死界は異なる世界にも 作:ゴツゴツクリスタル
野村健太郎の報告を聞いたクラスメイトは全員で南雲のいる訓練施設第二へ向かった。
施設内に入ると下卑た笑い声が聞こえてきた。
「ちょ、マジ弱すぎw南雲さぁ〜、マジやる気あんの?」
「ギャハハ!檜山言い過ぎだって〜w南雲泣いちゃうじゃ〜ん」
「あ、ごめ〜んw」
南雲ハジメの腹に蹴りを入れる檜山の姿を見つけた
「なにやってるの!?」
(なるほど、全くあなた達はクズの典型ですね)
白崎香織の怒号に檜山達は思わずビクッと肩を震わす。こちらに振り返り香織を視界に入れた瞬間「やべっ」という顔と共に南雲ハジメの腹から足を離す
「いや、誤解しないで欲しいんだけど、俺たち、南雲の特訓に付き合ってただけで……」
「南雲くん!」
檜山の弁明を無視して、香織は、ゲホッゲホッと咳き込み倒れる南雲に駆け寄る。
「特訓ね。それにしては随分と一方的みたいだけど?」
「いや、それは……」
「言い訳はいい。いくら南雲が戦闘に向かないからって、同じクラスの仲間だ。二度とこういうことはするべきじゃない」
「くっだらねぇことする暇があるなら、自分を鍛えろっての」
三者三様に言い募られ、檜山達は誤魔化し笑いをしながらそそくさと立ち去った。香織の治療魔法によりハジメが徐々に癒やされていく。
「あ、ありがとう、白崎さん。助かったよ」
「いつもあんな事されてたの?それなら私が「いや!そんないつもって訳じゃないから!大丈夫だから、ホント気にしないで」…でも」
それでも納得出来なさそうな香織に再度「大丈夫」と笑顔を見せるハジメ。
『大丈夫だよ!!だって私だし!』
(あぁ、その笑みを僕に見せるな)
守れなかったあの時の後悔が頭に浮かぶ。どうしようもなくその言葉に苛まれる。
「南雲くん、なにかあれば言ってちょうだい。香織もその方が納得するわ」
その事に南雲が礼を言うと、光輝の勇者が発動した。
「だが、南雲自身ももっと努力すべきだ。弱さを言い訳にしていては強くなれないだろう?聞けば、訓練のない時は図書館で読書に耽っているそうじゃないか。俺なら少しでも強くなるために「もういいよ」!?」
突如背後から聞こえた怨嗟のような声に振り返る。
「なにがいいんだ士道、俺は南雲に強く「だから、その話がもういいって言ってる。檜山は反省?して一件落着なんだ、これ以上の説教は必要ない。いいね?」…」
士道の鬼気迫る声音に思わずたじろぎ、渋々ながらも引く光輝。去り際にも南雲に鍛錬の参加を今後も強制して場を離れた。他のクラスメイトも事件は終わったとばかりに散り散りになっていく
「ごめんなさいね?光輝も悪気があるわけじゃないのよ」
「アハハ、うん、分かってるから大丈夫」
苦笑ともとれる笑顔でまた大丈夫と返事をする
「ほら、もう訓練が始まるよ。行こう?」
「南雲くん」
士道が南雲に静かに声を掛ける。その静けさに雫は不気味さを感じた。
「士道くん?」
「えっと、なにかな」
「…南雲くん、自分一人が我慢すれば喧嘩するよりずっといいって考えてますよね」
南雲は図星をつかれたようで顔が強張る
「うん、まぁね、敵意や悪意をもつって苦手だから」
「そうですね、そこでやり返しては本末転倒です。檜山くんたちと同じ土台に立ってしまう。しかし、ならばなぜ人を呼ばなかったのですか?自分が我慢すれば事が丸く収まると?そうではないんですよ南雲くん、あなたが我慢すればするほどあちらは調子にのる。それは前も言ったはずです。」
士道の説教のような雰囲気に南雲は光輝のような展開だと感じ辟易していた。だが、
「なにより、聞かされない相手の気持ちを考えてあげてください…」
その言葉は先程の雫のお願いとは違い、深く心に刺さった。座った状態で士道の顔を見上げると今にも泣きそうな顔をしながら南雲を一点に見つめる士道がいた。
「……次は、雫さんの言う通りに香織さんに説明してくださいね」
「う、うん」
そう言って香織、雫、南雲を残してその場を去った。
『今日の約束忘れないでね!縁!』
「もう、黙って下さいっ」
脳内で再生されるフィルムに停止ボタンは反応しない。昔向き合った残酷は士道の感情を掻き乱す。
狂いそうなほど吐き気を覚える過去に無理やり停止ボタンを作る。
「…うん、今日は満月になりそうです」
窓の外の鴉が見える、最高の後の最悪だった。
夜
ゆったりとした足取りで宮殿内庭園のベンチにスッと座る。明日が実戦訓練のための大迷宮攻略。士道は死の線を視ずとも死を感じることになる経験に落ち着きが無くなっていた。
(明日は僕がみんなを見ていなくちゃいけない…死の恐ろしさを学生の身分で知るなんて酷な事はさせない)
「そうですよ士道、何を悩んでいるのです…やる事は変わらない」
頬を二、三回叩いて無理やり自分を鼓舞する。
「…寝ますか」
(考えすぎたせいで逆に頭がフラットになりました)
すぅと息を吸って立ち上がる。先程の不安は楽になった頭には残っていない。寝室に戻りつつ目元の包帯をスルスルと解いて今日の終わりを告げる。近頃士道の魔眼は鳴りを潜めていた。あまりの痛さに召喚されて4日くらいは頭痛は酷い、クラスメイトに凄く心配されるで散々だったが、今はすこぶる調子がいい。推測では脳が魔眼を制御する事を覚えたのでは無いかと思っていたが、流石にそんな都合の良い話はない。
(黒いすみのおかげ?)
頭痛が始まった日から始まった眼の黒ずみの侵食。最初は日が経つにつれ白目の部分が黒くなってきていたが、今では綺麗に消え失せていた。
「赫子…」
候補としては妥当だ。何故なら
士道縁 17歳 男 レベル:7
天職:変貌者
筋力:79
体力:51
耐性:157
敏捷:320
魔力:134
魔耐:81
技能:直死の魔眼・気配感知・⬜︎罰⬜︎行・赫子 [+超速再生][+熱源探知][+血液蒐集][+精神汚染耐性]
「なんですかぁこれ」
思わず呆れた声がこぼれた。どう考えてもこれだ。『超速再生』と『精神汚染耐性』が付属してる時点で確定である。欲しかった技能のオンパレード、直死の魔眼を抑えるのにこれほどの適任はいない。
「結局赫子がなんなのかは知りませんけど…まぁいっか。今日は深く考えるのやめにしましょう」
深みにハマっていく気がして思考を放棄する。廊下の角を曲がって寝室の入り口が見えてくるとドアの前に誰かがいた。
「急に押しかけたらどう思われるかしら、そもそも夜更けに誰かに見つかったら余計な誤解を生む可能性があるからやめたほうが…いやいやなんのためにここに来たの私、しっかりしなさい。でも迷惑って思われたら…」
(何してるんですか雫さん)
士道の寝室の前でグルグルその場を回りながらぶつぶつなにかを呟いている。はっきり言って不審者だ。知り合いでなければ通報してる。少し遠い目をしたもののこのままでは寝室に入らないため雫に話しかける事にする
「あの〜雫さん?」
「ち、ちちちちがうの!ただちょっと用事があっただけでやましい気持ちとかはっ」
僕の顔を見ずに他のクラスメイトに遭遇したと勘違いしたらしく虚しい弁明を続ける。このままずっとその姿を見るのも面白そうではあったが流石に可哀想だったので正体を明かす
「僕ですよ、雫さん。」
「え?よ、よかったぁ…びっくりさせないでちょうだい」
士道としては寝室の前でうろちょろされていた状況の方がびっくりしたが、赤面した顔に気分を良くしたので突っ込むのはやめておいた。
「で、どうしましたか?」
「…ちょっと相談事があって」
普段とは違う弱々しさを感じ取って、何かあったと察するのは容易かった。
「ここで誰かに見つかるのは面倒です。立ち話もなんですし入って下さい」
「えぇ、ありがとう」
そう言って部屋にあげる。もちろん邪な気持ちはない。部屋は寝るか支度をするか以外で使う事はないので無駄なものは置いておらず、部屋を借りた日から何も変わっていない。
「何が、ありましたか?」
「………」
口をつぐむ。相談したい事だが、言っていいかまだ迷ってるという顔だ。覚悟を決めたようにポツポツ話し始めた
「今さっき香織が南雲くんの部屋に向かったの」
「ほう?」
おっと明日から実践訓練だというのには夜這いですかこれは由々しき事態ですね即刻明日の訓練の予定をカップル成立の祝辞に変えねば
「士道くん…あなたの考えてる事丸わかりよ?」
「…これは失礼、そしておめでとうございます」
「違うから、…香織が南雲くんがいなくなる夢を見たって言って明日の大迷宮攻略に行かないで欲しいって頼むらしいの」
「…なるほど、夢が発端とはいえ妥当な判断です。」
(出来れば他の生徒もそうしてほしいですが)
士道としてはみんなに籠っていてもらいたいがそれを教会が許すはずはない。だが非戦闘職ならば戦えないからと言い訳はつく。
「その話聞いて…私も怖くなったの戦いが」
「…それは何故?」
「香織が南雲くんがいなくなる夢を見たって聞いて死と隣り合わせって事を実感して…怖くなった、殺すのも殺されるのも」
自分自身を抱きしめて肩を震わす。恐怖は人間のもつ生存本能であり命をかける時のその恐怖は計り知れない
あぁ、雫さんはちゃんと理解していた。
言葉にできない安堵感が体を満たす。死の経験はしなくとも死ぬ可能性がある事は知っておいて欲しかった。クラスメイトの中でも申し訳ないが雫は特別だ。中学からの友達であり、いつも泣きそうな表情を隠してみなの姉貴分をしていた雫。その姿が昔の友人に似ていて遂お節介を焼いてしまった少女。
(わかってる…過去の者を今の者に重ねるのは今を生きる者への侮辱だ)
それでも思い出す。ひまわりの笑顔を
「雫さんはそれを知ってどうしたいんですか?」
「…どうしたいかって言われると分からない…」
「でも」
「理解したからには、逃げることなんて出来ない!」
「───」
強い覚悟を持った瞳を直視して確信した。
(あぁ、やっぱり似てる)
懐かしい思い出が蘇る。助けられるかも分からないような人に手を伸ばし、他人が死ぬと血縁関係者のように涙を流すあの女の子に。顔に出すすんでのところで思い出に蓋をし、雫に眼の焦点を合わせた。
「もう覚悟は出来てるじゃないですか。僕いらないじゃないですか」
「でも、逃げないことは決めたけど私にみんなを守る自信なんてないし…」
「そうですか、なら僕が半分を受け持ちます」
「え?」
予想外の答えに一瞬惚けた顔になるがすぐさまキリッとした顔つきになる
「ダメよ。あなたも護衛対象よ」
「はぁ、雫さん、もしかしてですけど今日の模擬戦って僕を守れるかどうか試したかったんですか?だとしたら実力はほぼイーブンに近いので護衛対象には入りませんよ。もっと弱き人に気を回してください」
「うっ」
呆れた顔で雫に反論をする。理解してはいるが納得はしてない顔だ
「…そうかもしれない。でもこれは私のエゴなの。守らせてほしいの、士道くん。」
「あなたが大切だから」
「───」
それはずるい
知らなければよかった。自分がここまで雫に好意を抱かれている事を、それでも
「答えはノーです」
「どうしてっ」
「理由はあなた以上に僕が命の価値を理解しているから」
芯のこもった眼差しに雫の言葉が詰まる
「僕は地球にいた頃から世界が歪に見えていました。それは今でも変わりません。…それでもあなたが側にいたから僕はその歪さを誤魔化せた。……って面倒な説明はなしです。要はあなたと同じです。知ってしまったからには無視できない。」
「そう、ね。でも」
「それもあなたと同じです。大切な人を守りたい、この気持ちはあなただけではありませんよ。なので背中は任せましたよ」
「───」
ここにきて死の事実に気づいて怯えていた自分が割れてなくなる音がした。雫は士道の底抜けの優しさに前の世界で甘えすぎた。だから返したかった。身を挺してでも彼を守ることで。だが、
「ほんと…あなたにはいつまでも叶わないわ」
「お互い様です。人のいいところを見つけるのも才能ですよ」
また甘えてしまった。でも士道縁の微笑んだ表情を見てその悩みも飛んだ
不釣り合いな鴉の鳴き声が聞こえた夜だった。