飛ばして頂いても問題ありません。
ウクライナ・ロシア戦争にほぼ全意識を集中しているけど、どれもこれも右斜め上をぶっちぎる危険な戦争。
プーチンは狂人理論の実例であり完成形ではないかと思う今日この頃。
さすがに投稿ペースを乱しすぎましたので、可能な限り投稿ペースを戻したいと思います。
一九九八年一〇月一八日 一三時一三分
ソ連海軍軍港ペトロパブロフスク・カムチャツキーから約二〇〇〇キロメートルの洋上
第一〇〇揚陸艦旅団 イワン・ロゴフ級大型揚陸艦“アレクサンドル・ニコラーエフ”甲板上
ソ連海軍太平洋艦隊ペトロパブロフスク・カムチャツキー基地から約二〇〇〇キロメートル離れた太平洋上を進む小さな船団。
大型揚陸艦数隻、それと随伴の駆逐艦と補給艦が各二隻ずつのこの小さな艦隊は、アリューシャン列島沿いに一路日本帝国に向け航海中だった。
この季節にしては少し不気味な穏やかな海と、透き通るような青い空。
微かに吹く冷たい風だけが秋という季節を実感させる昼下がりに、船団の中央に位置するイワン・ロゴフ級大型揚陸艦“アレクサンドル・ニコラーエフ”の甲板上に佇み、遠くを眺める一人の美女。
見た目二十代後半の美女が、身に付ける衣装には皺一つ埃一つ無い。
顔が映るほど磨き上げられたパンプス。
女性らしい脚線美を強調させるようなカーキ色のタイトスカート。
その対となる上着では、彼女の豊かな胸には苦しそうにすら見える。
襟元までしっかりと締めたネクタイ。そして上着の左胸には今までの功績を讃える数々の賞章と衛士徽章が彩りを添える。
この姿を教条的な将軍たちが見たら、その着こなしを軍人の見本として讃えるだろう。
ただし、無造作に袖を通したコートを見なければの話だが――。
彼女の完璧と言って良い軍服の着こなしを台無しにするのは、
美女はそれをただ無造作に着こなし、両手をそのポケットに入れていた。
新兵ですら分かるほど、明らかに軍服着用時には規則違反となるコート。
だが、この艦で――いや、この小さな艦隊でそれを
別に、彼女に直接殺されるわけではない。
ただ、彼女の敵になろうという無謀極まる蛮勇の持ち主はそう滅多にいない。と、いうだけの話だ。
特にそのコートの送り主を知っているならば余計に、だ。
潮風に靡き、日の光を煌びやかに反射する絹のように細くて長い銀の髪。
降り積もった新雪よりも白いと感じさせる綺麗な肌。
ワイシャツがはち切れてしまいそうなほど豊満な双胸と、抱き寄せれば折れてしまいそうなほど細い腰。
水着か何かのモデルにしか見えないほど高い頭身と細い手足。品の良さと優しさを感じさせる碧い瞳。
いかなる男でも欲情させるほどの美貌と体型。
それでいて身に纏う雰囲気はロシア帝国時代の貴族の令嬢かと思わせるほどの気品と、今にも消えてしまいそうな儚げなさを漂わす。
美女の名は、アナスタシヤ・ユーリエヴナ・モロトヴァ。
彼女の肩書きは、その美貌からは想像出来ないが、れっきとしたソ連陸軍大尉。
この艦隊で輸送されている一個戦術機中隊の指揮官である。
その彼女は輸送艦が進む方向に――新たなる任地、日本に思いを寄せていた。
彼女にとって、この日本行きの任務はもうこれ以上は望みようがない程のもの。
この任務が成功したならば、ソ連共産党は諸手を挙げて喜ぶだろう。
成果によっては、草木どころかシベリアの凍土すら貪り食われた祖国の一部を取り戻せるかもしれない。
そして何よりも、この任務はアナスタシヤが夢でしか見ることが出来なかった願望を実現させるだけの可能性がある。
佐渡島にハイヴを作られた日本帝国は、今滅亡の危機に瀕している。
それにより、この千載一遇のチャンスが彼女の下に転がり込んできた。
見た目の静かさとは裏腹に、彼女は興奮しきっていた。
彼女の瞳は青い空と海を映していながら、既にそれを見ていない。
脳裏に浮かぶのは、膨大な映像資料で見た日本の街並みと自然の景観。
共に戦うであろう日本帝国軍の主要部隊と装備品に関しては既に丸暗記済み。
主要な地名も施設も覚えた。あとは実際に現地で見て、距離感と土地勘を掴むだけだ。
彼女の頭の中で様々な場面を想定したシミュレーションが組み立てられては消えていく。
そんな彼女のシミュレーションは可愛らしい二人の呼びかけにより中断された。
「――ママ! 大丈夫!?」
「――ママ! こんなところにいたの!?」
完全に同調した声が響き、
うり二つの容姿を持つ双子の美少女。
同じ造形の顔、同じ表情、同じ髪、同じ瞳、同じソ連陸軍の軍服、同じ少尉の階級章、同じ衛士徽章。
顔の造形も身体のサイズも身に付ける服装まで、ほぼ全て同じ。
僅かに違うのは左右に分けた前髪の位置だけ。
腰まで届きそうな
透き通った青い瞳。
健康的な肌色。
まるで何かの人形のような容姿。
アナスタシヤより幾分背は低いが充分過ぎる身長と、彼女よりも健康的で抜群のプロポーション。
双子の姉。
ソ連陸軍衛士、ヴァレーリヤ・グレボヴナ・ベシカレヴァ。
愛称はヴァーシャ。
双子の妹。
ソ連陸軍衛士、マリーヤ・グレボヴナ・ベシカレヴァ。
愛称はマーシャ。
余りにも綺麗過ぎる双子の美少女。
無機質な軍艦の甲板上で、風に靡く銀の周りを陽の光を浴びて輝く白金が舞う。
「ヴァーシャ! マーシャ! 落ち着きなさい。くすぐったいわ」
アナスタシヤが優しい笑みを浮かべながら、抱きつかれた両腕を外す。
それから双子を両脇に優しく抱き締め直すと、二人の美少女は天使のような笑みを浮かべた。
陽の光で反射する白金の髪と二人の笑顔が眩しくて、見慣れているはずのアナスタシヤにさえ、まるで本物の天使のように思えた。
「だって、ママが黙っていなくなっちゃうし! こんな男しかいないところでママを一人になんて出来ないわ! せめて、ヴェロニカと一緒にいて!」
そう彼女の身を案じていたのは、双子の姉のヴァーシャ。
「ママ、どうしてここにいたの? 何が見えるの? 何を考えてたの?」
きっと同じ理由で探していたのだろうが、姉が先に自分も感じていた不安を言ったので咄嗟に質問を変えたのが、双子の妹のマーシャ。
「ヴァーシャ、マーシャ、心配してくれて有り難う。何でもないわ。何を考えてたかというとね、日本帝国のことを考えてたの」
「日本? 何か考えるような事って有ったかな? マーシャ」
「ううん。任務上必要なことは特には無いと思うけど、ヴァーシャ」
仲良く首を傾げる双子に、アナスタシヤが語り掛ける。
確固たる確信。
揺るがない自信。
見た目を裏切る、アナスタシヤの決意。
「滅亡の危機に瀕する日本帝国という戦場は、正に私のためにあるような戦場なの。今回の日本派兵で家族【ルビ:わたしたち】の誰も死なせない。私たち全員生き残って、必ず未来を掴むの」
だが、その決意と行動のためには彼女以外の実行者が必要であった。
「……ヴァーシャ、マーシャ、ごめんなさい。貴女たちも少し手伝って。今回は、私一人だけでは出来ないわ……」
愛おしい娘達への謝罪を口にすると、彼女は余りにも悲しくて目を伏せた。
アナスタシヤ一人では絶対に不可能な任務と、その現実。
もしも仮にその身を二つに引き裂いて、アナスタシヤが二人になれるなら、彼女はそれを選択するだろう。
本当ならば、その苦痛を受け入れてでも双子に協力させたくない。
そう思って、いかなる策を弄しても、出来ないものは出来ないのだ。
今の彼女は双子に頼るしかない。
娘たちに苦難を強いる不甲斐なさで、アナスタシヤの腕の力が弱まる。
双子たちが母の解けそうな抱擁を無視して、阿吽の呼吸でアナスタシヤの細い腰を左右から同時に抱き締めた。
驚く母に、娘が決意を示す。
「謝らないで、ママ。むしろ、ママが私たちを頼ってくれるなら、何があっても大丈夫。私たちは、私たちでママを守ることが出来るのなら、それに勝る幸せは無いの」
「私たちは二人いるけど、ママは一人だけなの。そして、私たち全員のママはママだけなの。ママだけが傷付いて、苦しんで、私たちが無傷でも嬉しくもなんともないの。お願い、ママ。私たちが必要なら、必ず言って。必ず頼って。私たちはそれが嬉しいの」
天使のような美貌と揺るがぬ決意を宿した瞳で、慈愛と悲哀を併せ持つ儚げな母を励ます。
「ヴァーシャ、マーシャ。二人とも、ありがとう」
そう言って双子を抱き締めるアナスタシヤに指揮官としての表情はない。
ただ、母の顔があるだけだ。
お互いにお互いを確かめ合うように抱き合う三人だったが、不意にヴァーシャはその抱擁を解き、縋るようにママの腕を掴んだ。
ヴァーシャはアナスタシヤを見つめ、何かを言い掛けて止め、その直後、何かを振り切ったように声を絞り出した。
それは、まるで痛みに耐えかねて上げる悲鳴のような懇願。
「――ママ、もう止めて! 任務なら……任務なら、どうしようもないけど……! お願い! 私達のために無茶しないで! 傷付かないで!」
姉の声に同調するように、妹のマーシャはアナスタシヤを両腕で力一杯抱き締めた。
それはまるで、自らの身を顧みず炎の中を進もうとする母を止めようとする娘の姿。
「私からもお願い! もう止めて!
妹の声も姉の声と変わらない。
泣き出しそうな双子の願いがオホーツク海に流れて消える。
アナスタシヤは隠し事すら上手く出来ぬことに自嘲した。
彼女の頬に浮かぶ微苦笑の表情。ただ、彼女はそれすらも美しい。
「家族の為なら、安すぎるわ」
そう言って、彼女はまた微笑む。
アナスタシヤの一言で打ち拉がれたように落胆する双子を、彼女は再び強く抱き締めた。
その豊かな胸で赤子をあやすように抱き締めて双子の滑らかで絹のような髪に頬擦りする。
柔らかな感触に目を細める双子に、瞳を閉じたままアナスタシヤは囁いた。
「あの真新しい
「……ママ」
小さく囁いたのはヴァーシャとマーシャ、どちらだったのだろうか?
それとも二人同時だったのだろうか?
「今回の派兵では直協の砲兵がいないわ。要望は上げているけども、今のところ派兵される見通しはないし、第一、日本帝国も仮想敵国の大部隊は直ぐには受け入れにくい。私達が国連軍に参加していたとしてもね。だからこそ、
アナスタシヤはゆっくりと目を開け、その白く華奢な指で双子のきめ細かい白金の長髪をあやすように撫でた。
涙を浮かべる双子に彼女は自らの意志を示す。
声は小さく、囁くよう。
だが、それに含まれた決意はシベリアの永久凍土よりも固い。
「Москва слезам не верит. (モスクワは涙を信じない)」
アナスタシヤが呟いた言葉は、昔ロシア大公国が税の軽減を訴えた嘆願者を殺した事に由来する諺。
それが意味するところは『泣いても、現実は変わらない』。
ロシア帝国はソ連連邦に変わり、都市としてのモスクワは異星人の胃の中に消えた。
だが、この諺だけは残った。
そして、彼女たちの間では“モスクワ”はソ連共産党本部と同義である。
彼女らを始めとする現場の苦労を、もはやアメリカに土地を租借している有様のソ連連邦共産党が考えることはなく、同情することもない。
BETA大戦初期における稚拙な対応で全人類を滅亡の危機に追い込んだ片割れ。
しかしながら、未だに選民意識と民族差別、尽きることのない権力闘争を繰り返すソ連共産党。
それは滅び去ったロシア大公国すら上回る愚行。
アナスタシヤの瞳が艦隊の針路を睨むように見つめる。
まだ見えぬ新たなる戦場――日本を見据える。
「――もう、私には祖国すら見えないわ」
アナスタシヤは言葉と共に流れ落ちた涙を隠そうともせずにさらに双子を抱き締めた。
ヴァーシャとマーシャは、アナスタシヤの肩に頭を預けて抱き締め返す。
三人が三人を必要として支え合う。
徐々に強く、冷たくなるシベリアからの風に抗うように双子は顔を上げた。
銀と白金の長髪が絡み合うように潮風に靡く。
その視線の先、水平線の遙か向こうに日本帝国がある。
彼女たちは無言で抱き締め合い、自分たちの運命を決する戦場に思いを馳せた。