「お母さん、お姉ちゃんとお父さんは?」
狐々音が眠そうな目を擦って2回の寝室から降りて来た。
「あぁ、二人とも山の方に出かけたのよ」
「え〜私も行きたかったな…」
「二人だけで行きたかったらしいわ。」
「じゃあ今度皆で行けたら良いね!そうそう、山の上に温泉宿があったの!今度皆で行こう」
狐々音は目を輝かせて、嬉しそうに言った。
しかし、私は心臓が弱くて登山は出来そうにない。
「ごめんね、ちょっとそれは出来そうにないの。」
そう言うと狐々音の顔が一瞬曇った気がした。
「雨が降ってきたね。」
「えぇ、二人は大丈夫かしら?」
「きっと大丈夫。」
狐々音はどこかを眺めるように答えた。
夜に入る温泉も良いが、昼のもとても良い。
別に疲れている訳では無いが、少し肌寒くなってきた今くらいの季節は温まる為に入るのも気持ちが良い。
こんな広い温泉を独り占めできるのは時尭が受付を手伝ってくれてくれているお陰だ。
とは言ってもこの宿に泊まりに来る客は基本的に居な…
「え!?誰ですか!?」
「ん?お前こそ誰だ。不法侵入か?」
知らない人…と言うより化け狐が風呂に入って来た。
本当に誰なんだ。
化け狐にしては髪が黒っぽいし、何なんだ?
誰ですかだと?こっちのセリフだ。
「あの…すみません…」
「おい、ちょっと待ちな」
謝って帰られては罪悪感からいたたまれない気持ちに苛まれてしまう。
「取り敢えず入りな」
「お…お邪魔します」
「体洗ってから」
「はい…」
どうしようか、完全に萎縮させてしまった。
何か良い話題は無いだろうか。
そう言えばここは山なのにわざわざ一人で来たのだろうか。
「一人で来たのか?」
「あ…いや、父親と…」
「父親?こんな所に娘を連れてくるなんてどんな奴だ」
「元々軍に居たらしくて…そこで知り合った人に会いに来たんだと思います…」
元は軍に居て、私か時尭の知り合い?
軍は十年前には辞めているとは言え、当時の軍人はほとんど全員と知り合いだったから分からない。
「お前の父親は何処に居るんだ?もしかして白黒髪の変な奴の知り合いか?」
「多分そうです。今も応接間でお茶を…」
「なるほど、防人か。」
「父を知ってるんですか?」
「あぁ、アイツは元部下だよ。あと敬語は止めてくれ。」
「あ、はい!分かりました!」
分かってないじゃないか。
「まさか、お前の父さんがアイツとはねぇ……仲良くできてるか?」
「はい…出来てます…」
温泉で一人、ゆっくりできると思っていたのに知らない人が居るじゃないか。
しかも頭には美しい白髪に角が左に一本生えている。
見るからに鬼だ。
軍に居たらしいが、右目の傷と筋肉質な身体がそれを証明している。
どうしてこうも顔に傷がある人が多いんだ。
「そう言えば、狐秋は元気か?」
「あ、はい!元気ですよ。」
取り敢えず体を洗い終わったので温泉に浸かる。
向かい合った場所に入り、鬼を正面から見てみると思ったよりスタイルが良くて少し気怖じしてしまった。
ゆで卵のように瑞々しくて白く綺麗な顔面に、鋭い目が切れ目を入れている様だった。
ただ、怪我の影響なのか分からないが所々縫い目が施されており、人肌で作られたぬいぐるみの様にも見て取れた。
「化け狐とニンゲンの間の子か…このご時世、中々生きにくいだろ?」
ぬいぐるみは私の目を真っ直ぐ見ていた。
「はい…亜人種は基本的に迫害されたりするので…」
「じゃあ、アンタは自分が嫌いか?」
そう鬼に聞かれると私は狐々音を思い出した。
私は狐々音に対して強い嫉妬を抱いている。
可愛いはずの妹に嫉妬している自分が嫌いだ。
「嫌いです。」
「そうか…どうして?」
さっきまで威圧的に話していたとは思えない程、目の前の鬼は哀愁漂う顔をしていた。
「私は妹が気に入らないんです。」
「ん?それと自分を嫌うのにどう関係があるんだ?」
「妹を可愛がりながらも心の奥底では嫉妬心がある、そんな私が」
「知らない人にそんな事を易々と言わない方が良いぜ」
「貴方が聞いてきたんでしょ!」
しまった、勢い余って敬語を使うのを忘れてしまった。
そう思い、目の前の鬼に目をやると大きく口を開けて笑っていた。
「そうかそうか!そりゃそうだな!すまないねお嬢ちゃん。」
「あ…すみません…」
「良いんだよ。アンタ、面白いね。名前はなんて言うんだ?」
そう言えば名前をまだ言ってなかった。
「遊楽 狐拍です。」
「そうかそうか、良い名前じゃんか。私はこの宿の女将の喜仙、喜ぶに仙人の仙。」
「おい、防人、子供何人居たっけ?」
「多くない。二人だ。」
「え?そうだっけ?」
「いや、二人だ。」
食い気味じゃねぇか。
これ以上言ったら流石に怒られそうだから聞かないでおこう。
「そう言えばなんで軍を辞めたんだっけ?上司と喧嘩したんだっけ?」
「違う」
「じゃあなんで辞めちゃったのよ。」
「精神的にな…そう言えば、俺の未来を見てくれないか?」
俺は一応未来が見える。
なんならある程度時間を操ることが出来る。
「なんでですか。遊楽さんの未来なんか見て良いことあるのか?」
「娘と仲直り出来ているか気になる」
「そんなの見てどうするんですか。人生ってのは今の積み重ねですよ?明日が、次の瞬間に何が起きるのか分からないから生きて行けるんですよ。それなのに未来を見て…」
「未来が分からない私からすれば未来ってのは不安の塊なんだよ。」
完全に言い返されてしまった。
「でもさ…不安って見えなかったら無いと同じじゃない?」
「未来見るのどんだけ嫌なんだよ」
俺の未来予知は厳密に言えば未来をみているのでは無い。
数ある未来の選択肢の中からランダムに未来を確定させているだけに過ぎない。
「とにかく嫌なんだよ。遊楽さんの未来は自分で決めな」