「もし、明日死んでしまうならどうする?」
学校からの帰り道、友達のレナが不意に聞いてきた。
レナは私が化け狐だと言う事を唯一知っている友達だ。
「もし死んでしまうなら?そうだね…とりあえず皆に別れを告げる。私が居なくなって哀しんでくれる人に」
「へぇ〜…じゃあ私もそうしてみようかな〜」
なんだか、確証はないけど何かあるのかと思ってしまった。
そんな素振りもせずにレナは私と一本道を歩いた。
ふと顔を上げると分かれ道に差し掛かっていた。
気が付くとかなり進んでいたらしい。
「じゃあ…また…ね……グッバイ」
良かった、なんともないみたい。
レナは機嫌が良いと横文字を使うクセがあるのを思い出した。
「じゃあね、また明日。」
「そうそう、狐拍、下向いて歩くクセ、治しなよ」
「クセじゃないよ。何か落し物を探してるのよ」
「落し物って?狐拍の?」
私は少し考えた。
何か落としただろうか、落としていないはずなんだけどな。
「さぁ?私にも分からない。」
「へぇ〜…面白いね」
そう言うとレナは軽く別れを告げて帰って行った。
次の日、レナは学校に来なかった。
最近、
「最近何かあったの?」
「…何も無いよ。」
「本当に?なんだか最近元気無いんじゃない?」
「いや、本当に大丈夫だよ。…そうだ、明日死んでしまうならお母さんはどうする?」
「え?突然どうしたの。」
「良いから教えて」
冗談かと思ったら結構本気らしい。
「明日死んでしまうなら、家族に別れを言いたいわね。私には貴方達しか居ないもの。」
そうだ、私には友達も親戚も両親も居ない。いや、居るかもしれないけど分からない。そもそも居たとしても死んでしまっているだろう。
「やっぱり私と一緒だね」
狐拍が優しく微笑んだ。さっきの心配は杞憂だったのかもしれない。
でも私は、私は本当に死ぬと分かった時にそう言えるのだろうか。
少し笑ってみせるとお母さんは隠れていない狐の耳を揺らしながら微笑んだ。レナが居なくなってから学校に行くのが苦痛になってきたとは口が裂けても言えない。
…ついでに前から気になってた事を聞いてみようかな。
「もう1つ聞いて良い?」
「どうかしたの?」
「お母さんってなんで…」
突然ドアの開く音がして私の声がかき消されてしまった。
「ただいま!」
妹の狐々音が私に飛び付いてきた。
お父さんと近所の山に出掛けていたのだろうか。
お父さんの手には紅葉しかけのモミジの葉が握られていた。
「アキ、今帰った。」
「おかえりなさい」
お母さんが応えるとお父さんはモミジをお母さんの髪に飾った。
「これ、プレゼント」
両親は本当に仲が良い。
二人の馴れ初めは知らないが、仲が良いのは良い事だと思う。
それ故に今のこの幸せが壊れるのが怖い。
「お姉ちゃん!これ私からのプレゼント!」
妹の手には黄色く染ったイチョウが二枚乗っていた。
「ありがとう、綺麗なイチョウね。」
「でしょ!お姉ちゃんの髪みたいでしょ?」
そう言いながら狐々音はイチョウを自分の髪と私の髪にかざして嬉しそうに笑った。
「あら、姉妹でお揃いだね。」
「うん!」
狐々音はいつも嬉しそうだ。
狐々音は二歳下の妹だ。
いつも人に化けているが、まだちゃんと人間に化ける事が出来ないからか耳や尻尾が出てしまっている。
化け狐を筆頭に、“普通のニンゲン”とは違う亜人種は学校に行けない。
だから中学一年生くらいの年齢なのに学校に行けない狐々音に勉強を教える為に完全に“普通のニンゲン”に化けれる私は学校を休むわけにはいかない。
そして狐々音は…私より可愛くて元気でよく笑う子だ。
そして髪は私みたいに黒ずんでなくて綺麗な黄色くツヤがあり、私より周りにチヤホヤされる様な、そんな子だ。
私と同じところを挙げるとすれば、何故か姉妹でお揃いの赤と緑のオッドアイと食べ物の好みくらいだ。しかし、オッドアイはお揃いだがお互い色が逆になっている。狐々音は左目が赤で私は右目が赤と言った感じだ。
そんなことはさておき、妹への劣等感は強くは無いものの、確実に狐々音が何か出来るようになる度に強くなっている。そんな私が憎くて仕方がない。
だから、“勉強を教える立場”だけは…
「さぁ、皆帰ってきたからご飯にしましょうか」
アキがそう言うといつも通り皆席に着いた。
だが、コハクの顔がいつもより暗い気がする。
おそらく学校で何かあったのだろう。
ココネが学校に行けないからコハクには負担をかけすぎているのかもしれない。
「コハク、学校は大丈夫か?」
「え?あぁ…いや、大丈夫だよ。」
大丈夫じゃ無さそうだ。
コハクは何か抱え込んでいる時は「いや、」と言ってしまう分かりやすいクセがある。
本人は気付いていないのか、わかり易すぎる。
そう考えている内にアキの手料理を食べ終えた。
「ご馳走様。」
コハクと二人で話をしておいた方が良さそうな気がする。
とりあえず明日学校が休みかだけ聞いておくか。
とは言ってもコハクに直接学校が休みかを聞くのは気が引けるのでアキに聞くことにした。
「アキ、コハクの学校は今日休みか?」
「休みですよ。今日が何曜日かはしっかり分かっておいて下さいね」
怒られてしまった。
「有難う、とりあえず明日朝からコハクと出かけてくる。」
「明日は狐々音に狐拍が勉強を教える日でしょ?」
「…本当か?」
「なんで嘘をつかなきゃダメなんですか、本当ですよ。」
私は父親失格かもしれない。
「コハク、明後日の朝、山に行くぞ」
お父さんが怖い顔…では無く悲しそうな顔をして言ってきた。
お父さんは顔に切られた様な傷跡があるからどんな顔をしていても少し怖い。
「別に良いけど…どうしたの?」
「…ピクニックだ」
答えになっていない。
お父さんは昔からこうだ。
家族にコミュ障を発症するのはどうかと思う。
「狐々音も一緒に行くんでしょ?」
「いや、二人だ」
本当に大丈夫だろうか。
「分かった。朝から行くの?」
「そうだ。」
明後日か…二人で出かけるのも久しぶりで楽しみだけど、それ以上に不安が勝ってしまう。
「た……楽しみにしとくね!」
私が精一杯笑って見せるとお父さんも嬉しそうだった。
「あぁ、楽しみだな」
昨日からなんだかお姉ちゃんに元気がない。
勉強を教えてくれる時もどこか上の空で不安そうな顔をしていた。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「あ…いや、大丈夫だよ。」
大丈夫じゃないみたい。
「学校は楽しい?」
「学校は楽しい所だよ。だからココネも早く完全にニンゲンに化けれるように頑張って」
そう言うとお姉ちゃんは私の頭を撫でてくれた。
「私とココネは完全な化け狐じゃないんだから、自分のペースでゆっくり上達すれば良いんだからね。」
そう言うとお姉ちゃんはヨレヨレの髪をかき集めて後ろで一つに括り、メガネをかけた。
メガネをかけたお姉ちゃんはかっこよくて美人さんだ。
私はお姉ちゃんみたいに、かっこよくて優しい人になれるだろうか。
「…お姉ちゃん、どうやったら人になれるの?」
「不可能よ。ニンゲンはニンゲン以外を社会に入れたくないのよ。」
「どうして?」
「臆病なのよ。ニンゲンは私達みたいな特殊なイキモノを嫌う。」
お姉ちゃんの目には哀しみが込められていた。
そしてもっと奥には怒りが。