後輩眼鏡女子は今日もうそぶく   作:手嶋茶未

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或る日の部室③

「普通に伊達眼鏡じゃん」

「…………」

 

 指摘すると灯馬を蹴る足がぴたりと止まった。無言になる仁科。

 ヤッベばれたわ、とばかりにひたすら目を泳がせて何か弁明はできないかと考えているようだった。ところがいくら視線をさまよわせても、どこぞの司令官のように良い考えは浮かんでこない、のだろう。

 

「これには訳が……えーと、ええと……金星から差し込んだ光が反射したとか、アセンションはもう始まっているだとか、要はアレですアレ。あっ駄目だこれごまかしようがない」

 

 わけのわからないことをもごもごと口ごもっていた仁科だったが、終いには諦めてテーブルに突っ伏した。

 

 灯馬は露骨ににやにや笑いを浮かべて、

 

「伊達――」

「ああもう、そうですよ。わたしが伊達眼鏡女子です」

 

 開き直ることにしたらしい。

 

「というか先輩、眼鏡女子の眼鏡取り上げるとかありえなくないですか。属性全否定の過激派ですか? ツインテールとか絶対許さなそうな顔してますもんね!」

 

「しれっと含めてるけど伊達眼鏡は純粋な眼鏡属性に入らないのでは?」

「ぐっ……」

 

 図星を突かれて呻く仁科。

 

 自分でも無理があると思ったのだろう。まあ、灯馬がツインテールに理解がないのは当たっていたが。ついでに言えば彼は萌え袖絶許マンでもある。まるで親の仇のように憎悪している。それに比べれば眼鏡なぞ趣味の範疇だともいえるが。

 

「ま、ファッション用の伊達眼鏡ってのも最近は珍しくもないけども」

「ですよね!」

 

 調子の良い事に仁科はすぐに復活した。

 

「ただしあの丸くて薄っぺらいあれは駄目だ」

 

 灯馬は憮然とした表情で言う。

 

「丸くて薄い……? あー、ええとあの読モとかユーチューバーがかけがちな?」

「そうそれだ。おれはあれを『韓流メガネ』とこっそり呼んで憎悪している」

「うっわ、相当失礼だこの人……」

 

 大学生の半数を敵に回すような発言に、仁科はため息をついた。

 

「だいたいですね、眼鏡に罪はないんです。あと眼鏡女子にも。いいですか? 世の中には二種類の人間がいるんですよ、佐原先輩」

「知ってるよ。眼鏡とそれ以外だろ? もちろん仁科は後者だがね」

「いちいちうるさいすぎる……」

 

 仁科はジト目で灯馬を睨んだ。が、彼はどこ吹く風である。

 

「が、いいでしょう。眼鏡っ娘が眼鏡を取るのを許容する人としない人です」

「また面倒な話を」

「たいていの場合、前者は『眼鏡を取ると実はめっちゃ可愛い』展開を期待してるので、水戸黄門とか異世界テンプレが好きな典型的な日本人です」

「その二つを同じ括りに入れるのは危険だろ……」

 

 身も蓋もない物言いにあきれる灯馬。仁科はそんな灯馬のぼやきを無視して続ける。

 

「後者は少数ですが基本的に眼鏡属性原理主義者なので絡まれるとかなり厄介です。解釈が違うと火炎瓶とか投げつけてきますね」

「なにそれ怖っ……」

「どちらにせよ眼鏡っ娘に一家言持ちな時点で両方とも相当ヤバイです」

 

 前者のほうが健全ですが、と締めくくる仁科だが完全に頭にブーメランが刺さっている。特にフェチというわけでもない灯馬はちょっと怖くなってきたので眼鏡を返した。

 

 手渡されたそれを受け取った仁科は「ちゃきん」と口で言いながらかけなおした。

 

「で、なんで眼鏡?」

「それ訊きます? もしかしたらプエルトリコ海溝並みに深い事情があるかもしれないとか思いません?」

「え、あるの? 深い事情」

 

 意外に思った灯馬が訊ねる。

 

「ないですけど。強いて言えば、眼鏡かけてる人って頭良さそうに見えるじゃないですか。ほら見て、知能指数三千倍」

「は? ゴミじゃん。プエルトリコ海溝に謝れ」

「ごめんねプエルトリコ海溝」

 

 素直に謝る仁科だが、ランキングで見るとプエルトリコ海溝はさほど深くない。遅れてそのことに気づいたのか、仁科は頬を膨らませた。

 

「じゃなくて、先輩こそわたしの素顔を見た感想ないんですか?」

 

 違ったらしい。素顔は大げさだろ、と灯馬は思いながら、

 

「はぁ? 感想?」

「ええ。あるでしょ感想! 『眼鏡ないほうもイケてるじゃん』とか『鉄棒でメッチャ懸垂しながら告りたい』とかなんか気の利いた感じの!」

 

 仁科はあからさまに期待した目で灯馬をじっと見つめていた。いや、後者は気が利いているというよりほぼ少年誌的思考なのだが。

 

 灯馬はふむ、と考えてから、

 

「――正直どうでもよすぎる」

 

「このホモ野郎……!」

 

 飛び出たのは罵倒。仁科は拳を握りしめ、奥歯を噛み砕かん勢いで悔しがっていた。譲れない何かがあったのだろう。それを眺めながらコイツこんな愉快なやつだったのか、と面白がっている灯馬はホモではない。

 

「おまえもわりと失礼だよな」

「あ、でもそういえば先輩ってひょろ長いくせに、お友達にがっしりした人多いですもんね。ほらラグビー部とかの……うん? やはりホモでは?」

 

 妙だな、と顎に手を当てて考えだす仁科。高校生とは千円札で煙草を買う男をコンビニで見かけただけでも、怪しんで尾行しがちな年頃なのである。多感ともいう。

 

「普通に違うしあからさまな偏見やめろや」

 

 まさかのホモ疑惑をげんなりしながら否定する灯馬。

 焦るわけでもなく平然と否定してくるあたりが逆に怪しいと思ったのか、仁科は酷く錯乱した様子で、

 

「やはり筋肉か? なんてこった……わたしが馬鹿でした。ちょっと一年待っててください。全身に筋肉付けて戻ってくるんで。そのあいだ先輩はえーと……一人でカクテルの名前でしりとりでもしてればいいんですよ!」

 

「そんな一昔前のCMみたいなこと言われても……」

「アバーッ! バッテラミルク!」

「なんもしてないのに壊れた……」

 

 パソコン初心者のような科白を吐きつつ、なんとか疑惑は晴らした。

 いろいろと面倒になってきたので、有耶無耶にならないうちにボードゲームを再開することになった。しかし、予想外にも決着はすぐに着くことになる。

 

「あれ、おれ盗賊こんなところに移動させたっけ?」

 

 盤上の森林で仁科の木材を差し押さえていたはずが、気づけば隣の牧草地にあった。

 

「さあ? 誰かさんが余計なことするからずれたんじゃないですか?」

 

 すっとぼけた顔でうそぶく仁科だが、偶然とはいえ動かしたのは彼女だった。まあいいや、とサイコロを振る灯馬。だがその判断が致命的なミスだったのだろう。

 

「お、ナイスです先輩。木材美味しい」

「うぜぇ……」

 

 本来ならば差し押さえられていた位置からせっせと木材を得る仁科。ゴリラパワーで資材を2:1交換で変換し、新たに開拓地を作る。

 

「それならまた盗賊を動かして……」

 

 灯馬は自分のターンが回るとハッテンで引いた便利カードで盗賊の位置を戻す。

 しかし、運の流れが仁科のほうに傾いていたのだろう、

 

「――二項分布って知ってます?」

 

 キメ顔でサイコロを振る仁科。ちょうどファンブルを引き当てて、盗賊を灯馬に移し返し、資材を奪い取る。そしてその資材で街道を伸ばす。

 

「じゃ、最長ボーナスもらいますね」

 

 街道を一定の長さまで伸ばすと二ポイントが貰えるというものだ。妨害にもめげず序盤から細々と伸ばしてきたおかげで条件を満たしたのだった。灯馬は元々伸ばす気がなかったので、対抗はできない。

 

「くそ、ポイント引き当てればワンチャン逆転できるか……⁉」

「残念ながら次のターンで都市化させればわたし勝ちますけど」

「うそだろ?」

「ほんとですってば、ほら」

 

 仁科は盤面を指さす。新規に作った開拓地と都市化でポイントを稼ぎ、街道のボーナスを足して九点。どこか一つの開拓地を都市化してしまえば十点に届く。

 

「というか先輩。ハッテン続けて山から全部の得点カード引き当てても、たぶんぎりぎり一ポイント足りないですよ」

「え?」

「だって佐原先輩、全然島の開拓してないじゃん」

「あー……」

 

 得点ドロー勝ちはある程度開拓が進んでいる前提なのだ。山から全部引けば補えるだろうと軽く考えていた灯馬はにわかプレイの報いを受けたというわけだった。

 

「というわけでわたしの勝ちです。いえーい」

 

 煽る仁科。ようやく今までのお返しができるということで、浮かれているのだろう。ちょっと悔しそうな灯馬を眺めながら、彼女は上機嫌に口を開いた。

 

「じゃあ、先輩への罰ゲームは――」

 

 

 *

 

 

 灯馬は残っていた午後の授業を眼鏡をかけて受けさせられた。さっきまで仁科がかけていた安っぽい素通しの黒縁眼鏡である。

 

 ふらっと一コマいなくなったと思ったら、なぜかダサい眼鏡をかけて戻ってきた灯馬を仲の良いクラスメイトたちは訝しんだが、階段で転倒して頭を打った後遺症で、眼鏡を外すと目からビームが止まらなくなったとかいうサイクロップスじみた意味のわからない主張で通した。

 

 いや微塵も誤魔化せていなかったが、灯馬の奇行は今に始まったことではないので友人らは気にも留めなかったようだった。

 

 そして放課後。

 

「あっ湯気で眼鏡がくもる」

「ふふん、素人眼鏡マスターですね。佐原先輩」

「眼鏡に素人も玄人もないだろ。つーかマスターってなに……」

「ちなみにマスターピースはグル目ダブピーしてるマスターヨーダのことじゃありませんからね。フォースとともになんとやら」

「クソほどどうでもいいわそれ」

 

 とかなんとか言い合いながら、最寄り駅近くのラーメン屋で仲良く麺を啜る二人の姿があったとか。後輩女子のどんぶりにはこれでもかとトッピングが盛られていたという。

 

 

 


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