本当にどうしようもないのか、何か、悪霊を元に戻す手はないのか!」
「我々にできることはない。消滅させることしか」早霧は絞り出すように言葉を吐いた。
「だったらオレがどうにかする」
桁外れの霊力を持ち、数々の難題を解決してきたコガラシだったが、
悪霊を前にした試みはことごとく空振りに終わっていた。
霊力を込めて解呪の術をしかけてみても効果はなく、
吸い取るなら上限いっぱいまで吸わせれば、と霊力を大量に送り込んでみてもすべて飲み込まれるだけに終わった。
そんな徒労の中でも悪霊は周囲に死をまき散らしながら確実に前進してきていた。
「狭霧、幽奈を連れてきてくれないか。幽奈に憑依してもらったらなんとかなるかもしれねえ」
「わかった。それまで持ちこたえろ!」
狭霧はその場を離脱した。
すぐに幽奈が来る。
だが、天狐幻流斎として幽奈に憑依してもらっても、事態は好転しなかった。
悪霊の歩みは着実に山上市に近づいている。
「・・・・ゼェゼェ。くそっ」
思い切って悪霊の両肩を掴むと、コガラシは悪霊に呼びかけた。
直接触れた両腕から霊力が悪霊に奪われていく。
「お願いだ、目を覚ましてくれ!」
コガラシの必死の呼びかけもむなしく、悪霊はまるで応えない。
このままではコガラシも長くは持たない。
ちくしょう・・・
急速にエネルギーを奪われ、コガラシは意識を失いかけた。
その時、
「何をやっておる」
中空から声がした。
悪霊を覆うように光り輝く半球体が現れ、どんどん大きくなったかと思うと、
悪霊ののサイズに収束していく。
さらに光をまとったそれは、荒っぽく雑巾を絞るように捻じくれだした。
悪霊は光に巻き込まれるとともに千切られ、散り散りになった悪霊は消滅した。
「そんな・・・」
幽奈はショックを隠せない。
術を放ったのは、緋扇かるらだった
空中に浮いたまま愛用の扇子で口元を隠し、呆れた目つきでコガラシを睨む。
「なっ、かるらてめぇ、なにしやがる!」
「なんじゃ、いつまでも引導を渡せない生ぬるいお前さんに代わって妾が手を汚してやったんじゃろうが。悪霊だとしても、あの小娘にとどめを刺すのがためらわれたかと思っての」
「・・・すまねえ」
「なんじゃ、コガラシ殿も腑抜けたよの。妾が振られたのはこんな情けない男じゃったかの」
あからさまなため息をつく。
「それにしても、あの小娘、コガラシ殿に振られた思いを抱えたまま死んで、未練を残して悪霊化か。もてる男は罪よのう」
「あの小娘はコガラシ殿とみなの未来のために自分が結ばれる運命を手放して、それであっさり振られとるからのう。心に抱えた闇はそりゃー深いもんじゃろうて」
コガラシは何も言い返せなかった。
「でも、これで終いじゃ。ようやく解放されたんじゃ」
「そうだな」そう思うしかなかった。
「お主らもこれで気兼ねなく乳繰り合えるな」
「黙れ!」
「ふん。妾も振られた負け犬の一匹じゃ。遠吠えくらいさせろ」
「勝手にしろ」
「おーい、おひいさん、用事は終わったろ? もう帰ろうぜ」
ついてきていたマトラに促され、かるらは神足通を開いた。去り際、コガラシを振り返る。
「コガラシ殿。気に病むなよ。これは主のせいではない。お主一人ではどうしようもなかったんじゃ」
力なく手を振って呼びかけに応えたコガラシを見やってから、かるらは消えた。
悪霊と化した千紗希が消滅したあの日から、コガラシは眠れない日々が続いた。
幽奈にとってもそれは同じだった。
たまにコガラシが誘っても、気分じゃないと拒絶されるばかりだった。
「なんか、どうすりゃよかったんだろうな」
コガラシは誰に向けてでもなくつぶやく。
誰もそんな答えなどもっていない。
ある日のこと。深夜になって消灯した部屋で、枕元が明るかった。
幽奈が寝転んだまま、タブレットで動画を見ていた。
「幽奈、まだ起きてるのか」
「すみません、なんだか眠れなくって」
「オレはもう寝るぞ」
「はい、おやすみなさい」
幽奈はサブスク動画をボーッと見ていた。
何もやる気にならなくて、動画を見る機会が増えた。
といっても、見てはいても目が滑るばかりで、内容はちっとも頭の中に入ってこなかった。
薄型の画面には、六つ子の青年たちが織りなすドタバタギャグのアニメが流れている。
「コガラシ殿。気に病むなよ。これは主のせいではない。お主一人ではどうしようもなかったんじゃ」
先日のかるらさんの言葉が脳裏に浮かぶ。
どうしようもなかった。
それはわかってはいる。でも、諦めきれない自分がまだそこにいた。
「まーったく、のんきなもんですねえ。わたしなんてずーっと暗い気分のままなのに」
画面を瞳に写しつつアニメのキャラクターたちに毒づく。
画面ではニートを満喫する6人が映っている。
「悔しかったら、あなた達6人の力でどうにかしてくださいよぉ~」
理不尽な要求をしてみたところで、画面の向こう側の彼らには届くはずもない。
もちろんただの八つ当たり。のはずだった。
何気なくつぶやいた自分の言葉に、はっとした。
ひょっとして。
幽奈は姿勢をただし、真剣に何かを考えだした。
次の日、若干目を腫らした幽奈からコガラシは打ち明けられた。
「お話があります」
その顔はしばらく見せていた影を落とした表情とはうってかわった、晴れやかなものだった。
「なんとかなるかもしれないって、どういうことだ?」
「はい、私、千紗希さんが消滅した日から、これまでのことを思い返していたんです。そこで、1つの可能性にたどり着いて」
「鍵となるのは、白叡さん、流禅さん、式神ヌース、それに私です」
「ヌースは演算によって、未来を予測し、体験することができる。それはご存知ですよね」
「ああ、それで幽奈が未来の思い出としてオレといっしょにゆらぎ荘で過ごす日々を体験して、それが未練となってこの世に残ることになったんだったな」
「でも、それには不可解な点があります」
「演算はあくまでシミュレーションです。実際に体験することはできないはずです」
「どういうことだ?」
「ゆらぎ荘に私が居て、コガラシさんと会う。それは計算できます。でも、そこで話した内容や起きる偶然の事態はシミュレーションでは決してわかりません」
「ええと、オレと幽奈がゆらぎ荘で会う、とか、仲良くなる、ということはわかっても、そこでどんな時間を過ごしたかは実際に体験しないとわからないってことか? たとえば、目が覚めたら幽奈が寝相悪くてオレの布団に入り込んでたとか」
「そうです。寝相が悪くてコガラシさんの布団にどう潜り込んだか、なんてことは偶然の産物ですから、シミュレーションできません。なのに、私はヌースの夢の中のゆらぎ荘でコガラシさんと会い、そこでの思い出を残すことができた」
「ここから得られる1つの仮説。それは、式神ヌースは世界を演算しているのではなく、新しい平行世界を分岐させ、時間を飛ばして体験させているのではないかと言うことです」
「それは、ヌースが見せているのは実は夢の世界の話じゃなくて、どこかの並行世界の現実で起きていることだった、ということか?」
「はい。あれはどこかの平行世界で実際に起きた話なんです」
「平行世界を進め、時間を早めることで遠い未来まで経験させる。そういう可能性もあるのかもしれないな。でも、だからどうなるというんだ?」
「私、過去に戻ろうと思うんです」
「ヌースが分岐する平行世界を進み、体験させられるのなら、同じことを過去に対してもできるはず」
「逆演算することで、過去に戻ることができるはずです」
「戻るのは、宵ノ坂 醸之介がコガラシさんに憑依して、私、千紗希さん、早霧さん、雲雀ちゃん、朧さん、かるらさんの力でコガラシさんを取り戻したあの日のちょっと前です」
「千紗希さんが体験した、千紗希さんとコガラシさんが結ばれる世界では、コガラシさんは霊力を失い、私は成仏して消滅した世界でした。何もしなければその世界に進むはずだった運命を、千紗希さんは選ばずに、コガラシさんだけじゃない、私も含めたみんなの幸せを願って今の世界を選んでくれた。
今のこの世界では千紗希さんが亡くなって、悪霊化して消滅した。私も千紗希さんとおなじように、この世界ではなく、皆が幸せになれる世界を選びたいんです」
「コガラシさんはどうですか? 何もせず、今の世界でこのまま生きたいですか」
「いや、オレもどうにかできるならそうしたい。流禅、あいつを呼んでくれないか」
「はい!」
幽奈は笑顔を見せた。こんなに朗らかな顔は久しぶりだった。
「なるほど。話はわかりました」
流禅は幽奈から事情を聞いて説明を始めた。
「結論から言うと、ヌースで過去に戻ることは可能です。幽体である幻流斎様に限って」
「生体が過去に戻ることはできません。肉体と過去に存在する物質同士が干渉しあい、反発してしまう。幽体である幻流斎様のみ可能となることです」
ほっと顔を見合わせる幽奈とコガラシに流禅は続けた。
「ただし、過去に戻ることで、世界は間違いなく分岐します。そこから生まれた世界が今のこの世界と繋がっているかどうかはわかりません。いえ、ほぼ間違いなく別世界になるでしょう」
「また、ヌースの演算が終わったら、過去に飛んだ幻流斎様は強制的にこの世界に戻されることになります。その時にこの世界が生まれないような過去改変が起きていた場合、次元の狭間に放り込まれ、二度と戻ってこれない可能性もあります。正直、危険すぎる賭けです」
コガラシは血の気が引いた。もし失敗したら、幽奈は消滅し、自分はこの世界でこの後一人で生きていくというのか。
「待ってくれ、幽奈と二度と会えなくなるなんてごめんだ。行くな!」
「ごめんなさい、コガラシさん。でも、私もう決めたんです」
「でも、幽奈がもし帰ってこなかったら、オレはどうすれば」
幽奈は困った顔をしていた。
「・・・コガラシさん」
「いま、わたし達にはふたつ、選ぶ道があります」
「ひとつは、この世界に折り合いをつけて、私とこのまま過ごす道」
「もうひとつはこの世界を変え、皆が幸せになる可能性を信じて進む道です」
「私は、世界を変えたい。でも、恋人のコガラシさんの気持ちも無視できません」
「だからコガラシさん。どちらの道を選ぶか、コガラシさんが決めてください」
「どうしますか?」
コガラシは考えた。ここで、幽奈を引き止めた場合、幽奈の気持ちを無視して、オレのエゴで幽奈を縛り付けることになる。
宮崎は自分の幸せを手放してこちらの世界を選んだ。
幽奈はその気持ちに応えようと、宮崎の消えたこの世界を変えようとしている。
自分だけエゴでその思いを止めてしまうのは、ひょっとして、すごくかっこ悪いことなんじゃないか。
そして、そんな身勝手な男を、幽奈はいつまでも想ってくれるのだろうか。
コガラシは空を見上げた。それから、ふっと息を吐いて幽奈に向き合った。
幽奈はどこまでも真っ直ぐな目でコガラシを見ていた。
「行かないでほしい。これは本当の気持ちだ」
コガラシは幽奈の目を見て言った。
「でも、ここで気持ちよく送り出してやってこそ幽奈の彼氏ってものだよな」
「さすが、私の惚れた男です! コガラシさん!」
幽奈がとびきりの笑顔を見せた。
「大丈夫です。絶対にうまく行きますよ」
幽奈の笑顔は本当にまぶしかった。
次の日、流禅と連絡をとった幽奈はすぐにヌースを起動してもらい、ヌースと流禅の元へ向かった。
「それじゃ、コガラシさん。行ってきますね」
「流禅さん、お願いします」
「わかりました」
ヌースの駆動音とファンの騒音が大きくなる
ヌースの前で身を横たえた幽奈の前でただひたすらコガラシは祈るしかできなかった
ヌースが逆演算を始め、マシンのうなり具合が最高潮に達した瞬間、幽奈の姿は消滅した。
幽奈が過去へと消えた後、コガラシはゆらぎ荘の204号室に泊まった。
懐かしい匂い。でも、そこの主である地縛霊はいない。
翌朝目覚める。
朝の冷たい空気の中に、遠くの小鳥のさえずりが聞こえる。
世界は何も変わっていないように見える。
幽奈は戻ってきていないのか。
心の中で不安が膨らむのを必死になって打ち消し、コガラシは力なく頭を振った。今は待つしかない。
ふと、玄関先から声が聞こえた。
ゆらぎ荘の玄関口で誰かが呼びかけている。
「こんにちはー。コガラシくーん!」
慌てて服を着替え、玄関先に降り立ったコガラシ。その姿を見た時、コガラシは嬉しさと安心とで膝から崩れ落ちそうだった。
玄関先に居たのは、宮崎千紗希だった。
「あっ、コガラシくん、おはよう」
「宮崎・・・!」
高校時代と変わらない明るい笑顔を見せる千紗希。
死んだはずの、悪霊化して消滅したはずの宮崎が元気にゆらぎ荘の玄関に立っている。
それだけで涙が出るくらい嬉しいことだった。
良かった、幽奈の計画はきっとうまく行ったんだ。
その時、コガラシは千紗希が抱えているものに気がついた。
正確には、ものではない、人。
宮崎千紗希は赤ちゃんを抱いて立っていた。
「宮崎、それって・・・!」
「うん、私とコーくんの赤ちゃん。今日はみんなにお披露目する日でしょ? すっごく楽しみにしてたんだよ」
慈しむ顔で赤ちゃんを見せてくる千紗希。
赤ちゃんは無邪気な笑顔をコガラシに向けていた。
思わず顔がほころぶ。
しかし、コガラシはある事に気がつく。
待て、オレと宮崎が結ばれた世界ってことは幽奈は・・・!?
そう、幽奈が地縛霊として現世にとどまる世界なら千紗希とコガラシが結ばれることはないはず。
「なあ宮崎、幽奈は、幽奈はどこに行った!?」
思わず千紗希の腕を掴み、激しい剣幕で千紗希を問い詰めた。
「痛っ、どうしたのコガラシくん。幽奈さんなら・・・」
「あっ、おーい」
声をかけられた。ゆらぎ荘に近づく人影があった。
現れたのは3人の女性、狭霧、雲雀、朧だった。
「ふーう。来てやったぞ」
上空を見上げれば、神足通でかるらが来ている。
彼女らの姿にコガラシは衝撃を隠せなかった。
狭霧、朧、かるらは見るからにお腹が膨らんでいた。明らかにその身に子を宿している。
「よ、よぉお前ら。揃いも揃っておめでたとはびっくりしたぜ。雲雀は違うみたいだが」
「フッ、妾こそ出産一番乗りと思っていたが小娘に先を越されてしもうたな」
「なにを言ってる。子供を授かるのは競争じゃないぞ」
「神速を使えば千紗希を出し抜いて私が出産一番乗りを果たすこともできた。でも子供への影響を考えてそれは見送った。母としての自覚がそうさせた」
「わ、私は一緒にしないでよね!? まだ式も上げてないのに妊娠なんて・・・ちゃんと順番を守って進めたいだけなんだから」
4人は千紗希の赤ちゃんを代わる代わる覗き込み、おめでとうだのお祝いの言葉を送っている。
「待ってくれ。雲雀は別として、狭霧、朧、かるら。お前らの父親ってもしかして・・・」
「ん? 何を言ってるんだコガラシ。それはもちろん」
「コガラシだ」「コガラシ」「コガラシじゃ」
狭霧、朧、かるら3人から即答された。
私もコガラシくんと付き合ってるよ、と雲雀。
コガラシは目の前が真っ暗になった。
この世界は、自分が決してやってはならないと決意していた、自分に好意を寄せる女性に手当たり次第に手を出すハーレムルートではないのか。
目の前の現実にふらふらになりながらもコガラシは立ち上がった。
やってることは最低だが、男として責任は取らなければならない。
「父親がオレってのはわかった。ちゃんと責任を持ってみんな育てるから」
「ん? 何を言ってる。おまえが育てるのは幽奈との子だろう?」
早霧が不思議そうにしている。
「へっ!?」
「じゃあ、その子を育てるのは?」
「コーくんでしょ」と雲雀。
「オレが育てるのは?」
「幽奈の子じゃ」
「ちょっと待ってくれ、混乱して頭が追いつかん・・・」
様子がおかしいと気がついた千紗希は、広間に皆を集めてコガラシに説明した。
事の顛末はこうだ。
過去に戻った幽奈が実行したのは、言うなら「コガラシクローン計画」だった。
素体となるコガラシを幻(まほろ)のクローン装置で用意する。
さらに、霊体コガラシを復活させる時に、複数体に分割できるだけの大量の霊力をコガラシに集めることで、霊体コガラシを計6人生み出した。
あとは肉体の入れ物に霊体のコガラシがそれぞれ憑依することで、
肉体も霊力も記憶、DNAに至るまで論理的には同一のコガラシができあがる。
それは限界以上に集めた霊力によってはじめて実現できた計画だった。
「なるほど。白叡が使ったクローン装置と、オレの憑依体質を利用してオレのクローンを作ったのか」
「そうじゃ。しかもただのクローンではない。まったくの同一人物。オリジナルはお主じゃが、クローンが引けを取るところはなにもない」
「コガラシくんは、一人の女性しか愛さないって信念があったから、コガラシくんが一人しか居ない世界では、選ばれるのは一人の女性だけ。他の人は結ばれない運命だった。でも、この方法ならコガラシくんは一人の女性しか愛さないけど、6人の女性を幸せにできるの!!」
「なんか、本当にそれでいいのか不安になるな・・・」
コガラシは唸った。しかし、具体的に何が問題かと言われると答えに窮してしまう。
「ただ、少し気になったんだが」
「なんじゃ?」
「オレは表には出していなかったけど、幽奈のことをずっと前から好きだったんだ。オレのクローンが同じ記憶を持つなら、5人とも幽奈に対する気持ちも同じだったはず。みんなを断ることもあったんじゃないのか?」
「さすが自分のことはよくわかるよの。そのとおりじゃ。新しく誕生した5人は最初断ってきよった。幽奈への気持ちがあるからとな」
「全員が全員『いや、オレは幽奈のことが』などと」
そう言って狭霧は悔しそうにぎゅっと拳を握った。
「このままでは6人のコガラシを幽奈一人がはべらせる、幽奈ハーレムルートになってしまう」
「それはそれで個人的には興味があるがのう。一度に6人など夢のようじゃ」
顔を赤くした雲雀に無言で突っ込まれるかるら。なんか仲良くなったなこいつら。
「そこでね」千紗希が話しを続ける。
「はじめに、5人の中から一人、ヌースの未来予知で、わたしと一緒に過ごした時間を体験してもらうことにしたの」
「宮崎の夢の話か。11年後から戻ってきたという」
「これが効果てきめんだった。夢を終えて出てきたコガラシ、もといコーくんはな、どうしたと思う?」狭霧が問いかける。
「いや、わからねえ、どうしたんだ?」
「その場で小娘にプロポーズしたんじゃ」
「まじか」
「もともとの世界ではプロポーズしておったんじゃからの。何も不自然ではない」
「一度その場を離れてどこかに消えたから、どこに行ったと皆気を揉んでおったがの。律儀に指輪を持って戻ってきてな」
「もちろん小娘はその場で承諾。晴れて結ばれたというわけじゃ」
「そうなの。あの時わたし、本当に幸せだった」
頬を染める宮崎。目を閉じてうっとりしている。
「そのあと濃厚なラブシーンを長時間見せつけられて、こっちは若干イラっとしたがの」
「まったくだ」早霧。
「まったくです」雲雀。
「まったくまったく」朧。
「はい、すいません・・・」頬だけじゃなく顔全部が真っ赤になる宮崎。うーん。どれだけ濃厚だったんだ・・・!?
「コホン。続けるね」
「それを見た残り4人のコガラシくんも気がついたの。今の自分の気持ちだけがすべてじゃなくて、みんなと一緒になる運命もあるかもしれないって」
「そこで幽奈さんからもコーくん以外の4人にお願いして、1ヶ月だけ狭霧さん、雲雀ちゃん、朧さん、かるらさんとそれぞれ一緒に過ごしてもらうことにしたの。それでも幽奈さんへの想いが変わらないなら、その時は相手を断っても構わないと約束してね」
「そうじゃ。それぞれ1ヶ月ともに生活しての。晴れて全員結ばれたというわけじゃ」
「そうか」
「もっとも妾のところは波乱万丈での。一度逃げられるわ一度大喧嘩して山一つ吹き飛ばすわで大変じゃった。あやうく一人振られヒロインとして恥を晒すところじゃったわい」
「かるらさんのところは一筋縄じゃいかなかったの、なんとなくわかるかも」と雲雀。
「う、、、実はわたしも大変だった」
「狭霧ちゃんも!?」
「実はわたしも」
「朧さんまで!?」
「なんだ、わたしだけ普通に付き合ってるだけだからなんとなく気後れしてたけど、なんかちょっと安心した」笑顔を見せる雲雀。
雲雀はスムースに行ったらしい。
「全員めでたく付き合うことになったのか。なんか変な気分だけど、良かったんじゃねえかな」
「何言ってるの。いいに決まってるじゃない!」雲雀が言う。
「そうだぞコガラシ、お前はもともと六つ子だったと思えばいい」
「六つ子。そういう考え方もあるのか。じゃあオレが長男ってところか。次男はコーくんか。三男は狭霧か?」
「いや、そこはかるらが3番目が良いと駄々をこねるのでな。わたしは四男ということになった」
「駄々なぞこねとらん。幽奈が長女、小娘が次女はさすがに異論はない。ランキングをつけるなら次に順当なのは妾じゃろ?」
「なんのランキングだ。変態度合いのか?」小声で毒づく早霧。
「きこえとるぞ」睨むかるら。もはや漫才だな・・・ていうか、幽奈も宮崎も変態じゃないぞ。
「で、私が五男で」朧。
「最後、わたしのコガラシくんが末っ子の六男くん」
「なるほど。じゃあさっきの宮崎の子は次男の子になるわけか」
「そうだよ、コーくんには宮崎家に婿に入ってもらってね。式はこれから上げるの」
もともとの冬空コガラシの戸籍は次男のコーくんが引き取ることになったらしい。オレ含めて他の5人に日本国籍はたしかに不要そうだ。
「そうか。それなら良かった。でも宮崎、もう出産なんだな。まだ18才なのに、思いきったな」
「そこはほら、お母さんも20才くらいでわたしを産んでるし、そんな変なことじゃないよ」
そうか、日和さん、まだ38才だもんな。
「くっくっ、小娘の懐妊日を逆算すると面白いぞ。なんせ連れて帰ったその日のうちにモゴモゴ」
何やら不穏な事を口走りそうになったかるらだったが、慌てた千紗希に口を塞がれていた。
狭霧と朧と雲雀も一斉にかるらにツッコミを入れている。
うん、今のは聞かなかったことにしよう。
「そうだ。さっき幽奈の子をオレが育てるって言ってたな。幽奈って妊娠できるのか?」
「ああ、この世界では千紗希から始まり、おめでたが相次いだからな。生体化の依代を使って幽奈が妊娠できるか試験済だ」
「結果、うまくいってな。もちろん依代を330日分集める必要があるが。幽奈とコガラシの子が生まれるのも時間の問題だろう」
「そうか」
何もかもうまくいっているような感じだ。
「なあ、霊力はどうやって集めたんだ? 6人の絆の力ではオレ一人分しか復活できる霊力はなかったんだろう?」
「それはな」
流禅の当初の計画では特にコガラシを想う力の強い6人でコガラシが復活できたが、
それを過去に戻った幽奈が計画を説明し、とにかくコガラシに縁のある人すべてを集めて4年を過ごす夢を見せたらしい。
湯煙高校のクラスメイトは言うに及ばず、誅魔忍軍の皆や、呑子さんの担当編集の羽良嶋さんや天狐の頬白 凛々愛や岸 朝霞、酔の坂酌人や龍雅 玄士郎まで。
もちろん兵藤も夢を見てもらった。
4年の間に絆が深まりすぎ、解放された後もコガラシロスがひどく毎日寂しくて泣いて過ごしているという。
酔の坂酌人や龍雅 玄士郎などもコガラシの魅力に骨抜きにされ、コガラシくんに会えなくなると休戦協定を結ぶ動きまであるという。
「コガラシ殿の魅力の前には男だの女だの、人間族か妖怪かなどの違いは些末に過ぎぬというわけじゃな」
「男性だがオレを好きになる奴が現れなくてよかったな。オレの恋愛対象は女性だったから」
「原理的には7人目を生み出すのも可能だぞ」
「いや、これ以上はやめよう」
コガラシは必死になって止めた。
際限なく増やして全人類にもれなくコガラシが割り当てられる、なんて冗談みたいな世界ができてしまうかもしれない。
考えたくもなかった。
「なるほど。だいたいどんなことなのかわかった」
「それで、コガラシくんはどうしたの? 記憶がはっきりしていないみたいだったから」
コガラシは経緯を説明した。
「そっか。わたしが死んだ世界を変えるために幽奈さんが過去に・・・」
千紗希が沈んだ顔を見せる。
「この世界の幽奈について話しておこう。基本的には今聞いた元の世界と変わらない幽奈だ」
「元気にしてて、今は女将の修行してるって聞いてるよ」
「だから、消滅などはしていない。普段はゆらぎ荘にいるはずだ」
「ただ、今の話だと元の世界の幽奈がここに戻ってこれるかはわからない」
「そこは祈るしかないな。ただ、元の世界の記憶を持つコガラシがいるのだから、この世界に戻りさえすれば」
「確かにそうだな」
世界が完全に変わっただけなら、新しい世界に生きているオレが、過去に戻った幽奈のことも知らずに生きているはず。
幽奈が過去に飛んだ記憶を持つオレ自体がいるのだから、幽奈が戻ってこれるチャンスは絶対にある。
「ありがとよ。何か手がないか、流禅とかにも相談してみる」
千紗希の赤ちゃんお披露目は、一度延期ということになった。
玄関先で千紗希と話すコガラシ。
「わたし達にできることがあったら、何でも言ってね。いつでもすぐかけつけるから」
「ありがとよ。宮崎は子育てが落ち着いてからな」
また連絡するよ、とコガラシが伝え、皆が帰ろうとしたその刹那。
きゃ、という声とともに上階の衝撃音がゆらぎ荘に響いた。
見知った声に一同が顔を見合わせた。みなの顔に期待が広がる。
「わりぃ、ちょっと見てくる!」
うん、と千紗希の声を聞きながら階段をコガラシは駆け上がった。
204号室。扉を開けると幽奈がちょこんと布団の上に座っていた
寝起きのようで髪は乱れ、服ははだけて白くきれいな足やら胸元やらを露出させている。
えへへ、と照れた顔を見せる幽奈。
「コガラシさん。帰ってこれました」
「幽奈、お前は世界を変えようとして過去に戻った幽奈だよな!?」
「はい、そうです」
「バカヤロウ。心配したんだぞ・・・!」
戻ってきた幽奈から話を聞いた
この世界に戻ってきたのはいいが、餓爛洞の空間に飛ばされていたという。
手っ取り早く戻るため、眠って204号室に飛んできた。
理解しきれていないことがあった。
ここが新しく生まれた世界のひとつとして、元の宮崎千紗希が悪霊化して消滅した世界はどこに行ったのか。
なぜ幽奈はこの世界に戻ってこれたのか。
「それはですね。眠る前に流禅さんからお話をきいたのですが」
「どうもコガラシさんを6人誕生させたこの世界の力が強まりすぎて、元の並行世界と同化していっているようなんです。それはさながら、2本の枝分かれした一方が太くなり、もう一方の枝を飲み込んでいくかのように」
「平行世界が別の平行世界に飲み込まれる。そんなことがあるのか・・・ イメージはできるけど、信じられないな」
「これが、幽奈の力です! どうです、コガラシさん、すごいでしょう」
誇らしげな顔を見せる幽奈。
いや、冗談抜きで本当にすげえよ。
「幽奈ちゃん、戻ってこれた?」宮崎千紗希が一階から上がってきて顔を出した。
狭霧、雲雀、朧、かるらも来る。
「千紗希さん!」幽奈は千紗希を見つけると、主人の帰宅を待ち侘びた大型犬のように飛びついた。
「きゃっ、幽奈ちゃん。良かった、戻ってこれたんだね」
「千紗希さん、ほっ、本当に良かったです・・・ぐすっ」腕をまわして千紗希を抱きしめた幽奈は、
千紗希の胸に顔をうずめたままポロポロと泣き出している。
「幽奈ちゃん。私こそありがとう」千紗希は泣いている幽奈を暖かく見守っている。
「私からも礼を言わせてくれ。ありがとう幽奈」
「幽奈ちゃん。大好きだよ」
「恩に着る。このお返しは絶対にする」
「お主のおかげでこうなったのなら、感謝せねばなるまいな」
自然と6人で輪ができた。中心の幽奈は嬉しそうに笑っている。
幽奈が成仏し、コーくんと結ばれる世界を拒否し、皆が幸せになれる世界を選んだ千紗希。
千紗希が悪霊化し消滅する世界を拒絶し、同じく皆が幸せになれる世界を選んだ幽奈。
冬空コガラシはデタラメみたいな解決策を実現できた自分の憑依体質を本当に良かったと思えた。
「それじゃ、これから生体化の依代を探さないとな」
晴れやかな表情でコガラシは言った
「それなら妾が手を貸してやろう。どこにあるかわからんが、場所さえわかれば
神足通で届けるのと帰ってくるのはひとっ飛びじゃ」
「ありがとよ。頼むぜ」
ゆらぎ荘の日々は続いていく。
幸福な時間の中で。
(完)
おまけ
お披露目が済んで皆の帰り支度のさなか、千紗希が姉妹によびかけた。
「あっ、みんな。帰る前にちょっと伝えたいことがあるの」
「なんじゃ、小娘。妾は早く愛の巣に戻ってコガラシ殿とイチャイチャしたいんじゃが」かるらが露骨に不平そうにする。
「こらこら、身重なんだからほどほどにね。みんないい?」
「もうちょっと近くによって。小声で話すから」
なになに、と皆が耳をそばだてる
「あのね、わたし」
「コガラシくんの--ところ、全部わかるよ?」
姉妹が色めきだつ。
「なんじゃとっ!? ・・・のう小娘。小遣いやるから妾にそれを教えてたもれ?」鼻息をあらくするかるら。
「千紗希、それはぜひ私にも」朧がずいっと身を乗り出してくる。
「わっ、私はいらんぞ。だが・・・どうしてもというなら、聞いてやらんことでもないが」赤面しながらも乗り気な早霧。
「そっそれは、どういう意味でしょう!?」わかってないが興味津々な幽奈。
「もうやだーこのお姉さんたち! 幽奈さんもわかって!」顔を赤くして雲雀が叫ぶ。
オレの兄弟たち、この姉妹に骨抜きにされる未来しか見えないな・・・
(本当に完)