今回投稿した話で出てくる衛士の二人(村田、加藤)は「欧州さん」が作製した動画に出てきた二人になります。
一九九八年一〇月一八日 〇八時五四分
帝国陸軍練馬駐屯地 第一戦術機甲連隊第三中隊作戦室
一〇〇〇年を超える歴史を持つ旧帝都・京都を失った日本帝国の新たなる帝都は、昔は江戸、今は東京都と呼ばれる巨大都市。
東京はBETAによるユーラシア陥落以前から、万が一の帝都機能移転を考えられて都市整備が進んできた巨大都市である。
第二次世界大戦後は、古くから発展してきたため土地の余裕がない関西と違い、さして開発されていなかった関東平野に新興企業が次々に進出。
東京に一大経済圏を作り出すに至った。
その新たなる帝都・東京を守護する帝国陸軍第一師団の中核部隊の一つ、精鋭と名高い第一戦術機甲連隊が駐屯することになった帝国陸軍練馬駐屯地。
その一角にある第一戦術機甲連隊第三中隊の作戦会議室。
照明を落としカーテンを閉め切った比較的広くて殺風景な会議室。
そこに中隊の衛士一二名と同伴する整備中隊からの派遣隊一二名、本部要員六名の合計三〇名が帝国陸軍の戦闘服に身を包みながらパイプ椅子に腰を下ろし、スクリーンに投影される様々な時程表等を見ていた。
静かな熱気が籠もる室内に作戦説明や連絡事項が響くたびに各人が必要事項を手持ちのメモ帳等に記入していく。
先ほどまで喋っていた本部要員が食事や宿営場所等の各種伝達事項を言い終わると、マイクとスクリーンを照らす赤外線ポインターを力強い眼差しが印象的な女性士官に手渡した。
ここから作戦会議を進めるのは副中隊長兼第二小隊長の柏葉中尉。
女性にしてはかなりの長身、乱雑に後ろで編み上げた長い黒髪、キリッとしてどちらかと言えば太めの眉毛とはっきりとした口元。
女性特有のよく通る甲高い声に強い意志を感じさせる瞳。
どこかの女性秘書のような顔立ちながら、その言動はアグレッシブ――ある意味、ガラが悪いとも言える――そのもの。
スタイルもそれほど悪くないが、強化装備を着込むと目立つのは綺麗なほどに割れた腹筋。
手足も一見細く見えるとはいえ、それは鍛え上げて筋肉が引き締まった結果。
戦うために自ら鍛え上げたとはいえ、近頃は風呂場の姿見で見る己の身体に幻滅する二四歳。
ただ今、彼氏募集中。
その彼女の声がまた狭い会議室に響く。
「――今回の任務は新潟、群馬、長野を守る第一二師団隷下第四八戦術機甲連隊への増援。これは我が連隊が中隊規模のローテイションで、当分の間受け持つことになる予定の任務だ。細かい日程は不明だが、少なくとも、工場から新品の不知火が連隊に納入され、再編成が完了する一一月半ばまでは続く。なお、ワンローテ一週間の予定」
そう言ってから手元のキーボードを叩き、スクリーンに映る時程表を作戦図に切り替えた。
フルカラーの衛星写真上に各種記号が踊る。
そこに映るのは、上は日本海に浮かぶ佐渡――“HIVE21佐渡島ハイヴ”――から、下は横須賀まで。
左は静岡から、右は千葉までの広大な地域。
地図に幾つかある赤い丸印の上には“BETA”と記載されている今現在確認されているBETA群であり、そのサイズでBETAの規模を表している。
地図上に映る巨大な赤い丸印は三つ。
佐渡島ハイヴを表す一つと、関東に向けて東海道を東進中の二つ。
特に関東を目指していると思われるBETA群の規模は軍団以上であり、実数は測定不能。
もはや推定値しか出てこない有様である。
柏葉中尉は東海道のBETA群を示す赤丸を右手で持つ赤外線ポインターで指すと、言葉を続けた。
「この二つのBETA群の今現在、進行速度が大幅に低下している。この群れに対しては富士山麓に展開している第三師団と太平洋に展開している海軍の第一・第二艦隊、米海軍第七艦隊が間引き作戦を実行中。砲撃戦主体の為、大きな戦果は見込めないが着実に間引きしている。その間に増強第一工兵団が箱根防衛線を二四時間体勢の突貫工事で構築中、今現在約四〇%の進捗状況だ」
「ふ~ん……」
椅子にだらしなく腰掛けた若い男が誰に言うでもなく呟いた一言が静かな会議室に響く。
それをミーティングに対する興味が無いという、あからさまな侮蔑と感じた柏葉が声を荒げて声の主を睨んだ。
「――加藤中尉! 黙って聞け!」
「お~、怖い怖い」
柏葉に怒鳴られた男――加藤祐介はおどけながら首をすくめて口笛を吹く。
男としては長髪の部類に入るボサボサの髪。
いつも絶やさないようにしている女性向けの笑顔。
中背中肉ながら、しっかりと鍛えてある肉体。
何よりも特徴的なのは、誰が見ても感じる、遊び好きだと全身から醸し出す雰囲気。
人をおちょくり笑うことと、ナンパとセックスが大好きな二三歳。
だが、その双眸の奥に隠されているものは得も言えぬ狂気。
死体で埋め尽くされた戦場で戦術機を駆り、BETAを殺して遊ぶ、
不謹慎極まりない帝国陸軍衛士。
彼をよく知る者たちは皆『破廉恥』『クレイジー』と言い表す。
彼は柏葉と同階級の後輩であり、旧帝都・京都で一ヶ月以上に渡り繰り広げられた京都防衛戦をも生き抜いた猛者。
そして、この帝国陸軍第一戦術機甲連隊第三中隊第三小隊長でもあった。
「……だったら、最初から黙ってろ」
「はいはい。Yes Sir! Mam、Mam!」
加藤が喋れもしない英語で適当に応じる。
その上、戯けているくせに敬礼までして生真面目そうな表情だけを作る。
半ば呆れ、半ば苦虫を噛み潰したように、遣りづらくて堪らないといった風情で柏葉が小さく呻く。
が、加藤は全く意に介さず。
二人の遣り取りで、会議室を満たす皆の控えめな笑い。
作戦説明の厳格さはどこへ行ったのかという雰囲気。
今月始めに北海道から転属してきたばかりの柏葉にとっては本当に遣りづらい相手である。
彼女よりも実戦経験が桁違いに多く、同じ小隊長である加藤の扱いは本当に困る。
無論、加藤が柏葉よりも実戦経験豊富ながら序列・役職が低いのは、日頃の言動に対する正当な評価故に、である。
それよりも質が悪いことに、加藤の行動にはほとんど悪意がない。
ただ、重苦しい雰囲気が嫌いだからと、大した考えも無しやっているというだけだ。
しかも、中隊生え抜きの衛士だから、連隊ではこれで普通の状態だと思われている。
柏葉は助けを求めるようにチラリと中隊長を見た。
だが、中隊長は腕組みをしたまま、無言で先を促した。
加藤を注意せず、柏葉も助けない。
一人でやれ。と、突き放す。
(……どうして何も注意しないのよ……)
ちょっと失望にも似た気持ちが広がるが、同時に自分が今も試されているということを思い出す。
彼女はまだこの中隊で確たる実力を示していない。
「――私語は厳に慎むように!」
柏葉が加藤をキッと睨み付けて念を押す。
「了解~」
再び加藤が肩を竦めて答える。
その仕草が癇に障るが、ぐっと我慢。
彼女は無言でキーボードを壊れそうな勢いで叩き、スクリーンに映る画面を切り替えた。
「四八戦機甲は妙高高原防衛線における決戦戦力ではあるが、損耗著しく実働は二個大隊強という状況だ。それを補うための我が中隊の派遣であり、我々は同連隊の予備兵力として長野県飯山に展開する」
そう言いつつ、彼女は分かり易いようにとまず地図上の新潟県上越市――戦国時代、自らを毘沙門天の生まれ変わりと公言した事で名高い武将の有名な城下町である高田をポインターで示し、それからさらに南に位置する妙高山の麓にある関山演習場を示した。
「言うまでもないが、妙高高原防衛線は日本海側にいるBETAの関東侵攻を防ぐ重要防衛拠点の一つだ。任務の概要だが、まず、第一段階として囮専任の戦術機部隊が関山演習場とその向かい側にある高床山に構築されたKZ《キルゾーン》にBETA群を誘い込む。ここで第一三機械化歩兵連隊を主力に第一五六歩兵連隊、第一五七歩兵連隊と第一二戦車連隊隷下の二個戦車中隊で攻撃。またこの二カ所は地下陣地化されており、ここで可能な限りBETAを――特に小型種を足止めする」
「うっわ~。二千人がただの消耗品かよ」
誰もが言いかねる事実を、加藤が明確に呟く。
そう。小型種を帝国陸軍が望む場所に足止めするために、関山演習場と高床山に地下陣地を構築し、三個歩兵連隊を貼り付ける。
彼らは大型種が踏みつけようとすれば地下に潜り、張り巡らした地下トンネルから這い出て小型種と戦い続けるのだ。
BETAとて、自らを殺そうとする者には攻撃してくる。
そうすれば、侵攻してきたBETA小型種は関山陣地と高床山陣地およびその周辺の陣地で足が止まり、徴兵された人々と戦う。
正に、身を挺しての足止め。
命が続く限り機能する時間稼ぎ。
それが彼らの任務。
三桁の番号を持つ連隊と師団はその大半が徴兵された人々で編成されている。
当たり前ではあるが、職業軍人だけで構成された部隊と比べれば、戦力として比較にならない。
生き残る能力も、戦う能力も何もかも劣る。
その彼らを前面に押し出して、BETAの勢いと数を削ろうというのだ。
BETAの骸と共に、徴兵された人々の死体が折り重なることは目に見えている。
この損害を前提とした上での関東防衛計画。
柏葉もその事実に胸が痛むが、今は無視する。
小型種――特に戦車級を関山と高床山で足止めしようとする理由は、自分たち戦術機部隊の損害を最小限に抑えるために採用されている戦法だからだ。
捨て駒になるときは自分たちにも差はない。
あるのは、切り捨てられる可能性の大小だけだと割り切ろうとする。
「次に第二段階として、進撃速度が落ちたBETA群を野尻湖周辺に展開する砲兵部隊と戦闘ヘリ部隊で打撃を与え、それでも突破してくるBETA群は上信越道沿いに構築された数線の防御陣地で可能な限り撃破。その間に我々を含めた増強第四八戦術機甲連隊団が周囲の
そこまで言って、柏葉は一同を眺めた。
「細部に関しては、現地での補足命令により補完する。他に何か質問はあるか?」
「はいはい! は~い!」
わざとらしい声音と、白々しいまでの加藤の挙手。
うんざりしたような表情を露骨に作ってから、柏葉が睨む。
蛙の面に小便と言わんばかりの加藤が笑顔のまま挙手し続ける。
きっかり三秒後、渋々と柏葉は発言の許可を与えた。
「加藤中尉、どうぞ」
「飯山に混浴温泉はありますか?」
「は?」
思わず柏葉の思考が止まった。
自らの耳を疑う。
当然そんな柏葉の心理など、加藤には関係ない。
「いや~、せっかく近くに温泉あるんだからさ、楽しまなきゃ損じゃね。田舎でナンパなんて出来そうにないし……いやいや。待てよ。今なら女子高生だった学徒兵をナンパすりゃいいか? ん~、近くに駐屯地無いからやっぱり無理だ。結局、混浴しかないなぁ」
呆然とする柏葉を無視し、一人勝手に喋りまくる加藤に同僚から冷やかしのヤジと罵声が飛ぶ。
「お前のナンパに引っ掛かるのは婆さんか、小学生だけだろ!」
「なんだ、それ! お前のセンズリネタなんぞ、言うじゃねぇよ! 気色悪い!」
「うっせい! 俺の下半身に女はみんなメロメロになるんだよ!」
「――黙れ! 犯罪者!」
柏葉の罵声と共に投げ付けられた赤外線ポインターを、口笛と共に加藤が軽やかに躱す。
その挑発的行為により、さらに怒髪天を突く。
激情のまま、柏葉が怒鳴った。
「このセクハラ変態野郎! テメェのイチモツ、切り落とすぞ!」
思わず、地が出た。
彼女としてはたった二週間とはいえ、今までしっかりと隠してきた本性だけにハッとなって口を噤み、口元を手で覆い隠した。
が、驚いた者は誰も居らず、加藤に至っては上機嫌だ。
「Oh! Yeah! 中尉のお口で息子が噛み千切られるなんて、もう、サイコー!! やべっ! 想像したら、勃起してきた! うひょほ~~~いっ!」
微妙に妄想を交えた加藤が腰を突き出し、フラダンスの様に腰を回す。
柏葉は何も言わずに全身全霊最速最小のモーションで右手に持ったマイクを、その邪悪な股間目掛けて投擲。
これも口笛と共にひょいと躱される。
投擲されたマイクはそのまま壁に当たって塵一つ無い床にコロコロと転がった。
「女の敵め! 絶対にセクハラで憲兵隊に突き出してやる!」
「ん~~~っん! 怒った顔もせ・く・しぃ~~いぃ!」
唸り声を上げて睨み付ける柏葉と、奇声を上げて腰を振り続ける加藤。
笑いと罵声とヤジが溢れ始める会議室。
もはや何のために集まっているか分からない状況で、一人の男が音もなく立ち上がった。
この騒ぎの中で一言も発せずにただ立ち上がっただけの男に、真っ先に気が付いたのはなんと騒ぎの元凶たる加藤祐介。
その彼が大げさな動作で黒い戦闘靴の踵を派手に打ち鳴らすと、背筋を伸ばして直立不動の姿勢を取った。
加藤の行動が意味するところを察して柏葉以外の全員が――つまり、その男と生死を共にした経験がある者たち全員が口を閉じ、視線をただ一人に向けた。
号令も無く、ただの一瞬で部屋が静まる。
柏葉にとってはあり得ないような変化で、異様としか感じられない空気。
その為だろう。
彼女はぎこちなく後ろ――加藤の視線の先に目を向けた。
全員の視線が彼らの長に集中する。
男の容姿はある意味、とても特徴的だった。
三〇代半ばとはとても思えぬ程に隆起した筋肉を纏った体躯。
いかなる高Gにも耐えられるようにと鍛え上げた太い首。
太い眉毛にがっしりした顎。
何もかも睨むだけで縫い付けるような鋭い視線を放つ双眸に、達磨の如き面相。
帝国陸軍第一戦術機甲連隊第三中隊長 帝国陸軍大尉 村田延英。
二九人がその一手一挙動の全てを注視する中、その男は何事もなかったように会議室の中央を目指してゆっくりと歩く。
まるでそれに合わせるように、誰かが照明を付け、スクリーンのスイッチを切った。
その村田が歩きながら柏葉に声を掛ける。
「柏葉、力むな。最初から地を出しておけ。戦場では化けの皮なぞ、厚化粧よりも早く落ちる」
「――~~~~っ!!」
事も無げに自分の本質を見抜かれていたことを知り、柏葉は心の中で地団駄を踏んだ。
――こんな場所で厚化粧なんて言わないでよ!
顔が真っ赤になったことを頬の熱で知った。
「加藤、からかうのも程々にせい。戯れが過ぎるぞ」
「Yes、Boss!」
眼光鋭く注意する村田に加藤がまたも喋れもしない英語で答える。
が、柏葉の時と違い、その口調に明瞭なまでの真剣味が籠もる。
「ですが、楽しくなった。とは思います」
「――ふっ。確かにな」
お互いに口元を歪めた。
それに気付いた柏葉は、今度は悔しさで真っ赤になって歯ぎしりした。
結局、加藤は自分を見くびっているから大人しくしていないのだ。
そう思うと腹の底が怒りで煮えくりかえる。
副中隊長という役職を軽視するな! ――と、いきり立つ。
村田はいつものように背筋を伸ばし、部下達に正対する。
その佇まいと仕草は見る者に武士を否応なしに連想させる。
彼にはそれだけの覚悟と信念があった。
「皆、遺書は書いてあるな?」
「「「はい!」」」「「「ハッ!」」」
部下からの様々な返事を聞きながら、村田は部下一人一人の目に視線を向ける。
「死に仕度はよいな?」
「「「はい!」」」「「「ハッ!」」」
遺書のみならず、形見分けや私物の整理まで既に出来ているかと彼は問う。
同じように部下達が答える中、柏葉一人だけが言い表せぬ疎外感を感じる。
彼女はただ周囲に流されるように返事した。
「死ぬ覚悟は出来たか?」
柏葉だけが応えを返せない中、皆が「「「おう!」」」「「「はい!」」」「「「ハッ!」」」と雄叫びのように仲間たちが問い掛けに応じる。
彼女にはまだ分からない。
村田が問い掛ける、その真意を理解できない。
無闇に死を恐れ、己だけがと逃げだす事こそが、仲間の死と人類の敗北を近付け、最終的に自分自身の死を呼び込むことを理解していない。
だから、彼女だけはどうしても返事が出来なかった。
「――ならば、予定通りに本日一八〇〇練馬駐屯地より飯山に向け前進する」
言葉を切り、村田は今一度部下全員に視線を巡らした。
己の覚悟を示し、それが部下に伝わるようにと、腹の底から声を響かす。
「儂の要望事項はただ一つ。“死力を尽くせ”。護るべきものを失ってから悔やむのであれば、
「――き、気を付け!」
村田の言葉に一瞬とはいえ我を忘れた柏葉が慌てて号令を掛けると、二八名の部下が一斉に椅子から立ち上がり、直立不動の姿勢を取った。
「敬礼!」
再び柏葉の号令で、村田と加藤たちがお互いに敬礼を交わす。
満足げな村田が無言で退室し、加藤たちが気合いを込めた雄叫びを上げる。
その中で、柏葉だけが感じる疎外感。
一九九八年一〇月一八日 〇九時三〇分。
帝国陸軍第一戦術機甲連隊第三中隊、行動開始。