お父さんの名前は
昔に書かれた詩集の様なものから名前を取ったものらしい。
その名前に恥じない、とても強くて頼りになるお父さんだ!
…と言いたいところだが、元々政府軍に居た事くらいしか知らない。
あんなにも頼りないお父さんが軍に居たと言われても信じ切れないが、顔の傷跡が証明だろう。
「良い…天気だね」
今日はそんなお父さんとピクニックに来た。
私は良い天気だと言ったが、実際は曇り空だ。
雨がいつ降ってもおかしくない程の。
「…あぁ」
何が「あぁ」だよ。
私も悪いけどその返しはおかしいでしょ!
「今日はどこに行くの?」
「温泉」
「なんで?」
「ココネとこないだ行って、とても良かった」
おっかない顔つきをしているがお父さんは親バカだ。
中学生くらいの娘と二人きり温泉は流石に引く。
「狐々音と二人で行ったの?」
「あぁ」
「別々なのに?」
「混浴だった」
聞かなきゃ良かった。
…じゃあ私も混浴?
それだけは嫌だ。早くも帰りたくなってきた。
「山の上にある」
なんでお父さんはこんなにも楽しそうなんだ。
あぁ…帰りたい
「そう言えば」
「どうしたの?」
「学校は楽しいか?」
正直言って楽しい。
だけど私が化け狐として、本当の自分で話せる友人が居なくなってしまったのはかなり辛い。
学校は楽しいが、それ以上に辛い。
そしてそれを親に知られたくない。
知らせた方が楽になるかもしれない、だけど迷惑をかけたくない。
「…楽しいよ」
「そうか…本当に楽しいんだな?」
「うん」
私は嘘をついていない。
楽しいのは本当だ、ただ辛いだけ。
「辛くないか?」
大粒の雨が降ってきた。
「辛いのか。」
「いや、大丈夫だよ。辛くない」
「温泉に着いたぞ」
おい、ここはもう少し話を聞く所だろ。
そう思いながらお父さんの指を指す方を見ると廃れた温泉宿が息を潜めるかのように建っていた。
そして宿に近付くと右目に眼帯を付けた真ん中で髪の色を黒と白に分け、珍妙な服を着た細身の男が傘を手にこっちに近付いて来た。
「おぉ、珍しい客人だな」
私の友人の
「一昨日来ただろ」
「え?そうだったか?」
「相変わらずお前は物覚えが悪いな」
「まぁ、とりあえず入りな。あと五分もすれば土砂降りになる」
そう言って時尭は宿に招き入れてくれた。
招き入れてくれた部屋には既に茶が二人分用意されていた。
「来ると思ってたから茶も入れてある。飲んで時間でも潰しといてくれ。あと乾いたタオルもあるから使ってくれ」
「いつも通り手際が良いな」
「当たり前だろ?面倒臭いけど、お前の事なら嫌々だとしても、しっかりもてなしてやるさ。」
嫌々と言われてしまった。
流石に少し悲しい。
そう思っていると不意に時尭が振り返った。
「そこの可愛いお嬢ちゃん、ニンゲンに化けるの面倒臭いでしょ。楽にしときな」
「え!?あ、はい!」
コハクは緊張しているのか、そのままでいる。
「コハク、大丈夫だ。ここには狐々音とも来てるから。」
「そう…だったね」
まだ少し気まずいのかどぎまぎしていた。
絶対にあのお父さんの友人はただ者じゃない。
お茶とタオルをちょうど二人分用意していたり、あと五分で土砂降りになると言ったり。
よく考えたら雨が降っているのに私達が来たのが分かるのもおかしい。
しかも傘を持って出て来た。
お父さんは「手際が良い」とか言っていたが、そう言う次元の話じゃない。
完全に未来が見えてるとかそう言う次元の話だ。
「あら、お嬢ちゃん、緊張解けてきた?」
「…え?」
時尭さんが戻って来たらしい。
「コハクだ。」
「あぁ、すまんな。とにかく、自分の頭を触ってみな」
そう言いながら私の頭を指さしてきた。
「あ、耳が…」
「緊張が和らいできたようで良かった。」
正直、緊張はほとんど和らいでいない。
どちらかと言うと疲労でボロが出た様なものだ。
さっきの雨で身体が冷えてしまったのかもしれない。
「コハクちゃん、せっかくやから温泉入って来たらどう?」
「あ、ありがとうございます。でも…」
「お父さんの事?大丈夫、混浴なのに防人さんは妹ちゃんと一緒に入ったことすらないから。」
「流石に一緒には入らん。」
じゃあ、どうしてあんなにややこしい言い方をしたんだ。
「とりあえず入って来ますね…」
時尭に温泉の場所を教えて貰って私は温泉へと向かった。
「遊楽さん、コハクさんと何かあったの?」
「いや、何も無い。」
時尭は昔から気の置けない程の仲だが、未だに私の事を苗字で呼ぶ。
「いや〜本当に難しい年頃だから仕方ないのかもね。」
時尭は凄く楽観的に言うが、私としては気がかりでならない。
「どうしたものか…」
「大丈夫。
「どう言う事だ?」
「まぁ、安心して待ってな」
そう言うと、どこか楽しそうに笑いながら私の茶を飲み始めた。
「遊楽さん、あの娘…コハクさんはかなり強いね。」
「いや、コハクには闘い方とか教えてない。」
「そう言うんじゃなくてさ、精神的な強さよ。」
コハクには普段から無理をさせていたのかもしれない。
小さい頃は私が軍の仕事で家に居なかったり、普通の子と同じ様に普通に学校に通わしてやれなかった。
…そう言えば前まではアキを経由して友達の事を聞いていたが、最近は全く聞かない。
もしかしたら友達と喧嘩したか、それとも…
「そう言えば、いつまでここに居るんだ?」
時尭は普段政府軍の寮に住んでいるはずだ。
任務なら一人なのもおかしい。
「あぁ、上とちょっと喧嘩してな。だから喜仙さんの所に遊びに来たのよ。」
喜仙さんは先代の、私が軍に居た頃の政府軍の全隊を指揮する総隊長の地位に居た人…いや、女性の鬼だ。
口調は荒いが、とても人が良く軍の皆から慕われていた。
実力も能力を使わずとも軍でトップだった程だった。
そんな喜仙さんが一年程で総隊長を辞めて温泉宿を営んでいると知った時は驚いた。
「喧嘩って、何をしたんだ?」
「総隊長に馬鹿野郎って言ってやった」
「お前が悪いじゃねぇか。」
「だってさ、茶会に招いたのに来なかったんだぜ?」
「茶会が好きだからってそこまでしなくて良いだろ。」
時尭は仲の良い人と茶会を開くのが趣味なのか、私も過去に数回呼ばれたことがある。
「良くねぇよ。とにかく、明後日くらいには戻るつもり」
「なら良かった。とりあえず茶でも飲んでコハクが戻るのを待つか。」
「そうだな。喜仙さんならコハクさんの心の内を見抜いてくれるかもしれねぇからな。」