まあ、世の中こんなもんですw
一九九八年一〇月一八日 一六時三二分
帝国陸軍相馬原駐屯地 第二機械化歩兵連隊第三中隊 事務室
第三小隊長 陸軍中尉 竹中惠三 及び 同小隊 一等陸曹 千葉春久
――思いも寄らぬアクシデントだ。
千葉は足早に歩く廊下で、一人毒づいた。
素直にそう認めざるを得ない。
それは僅か三〇分前、千葉と小隊長以外誰もいない中隊事務室での出来事だった。
「――対BETA防衛計画のデータを頂けますか」
それは千葉が発した何気ない一言だった。
西日が差し込む事務室には千葉と小隊長である竹中少尉だけが残って、事務仕事を片付けていた。
お互いの事務机で書類を処理している最中のやり取り。
千葉は小隊長がどのような書類を処理しているかは知らなかったし、興味もなかった。
今の彼には真木野ら新兵八名を鍛え上げるので一杯一杯に近い。目の前の事に集中していた。
とはいえ、どうしても片付けておく必要があるものもある。
それが今、千葉が希望したものだ。
当然、彼とて自分の中隊が一体どのような任務を帯びているかは理解しているし、目も通してある。
だが、まだこの中隊に来て日が浅い。
一応、非常時の行動等は知っているが、理解しているとまでは言い難い。
自らの中隊が日本海側防衛線で果たすべき役割は、その想定された状況により違う。
大きく違うことは余りないだろうが、いざというとき一々資料を見ていたのでは間に合わない。
デジタル資料で防衛計画を何時でも何処でも閲覧することが出来る。
新兵たちの世話で時間が思うようにとれない千葉にとっては、ちょっとした時間で見ることが出来るようになる。
そう思っての一言。
まして、対BETA防衛計画のデジタルデータ。
今の日本の状況下では、一般国民に漏らさなければいいだけの保全レベルである。
むしろ可能な限り多くの軍人が対BETA防衛計画を知るべきであり、その方針に基づき、これらの資料の多くは『注意』や『部内限り』に指定されて配布されている。
無論、国家戦略等に重大な影響を及ぼす対BETA防衛計画に関しては『秘』や『極秘』等の高い秘密区分が与えられ、許可された者しか閲覧できないようになっており、無条件で配布しているわけではない。
千葉が欲しがっているのは、そんな国家レベルの御大層なものではなく、戦場で必要なレベルの情報――各関連部隊の行動予定、部隊間の取り決め、部隊ごとに割り当てられている周波数、後方支援部隊の展開地域、奇襲により司令部が壊滅した際の対処計画等であり、それらはほとんどが『部内限り』『注意』レベルに過ぎない。
BETAの人間への諜報活動等は確認されていない故に、対BETA防衛計画の機密レベルは低いのだ。
だが、それに対する返答は予想外だった。
事務室に竹中少尉の乾いた声が、重く、低く、響く。
「駄目だ。お前には渡せん」
怪訝な表情を浮かべた千葉に、小隊長である竹中は硬い表情のまま告げた。
「
千葉は自らの目付きが変わったのを自覚した。無論、悪い方にだ。
視線に殺気に似たものが宿る。
空気が凝縮されるような気配。
殴り掛かりたい衝動を消してから、今一度向き直る。
そう言われてしまっては仕方がない。
少々大げさに肩を竦めて、ゆっくりと首を横に振った。
「やれやれ」
わざとらしく聞こえるように言って、呟く真似事をしながら視線を外す。
そう、真似事だ。
単に激情に駆られていないことを示す為だけのアピールだ。
今下手に小隊長を見たら、さらなる殺気が視線に籠もる事は間違いない。
千葉とて一応、穏便に済むなら済ませたいところである。
確かに今まで碌に話したことがない小隊長だった。
千葉もそれは忙しい所為だと思っていたが、どうやら、否。
それはただの勘違いだった。
竹中小隊長自身が、千葉と話す気がなかったのだ。
「冤罪もここまで来ると非道いものです」
そう釈明してから視線を竹中に戻すが、千葉を見る目は依然厳しいままだ。
埒があかないと判断した千葉は、もう一度肩を竦めてから、言葉と態度をガラリと変えた。
「では、閲覧は?」
「……………今、出す」
そう言って竹中は椅子から立ち上がった。
壁面書庫の鍵を開け、厚さ一〇センチ以上はあろうかいう分厚いファイルを二冊取り出すと無言で近くの事務机の上に置いた。
「これで十分だ」
気にくわないが、時間を無駄にする気もない。
千葉は荒く鼻を鳴らし――だが、物音一つ立てずに立ち上がった。
不遜な態度を隠しもせずに歩く。
俺を信用しないならば、別にそれでも構わない。
ただ、このご時世に小学生レベルのこんなくだらねぇことする以上――。
殴り掛かれば確実に届く距離まで近づき、竹中惠三と目を合わせてから、千葉春久は言い放った。
「中国の言葉でしたっけ? 『上に政策有れば、下に対策あり』。幸いな事に、俺が貴方のために命を賭けることは一生無さそうだ」
そう言って、嘲りと殺意を込めて笑う。
紛う事なき殺意を、何一つ隠すことなく浴びせる。
千葉の猛獣のような笑み。
戦場で生き残る強い兵士は、お前ではなくこの俺だ。
そう視線で語り、態度で示す。
竹中の右足が半歩後退った。
一瞬だけ浮かぶ怯え。
だが、それもすぐ隠す。
竹中も指揮官。
士官としての矜恃がある。
千葉は無言で防衛計画のファイルを手に取り、席に戻る。
味方であり、上官と部下であり、人間同士ではあるが、敵であることがいま千葉の心の中で決まった。
――ああっ! クソッタレが!!
三〇分ほど前の事務室でのやり取りを思い出して、再び心の中で毒づいた。
今さら遅いが、少々感情的過ぎた。
そんな事を後悔する自分にすら苛立つ。
千葉は荒々しい足取りで人気のない廊下を進み、目的の部屋へと向かう。
自分が思った以上に複雑な立場に置かれていることを自覚せざるを得ない。
だからこそ竹中小隊長には苛つくが、感情を落ち着けて冷静に判断しなくてはならない。
今の遣り取りこそ重要なサインだ。
――誰かが警戒していやがる。
小隊長である竹中少尉が警戒しているのは、千葉が万代橋を爆破していることを知っているからだ。
竹中は千葉が信用ならない部下であると警戒している。
だが、どうして竹中が知っている?
中隊長である遠藤大尉が、竹中に警戒を命じたのか?
その可能性を否定出来ないが、それほど高くない。
遠藤大尉は千葉が“札付き”である事を知りながら受け入れた。
不安に思うなら、最初から千葉を取らないだろう。
最先任の門倉曹長か?
いや、門倉曹長は『S』の上杉准尉の同期で仲もいい。
上杉准尉が門倉曹長に千葉の立場を詳しく説明しており、それも引っくるめて門倉曹長は遠藤大尉に千葉を推薦したのだ。
二人が千葉を警戒している可能性は低い。
では、それより上の指揮官か、士官か?
連隊長が警戒している?
馬鹿な。
千葉は戦闘技能が抜きん出ているとはいえ、ただの一等軍曹だ。
補充で来たばかりの下士官を気にするわけがない。
もし仮に連隊長が気にしているとしても、連隊長が中隊長である遠藤大尉を無視して、直接竹中少尉に何か命じる可能性は低い。
じゃ、竹中少尉の個人的人脈か?
否定出来ないが、千葉にとってはそれが一番困る。本人に来るデメリットなど大したことではない。それ以外が問題なのだ。
既に四の五の言っている余裕は無い。ありったけの人脈を活用して情報を入手するしかない。
千葉は迷彩柄の戦闘服の胸ポケットからくたびれた手帳を取り出し、忙《せわ》しなく鶯色の防水紙をめくりながら、誰もいない当直室に入り込んだ。
夜になれば当直が常駐するが、夕方ならばまだ誰もいない。
殺風景な部屋の片隅に置かれている事務机の上にある内線電話の受話器を手荒く掴むと、手帳に書かれた内線番号を見ながらボタンを押した。
約一年振りにダイヤルした番号は、新兵の頃、寝食を共にした人物が所属する部署。
その人物は帝国軍情報部のとある部署に所属する千葉の同期であり、年に一度は酒を飲み交わす仲である。
慎重にダイヤルを押して、呼吸を整える。例えどんなに急いでいようが『この手の事』は正しい手順と仁義を忘れるな。と、同期に口酸っぱく言われたことを思い出しながらダイヤルを押す。
内線番号を押し終えると、二コールもしないうちに相手が受話器を上げた。
これから電話で話すこと自体がギャンブルなのかもしれないのだ。否が応でも緊張する。
「999です」
応答した知らない男性の声は千葉が押した内線番号の一部だけを告げ、それ以上は何も言わず千葉の言葉を待った。
「二連隊三中隊所属の千葉一曹といいます。保坂二曹は居りますでしょうか?」
同期の名を出すと対応が変わった。
「少々お待ち下さい。確認致します」
そう言われて待つこと数秒。保留されていることを伝える電子音だけが千葉の耳に届く。
「――よう。どうした、千葉? 久し振りだな」
電子音が唐突に途切れ、代わりに聞き慣れた声が響いた。
言葉とは裏腹に驚いた様子を微塵も感じさせない同期の声が千葉の鼓膜を振るわす。
「おう、お前こそ元気かよ? どうしたとか言う割には全然驚いていないじゃないか」
砕けた口調で心に沸いた疑問をそのまま述べる。
お互いに遠慮する仲でもないのでストレートに会話が進む。
「まぁ、な。九月二七日にいきなり呼び出されて、お前のことを散々聞かれたからな。“そういう状況”に居ることは理解している」
保坂は一瞬で核心を突いた。
『
その日に、千葉は『S』の上杉准尉に万代橋爆破装置のパスワードを伝えた。
『
つまり、保坂と千葉が同期であることを知っている。
『
その際に、千葉の個人情報は収集済み。
『
それは、“警戒されている”と感じる現在の状況。
あの時の事を全く話していない――それどころか、一〇〇キロ以上離れた場所にいる同期が
同期との僅かな遣り取りで、千葉は首の後ろにヒヤリとした――まるで鋭利な刃物を押しつけられた様な感覚を味遭わされた。
それに連動したのか。何かが覚醒したように意識が集中する。
じわりと首筋に汗が浮かぶ。
何気なく投げ付けられた同期の言葉は、千葉を慎重にするには十分すぎた。
今の発言をまるで噛み砕くように一語一句考えながら言葉を探す。
もう既に、同期が発する全ての言葉は
そういう事をするのが仕事だ。
と、保坂から
千葉は返事の一言を選ぶだけで五秒ほど必要だった。
「………どこまで知っている?」
意に反して、擦れるような声が口から漏れた。
無様と感じながらも探りを入れる。
この同期が、自分にとって敵か味方か確信が持てない。
心の動揺が千葉の判断を鈍らす。
個人的には、同期であり戦友でもある保坂武司を信用しているし信頼もしている。
だが、彼の部署は日本帝国と帝国軍に仇為す者達に一切の容赦斟酌をしない。
今、千葉の側にはあの少女は居ない。
だが、あの少女の人生を決めたのは千葉だ。
言い表すことが出来ない不安が脳裏をよぎる。
自分が今、どちら側に仕分けられているかが分からない。
電話した先は『S』とは別組織である以上、上杉准尉達の人脈は碌に機能しない。
特殊部隊であるとはいえ、彼らとて万能ではないのだ。
予期しない形で思いもよらぬ死線を踏んでいることに、たったこれだけの遣り取りで思い知らさせられてしまった。
だが保坂にとっては千葉の対応も想定内に過ぎない。そして、幸いなことに彼は敵ではなかった。
保坂はわざとらしい溜息を吐き、口調を変えた。「安心しろ」と苦笑しながら、冷酷な事実を端的に告げた。
「全てだ。――“全て”知っているよ。千葉」
――俺は死線を踏んでいるのではない。もう既に踏み越えている……。
同期のこの一言で、千葉は帝国軍内における危うい己の立ち位置を強く認識させられた。
――それから数分間、保坂は千葉に様々な注意事項と、竹中少尉と彼の部署は無関係であると伝えたのち電話を切った。
「アイツはお人好しすぎる……」
保坂はそう呟いて受話器を元に戻す。
左手で疲労のため凝り気味の右肩を揉んだ。
思いっきりやると痛くて堪らないのでゆっくりと軽く揉む。
彼がいる部屋は、国防省のとある一画にある少し大きめの事務室。
事務室の入り口には名札も無ければ、部署名を記した札もない。
廊下側の扉に窓はなく、外が見える窓にはブラインドが下ろされ、外部から中が見えることはない。
さらには、そのサッシ自体が対盗聴用に特殊処理された特注製。一部の企業を除いて、一般には決して販売されない一品だ。
部屋は事務室である割には殺風景だった。
綺麗に片付けられて、書類がほとんど見当たらない机の上。
一人につき一台割り当てられている防衛ネットワークの個人用端末のパソコン。
多くの資料が詰まっているだろう壁面書庫はこれまた一つの例外もなく閉じられており、掲示物等は見あたらない。
月間スケジュールが書き込まれているホワイトボードには、一見訳が分からない数字と文字の羅列が踊っている。
だが、注意深く見ればその文字は英語と中国語とロシア語が主であることが分かるだろう。
一見、そこはまるで国防省の高級官僚である事務官や技官のためだけの部屋に見える。
実際、この部屋で勤務する者の中には文官もいた。背広を着ているので分かりやすい。
残りの三分の一は武官――軍服を着込んだ帝国軍人である。
しかも陸軍だけでなく、海軍、航空宇宙軍と全軍揃っている。
そして最後に残った三分の一は
特徴らしい特徴もなく、ただの事務官に見える。保坂もその一人だ。
なんてことはない。ここは国防省内で情報を取り扱う一部門。
情報本部関連の、とある部署である。
そこに属する保坂は自分の机の上に乱雑に置いた資料に目を落とした。
それは帝国陸軍の人事資料であり、五人分ある。
しかもその内の二名――千葉と松元は古くからの顔見知りで、彼が情報本部関連に転属する前は同じ駐屯地で勤務して、仕事が終われば明け方まで飲み歩いた仲だ。
だからこそかもしれないが、千葉は――そして保坂も極めて難しい状況に放り込まれた。
まず、何よりも基本的なことから正しく認識しなくてはならない。問題点を洗い出すための土台作りだ。
第一特殊作戦団歩兵中隊先任曹長である上杉准尉と、腕は立つが特に珍しくもない下士官の千葉が接触したというスタート地点から分析する必要がある。
保坂は無精ひげがまばらに生えた下あごを無意識に左手でさすった。
何度も親指と人差し指で頬を挟むようにさする。
考えが纏まらない。
知らないことが多すぎる。
(……結局、自力で探るしかないか)
情報員としてのセンスがそう囁く。
今、手元にある資料は大した資料ではない。千葉達の基本的な事柄が記載されただけの人事資料のコピーである。
だが、
まず、この事実を
当たり前のように怪しすぎる。と、彼の本能が警報を鳴らす。
全てを知ることは決して出来ないのだ。
情報活動とは足下すら見えない濃霧の中で捜し物をするようなものだ。
僅かな差異も見落としてはならない。そう自らに言い聞かし、緊張した面持ちのまま、保坂は上唇を舐めた。
手始めに事実関係を列挙し、相関関係を明らかにしなくてはならない――。
まず、第一に通常の任務で担当者の友人知人または親族等を調査対象とした場合はその担当者はその任務を行うことがない。
当たり前である。
調査対象との間に様々なしがらみがある人物が調べた情報が客観的事実に基づくかどうか、まずそこから疑わなければなら無くなるような情報や報告書にどのような意味があろうか。
第二に、これほど明確な問題点があるのに、それが調査対象の関係者である自分に回されてきたこと。
人が足りない?
いや、それならば担当業務を変更すれば事足りる。
動き出しは少々遅くなるかもしれないが、当てにならない情報が来るよりは――最悪、調査対象とグルだった場合は偽情報を掴まされるよりは遙かに安全確実である。
第三に、第一特殊作戦団との関係である。
特戦団と情報部は帝国軍が秘密戦を遂行する為に必要不可欠な両輪であり、常に良好な関係を保ち、各種任務の際は協力することなど珍しくもない。
それなのに、
つまり、これは過去の終わった出来事では無く、現在進行中の何かなのだ。
第四に、第一特殊作戦団が千葉に接触したという事実だ。
以前に読んだ資料――万代橋爆破により発動した日本海側の一大反攻作戦である『ユキツバキ』に関する非公開の報告書では、千葉が知っている万代橋爆破装置を起動させるのため暗証番号の入手が必要だった。
無論、彼の上司らも知っていたが、あの当時千葉達が所属していた第一二師団司令部及び第三〇機械化連隊の上層部は『ユキツバキ』の発動を強硬に反対しており、事実その為に第一特殊作戦団は暗証番号を正規のルートで入手することが出来なかった。
だが、彼らはそれでも『ユキツバキ』を推し進め、実行させた。
この事実から特戦団が千葉に接触したこと自体が、暗証番号入手の為の工作だ。
だから本来はもう千葉は、
第五に、千葉らに対する憎悪や復讐に対処するための可能性。
確かに千葉らに復讐心や憎悪を抱いている人物は当然いるだろう。
特に第三〇機械化歩兵連隊には多そうだ。
彼らには千葉が裏切り者に見えるはず。
さらに知ることが出来たならばの話だが、佐渡島から脱出した避難民の中にも、千葉らを恨んでいる者達はいるだろう。
親族が軍隊にいて、さらにそれが三〇連隊にいれば――千葉らの事を知っている可能性は低いが否定は出来ない。
帝国軍は人事上、基本的には可能な限り出身地の部隊に配属しようとする。
その方が、部隊としての団結が意図せずにも出来上がりやすいからだ。郷土意識を利用した連帯感で部隊の団結力が強固になる。
あの日、『S』と千葉らが『ユキツバキ』を発動させなかったら、既に佐渡島で戦っていた一個大隊規模の戦術機部隊と駆逐艦数隻を犠牲にすることで、少なくとも一万人以上――旅客船三隻分の人員は、佐渡島から無事に脱出出来たと見積もられている。
だが、復讐を防ぐのであれば千葉らを保護すればいい。
それは憲兵の仕事だ。情報部の仕事ではない。
何よりも彼らに命令を下したのは、内閣総理大臣である榊是親。
別に国防省だけでなく、内務省管轄である警察を動員することすら容易い。
しかし、その動きは絶無。
つまり、状況により『何か』に『化ける』のを、どこかの誰かが警戒している。
よって――。
不安材料は、これか……。
そう確信した保坂は二人のファイルを手に取ると表紙をめくり、記載事項を穴が空くほど見詰め、一字一句暗記するために読み始めた。
誰が書いたか知らないが、あらすじのようなものが見えたような気がする。
この資料を情報部《おれたち》に回したヤツは、途方もなく用心深い慎重すぎる悲観論者かもしれない。
だからこそ、油断はならない。
ここに人事資料を送った人物は、保坂が知らない情報を持ち、それで何かしらの判断を加えたから、この決定を下したのだ。
今このときも、確実に状況は動いている。
ここで俺が片付けられない場合、六人も消えることになるかもしれない――。
その可能性を胸に刻み、背筋を襲う緊張感に身震いしながら、保坂は口元を酷薄そうに歪めた。