罰ゲームといっても大したことはない。特にエロ系でもないし、勝った方がは敗者に常識の範囲内で何かしらの要求ができるというだけの取り決めだ。
以前に暇つぶしにボードゲームをした際に仁科が言い出したことであった。言い出しっぺの法則に類するお約束で負けが越しているため、仁科は毎回、学校の最寄り駅近くの家系ラーメン屋で灯馬に奢る羽目になっている。
後輩女子を食い物にする(直球)非道な先輩の図だが、本人はまったく気にしていない。たいてい容赦なくトッピング全載せしている。
仁科は板海苔、焼き海苔、さらに岩海苔まで乗せるささやかな抵抗をしているようだが、いまいち効果がないようだった。類まれな海苔好きなのかもしれない。さすがに煮卵と味玉のコンボで喉を詰まらせているが。
「今日こそ勝ちますから」
などと言いながら仁科がサイコロを振る。出た目を見てテーブルから対応した資材を引く二人。
島を開拓するよくあるゲームだった。
辺境送りにされたそれぞれのプレイヤーが開拓地から街道を伸ばし、都市へと成長させていくボードゲームだ。得られる資材は拠点の初期配置(任意)とサイコロで決まる。大人数でやる場合は妨害や協力などの駆け引きがあるのだが――
「佐原先輩、藁持ってますよね、藁。木材と交換しましょ」
「『わらの女』じゃん」
「遠回しに馬鹿って言うのやめてくれません?」
正式な資材の名前は藁ではなくて小麦なのだが、お互い適当なので気づいてすらいない。
「藁は無理。ハッテン縛りで行くから。むしろ木材ならいくらでもあげるけど」
「うわ出た。お得意の『新宿二丁目プレイ』じゃないですか」
「言い方に悪意しか感じられない」
新宿二丁目プレイとは、街道や開拓地を作ることを放棄して、小麦・羊毛・鉄を交換し続けて発展カードを総取りする戦略である。初期開拓地のトイレから出てこないことから名づけられた。王道プレイには安定性で劣るが、ハマった時の爆発力がある。開拓度合いでポイントカードを引き当てて勝つのが理想だろう。
対する仁科の戦略はゴリラプレイである。貿易の2:1交換比率を抑えて、得られる資材を木材に全賭けしたうえで、効率よく別の資材に変換する。初期配置とファンブルに左右されるが、運次第では暴力的なまでの木材貿易で押し切ることが可能。
つまるところ、二人とも実力というよりただの運任せなのだが。自己完結型のため、最悪お互いに交渉しなくても、サイコロを振り続ければワンチャンが見込める。それならじゃんけんでもしてろという話だが。
「やっぱタイマンでやるゲームじゃないよな、これ」
発展カードで盗賊を動かしまくり、資材を差し押さえる外道ムーブで、盤上は灯馬の優勢だった。モノカルチャーとは相性が悪かったようだ。
「木材抑えられて全っ然身動き取れないんですが。ふつうに卑怯では?」
「クク――木がなければ森の王者も片手落ちだな……!」
「なんか悪役っぽくカッコイイこと言おうとしてるけど、先輩ただ二丁目カード引き続けてるだけじゃないですか」
「二丁目って言うな」
灯馬はハッテン(意味深)を続け、便利カードを引きまくっているが、基本的にこのゲームでは新たに開拓地を作り、都市化させていかなければポイントが稼げないので、実質膠着状態である。
「このゲームに領民いたら相当迷惑だろうな」
「モノカルチャーゴリラと男色狂いの領主ですもんね」
「もう反乱起きてもおかしくないだろ、それ」
妨害されて低コストの街道ばかり建設しているゴリラとハッテンばかりしている開拓者。劣悪な環境にブチギレた領民による一揆とか下克上が起きそうだ。
「そこはあれですよ、人心掌握術的なサムシングで」
「人心掌握ぅ? カリスマの欠片もないじゃん、おまえ」
鼻で笑う灯馬。その反応に仁科はむっとして、
「ありますよカリスマ! わたし結構モテるんで」
「ははは、本当だ。よく見たら腕に虫刺されあるね」
「蚊にモテる前提⁉」
七分ほどに捲った袖口からのぞく白い細腕にぽつりと赤い点が見えた。指摘されてかゆくなったのか、仁科は気だるげに左腕をぽりぽりと掻いた。
「じゃなくて、ちゃんと人間相手にもモテてますって!」
「へぇ……?」
サイコロを振る手を止めて、胡乱げな眼差しを向ける灯馬。半信半疑どころか完全に疑いの眼だ。疑り屋のトマスとは彼のことだ。嘘だが。
「自分で言うことじゃないですけど、わたしはそこそこ顔が良い」
「マジで自分で言うことじゃないな……」
「目立つタイプじゃないけど、それゆえに『ちょっと地味だけどあの娘の魅力に気づいてるのは俺くらいじゃね』層の勘違い男子が驚くほど釣れる。入れ食いですよ入れ食い」
「発想が小賢し過ぎる。やっぱ『わらの女』じゃん」
「失礼な。策士と言って欲しいですね」
胸を張って作戦勝ちを主張する仁科はゲームそっちのけで続ける。
「『美少女』という表現が創作のなか以外で用いられないのと同様に、無理な高望みをする男子は現実にそういないんです。ワンチャン狙うより、いけそうだからいくかの精神ですからね、彼らは」
「なんだおまえ男子高生ハンターか?」
灯馬は確立した方法論を自慢げに語る仁科に軽くドン引きしながらも、
(でも一歩間違えたら扱いがオタサーの姫になりかねないよなぁ、それ)
と、冷静に分析していた。形の良い眉。くっきりとした二重瞼に長いまつげ。薄ピンクの唇。オタク顔でもないし、たしかに普通に顔立ちが整っているだけにたちが悪い。
「何です?」
「や、おまえの彼氏苦労してそうだなぁって」
「はぁ? わたし彼氏なんていませんけど」
茶化す灯馬に、何言ってんだコイツ、みたいな怪訝そうな目を向ける仁科。
「え?」
「えっ?」
お互いに顔を見合わせるふたり。話が噛み合っていなかった。
「なして? 散々釣り上げてるんじゃないの?」
「ええまあ。でもわたし、釣った魚はちゃんとごめんなさいして海に返すタイプですし」
「うわ、マジの思わせぶりな地雷女じゃん」
「いやいや、脈もないのにちょっかいかけられるこっちのほうが迷惑ですって」
「そのわりにはこう、意図的に野暮ったく見えるようにしてる気が……ん?」
灯馬がまじまじと仁科の顔を見つめていると、あることに気づいた。おもむろにテーブルに身を乗り出して、彼女の顔に腕を伸ばす。
「なにか?」
灯馬の伸ばした手をうっとうしげにぺしりと叩くが、
「髪にゴミが付いてる」
「あ、ほんとですか」
自分で前髪をくしゃりと触って確かめる仁科。艶のある黒髪が揺れる。
「取れました?」
「いや、まだついてる」
灯馬は自然な風を装って手招きをして、
「ほら」
取ってもらえると素直に信じたのだろう。まさに油断! 俯きがちにそっと頭を寄せてくる仁科。それを好機と見た灯馬はゆっくりと両手を彼女の顔に近づけ、
「――ばかめ!」
「は?」
油断しきっていた仁科の顔からするりと眼鏡を抜き取った。随分と容易に抜き取れたようで拍子抜けである。たぶんサイズが合っていなかったのだろう。
「ちょ、返してくださいって!」
慌てた仁科は椅子から腰を浮かせて、眼鏡を取り返そうと躍起になるが、身長差ゆえか掴みかかろうとした腕は空を切るばかりだった。手を伸ばしても無駄だと悟ったのか、今度はテーブルの下から足で灯馬のすねをげしげしと蹴る。その振動で机が揺れて、駒の位置が微妙にずれた。
「かーえーせー!」
スラックスの蹴られた部分に上履きの白い跡が付くが、灯馬はそれを意にも介さず、慎重な手つきで仁科から取り上げた眼鏡を検分する。
「ふうん……」
百均にでも売ってそうな安っぽい黒縁眼鏡だった。強いていえば老眼鏡コーナーあたりに。いかにもフリーサイズといった大きさで、仁科の顔に合っていないように思えたのだ。そして灯馬はレンズを覗き込み、裸眼と比較するとぼそりと一言。
「素通しじゃん、ウケる」