後輩眼鏡女子は今日もうそぶく   作:手嶋茶未

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昼下がり③

「で、結局どういう部活なんですか、ここって」

 

 どうも先ほどから話が脱線し続けており、すっかり肝心なことを訊き忘れていたのを思い出して、果歩が訊ねた。

 

「なんだろ、フリースペースみたいなモン? 授業サボるときに漫喫みたいに使う人もいるし、本を借りてってもいい。去年は人数がいたから雀荘と化してたな」

「麻雀ですか……役揃えると雷とか落とせると噂の」

「それはあれだ、国家元首クラスじゃなきゃ無理だろ」

「**大統領とかガチでできそうですね」

 

 果歩は現職のアメリカ大統領の名前を挙げた。国籍を問わず政治家に雀鬼が多いのは自明のことだ。アメリカもその例に漏れない。

 

「ちがいない。そういや去年までうちにも轟盲牌するために握力とか指筋鍛えまくってた先輩いたわ」

「えぇ……」

「太陽の手甲習得した河内並みに修行してたね。卒業してったけど」

「いかつすぎる。結局できたんです?」

 

 興味深そうに果歩が訊ねた。

 

「いや全然無理。けどなぜかぶっこ抜きだけクソ上手くなってた」

「完全にサマ師じゃないですか……というかまったく星見ないんですね」

 

 あまりのしょうもなさにあきれて果歩がつぶやくと、まあな、と灯馬はうなずいた。

 

「たまに『あれがデネブ、アルタイル、ベガ』的な何かを期待した人が入ってくるけど、しばらく経つと来なくなるね。うちはそういう部活じゃないから」

「エンジョイ勢ですら寄りつかないとは」

「去る者追わず、だからなあ。こんなんでも居心地が良いと思えば残る奴は残るし、この部は長年それで回ってるらしい」

「そうなんですか」

 

 なるほど、と果歩は灯馬を見やった。

 勧誘に熱心なそぶりはない。それどころか見学者が来ても何も考えずに適当に説明している印象すら受ける。実際そうだろう。やる気のなさが露骨だった。

 

「ふむ」

 果歩は少しだけ考えた後、

「じゃあ、とりあえず入ります」

 と、あっさりと入部を決めた。

「へ? マジで?」

 

 それに対して意外そうな表情を浮かべる灯馬。まさかこんな雑な説明で入部するとは想定していなかったのだろう。

 

「大マジです。本気と書いてなんとやら」

「……念のため訊いておくけど、この部のどこに魅力が? ガチで活動しないよ?」

「それはもちろん蔵書量と場所です」

「だと思った」

 

 納得がいったのか灯馬は苦笑した。それから果歩に目をやった。

 

「ま、向いてるかもね。この部は比較的自由な奴が多い」

「ふふん、期待しててくださいよ。わたしが入ったからには、部誌創刊号に秘められた悲しい過去だとか、三角形の秘密だとかどんどん暴いてくんで。あとゲッター線の神秘とか」

「そういうのいいから。つーか最後」

「えー……」

 

 灯馬は至極めんどうくさそうにくせ毛をかいた。

 

「ちなみに部誌な、創刊号はそこら辺にあるよ。たしかエドガー・アラン・ポーとチャールズ・ディケンズの創作BLだけどほんとに読む……?」

「うわ、読みたいような読みたくないような……」

 

 果歩は慄いた。『ホモが嫌いな女子はいない』という言葉が表しているように、BLは女子の嗜み。当然、果歩にも理解がないわけではない。しかし組み合わせが異色だった。

 怖いもの見たさの興味だが、手を出すにはまだ勇気が足りない。

 

 ところで果歩の名前は、当然ともいうべきか入部届を書くタイミングになって速攻でバレた。

 

「仁科果歩? なんだおまえ果歩って顔じゃねぇな」

 

 灯馬がぼそりと漏らすと、果歩は口で「ぴろりん!」と言いながら、

 

「おっと、特定条件を満たしたので隠しルート解放ですね。先輩、ハーレムとかに興味あります?」

「ねぇよ。なんでおまえの下の名前知ったくらいで隠しルートに分岐されんだよ……」

「さあ?」

 世の中には結構理不尽なことがけっこうある。《私はロボットではありません》をクリックできないネコ型ロボットとか、ダブルラリアット中は飛び道具無効とか。ついでに言えば果歩は波動拳を〈飛び道具〉と表現することに並々ならぬ違和感を覚えたものだ。

 

「ああ、あとラスボス戦でダークチップが使えないのは当時子どもながらに酷い理不尽を感じましたね……ダークチップヲツカイナサイ……」

 

「誰もデューオ戦の話はしてないんだよなぁ」

 

 

 *

 

 

 思った以上に趣味が合うらしく、会話が弾んだので天文部の部室に長居をしてしまったが、その日は果歩の他に見学者は現れなかった。じゃあおれ帰るから、と言って部室を閉めた灯馬と別れ、昇降口へ向かう。

 

 途中、ふと渡り廊下の窓から外を覗くと、遠くに夕焼けが見えた。

 オレンジの陽の光が校舎の窓に反射して、果歩にはそれがやたらと眩しく感じた。

 

 昇降口に着くと、昼頃に一年生の靴箱の前で出待ちをしていた上級生たちはさすがにいなくなっていた。勧誘もようやく落ち着いたようだ。

 時間には終わりがある。それがたとえ楽しかろうと退屈だろうと。ただ、限りある時間を惜しいと思ってしまったのは久しぶりだった。

 

 これから家に帰ることを思えば、まだ着慣れない新品の制服が重くのしかかってくるようだ。まあこればかりは仕方ない、と果歩は駐輪所へと歩き出す。

 自宅までは自転車で二十分程度の距離だった。電車でも通えるが、こちらのほうが経済的だ。それに少しは身体を動かしたほうが健康にもいい。

 

 ぼんやりとペダルを漕ぎながら、高校生活に想いをはせる。

 高校生。

 人生の、いやティーンのなかでもひときわ特殊な時期だ。

 

 なぜか生徒会がやたら権力を持っていたり、自称平凡な少年少女が唐突に異能力に目覚めたり、異世界に召喚されたりするという。顔が良ければ天使だとか**姫だとかこっぱずかしい異名で囁かれたりもするらしい。

 

 そんな未知の領域に自分が突入してしまったことに果歩は軽い驚きと感慨深さを感じた。高校生とは空想上の生き物ではなかったのか。

 

(というかあだ名が天使って……よく考えれば両性具有とか聞くし逆に失礼なんじゃないだろうか。それともティンがついて二倍お得ってこと? うーん、よくわからない)

 

 大は小を兼ねるとか、無いよりあるほうが良いよね、といったガバ理屈を適用するならふたなりが大正義ってことになるけど、と謎の結論を出しかけたところで果歩は馬鹿馬鹿しくなって考えるのをやめた。

 

 

 果歩が自宅に着いたのは夕方だった。

 家には誰もいなかった。

 きょうだいはいない。そして仕事熱心な両親は家にいること自体が珍しい。小学生の頃、彼女はそれが寂しく感じたものだが、ひとりでいることに慣れてしまえば今更のことだった。放任主義教育の賜物である。

 

(まあ、いつものことだし)

 

 今の暮らしに不満がないと言えば噓になるが、少なくとも不自由はない。

 玄関でローファーを脱ぐと、明かりもつけず二階にある自分の部屋へ。そこでようやく果歩は電気を付け、制服のままベッドに倒れこんだ。

 

「はあ……」

 

 ため息が無意識のうちに出た。疲れていたわけではない。なんとなく気分が重かった。

 スカートのポケットに仕舞っていたスマホが震える。布団に顔を埋めたままごそごそと探り、取り出してみればトークアプリの通知が来ていた。

 

『高校はどう? 友達はできた?』

 

 新しい環境に身を置く果歩を案じるメッセージ。

 母親からではない。近所に住む歳の離れた従姉からだった。昔から果歩の暮らしぶりを気にしてか、現在に至るまで何かと世話を焼かれている。従姉夫妻には頭が上がらない。

 

『部活に入りましたよ。天文部です』

 

 とだけ入力して果歩はスマホを布団の上に放った。

 果歩はしばらくのあいだそのまま寝転んでいたが、制服が皴になることに気づいたのか、やがて緩慢な動作で起き出して部屋着に着替え始めた。だぼだぼのスウェットにパーカー。これをずぼらと咎める人間は家にはいない。

 

 ハンガーに掛けた紺のブレザーをなんとなく眺めながら、

 

「天文部、か」

 

 まともに活動している様子はない。にもかかわらず一度の見学で入部を決断するほど、あの書架の並びは果歩にとって魅力的だった。退屈しのぎのためならばためらいも節操もなく幅広いコンテンツに手を染める彼女だが、古書や希書の類はそう易々とお目にかかれるものではなかったのだ。どうせ部活には入る予定だったし、その点ちょうどよかった。

 

 暇つぶしの手段は多いほど良い。結局、人はひとりで生きるしかないのだから。

 ひとりだろうとスマホや書籍にゲーム、あるいはサブスクがあれば不足なく生きていける。これまでと同じだ。娯楽の飽和した現代社会万歳。それなのに。

 

「……んー」

 

 なのにこうモヤモヤするのはなぜだろう。裡に広がった空虚さをごまかすように、今度は背中からベッドに倒れこむ。

 

「……居場所が欲しいなぁ」

 

 ふと漏れた呟きは、他の誰の耳にも届かず天井へと消えていった。

 

 

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