死界は異なる世界にも 作:ゴツゴツクリスタル
南雲は一部始終を捉えていた。士道縁が化け物の元にナイフ片手に突貫する。すなわち
「待って士道くん!ダメだっ!」
倒すつもりだ。どこからどう見ても無茶だ。天之川光輝の決死の1撃でさえ傷一つつかない相手に対して、あまつさえナイフ1本であの化け物に立ち向かうのは自殺行為。南雲ハジメは必死に声を荒げて静止の声をあげるが聞く耳も持たずに駆けていく。舐めるなとばかりに憤怒の咆哮でむざむざと近づいてきた敵に人と同じくらいの爪を振り下ろす
(やめっ)
「"十七等割"」
"何か"した。そうとしか言えない程士道の動きは速過ぎて捉えられなかった。1秒にも満たない時間ののち南雲は
バラバラに刻まれるベヒモスを見た。
壊せ、あの生物の魂を蹂躙しろ。心の奥で"願望"が強制してくる。上半身を錬成で埋められたベヒモスに迫る。雪崩のような瓦礫をものともせず遂に穴から這い出ようとしていた。
「スゥー…」
息は整えた。ナイフをもった右腕を身体に回して跳び込む準備をする。士道のステータスパラメータは体力、筋力、魔耐が他と比べても特に低い。それは短距離を走るアスリートに肺活量が重要じゃないのと同義で、そのステータスが士道のスタイルに重要じゃないから。士道は生粋の短距離型、それも超がつく。故に
敏捷:500
一瞬の速さに全てを賭けている。
(いけるっ)
魚雷の如きスピードで突貫する。もう目と鼻の先にまで近づき跳ぶ。いつか来る終わりに切先を向けて、線をなぞる。
切る、切る、切る。およそ十七、一切の容赦も加えず等分割した。感触はない。だが本能的に存在を殺した実感があった。
「グルぁっ?」
自分の両足の感覚が消え去る。神経が切断されるなんて生易しいものじゃない、"意義"の消滅。ベヒモスに本来存在した両足は"ない"ものとなった。
「グルァァアァアアア!」
遅れて耐えがたい激痛が走り、泣き叫ぶ赤ん坊のように瓦礫を押し退けてジタバタともがく。先程の殺気は自分の苦痛に意識を向けざるを得なくなっていた。
「よっし!」
内心でガッツポーズを取る。士道の直死の魔眼には弱点がある。死にやすい線をなぞってしまえば神であろうと殺せる強力なものではあるが、簡単な話切られなければ問題ない。要は相手の身体能力が高ければ逃げるなり、こちらのナイフを避けて殺しに行くなりすればいい。この弱点は士道が"人"だからこそ起きた問題だ。
だからこそ南雲の錬成で足を止めるという作戦は絶ベヒモスを倒す絶好の機会だった。鬼気迫る状況に陥った原因であるベヒモスさえ倒せばトラウムソルジャーに意識を完全に割ける。群れとはいえベヒモスというリーダーを失った有象無象。勇者チームならば切り抜くのは簡単だ。その上倒せば勇者チームに名声が挙がり、これからの活動において最高ランクの冒険者でもなし得なかった偉業を果たしたという肩書きができる。正に一石二鳥だった。
「すごい…」
南雲は無意識に称賛の言葉をあげた。切断ののち地面におりたとうとする士道の無駄のない華麗な動きに思わず目を奪われる。
次は心の臓を止めようと足に力を入れる。事はそう簡単に運ばなかった。
「グルァァアァアアア!」
ベヒモスが悲鳴を上げたタイミングで地面が崩れ始めた
「くっ!走りますよ南雲くん!」
「わかった!」
直死の魔眼で両足を切断されて尚その憤怒に衰えはなかった。自分の身体の異常を無視してでも殺したい相手とはもはや憎いと言っていい。撤退の意思を示して一気に駆け出した南雲と士道を追いかけようと這いずる。
それは許さないとばかりあらゆる属性の攻撃魔法が殺到した。色とりどりの魔法がベヒモスを打ち抜く。士道の"十七等割"が効いてるらしく動きは緩慢になっている。
「士道くん!!」
(雫、さんっ)
遠くから雫の心からの叫びを聞いた。自分にこれだけ好意を寄せてくれた相手からの声援に限界を超えて力が入る。あと10メートルのところまできた。
「ここを過ぎれば僕たちの勝ちですよ!南雲くn
傍で走っていた南雲ハジメに
火球が突き刺さっていた。
「な…南雲くん!!」
必死な思いで手を伸ばすが空をきる。
「士道くん!!」
雫に手を掴まれて階段に到着する。お礼をしたかったがそれよりも南雲ハジメが間に合ったかどうか後ろを見ると
崩壊した橋の瓦礫の中にベヒモスと南雲ハジメの姿があった。
「南雲くん!南雲くん!!」
飛び出そうとしている香織を雫や光輝に羽交い締めにされる。他のクラスメイト達も青褪めたり、目や口元を手で覆ったりしている。騎士団の面々も悔しそうに落ちるハジメを見ている。その中で士道はガラガラと音を立てながら崩れ落ちてゆく瓦礫のハジメをただただ見つめていた。
(僕は…何をしていた。)
質問を投げかける。当然答えなんてものは返ってこない。それでも後悔が絶たない。決めた筈だった。戦争も知らない子供に死の経験はさせない筈だと、なのに結果はこれだ。未来ある若者は自分の祖国でもない国のために実践訓練に駆り出されて奈落へと消えた。士道の瞳に異質な色はなく"人"のそれになっていた。こんなもんだと、世界はこんなにも残酷だと否応なく見せつける。
(疲れたな)
感情が冷めていく。横で雫と光輝を引き剥がそうとする香織の声も届かない。
帰りたい。ひどく妹が懐かしく感じた。まだ大迷宮は終わってはいない。それでも考えずにはいられないほど妹に会いたくなった。
「士道くん…」
「…………」
雫に視線を向けると、意識を失った香織を背中に抱えていた。
「失神させたんですか?」
「…あのままだと崖を飛び降りてでも助けに行くだろうからってメルド団長が…」
「…そうですか、やはり頼りになりますね。メルド団長は」
明らか涙跡の残った雫に対して興味無さそうに返事をする。今は雫と会話する気は起きなかったので早々に切り上げる
「皆んな!今は生き残る事だけを考えるんだ!撤退するぞ!」
光輝の宣言にノロノロと動き出すクラスメイト達。途中で襲いかかるトラウムソルジャーを斬りつけながら階段を登っていると魔法陣が描かれた大きな壁が現れた。トラップではないか確認してから扉を潜ると、そこは元の二十階層だった。
「帰ってきたの?」
「戻ったのか!」
「帰れた…帰れたヨォ……」
クラスメイト達は次々と安堵の吐息を漏らす。泣き出す生徒やへたり込む生徒もいた。光輝達ですら壁にもたれかかり今にも座り込んでしまいそうになっている。
「お前達!座り込むな!ここで気が抜けたら帰れなくなるぞ!魔物との戦闘はなるべく避けて最短距離で脱出する!ほら、もう少しだ、踏ん張れ!」
フラフラになりながら立ち上がる。騎士団員達が中心となって最小限だけ倒しながら一気に地上へ向けて突き進んだ。そしてついに一階の正面門と懐かしい気がさえする受付が見えた。今度こそ本当に安堵の表情で外に出て行く生徒達。だが一部の生徒、未だに目を覚さない香織を背負った雫や光輝、その様子を見る龍太郎、恵理、鈴、などは暗い表情だ。士道に至っては感情が抜けている。遠藤は何を考えているか全くわからない士道に声をかけられずにいた。
(こいつは南雲とベヒモスをクラスメイトが逃げ切るまで止めてくれた。そばにいたから助けられたかもしれないって考えるのは当たり前だよな…)
世界の不条理を知った一日。迷宮の外に出ると日差しが差し込んできた。途中城に向かって飛び立つ鴉が印象的だった
追記
月姫発祥
"十七等割"
直死の魔眼を駆使した暗殺術。俊敏に極ぶりしたステータスと天性の短距離スタイルから生まれた、最小限で命を絶つ士道の編み出した技。等割限定と範囲を絞る事で効果を上げている。何故17回なのかは『あなたの楽観的な姿勢が明るい"未来"を切り拓くでしょう』という皮肉を込めている