【ウマ娘2次】ナリタタイシンとトレーナー 作:アーマードドア
耳の奥でまだシューズが床を踏み込む音が響いている。応援の声援とそれを裂くラケットの風切り音。鋭いホイッスル。
今は電車を待つ夜のホーム。
人のざわめきはあってもあの体育館に響いていた音も熱もないはずなのに__今も私の心はあの最中にある。
いつもなら部活メンバーで集まって、打ち上げにどこかで食事してったりするのだけれど。明日早くから家の用事があるからと、そんなウソをついて抜け出してこうして電車を待っていた。
大きな音をたてて電車がやってくる。
ガタンゴトン。ガタンゴトン。
その音に耳の中の試合の喧騒もかき消されていく。ドアが開いて出てくる人のために二歩横へ。ズリ落ちそうになっていたカバンの紐の位置を直す。
漏れ出る電車内の冷気に一瞬足がすくみ、けど後ろに人もいるので急いでドアをくぐる。反対の閉じたドアの横に。つり革には手が届かない。ドア横のポールに掴まるいつもの定位置。
ホームの人たちが皆乗り込みドアが閉まる。
プシューと空気の抜けるような音。足からふと力が抜けて、咄嗟に閉じてるドアに寄りかかる。
終わったんだ。
電車が走り出した頃には私はすっかりあの暑い試合会場から離れ、冷房の効いた電車内で流れる街並みを眺めていた。
終わっちゃったんだ。
小さくこぼれた私の声は意外なほど乾いていた。
県大会ベスト16。悪くはない。
去年なんて地区予選止まりだ。部でも私が一番最後まで残った。負けた後はみんなのところでちょっと泣いちゃって、抱きつかれて、励まされて。後は残りの試合を見て片付けを手伝って。閉会式があって。
そうして私の高校3年間は終わりを迎えた。
いや、まだ半年残ってはいるのだけれど。進路だって適当な専門と大学を希望に書いてそのままだ。正直書いた学校がどういうところなのかも漠然としか理解してない。何も決められないからとりあえず進学したいだなんでよくないだろう。
色々と疎かにした分、大変だぞう……なんて。街明かりの向こうにうっすらと映る自分にそう言ってみて、これからのことを色々考える。
考えもまとまらないまま降りる駅に着いた。
プシューとまたドアが開く音がする。
さぁ、降りなきゃ。……そう思ったのに足が動かない。なんてことだろう、あの時力が抜けてからずっとそのままだったらしい。降りなきゃ、降りなきゃ、と急かしてみても萎えた足はちっとも動かない。
そうこうしているうちにドアが閉まり電車はまた走り出す。
__あぁ
自分でもわからない感情が吐息となって外へ漏れ出る。
今更、僅かに力の戻った足にかすかな痛みが走る。3年間、いや、中学で始めてからの6年間ずっと続いていた道はここで終わるのだ。練習は真面目にやっていたと思う。そりゃ、もっと強いところに比べればぬるいと思われるのかもしれないけれど。それでもずっと、練習してきた。特に周りとの体格の差が顕著になった高校からはそれを負ける理由にしたくなくって必死に。
それが、今日終わったのだ。
もちろん続けようと思えば大学なり社会人でも続けることはできるはずだ。けれど、なんだかどうしても自分にはそれが想像つかなかった。むしろ、もうろくにラケットを握ることもないだろうという確信さえあった。
悔しさはたくさんあったはずだ。勝ちたいという思いも。けれどそれも今は喧騒と共にあの暑い体育館の中に置いてきてしまったように思えた。
__結局、倍近い時間をかけて私は家の最寄駅にたどり着いた。
駅のホームはじっとりとした夏の暑さとか細い虫の声。
その中で真剣な面持ちで駆ける少女のポスターが目に入った。
爽やかな青空をバックに頭から伸びる耳はピンと空をつき、なびく尻尾は彗星の尾のよう。
トレセン学園に進学した地元出身のウマ娘。会ったことはなかったけど華々しいデビューを飾り、トゥインクル・シリーズでも好成績を残しているのはよく知っている。
地元の有名人なので噂を聞く機会には困らなかった。何より駅のこの場所は彼女のポスターの特等席で、レースに出るたび新しいものが貼りかえられた。駅員さんがファンなのかもしれない。だから、登下校には毎日目に入る。
私自身はそこまで彼女のレースを見たことがない。むしろなるべく見ないようにすらしていたけれど……密かに対抗意識を燃やしていたのだ。毎日ポスターを見るたび、新しいポスターに張り替えられるたび、私だってと。
県大会も勝ち残れない私と全国を股にかけて競い合うあの
__それでも彼女は私のライバルだった。
じっとポスターを見ていると、そういえば彼女はいつまで走り続けるのだろうという疑問が浮かんだ。トゥインクル・シリーズで引退する
けれど、なんとなく__、この
印刷された写真越しに、勝利を求めてキッと前を見据えるその眼元にそっと触れる。
「ずっと、ありがとう。それから、頑張ってね」
伝わるはずもないエールを彼女に。
そうしてホームを後にした。暑さも虫の声も変わらずついてきて、ただ彼女のポスターだけを置き去りにして。
__そんな、遠い記憶。
私がバトミントンを止めた高校3年の夏の終わり。