死界は異なる世界にも 作:ゴツゴツクリスタル
〜〜〜オルクス大迷宮二十七層〜〜〜
肌寒い空気が漂う
高さ5メートルほどの洞窟には整備されている箇所はなく、四方八方に赤いナニカが付着していた
暗さばかりが目立つ空間に、小さな松明の明かりが輪郭を映し出した。
ザクッ
ザクッ
命の途絶える音。ピクリともしなくなったソレのはらわたを乱暴に裂くと、血が勢いよく飛び散った。顔に付着した赤い液体はベトベトしていて気色が悪い。そんなもの不快感だけで収まる。作業の邪魔にはならない。焦燥感に駆られながら、構わず猪の形をした魔物の臓物を引き摺り出す。
血の匂いが充満しする。普段ならむせかえる筈の鉄の匂いは今だけは心地よい。嗅ぐ距離が近いからか。それとも自分の精神状態が異常だからか、
考える必要はない。作業を滞りなく進める。抜き取ると薄紫色の宝石がキラキラと輝いていた。魔石だ。売ったらいい値になるであろう魔石も用は無い。臓物と共に無造作に放り投げる。
投げた先に殺した魔物が転がっていた。虚な瞳と目が合う。死に際まで何が起こったかわからなかったらしく、苦悶の表情はない。魂まで『殺した』覚えはないのできっと輪廻に送り込まれただろう。
この世界の禁忌に触れようとする不埒者を他の魔物達は隠れて眺めるだけ。襲いにかかる真似はしなかった。
ーーあの"目"
ーーあの"瞳"はヤバい
欲望のままに命を奪ってきた魔物は耳障りな頭の警報に従う。生まれた時から備わった欲望は生まれる前から備わった存在的な死への恐怖にかき消された。足を竦ませるには十分過ぎる理由だ。
-----殺される
ない筈の冷や汗を地面に垂らしながらも逃げはしない。あんな"目"を持っていても所詮は人間であり油断する瞬間がある。その隙を…
四方から伝わる殺意。それすらどうでもいい。裂いた肉を均等に魚の要領で捌きにかかる。切るのに苦労しそうな肉厚を"視る"
トプッ
沈んだ。そう勘違いさせるほどの軽さ。切った箇所は波紋すら浮かばない。線を意識するだけで自然と"死んでいく"。感触のなさに手を離したらそのまま沈みそうな気がした。
捌き終わった肉を地上から持ってきた藁に火をつけかざす。10分くらいを過ぎると生焼けは無くなっていた。魔物達が傍観を続ける中、肉を鼻に近付ける。今は酷い匂いすら愛おしい。そして
食べた
何度か硬い肉を噛む。
「ッッ!」
マズイ。口に広がるドブの匂いが鼻を伝って脳を突き刺す。酷い匂いもさることながら焼いた後まで吐くほどの不味さは理解を超えている。それも、食感は牛肉みたいなのに反して、腐った卵と泥をミックスさせて煮詰めたような味。全く意味がわからない。
「ーーぐッ!-----んぐッ」
本来ならこの時点で吐瀉物として廃棄される肉を無理やり飲み込む。安堵が強張っていた士道の筋肉を一時的にに和らげる。なんだ、飲み込んだらあとは消化されるだけだ、と
「ーーーあッ……がぁっァァァァァァァォァァァァ!!」
束の間、全身に激しい痛みが全身を駆け巡る。つま先から頭まであらゆる部位の神経の悲鳴が脳に伝播する。それは士道の魔眼の過負荷による頭痛以上の効能だ。少しでも気を抜いたら意識が飛ばされる。口からよくわからない泡を出して倒れるような形で疼くまる。
「ぎぃぃあぁっ!はぁっはぁっ、や…めろ……流石に、それは……死ぬからっ…」
ドックンと肉体が脈動を始めた。焦点の合わない瞳で自分の体を『視る』。埋め尽くすほどの線の多さは死に体への警告なのか…このままいけば、変質した魔物の魔力は人の身体を例外なく侵食していき、やがて崩壊するに至る。それ以前に
『替わる』、そう思わせるだけの存在を自分の内側から感じ取った。ソレに替われば変質した魔物の魔力に適応するのは容易だろう。代償として今いる自我は消える。そうなれば…
「はぁはぁはぁっ!ーーーうっ、おうぇぇぇ…」
あり得る未来への恐怖から、口内に思い切り指を突っ込む。喉に侵入した異物をなんとかしようと胃を躍動させる。その過程で肉は通った道を戻ってきた。吐き出すと同時に肉体の脈動と、ナニカの存在は綺麗さっぱり消え失せた。まだ自分でいられた安心感と魔物肉を食べれなかった無念が同時に押し寄せる。
「……………ははっ…まぁ、そんな都合のいい話…ないですよね…」
乾いた笑いが洞窟に響く。隠れていた魔物達も士道の弱った姿を好機と見たのか、一斉に襲いにかかる。
「キキッ!」
「ルガァァァァァァ!!」
「……遅かったですね」
油断した。そう勘違いした魔物は一気呵成にたたみかけてくる。冷静に魔物の特徴を把握してから姿勢を低く保つ。魔物達の表情は勝ち気であり、弱った相手に多対一で負ける道理はない。
はずだった
『限界が来た』『死んだ』『終わった』
どれとも取れる赤黒い線は例外なく魔物の身に沈んだ。極限まで抑えた気配は魔物達にとって目の前から消えたように感じた。状況を理解できないまま5、6個の頭が宙に投げ出される。そこまで倒されてようやく魔物達に再び警報が鳴る。さっきの一方的な視線とは違う。赤黒い瞳と目が合う。理性を保ったまま直死の魔眼と視線を合わせるのは自殺行為に等しい。
それは『死』そのものだから。
蜂、蟷螂、狼…多種多様な形をした魔物達がとった手段は同じだった。一歩、また一歩と足を後方へと運び、一目散に背を向けて走った
「…………」
戦意喪失した敵をわざわざ追うメリットはない。背中を向けた魔物を暫く眺め、なんとなく周辺に目を向ける。辺り一体血の海。肉の破片が床だけでなく壁や天井にまでかかっていた。地獄、そう地獄だ。この光景は
血の海……
アスファルトに散った赤いペンキ
意識を失う前に映った
トラックの下敷きになっ
(…帰りましょう、愛子ちゃんが僕を血眼になって探してるでしょうし…)
嫌な記憶にまた蓋をする。心が壊れないために士道が無意識に発動させた防衛反応は何度目になるかわからない思考の放棄を望んだ。
士道が今いる場所、大迷宮二十七層。
比較的魔物が強く、上級冒険者でさえ足を運ぶのを躊躇う階層。ここならば人に見られる事なく、当初の目的を達成できる場所と踏んだが、それも失敗に終わってしまった。
この三日間飲まず食わずで迷宮に篭って魔物を狩るだけの生活をしていた。理由は南雲ハジメと出来るだけ状況を同じにするため。
南雲ハジメが奈落の底に落ちて、奇跡的に助かった場合食料をどう調達するのか。なかった場合いつまで生きられるのか…似たような状況で魔物が食べれれば生きてる可能性があるのではと考えた。
結果は惨敗。階層ごとにいる魔物は予想通り食べたら死にかけた。更にたった三日間で飢餓で狂いそうになった。二十七階層でこの様だ。深層で生きてる望みは無い。
わかっていた事だ。南雲ハジメが生きてる可能性がないことぐらい。それでも一縷の望みにかけた。
望む権利は自分に残っていないと知りながら…
「ごめんなさい…」
明かりが地面を照らす。大迷宮を彷徨っていた自分にはちと眩し過ぎる。迷宮を出て少し歩くと活気に満ち溢れた街道が見えてきた。
肉屋が大声でお客を呼び込む姿があれば、店の外に飾ってある武器を興味深く凝視する冒険者パーティーがある。笑顔は太陽以上に眩しくて直視できない。
(いや…くよくよしても仕方ない…まだ守らなければならないクラスメイトはいるんです。シャキっとしなければ…)
両頬を叩いて無理やり喝を入れる。勇者パーティーとしてこれからもやっていくのであれば、大迷宮での事故は考えないようにする。一度心を落ち着けて城へ帰ろうとする。
グゴォォォォォォォォ…
「とりあえず腹の虫を治めないとですね…」
まだお腹の音が鳴っただけ健康なのだろう。周りの視線を気にしないようにして、とりあえず適当に多量に食べれる店を探す。
一通り街道を歩くとなんだかオシャレな居酒屋の雰囲気を感じ取った。ドアの前に吊るしてあった看板には『メメント』と書いてある。少しの既視感を覚えつつも空腹からすぐにどうでも良くなる。
(いい匂い…)
店に足を踏み入れると喧騒とジュウジュウと新鮮な肉が焼けるいい音が聞こえてきた。息を吸うと香ばしい匂いが鼻を刺激して、涎が垂れそうになる。立っていても仕方ないので席につく。量が多そうな食べ物を大量に注文する。最中、頬をひきつかせながらも注文を承ってくれた看板娘には感謝しかない。
想像してみてほしい。頬と体の骨まで見えそうな痩せこけた奴が店に入ってきて早々ガリガリな身に入らない量の料理を注文する…
自分だったら真っ先に医者を呼ぶ。
だが今目立つのは避けたい。目立って勇者一行に見つかりたくないから。クラスメイトの二人を殴って士気を下げて、次の日置き手紙もなしに飛び出してきた……そんな勝手をしておいて、何食わぬ顔で「やぁ!ちょっと迷宮行ってた!」だなんて言えるわけがない。
そんな訳でクラスメイトと合わす顔が一切ない。
(勇気が100%になったら自分から顔を出そう)
未来の自分に責任を丸投げしてると料理が運ばれてきた。運んできた店員さんにお礼を言って三日分の空腹を満たしにかかる。もう我慢ならないとばかりに手を合わせる
「では…いただきます!」
「ほほう、お前って案外ガッツリした肉料理が好みなんだなぁ」
「えぇまぁ、三日間何も食べてなければ流石に肉が恋しくなるもので……」
(ん?)
背後から最近聞き慣れていた声がかかった。恐る恐る椅子越しに振り返ると
「よぉ!三日ぶりだなぁシドー…」
額に青筋を立てて佇むメルド団長がいた。
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