一九九八年一〇月一八日 〇九時四一分
帝国陸軍相馬原駐屯地 第二機械化歩兵連隊第三教場
第二機械化歩兵連隊第三中隊第三小隊第一班の九名
教場というものはどこにでもあるもので、基本的な作りはどこも変わらない。
それが軍隊にあろうと、大学にあろうと、会社の研修棟にあろうと、だ。
要は、教える側が必要な黒板やホワイトボードなどの筆記内容や教育内容を掲示する道具があり、教えられる側が筆記しやすいように椅子と机があれば、ほとんど事足りる。
そして、教育に集中させるために余計なものが何も無い部屋は、必然的に殺風景になると相場が決まっている。
帝国陸軍の教場もそういう風に作ってある。
第二班集中訓練四日目。
本日最初の訓練は座学――学校と同じように主に室内での学習となった。
内容は『強化外骨格概略』。講師は樽木三等軍曹である。
一々黒板に細々と書くのは手間と時間が掛かるのでプロジェクターを使用する。赤外線ポインターを利用し、映し出されている写真を示しながら説明を加えていく。
そして今、画面に映っているのは彼らに配備されている八九式機械化歩兵装甲陸戦型である。
「――で、今までの訓練で既に体感したように、強化外骨格は装着者の動きをPowered Master Slave 方式、まぁ、略してPMS方式と呼ばれる方法でそのままトレースする。補助として間接思考制御や音声入力等があるが、基本的には自分で動かしたとおりにスレイヴ・モジュール――つまり、強化外骨格の手足が動くようになっている」
そこまで言って、樽木は椅子に座り講義を聴いている面々をさり気なく観察した。
今にも寝てしまいそうに船を漕いでいるのは、昨日千葉に殴られた左瞼の傷が目立つ東野と、まだうっすらと目の下にクマが残る胡桃沢。
やる気がない男と、体力がない男のコンビ。
うつらうつらしながらも頑張ってメモを取っているのは、口元に絆創膏を貼った三輪と、東野と同じように左瞼に殴られた笠原。
聞いたこともない言葉に頓珍漢な表情を浮かべているのは、何故か今日は機嫌が良い真木野と物凄く眠たそうな高井。
やる気はあるのだろうけど、どこまで理解出来ているのか分からないのが、千葉に殴られ左頬に湿布を貼り付けた坂上。
機械関係だからか、一番興味津々で目を輝かせているのが田淵。
各々、かなり特徴的である。
さらに観察すれば、座っている席の組み合わせにも人間関係が見て取れる。
一つの長机に二名座っているのだが、席順に関しては自由にさせた。
指示したことは前に詰めて、二人一組で座っておけと言うことだけだ。
最前列真ん中に陣取っているのは、坂上と笠原。
坂上は分別ある大人として千葉や樽木がいないときの班を纏めているし、笠原は持ち前の体力と熱意でほとんどの面で皆の先頭に立っている。
彼らが前に座ることはもはやお約束に近い。
真面目コンビの右隣の机に座るのは、真木野と高井。
この二人は出会って直ぐに打ち解けたようで、訓練中も訓練外も一緒に行動していることが多い。
よって、この組み合わせはよく見る。
その女性ペアの後ろに座るのは、三輪と胡桃沢。
この二人は別に仲が良いというわけではない。
三輪は女性陣として真木野と高井の近くにいるだけだし、胡桃沢も席が空いていたから程度の理由しかない。
私語も無く、静かなペアである。
最後は真面目コンビの左隣に座るでこぼこコンビ、東野と田淵。
昨夜、殴り合って笠原との
東野と田淵の関係を的確に言い表すならば舎弟関係。
出会って一週間程度のはずだが、その関係だけは誰が見ても分かるほどはっきりしていた。
この関係に田淵は不満がないらしい。
東野としても満足なのだろう。
それほど邪険にしている様子も、苛めている様子もない。
そして皆からの距離が、そのまま東野と仲間達との心の距離なのだろう。
そのように分析している樽木も、東野が会話する相手は舎弟の田淵とまとめ役の坂上しか見ていない。
東野は、笠原とは本気で殴り合うほど仲が悪いし、女性陣は言動が粗暴なため近付きたがらない。
他人との係わり合いを嫌う胡桃沢が東野に話しかけるわけもなく、東野自身も自ら人の輪の中に入ろうとしない。
かと言って、派閥を作るわけでもない。
彼はあくまでも一匹狼気取りである。
――まぁ、どうでも良いけどよ。
と、言うのが樽木の本音だ。
この座学の半分は休憩時間のようなものだ。
負荷を掛け過ぎて、班員達が壊れないようにと昨日の深夜に訓練内容を変更している。
本来ならば、朝の四時に非常呼集訓練をする予定であったが、班員達の疲労が溜まりすぎていると判断して中止した。
昨日まで風邪気味だった者や目の下にクマが出来ていた者たちも、体調が悪化しているような気配はない。
消灯ラッパと同時に寝た者は丸々七時間は寝れたはずで、それなりに体力は回復しているようである。
「俺たちが使う強化外骨格は正式には八九式機械化歩兵装甲陸戦型と呼ばれるものだ。略称は
(そんなんじゃ、どうしようもないよな……)
と、胡桃沢が疲労と眠気でぼんやりした意識でそう愚痴る。
「元々は衛士たちが緊急脱出の際に使用する八九式機械化歩兵装甲の陸戦型に日本独自の改造をしたもので、全身を覆う複合装甲の追加とそれに伴う出力強化、各種兵装の
もう一度、生徒である八人を見る。
高井と目が合うが、彼女は目をぱちくりとさせるだけ。
完全に言っていることが理解出来ていない様子で、隣の真木野は“お手上げ”というジェスチャーをこっそりと示した。
とりあえず、授業を進める。彼女たちには悪いが懇切丁寧に説明する時間は無い。
樽木は画面を切り替え、全身に様々な兵器を取り付けたハリネズミのような強化外骨格を映し出した。
「この写真は、例えるならバーゲンセールで商品を買い漁ったおばさんのようなもので、実戦でこんなに沢山の種類の武器を付けたりはしない。部隊内で役割分担をしているので多くても三~四個というところだ。サイズさえ合えば、ほとんどの車載火器・携行火器を使用できるが、標準的には一二,七ミリ弾を使用した重機関銃を携行または腕に取り付ける。肩部にも取り付けられるが射角の関係で素人にはお勧めは出来ないな。七,六二ミリ弾使用の汎用機関銃を腕部等に着ける場合もあるが、これはもう、BETAとの
三輪が必死にメモを取っている。が、理系の知識も兵器の知識もないから、その運用のレベルまでを理解するには至らない。
「対大型種用に一一〇ミリ個人携帯対戦車弾――通称LAMや、八四ミリ無反動砲――通称84RRを肩に付けたり、専用アタッチメントを砲本体に取り付けることにより腕部マニピュレーターでも射撃可能だ。他にもTOW対戦車ミサイルや八七式対戦車ミサイルを両肩に取り付けることも出来るが、これも各々専用のアタッチメントが必要になる。また一気に制圧する際に多用される四連装四〇ミリ
スクリーンに穴が空くほど見ている田淵だが、その彼を見ながらも、射撃の腕を考えると持たすことは出来ないなぁ……と樽木は漠然と考えつつ、スクリーンに映る写真を切り替える。
切り替わった画面に映る武器の古めかしさに、坂上が驚きの表情を、真木野は呆れたような表情を浮かべた。
画面に映った複数の強化外骨格が手にしているのは長さ二メートルほどのスーパーカーボン製の日本刀や戦斧や戦槌、さらには長さ三メートルほどの槍だ。
「次に格闘戦用武器だが、まぁ、見ての通り、戦国時代と変わらない。BETAを斬って、突いて、殴って、殺す武器だ。長刀、短刀、槍、斧、金槌、棍棒、何でも御座れだ。少し特殊なものとして――」
そう言ってまた画面を切り替えると、今度の強化外骨格には右前腕部に
その右腕を赤外線ポインターで示しながら、樽木の説明が続く。
「この
(……へぇ、俺向きじゃねぇか……)
積極的に頑張る気もないので口には出さないがBETAを殴り殺す武器があると知り、東野は内心喜んだ。
ここに来る前はただの歩兵だったので、BETAとの近距離戦闘はただの自殺行為に過ぎなかった。
だが今度は思いっ切り殴り殺せるかと思うと、それだけでもスカッと出来そうだ。
「――さて、ここで注目ッ!」
樽木は急に大きな声を張り上げ、両手をパンパンと打ち鳴らして、部下達の眠気を吹き飛ばした。
幾度となく繰り返された千葉の暴力指導のお陰か――躾けられた犬のように皆が樽木に注目する。
「ここまで聞けば、良いこと尽くめのような強化外骨格だが弱点も多い。お前達の生死に直結するから、耳の穴をよくかっぽじって聞きやがれ!」
自分の生死に直結するとまで言われれば、東野とて眠気が吹き飛ぶ。
姿勢を改め、樽木の言葉に集中する。
「構造上、どうしようもないことだが強化外骨格には人間の腹筋に相当する
思いもよらない弱点に笠原が天を仰いだ。
(欠陥兵器じゃないか……)
流石に口にはしなかったが、そう思った。
「次に、腕部スレイヴより内側にBETAを近付けるな! これも構造上致し方のないことだけども、装着者の腕の運動空間を確保し、生身の腕を腕部スレイヴで潰さないように、一定角度以上内側には動かない。まぁ、人間で言えば――」
そう言って樽木は、皆が理解しやすい様に自分の両肩を両腕で抱きしめるような姿勢を取った。
「今、俺がしているように右手で左肩を、左手で右肩を触りながら腕を組み、そのまま脇を締めることが出来ない。強化外骨格でこの動作をそのまま行った場合、腕部スレイヴが生身の腕を押し潰してしまう。万が一、この動作を行った場合、安全装置が働いてロックが掛かる。このためBETAを裸締めとか鯖折り等の絞め技で括り殺すことがほぼ出来ない。よって、基本的にBETAとの格闘戦は殴り合いが基本になる」
樽木が言う技の意味が分からず女性陣と坂上は理解不可能な状態であったが、東野と笠原はよく分かったという表情を浮かべた。
「何よりも腕部スレイヴより内側に入り込まれた場合、かなりの高確率で生身の腕が喰い千切られる。操作方法がPMS方式である以上、装着者の腕まで装甲で覆い尽くすことが出来ないからだ。腕部スレイヴの内側に入り込まれた際のBETAの排除は膝蹴りが基本だ。忘れるなよ。今、俺が言っているのは何千何万と死んだ人たちが、俺たちに残してくれた戦訓そのものだからな」
田淵が樽木の言葉の重みを感じて、ゴクリと唾を飲み込む。
無口になった生徒を無視して、樽木の説明は続く。
「お前達に格闘技経験者が居らず、また訓練する時間も十分に無い。よって、お前達が使う武器はこちらで指定した。今後はそれらの武器を集中的に使用して訓練を行う」
誰も抗議の声を上げない。不服そうなのは東野と笠原だけだ。
「固定兵装として右腕に
皆の顔が一気に引き締まる。
その中には、遂に強化外骨格で戦闘訓練をするところまで来てしまったという現実をまざまざと感じている様子。
千葉の方針により訓練期間や日数に関しては何も言っていないが、坂上や真木野たち一部の班員は流石に“今の自分たちの特別な状況”を感じ始めているようだ。
相馬原駐屯地にいる他の部隊や同じ中隊の仲間達が、警戒任務だ、即動待機だ、前線部隊との交代だ、と
彼らは徴兵直後の二週間程度の訓練以外は、ほとんど現場教育――On the Job Training 俗に言うOJTで任務をこなしている。
実戦任務が、そのまま教育訓練である。
このように、猫の手も借りたいほど人手が足りない帝国陸軍歩兵部隊であるにも係わらず、自分たちが訓練のみに集中しているという意味。
千葉の真意を説明していない以上、八名の新兵がこの事実をどう考えるかは分からない。
下手に聞いたら藪蛇である以上、聞く気もない。
ただ、普通に考えれば“今のお前達は弱すぎるから、再訓練中だ”と捉えるのが大多数の考えであり、そう彼女たちを見下すだろう。
この事実をどう捉えて、どうするかは彼ら次第だ。
強くなるためにひたすらに努力するのも、別の得意分野で腕を磨くのも手だ。
格闘が下手なら、射撃で頑張ればいい。
格闘も射撃も駄目なら、体力で勝ったり、判断力を磨けばいい。
それも駄目なら、使用する兵器の整備が誰よりも出来るようになればいい。
教官である千葉も、助教である樽木も、その手助けはしている。
みな気が付いていないが、機会も与えている。
だが、二人とも実体験と経験則、そして周りの仲間達を見て思い知らされている事実がある。
最初から他人に頼る奴は成長しない。
強くならない。
当てにならない。
つまり、共に戦う仲間として信頼に値しない。
自ら動き出したとき、人は初めて大きく変わり成長する。
環境の問題も、教えてくれる人との出会いも、様々な要因がこの世にはある。
だとしても、自ら動き出さない者に手を差し伸べる奴はいない。
今日を含め、実働任務に出なくて済む日はたった二日。
たった二日で人間が劇的に体力や技能が向上する訳が無い。
だが、二日もあれば人の心は変わる。
心が変わる――つまり、成長する切っ掛けを掴むことが出来る。
千葉も樽木もそれを信じるしかない。
だから、これから告げる事はある意味、賭けである。
このカードを切ったのは千葉。
樽木もそれを信じるしかない。
「これから休憩に入る前に――、伝えておく」
可能な限り、何気なく切り出す。
意に反し、樽木の一言に注目する七人。
樽木は今までわざと曖昧にしていたことを皆に示す。
「東野。千葉一曹と俺が戦死したら、その時はお前が班長だ。第三組長として、この班の指揮を執れ。組編成は午後の訓練開始時に下達する」
教場の空気が凍り付くかのような錯覚。
「え?」
「……嘘でしょ?」
「本気!?」
女性陣が半ば呆然と呟く。
高井は信頼し始めていた樽木を見た。
だが、彼の細かい表情の変化など分からない。
三輪は坂上と笠原と東野を見比べた。
第三組長が誰になるかは彼女たちでも気になっていた。
ただ忙しすぎて、それほど話題になっていなかった。
下馬評では、坂上が最有力候補であったのだが……。
真木野は天を仰いだ。
よりにもよって。と、表情が雄弁に彼女の心境を語り尽くす。
「…………」
無言で黙ったままの坂上。
彼は樽木を注視したが、樽木が今の発表を覆すような言葉を喋るわけがない。
何も言わない胡桃沢は溜息を一つ漏して両目を閉じ、こめかみをほぐすように指で揉んだ。
舎弟分である田淵さえ驚きの余り口を大きく開けたまま、隣に座る自らの兄貴分を見た。
樽木が口調を変えずに続ける。
「これから一〇分間の休憩に入る。そのまま、別れ」
「了解」
東野のやる気を感じることが出来ない返事。
笠原が信じられないという表情で浮かべ、その次にハッとなって、さして驚いた様子もない東野を見た。
彼はいつものままだった。
それどころか、自らは関係ないという表情を浮かべる。
同い年の仲間が示す無責任振りに、笠原は机の下で握りしめた拳を振るわせながら殺気の籠もった視線で睨み付けた。
「……了解……」
ただ一人憮然としたまま、東野は再び小さく呟いた。