頑張ってあらすじかくしかないかなぁと実感する今日この頃。
オミクロンで仕事がまた面倒くさくなったよ…トホホ。
一九九八年一〇月一八日 一〇時三一分
帝国陸軍相馬原駐屯地 第二機械化歩兵連隊第三中隊 事務室
第三中隊最先任曹長 門倉孝夫 及び 同中隊一等陸曹 千葉春久
千葉春久は今第三中隊の下士官の長、最先任曹長である門倉孝夫の前にいた。
一見いつもと同じ鷹揚な雰囲気を漂わす門倉と、これまた常日頃から一種張り詰めたような空気を漂わす千葉。
門倉はいつものように事務室の椅子に座り、千葉は報告のためにその前に立つ。
二人の会話には、なんとも言えない緊張感があることを事務室にいる全員が感じていた。
茶々を入れることなど、怖くて出来そうにない。
かといって、二人は怒鳴り合っているわけでも、いがみ合っているわけでもない。
言葉に出せない雰囲気が、全てを雄弁に語る。
「――本気で第三組長を、東野にするのか?」
門倉の確認。
だが、その本意は認められないとの意向。
「これが最善だと判断しております」
千葉の応答。
自分の考えにしか従わない。と、言わんばかりの口調。
暫し、無言。
「戦場で、あのガキに他人が従うと思うか?」
「二人は従うでしょう」
つまり、残り五人は従わない。
「だったら、意味がないだろう」
門倉が呆れた口調で、苦笑を浮かべた。
「選考基準は、生き残る可能性の高さです」
千葉は選んだ基準を端的に述べた。
「生き残るのも大事だが、命令で動くのが軍隊だ。他人を指揮すると言うことは、
「その通りですが、生き残れない奴に命令を言っても無駄です」
千葉もなかなか譲らない。
その堅物さに門倉も少々困り気味だ。
「お前の班は体力的には問題あるが、頭の良い奴が揃っている。どうして、そいつ等を選ばない?」
「……帯に短し、たすきに長し。と、言ったところです」
門倉は暗に坂上が使いものにならないかと訊ねたが、千葉は無理と断言した。
「何よりも頭の善し悪しの前に、余りにも体力がありません。論外です。命令を下すどころの話ではありません。まともな体力を持っていることを最低基準とした場合、候補者は二人に絞られます」
「ほう……。それでも二人いるのか?」
千葉が半ば諦め気味にぼやくと、興味に駆られた門倉は身を乗りだすように問う。
「――結論として、東野と笠原の二人のみとなります」
「面白いな。昨日、風呂場で殴り合っていたガキどもじゃないか」
「共に一長一短。どちらも組長のレベルではありませんが、他に選択肢がありません」
「どちらもお前と樽木が抜けた状態では、班を纏め切れんだろう。纏め切れそうなのは、坂上だけだろうな」
さすがは中隊の下士官全員に目を配る先任である。
門倉の人物観察は鋭かった。
「班長、一番手、共に死ぬような状況では、どうせほとんど死んでいます」
「だが、お前達が不在の際は、二番手である東野が指揮を執らざるをえない。あいつは確実に馬鹿だが、大丈夫か?」
千葉が少し渋い顔をする。
事実である以上、弁護のしようもない。
東野は馬鹿だ。
それでも千葉は東野を押した。
新兵達の中で実戦経験があるのは、あいつだけだ。
いくら頭が良かろうが、戦いも喧嘩も知らない人間が戦場に行ったら為す術無く右往左往する可能性が極めて高い。
戦場は、ただでさえ確かな情報――信用出来る判断材料が入手できない。
敵の情報は疎か、味方の情報さえ途切れ途切れだ。
独特とも言える極限状況下での戦場心理。
何もかもアテに出来ない状況で、生命の危険に脅かされて、全員が興奮状態に陥る。
視野狭窄に陥り、判断ミス、聞き間違い、勘違い、様々なミスが発生する異様な雰囲気に包まれる。
その為、戦場の空気を既に経験しているというアドバンテージは想像以上に大きい。
あの場所では坂上と三輪の知識も役に立たない。
ほぼ十中八九、彼らも興奮状態――最悪の場合、パニック状態に飲み込まれる。
その結果、物事を落ち着いて考えることが不可能になる。
戦場で率いる者が判断するということは、他人の生死をも左右すると言うことだ。
疲労困窮で刻限が迫る最中、碌な情報がなく異常なまでのストレスが心身ともに掛かる状況下で、自分と他人の命を失うかもしれない判断を一身に背負う。
だが、戦場では――。
考え過ぎれば、機を失する。
臆病過ぎれば、好機は来ず。
勇敢過ぎれば、無謀となり。
楽観過ぎれば、不意に死ぬ。
新兵八人に軍人としての素養は見られず、訓練で鍛え上げた判断力もない。
さらに指揮官としての能力は今現在、皆無と言って差し支えない。
BETAに食い荒らされる日本帝国の現実は、彼らに指揮官としての能力が身につくまで待つ余裕がない。
そんな余裕があれば、そもそも彼らを徴兵しない。
誰が組長になろうが、ぶっつけ本番。
それも加味しての結論。
千葉の構想では自分を班長兼第一組長とし、第二組長は樽木、第三組長に東野を考えている。
「実戦でパニックにならない可能性がもっとも高いのは、東野です」
一瞬だけ――。
本当に一瞬だけ――。
神流の泣き顔が、千葉の脳裏を
「それ以外の理由はないのか?」
今ひとつ腑に落ちないといった様相で門倉が問うと、千葉は思い出したように付け足した。
「あとは……、直感ですか」
「それは信用に値するのか?」
門倉の視線が鋭さを増すが、千葉は真っ向から受けて立った。
「少なくとも、戦場で俺の命を賭ける程度には」
千葉の覚悟を確認した後、門倉は肩の力を抜いたように言った。
「ならば、構わん。好きにしろ」
覚悟が決まっているなら、それ以上とやかく言うまいと思った。
東野を直接指揮するのは千葉本人であるからだ。
「有り難う御座います」
千葉はそう言ってから、一言付け足した。
「――それと、班集中訓練の方ですが」
「何か問題でも出たか?」
「いいえ、特には。ただ訓練目標の達成率は七〇%程度になります」
「八割まで上げろ。第一、どうして七割程度だ? あれだけシゴイて、その程度の奴らなのか?」
何気なく言って終わりたかった事だが、最先任曹長が見逃すわけがない。
「その程度の奴らです」しれっと逃げる。
「それで済ますな」釘を刺す。
逃げ損ねた。
もっとも千葉とて、逃げられるとは元々思っていない。
そうでなければ、最初から報告しない。
報告しない事の方が、問題だからだ。
「原因は何だ?」門倉の語気が鋭くなる。
「安全管理上危険と判断して、実弾射撃訓練と跳躍ユニットによる緊急回避行動訓練の一部を先送りしています」正直に話す。
「甘やかしてないか?」
「いいえ。それは無いと思います」
「まだ寝る時間があるだろ?」
門倉は『部下とお前の睡眠時間を削れ』と、柔らかく指導。
「それに耐えられるだけの体力がないと判断し、訓練の一部を先送りしました」
睡眠時間を削ることは危険との判断を門倉に返す。
「それでもするのが、お前の任務だ」
「ハッ。班集中訓練後、引き続き訓練を継続し実施したいと思います」
千葉はそれでも譲らずに代案を示した。
「……全く……」
門倉は溜息を吐いた。
千葉が班員達を指導する様は彼も見ている。
二週間程度の徴兵課程を終えたばかりの新兵に対する指導は厳しい面もあるが、優しい面もある。
むしろ、班員達の体力がなさ過ぎて、千葉自身がやりたい訓練が出来ていないことも分かる。
猛訓練や猛特訓。無意味とは言わない。
自らの限界を超えた経験は、人を大きく成長させる切っ掛けになる。
とはいえ、班集中訓練後は、千葉も部下たちと実戦勤務に就く。
すぐさまとは言わないが、連隊が再編成を完了する前から前線部隊とのローテイション勤務に組み込まれ、
実戦の可能性がある以上、事故で頭数を減らしたくないというのも理解できる。
どちらかというと、千葉のことだ。
頭数を減らしたくないという事よりも、単純に怪我をさせたくないようにも思える。
これはきっと間違っていないと、門倉は思っている。
門倉は目を閉じ、こめかみを揉んだ。
千葉が抱える問題。
これは訓練期間が短すぎる徴兵課程の問題点でもある。
所詮、無理なのだ。
素人がたった二週間で
何よりも軍人として必要な体力が――どんなことをしようが出来る訳がない。
だが、帝国軍はそれを要求する。細かく言えば、それを現場に要求する。
出来なかった責任は全て現場の下士官と、一部の士官に集中する。
一等軍曹にもなって、その現実が分からないほど千葉も無能では無い。
今ここで、訓練事故で一名死ぬのと、実戦で一名死ぬのも、同じ
それでも訓練の先送りを通そうとするならば、何かあった場合の責任は千葉が被ると言うことだ。
ものによっては先任の門倉にも中隊長の遠藤にも余波が来る。
門倉は溜息混じりに千葉への評価を口にした。
「……見かけによらず、甘ちゃんだな」
「否定できません」
苦笑は隠せなかった。
「それでも班集中訓練後、三日以内に終わらせろ。中隊長には俺から打診しておくが、小隊長にはちゃんと自分で報告しろ。それでもやれと言われたら、諦めろ」
「二日以内に終わらせます。有り難う御座います」
千葉が軽く頭を下げると、門倉は苦笑を浮かべたまま言った。
「お前のところは
「やはり、そうでしたか」
これは人事ファイルを見たときに感じていたことだが、やはりそうだと言われると少々疲れる。
「女は可能な限り歩兵以外に配属しているとはいえ、限界があってな……。要らないと言っても必ず来てしまう」
「純粋な歩兵の方が良いかもしれません。そうであれば、まだ基地や駐屯地の警備等の任務があるので……。機械化歩兵が一番きついような気がします」
門倉と千葉が率直な意見を交わす。
ここで言っても、千葉の班員が変わるわけもない。
ただ、これがお互いの本音と現実だった。
「それでも早く訓練を消化しろ。それがお前達のためだ」
「了解」
千葉自身、歯痒さを感じる報告はこうして終わった。
今度は門倉が思い出したように付け加える。
「ああ、そうだ。千葉、来週には軍属が事務室に入るから書類仕事の一部を申し送れるように準備しとけ」
「やっとですか。助かります。何人入るんですか?」
「三人も来る。ありがたいもんだ」
「まったくで」
二人揃って溜息を漏らすように話し合う。
ここで言われている軍属とは、年齢や健康面で徴兵された際に実戦に耐えられないと判断され、軍隊の事務要員として半ば強制的に採用された人々である。
半軍人扱いでほぼ戦場に行かなくて済むのでかなり希望者はいる。
が、徴兵されないような人々であるので、年齢的には四〇歳を超えているのが大半。
それも女性が圧倒的に多い。
千葉たちの様な軍人が書類整理に追われることなく戦闘と訓練に集中させるために、BETAによる西日本壊滅後は一気に増強され、今では最低でも一個中隊に一名の配属されている。
後方関係の一部部隊ではその事務員だけで中隊や大隊を組めるほどの数である。
業務内容には多岐に渡り、遺族に対する死亡通知と戸籍の処理、遺品の配送から処理。
家族からの郵便物を送付などの様々な雑務がある。
他には通信電子関係、原子力発電関係など特殊技術や知識を持つ人たちや、従軍記者らもここに含まれる。
彼ら軍属も軍事行動に欠くことの出来ない重要な戦力である。
戦争は武器を持った人間だけで戦うのではない。
戦いは常に総力戦なのだ。
彼らのお陰で、最前線の部隊は目の前の戦いだけに集中出来る。
千葉と樽木も軍属の事務員が配属されれば、戦いと訓練に集中出来るだけに、口にこそ出していなかったが関心事項の一つだった。
門倉が、まだ表に出ていない中隊の動きをさらりと伝える。
「来週にはさらに徴兵課程修了ホヤホヤの新兵どもが配属される。それにより二連隊の充足率は約八〇%。頭数を揃えただけだが、これで再編成が事実上終わる。班員にも覚悟させとけ」
門倉が言う覚悟とは、実戦に出る覚悟。
死ぬ覚悟。
これらのことは、どこかで割り切るか克服しなければ、いくら考えても堂々巡りで結論が出ない。
所詮、大多数の人間はこれらのことを切羽詰まるまで真剣に考えない。
「思ったより早いですね……。改めて、部下に遺書を書かせておきます」
「その方が良いだろう。今夜にでも、そうしておけ。佐渡島でも静岡でも、どこでもBETAどもは大騒ぎだ。どっちに飛ばされるか、皆目見当も付かないからな」
「俺たちはただ備えるだけです」
「ところで、千葉」
門倉曹長は急に口調を改めた。
己の部下に、一つだけ確認するために真摯に問い掛けた。
「なんですか? 先任」
「お前の部下は今まで何人、死んだ?」
「五一人です」
即答。
彼らを忘れたことなどない。
思い出そうと思えば、絶対に思い出せる戦友たちの姿。
教育期間も含めて数年間も一緒だった同期もいれば、大陸で臨時編成され、一日後には死んだ名字しか知らない部下もいた。
時が流れれば、今よりも記憶は風化し、いつかは彼らの姿形も朧気になるだろう。
だが、戦死したという事実を忘れることなど出来ない。
戦場での記憶はそれほど優しくない。
何よりも、千葉に忘れるつもりがない。
「そうか……。ならば、大丈夫だな」
千葉の答えに満足したように、門倉はそれで会話を打ち切った。
第二機械化連隊は群馬・新潟・長野などの日本海側を防衛する東部方面軍第一二師団隷下部隊であるが、状況によっては太平洋側にも出撃する可能性がある。
と、門倉は念のためにと言うが、千葉にとっても想定内の事であった。
帝国陸軍相馬原駐屯地は、東日本の、それも日本海と太平洋とのほぼ中央に位置する。
緊急の際は、予備兵力として即応性が高い――言い換えれば、使い勝手が良い――場所にあり、そこに駐屯する部隊は当然のように予備兵力扱いとなる。
ましてや、通称“韋駄天連隊”との名を掲げる第二機械化連隊。
部隊の移動・展開速度の速さを誇り、また、それを認められてきた連隊である。
第一二師団司令部、また東部方面軍総監部がどのように動かしても不思議ではない。
千葉も改めて決意を固める。
――BETAに勝つ。
ただそれだけを胸に、無言で右拳を固めた。