【ウマ娘2次】ナリタタイシンとトレーナー 作:アーマードドア
「にゃあ〜、にゃあ?」
「ったく、あんたはホントお気楽でいいよね」
午後の授業も終わってトレーニングを始まるまでの僅かな時間。偶然、校舎裏でコイツを見かけたせいで、こんなところに座り込むことになってしまった。
準備やウォームアップもあるのに……構ってくれと言わんばかりに目の前で寝転がるのを無視できず、結局はこうして撫でる手を止められずにいる。
「ホント、しょうがない……」
「にゃあ〜ん」
柔らかな毛並みに手のひらが沈む。そっと撫でると心地よい感触になんだかため息が漏れそうになる。ただただ、何もかもが緩やかに沈んでゆくような倦怠感。そんな空気が甲高い声で破られる。
「タイシーン、タイシンどこー?」
唐突に耳に入った自分の名前に肩が跳ね、尻尾が逆立つ。幼い少女のような、舌ったらずにも思えるアイツの声がアタシの名前を大声で何度も繰り返す。
「ターイーシーン!」
少し前まで、この学園でアタシに声をかけるヤツは二人しかいなかった。あぁやって大声でうるさく呼びかけてくるのは一人。
けど、今は一人増えて三人だ。
それも、チケットにも負けず劣らずうるさいの。
「タイシーン!!……まさか、何か事故にでもあったんじゃ。それとも、変な人に絡まれて……」
「あぁ、もう……!」
的外れな想像でアワアワと慌てる声にイラついて立ち上がる。寝っ転がっていたネコはマイペースにこちらを見上げるけど、アタシがこれ以上付き合う気が無さそうだと察したのかトコトコと去っていった。
「誘拐……監禁とか!?ど、どうしよう……とにかくたづなさんに相談して……」
「なんでそんな大事になってんの。蹴り飛ばされたいわけ?」
どんどんエスカレートする妄想をいい加減止めるために声の方へ向かう。そこには両手で頭を抱えるアイツの姿があった。
緩いウェーブのかかった茶髪の小さな姿。
「あ、タイシン!よかったぁ……」
パッと表情を輝かせこちらに駆け寄ってくる様子は小さな子供のようだ。スーツ姿なのがチグハグに感じる程。
「心配したよ、タイシン」
「別に、ちょっと寄り道してただけじゃん。大げさ過ぎ」
安堵の色を浮かべるパッちりとした丸い目。なんだか、それをまっすぐ見返すことが躊躇われてすぐに視線を逸らした。
「貴方をスカウトさせて!」少し前にそんな言葉をアタシに投げかけた物好き。アタシの担当トレーナー。弱いとか向いてないとか止めろとか、そんなことを言わずにアタシに勝てると言ってくれた……変なヤツ。
ただ、心配性でお節介で熱血キャラというアタシの苦手を寄せ集めたような性格に辟易させられることも多かった。
今日も、そんないつものようなやりとり。と、そんなふうに思ったのだけれど。
「だって、いつもは早めに来るのに、今日は時間が過ぎても全然来なかったから……」
「え……!?」
ハの字の眉でそう言われ、ようやくアタシはトレーニングの開始をとっくに過ぎた時間であることに気がついた。慌てて取り出したスマホの画面で時間を確認し、その時刻に喉が強張る。
「……ごめん、なさい」
サッと血の気が引く。ただでさえアタシは周りより練習しないといけないっていうのに……なんでこんなバカなこと!
「何か体調が悪いとか、変なことに巻き込まれてたわけじゃないんだよね……?」
「えっと……その……そういうのじゃなくって…………時間になってたのに、気づいてなかったっていうか」
ネコを撫でてなんて言えず、そんな言い訳にもならない言い訳をもどろにしどろに言う。口にしてまた自分のバカさ加減に意識が遠のく。コイツだってこんなバカみたいなことを言うアタシに呆れているかも。まじまじとこちらを見る視線を感じながら、トレーナーの顔を先程とは別の理由で見返せずに、地面の上に視線を彷徨わせる。
「…………よし、じゃあこれからトレーニングだね。一緒にコース場に行こっか」
そんな思わぬ明るい声に、つい顔をあげる。そこにはいつものようにへにゃっとした笑みを浮かべるトレーナーの姿があった。
「え……」
「まだ時間は全然あるし、できるところまでやっちゃおう!」
「怒って……ないわけ?アタシ、こんな……」
「だってタイシン、十分反省してるでしょ?それなら私が何か言う必要はないだろうし……それに貴方が真面目なことは短い付き合いでもよく知ってるもの。たまには、こんな日だってあるある」
そう言ってグッと拳を握ってみせる。フッと自分の口から息が漏れたのを感じる。少しだけ体が軽くなる。
歩き出したトレーナーの背を追いかける。自分より更に小さな背丈がそのやる気を表すように、時折ぴょんぴょんと跳ねながら進んでゆく。
熱血で心配性でお節介で……そう、悪いヤツじゃないのだ。
「時間……」
「ん?」
だから、振り返る横顔に言う。
「時間……過ぎちゃった分も取り戻すつもりでやるから」
「うん!今日もがんばろうね、タイシン」
どこまでも底抜けに明るい笑顔に自分でもわからない苛立ちを覚えながら、けれど、今度は視線をそらさずそう言えた。