死界は異なる世界にも 作:ゴツゴツクリスタル
あの悲劇から5日が過ぎた。
南雲の死の真相は最後まで明確にされる事はなく、段々と勝手に先走った南雲のドジのせいだと現実逃避をするようになった。当たり前だ。自分の魔法で落ちたかもと考えると死人に押し付けるのが1番リスクがない。それでも死人が出たショックは大きいらしく、次は自分が死ぬかもと恐れて自室に籠る者も出てきた。籠るには至らなくともどこか暗い雰囲気を漂わせていた。
雫はクラスメイトの雰囲気に耐えきれず朝ご飯を口に掻き込んで食堂をあとにした。
廊下を歩いてると反対側の廊下から貴族の会話が聞こえてきた。内容は士道の処遇をどうするかだった。
士道はあれ以来誰にも顔を出していない。暗い雰囲気になった原因になる士道は、気を遣ってクラスメイトに姿を現さないようにしているのかはわからない。しかし、流石に4日も姿が見えないとなると教会、国としては見過ごすわけにはいかない。国を出て行ったのか、それとも国のどこかに潜んでいるのか……
どちらにしても士道の行動は怪しい。そうなると士道を勇者一行と見做していいのかどうかという話になる
(…少しでもいいから顔出しなさいよ…馬鹿)
胸がざわつく。最近の自分が可笑しいのは気づいてた。
訓練中呼ばれても上の空だったり、食べる量が少なかったり。と目に見えて雰囲気が暗い訳ではないが、やはり自分も不安なのだろう。おもに二つの理由で……
光輝には「大丈夫!俺がみんなを今度こそは守る!」と言っていたが、みんな後期に少しの疑念を持つようになってきていた。
コンコン
一室のドアをノックする。返事はない。昨日と同じで返事を待たずにドアを開ける
目の前には一つのベッドとそこで寝ている一人のクラスメイトがいた。
白崎香織。あの日から一度も目を覚まさない親友の隣にそっと座る。医者の診断では体に異常はなく、おそらく精神的ショックから心を守るため防衛措置として深い眠りについているだろうとのことだった。故に、時が経てば自然と目を覚ますと。
雫の不安要素は二つ
士道が今どうしているか、
そして香織が本当に目を覚ますのかだった。
(士道くんを今すぐ探しに行きたい…でも香織が眠っているこの状況じゃ……)
親友の手を握って無事を祈る。懸念はある。起きた時に南雲の死を理解してくれるかどうか…理解しなかったら………
不意に、握り締めた香織の手がピクッと動いた。
「!? 香織!聞こえる!?香織!」
雫が必死に呼びかけた。その声に反応してか香織の手がギュっと雫の手を握り返す。そして
香織はゆっくりと目を覚ました。
「香織!」
ベッドに身を乗り出し、目の端に涙を浮かべながら香織を見下ろす雫。香織は、しばらくボゥと焦点の合わない瞳で周囲を見渡し、やがて頭が活動を始めたのか見下ろす雫に焦点を合わせ、名前を呼んだ
「………雫ちゃん?」
「えぇ、そうよ、私よ。香織、体はどう?違和感はない?」
「う、うん、平気だよ。ちょっと怠いけど……寝てたからだろうし……」
「そうね、もう五日も眠っていたのだもの…怠くもなるわ」
体を起こそうとする香織を補助しつつ、苦笑いしながら、どれくらい眠っていたのかを伝える雫。香織はそれに反応する。反応してしまった
「五日?そんなに……どうして…私、確か迷宮に行って…それで……」
徐々に焦点の合わなくなっていく瞳を見て、マズイと感じた雫が咄嗟に話を逸らそうとする。しかし、香織が記憶を取り戻す方が早かった。
「それで………あ………南雲くんは?」
「ッ…それは」
雫は苦しげな表情でどう伝えるべきか悩む。そんな雫を見て香織は悟る。
もう南雲ハジメは……
「…嘘だよ、ね。そうでしょ?雫ちゃん。私が気絶した後、南雲くんも助かったんだよね?ね、ね?そうでしょ?ここお城の部屋だよね?皆んなで帰ってきたんだよね?南雲くんは…訓練室かな?うん、私、ちょっと行ってくるね。南雲くんにお礼言わなきゃ…だから、離して?雫ちゃん」
香織の腕を掴んで離さない。雫は悲痛な表情を浮かべながら、それでも決然と香織を見つめる
「…香織…わかっているでしょう?ここに彼はいないわ」
「やめて…」
「香織の覚えている通りよ」
「やめてよ」
「彼は…南雲くんは…」
「いや、やめてよ…やめてったら!々
「香織!彼はしんだのよ!」
「違う!死んでなんかない!絶対そんな事ない!どうしてそんかひどいこと言うの!?いくら雫ちゃんでも許せないよ!」
首を激しく振りながら何とか雫の拘束から逃れようと暴れる香織。雫はそれに応じるようにキツく抱き締める。
「はなして!はなしてよぉ!南雲くんを捜しに行かなきゃ!お願いだからぁ…絶対生きてるんだから…はなしてよぉ…」
"放して"
同じ言葉を叫びながら雫の胸に顔を埋めて泣きじゃくった。失ったものは帰らない。そんな事は誰しもが知っている。だが実際に味わった者は知ってるだけの者とは理解度が天と地ほどの差がある。香織は高校生にして本当の失う悲しみを知った
そんな親友を雫は抱きしめ続けた。少しでも傷ついた心の痛みが和らぎますようにと…
夕日が昇ってきた。香織はスンスンと鼻を鳴らしながら雫の腕の中で身じろぎした。雫が、心配そうに香織を窺う。
「香織…」
「…雫ちゃん…南雲くんは…落ちたんだね…ここにはいないんだね…」
囁くような、今にも消えそうな声で香織が呟く。雫は誤魔化さない。誤魔化したら一時的な慰めにはなっても後がもっと辛くなるだけ
(それに…親友が傷付くのは見てられない)
息を大きく吸う。それは雫なりの覚悟をもって
「そうよ」
「あの時、南雲くんは私達の魔法が当たりそうになってた…誰なの?」
「わからないわ。誰も、あの時のことは触れないようにしてる。怖いのね。もし、自分だったらって……」
「そっか」
「恨んでる?」
「わからないよ。もし誰か分かったら…恨むと思う。でも…わからないなら…その方がいいと思う。きっお、私、我慢できないの思うから……」
「そう……」
香織は俯いたままポツリポツリと会話をする。そうして真っ赤になった目をゴシゴシと拭いながら顔をあげ、雫を見つめると決然と宣言した。
「雫ちゃん、私信じないよ。南雲くんは生きてる。死んだなんて信じない」
「香織、それは…」
再び悲痛そうな表情で諭そうとする雫。しかし、香織は両手で雫の頬を包むと微笑みながら言葉を紡ぐ
「わかってる。あそこに落ちて生きてると思う方がおかしいって。……でもね、確認したわけじゃない。可能性は1%より低いけど、確認してないならゼロじゃない」
「香織…」
「私、もっと強くなるよ。それで、あんな状況でもこんどは守れるくらい強くなって、自分の目で確かめる。南雲くんのこと…雫ちゃん」
「なに?」
「力を貸してください」
「……」
見つめ返す。香織の目には狂気や現実逃避の色は見えない。真っ直ぐに純粋に信じてる。南雲の生存を……
1%ではないだけでほぼゼロに近い。あの奈落に落ちて生存を信じるなど現実逃避と断じられるのが当たり前だ。それでも……
「もちろんいいわよ。納得するまでとことん付き合うわ」
「雫ちゃん!」
香織は親友だから。そんな親友の言葉を信じてあげるのが筋だ。と…
香織は雫に抱きつき「ありがとう!」と何度も礼をいう。雫は香織の元気になった様子にホッと息をついた。すると、
「雫!香織はめざ……」
「おう、香織はどう……」
ドアが開いた。光輝と龍太郎だ。
あの日から二人の訓練も身が入ったものひなった。二人もハジメの死に思うところがあったのだろう。特に光輝は士道に無責任さを問われて殴り飛ばされたのだ。次はリーダーとしてより一層強くなろうと思うのは当然だ。ほんとに反省しているのだろうか…
それはともかく、二人の目には今にもキスを出来そうな位置まで顔を近づけて細い腰と肩に手を置き抱きしめているような状況が映っている。
そんな百合百合しい光景を前にして
「す、すまん!」
「じゃ、邪魔したな!」
撤退を図った。
雫は深々と溜息を吐くと
「さっさと戻ってきなさい!この大馬鹿ども!」
その怒号は廊下まで聞こえたらしい
「ほう…彼が勇者か。噂に違わぬ輝きだ…それが狂気に塗れたものかはさて置き…これは近いうちに面白いことになりそうだ」
剣士に追いかけらている勇者を視る。白い髪と顔の皺、年齢は大分高いだろう。屋根に昇るのは少し厳しい。
「ここからは"彼"に任せるとしよう。私の出番はない……」
男は独り言をある程度すると不意に街を見下ろす。"放牧"をしてるに過ぎない男にとって感じるものは何もない。
「期待しているよ、士道縁くん…」
瞳には禍々しい黒が渦巻いていた