Muv-Luv 関東絶対防衛圏   作:八式健吾

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これ書いた頃は、『S』を榊首相直属にすることにより実効性の担保(物理)として書いてました
まあ、あと政府に対するヘイトを作り出すのにも重点を置いてました
当然、第1話もその作りにしてますがね


第3話 千葉春久

 一九九八年一〇月一〇日 一〇時五五分

 帝国陸軍習志野駐屯地のとある建築物の喫煙所

 帝国陸軍第一特殊作戦団歩兵中隊先任 上杉准尉

 元帝国陸軍第三〇機械化連隊第一中隊第三小隊第二班長 千葉一曹

 

 数個の机と椅子が置かれ大した装飾も広さもない殺風景な喫煙所兼談話室に男の声が響く。

 アイボリーの床、白い天井、部屋を照らす蛍光灯。

 何もかもが無機質な部屋は小綺麗なであることが何となく異質だった。

 

「すまんな。お前の配属先だけは希望通りにいかなかった」

 

「いえ。――神流の件で問題ないなら、それほど・・・・・・。俺への件はそのままに借りにでもしておいて下さい」

 

 高さ一メートルはありそうな円筒型の灰皿を中心に立つ二人の男達。

 すまなさそうに事実を告げる黒い戦闘服に身を包んだ第一特殊作戦団歩兵中隊先任である上杉准尉に、帝国陸軍標準戦闘服である緑を基調とした戦闘服を着込んだ元第三〇機械化歩兵連隊第一中隊第三小隊第二班長だった千葉一曹は事もなく答えた。

 

 そういってお互いに口に咥えた煙草から紫煙を肺に入れ、それから長く静かに吐き出した。

 千葉が男達の間に置かれている灰皿に灰を落とす。次に上杉も灰を落とした。

 

 最初に話を切り出したのは全身黒ずくめの戦闘服を着こなす男。

 見た目は四〇歳ほど。

 時代劇にでも出てきそうな武将のような厳つい顔と、年齢からは想像が付かないほど膨れ上がった二の腕。

 精悍な顔に刻まれた深い皺が、見る物全てにこの男が生きてきた人生が如何なる物かと想像させる。

 戦闘服の下に隠れた固く引き締まった肉体に無駄はない。

 遠くから見れば飄々としているようで、近くで見ればその全身から溢れる精気に誰もが驚く。

 全身の筋肉を一分の隙もなく鋼のように練り上げた下士官の最高位、帝国陸軍准尉である上杉影虎。

 

 受け答えたのは三〇歳ほどの男。

 身長一八〇センチ近い、まるで武者修行を繰り返した格闘家のように引き締まった肉体。

 日に焼けた浅黒い肌。短く刈り上げた黒髪。

 ガッチリした顎に見える無精ひげはこの男の性格を表すようでとてもよく似合う。

 時折野生の獣を想起させる黒い双眸は鋭い眼光を宿し――悪く言えば目つきが悪い男、帝国陸軍所属の実戦経験豊富なベテラン一等軍曹、千葉春久。

 

 特に落胆もなく、かといって相手に対して煽るようでも、優位に立ったような口調でも無い。

 ただ、普通通りの返答であり、口調だった。

 

 それに対する上杉も、事実を伝えた後は最初から何も気にしていないように言葉を続けた。

 

「そうだな。そうしておこう。言うまでもないが、あの娘に関しては完璧だ。自ら志願しない限り、もう二度と銃を持つことも戦場に立つことも無いだろう」

「だったら、十分です。准尉。そういえば、選抜試験の結果はどうでした?」

 

 千葉は三日前に受けた帝国陸軍国防大臣直轄の対テロ・反オルタ鎮圧を主任務とする帝国軍ただ一つの対人戦専門部隊の第一特殊作戦団――通称『S』の選抜試験の結果を訊ねた。

 彼が受けた経緯は、単純だった。

 理由の一つは上杉に受験を勧められたこと、もう一つは日本帝国陸軍最強部隊の選抜試験で自らの限界を試してみようと決めたからだ。

 もっとも今回の選抜試験自体は日本帝国滅亡の危機に瀕している現状を鑑み、正規の試験ではなく簡略化された短い――だが、激しい試験だった。

 

 どんな時も冷静さを失わない上杉は、試験の結果を伝える時も何も変わらない。

 

戦闘員(オペレーター)としては不合格。射撃が即戦力のレベルに達していない。特殊作戦教育課程に進める実力はあるが、それでも最低レベルへ仕上げるには少なくとも半年は掛かるだろう。お前が望むなら本部要員等として、歩兵以外のポストなら無いわけではないが・・・・・・、ただ今の状況では第一特殊作戦団(おれたち)にお前を戦闘員(オペレーター)として鍛え上げる余裕も時間もない」

 

 少しの躊躇いも無く結果を言い切る上杉に、千葉は感謝した。

 彼個人としては今現在の実力を客観的に見れただけでも十分だった。

 無論、彼は落ちるものとして選抜試験を受けたのではない。

 受験する以上は合格を目指し、本気だった。

 本気で実力を出し切ったからこそ、不合格という結果を素直に受け入れていた。

 

「いえ、十分です。受けるだけでも価値がありました。で、最終的には俺の配属先はどこになりました?」

 

 選抜試験に悔いはなくても、今度配属される部隊は否が応でも関心を持たざるを得ない。

 逸る心を抑えて、千葉はその先の言葉を待った。

 

「第二機械化歩兵連隊に確定だ。連隊のことは知っていると思うが、相馬原で再編中だ」

 

「よりにもよって――。一二師団隷下の部隊じゃないですか」

 

 上杉の言葉に千葉は露骨に嫌そうな表情を見せた。

 無理もない。

 ほんの二週間ほど前まで同じ第一二師団隷下の第三〇機械化歩兵連隊に所属してはいたが、直属の上官や司令部よりも現場の『S』を信用した。

 その上、新潟では半ば命令無視に等しい独断専行を行い、戦略的要衝である万代橋爆破にも協力している。

 その結果、日本海側のBETAに大打撃を与え、いま日本海側でBETAが集中しているのは一五万人が喰い殺された佐渡島しかない。

 結果は良い方に出たが、そこに至った正確な過程を知っているの者は極僅かであり、そのもの達には千葉はただの命令違反者にしか見えない。

 

 実際には国防大臣直轄部隊である『S』が動いている以上、万代橋爆破は国防大臣ひいては内閣総理大臣の意志が裏にあることは確実なのだが、本来の日本帝国軍最高司令官である政威大将軍を形骸化するような背任行為でもあるため、大声で言えるようなものでもない。

 

 致し方がないところがあるとはいえ、千葉にとって早くも新しい職場は碌でもない場所になりそうな気配がしてくる。

 

「容赦なさ過ぎじゃないですか? 上杉准尉」

 

 少々不機嫌な口調となるが無理もない。

 後ろ指を指されるであろう場所に喜んで行くような人は普通いない。

 上杉准尉も、それはさすがに悪いとは思っているらしい。

 少々言い訳がましく状況を述べた。

 

「そこでへそを曲げるなよ。俺たちとお前らで成功させた日本海側BETA殲滅作戦『ユキツバキ』で、だいぶ戦線に余裕が出来た。お陰で東北方面軍と北部方面軍で徴兵された人たちに対する訓練は一週間も延ばすことが出来て、今や三週間にまで増えたぞ。再編部隊が前線投入されるまでの時間も数日とはいえ増えたんだ。上出来な結末だ」

 

 上杉はそこで言葉を句切り、また煙草を吸った。

 

「第二機械化歩兵連隊は京都攻防戦から親不知防衛戦、それに続く上越撤退戦で事実上の壊滅状態だ。同じ師団隷下とはいえ、お前のことを知っている奴なんて、ほとんど生き残っていないさ。ほとんど、壊滅した部隊と徴兵された新兵による実質的な新編部隊になるから、まぁ、ある意味“安全だ”。正直に言うと、あそこの先任に同期がいてな。少し前に原隊が壊滅しても生きているような腕利きのベテラン下士官が余っていないかと連絡があってな。その時はそんな都合の良いことがあるものかとお互いに笑っていたが、丁度お前が転がり込んできた。だから、お前を推薦したんだ」

 

 最後はにっこり笑って言う。

 そのどこか楽しそうな笑顔は、強すぎる古参兵(ベテラン)である上杉に似合い過ぎていた。

 

「だからといって――」

 

 その先の言葉は飲み込んだ。

 上杉のような人物が己の腕を高く評価してくれるのは嬉しいが、本当に複雑だ。

 陰口を叩かれるぐらいならどうでもいいが、しつこく事実を追求してくる士官がいたら、また『いろいろ』と動かなくてはならない。

 BETAとの戦いだけでも疲れるのに、そんなくだらない士官相手に労力を割くような部隊には行きたくないというのが千葉の本音だった。

 

「門倉には――向こうの先任には、俺の方からお前の立場を先に伝えておくから安心しろ。不都合なことなど何もない。良い奴だぞ、あいつは。考えようによっては、お前は運が良いんだ。一から部隊を作るような苦しさはあるが、それでもわざわざ再編成される部隊だ。人の名前を覚える前に最前線に突っ込まれることもなく、部下とコンビネーションを練習する時間もある。どうせ、寄せ集めの部隊だ。気兼ねなく動けるだろ」

 

「しょうがない……。腹括りますか」

 

 そういって遠方を眺めながら、千葉も大きく煙草を吸い込む。

 そんな千葉に上杉が突っ込む。

 

「おいおい。そんなことを言うなら、なんで中央即応連隊(CRR)を断った? お前ならレベル的に問題ないし、今すぐ行っても何ら困ること無いだろ」

 

「あそこは個人的にいろいろあるんで止めておきます」

 

 そう言って千葉はこの話題を打ち切った。

 中央即応連隊とは戦略予備兵力として編成・運用されている帝国陸軍参謀本部直轄中央即応集団隷下の機動性を重視して編成された歩兵連隊である。

 無論、参謀本部直轄とあって選り抜きの隊員が集まる精鋭部隊の一つであったが、そんな部隊と自分との間にある確執は余りにも個人的かつ、くだらないものなので千葉は絶対に言わないだろう。

 

「ならば、観念しろ。お前らしくもない」上杉の駄目押し。

 

「……了解。他の奴等はどうです?」

 

 千葉は次の話題として、新潟で別れ別れになった部下のことを訊ねた。

 千葉を含めた全員が書類上は第一特殊作戦団所属となっていたが、受け入れた側とて一〇〇%彼らを信用出来るわけが無く、また信用してもならない。

 よって、彼らは別々の場所に匿われていた。

 その指示を下したの当然、千葉の目の前にいる上杉である。

 

「――ああ、そうだな。お前の部下たちも確定した。怪我した――松元か。彼は今、自宅療養中だ。病院が満室で追い出されたってな。次の配属先はお前と同じ第二機械化歩兵連隊だが、全治一ヶ月の怪我で現場復帰はまだ先の話だ」

 

 千葉は、その言葉に何も言わずに頷いた。

 妻よりも共に過ごした戦友だ。

 何となくではあるが、そうした理由が分かる。

 太平洋側の最前線を避けて再編部隊を選んだのは、愛妻と過ごす時間を少しでも長くしようとしての決断だと容易に想像が付く。

 幸いなことは怪我が脱臼だったことだ。

 脱臼は生体部品を使った交換治療が出来ないので自然治癒を待つことになる。

 その為、完治するまでは戦場に出ることがない。

 その上“ある程度安全”だから、上杉は松元の配属先も第二機械化歩兵連隊に決めたのだろう。

 

「あとの二人は……」

 

「水沢と久田です」

 

 名前を思い出そうとする上杉に千葉は助け船を出す。

 それに「ああ、そうだった」と少々ワザとらしく答えると、千葉は苦笑を浮かべた。

 何もそこまで()()必要がないだろうに。

 

「水沢三曹と久田一等兵は、お前が言っていたとおりに東北方面軍の教育団に叩き込んだ。二人とも一ヶ月もしないうちに異動になるかもしれんが、実戦経験ある軍曹が新兵どもに戦訓を伝えるのは良いことだし、あの学徒にとっては基礎を学び直す良い機会だ。悪い考えじゃなかったので、本人達には無理矢理納得して貰ったよ」

 

 そう言って、上杉はまた笑う。

 その笑顔につられ、また上出来過ぎる結果を聞いた千葉も笑った。

 水沢は志願して軍人となった職業軍人だが、久田はこの間まで高校生だった少年だ。

 神流と同じように徴兵され、最前線に送られた彼らの教育期間はたった二週間しかなかった。

 衣類や装具を与えられ、最前線への移動等を換算すると教育を受けた実質的な期間は僅か十日間。

 日本が滅亡の危機に瀕している非常時故に仕方がないとはいえ、そんな短期間で覚えられるのは軍人としてどうしても必要な基本的号令を体得することと、小銃の扱いを覚え、軍隊で軍人として活動する場合や戦いの場面で欠かせない文字通り最低限の知識を詰め込むだけだ。

 無論、二度も三度も訓練を繰り返すような時間的余裕もないので、それらを覚えないまま戦場で死んだ者達も多いだろう。

 久田はこの先何があろうと――BETAが地球にいる限りと、結局は再び戦場に立たねばならないのだ。

 ならば、彼自身の戦闘能力を向上させて生き残りを図る方が堅実だった。

 そういう考えから、水沢を教官の補助をする助教として、久田は出戻りの新兵として教育部隊に異動させた。

 あとは個人の努力と運次第だ。そう、煙草を咥えたまま千葉は呟いた。

 

「それで俺の異動はいつ頃ですか?」

 

 最後まで迷惑をかけた部下達の将来も、一応ではあるが筋道をつけた。

 次は自分が生き残り、戦い抜くために全力を尽くす番だ。

 

「四日後の一四日〇八〇〇にヘリポートから相馬原へ移動だ。ちょうど訓練でヘリを群馬に飛ばすので、途中で相馬原に寄る。それでいいな?」

 

「了解です。重量制限は?」

 

 ヘリコプター等で移動する場合、積載重量は重大な問題となる。

 大人数で移動する場合、その割当量は無視できない問題であった。

 

「そんなところで余計な気を遣うな。特戦団(おれたち)のヘリはパワーが違う。お前一人で運べる分なら、何キロでも問題無い」

 

「それじゃ、カスタマイズされたS専用強化外骨格も――」

 

「それは手荷物じゃなくて、装着装備だろうに」

 

 意味もなく、大の大人たちが笑い合う。

 たわいもない言葉は会話を打ち切るための前座。

 急に真顔になった千葉は煙草を灰皿で揉み消してから、世話になった恩人に向き直った。

 

「いろいろと、ありがとうございます。これから身辺整理を始めます」

 

「何か必要なものはあるか?」

 

 笑っていたのが嘘のような真顔で上杉が問うと、千葉は一瞬だけ悩んだ後に述べた。

 

「落とし物の八九式小銃改と実弾二七〇発。それとMOLLEの装具を少々貰えますか?」

 

「非常用の員数外か?」

 

 その言葉に上杉は喜び、唇をつり上げた。

 結果的には不合格とはいえ、自分の目利きに間違いはなかったと、とても満足そうな笑みを浮かべた。

 

 強化外骨格を失っても武器ある限りBETAと戦うという千葉の決意を耳にするのは、彼のように生まれついての兵士にはとても心地よい言葉だ。

 

「ええ、新潟で強化外骨格ごと捨ててきたので」

 

 心底残念そうに伝える。

 その中には安月給を遣り繰りして無理に買った海外製のナイフや装具、さらには員数外の自動小銃まで沢山あった。

 幾度となく繰り返した訓練と実戦を潜り抜けた愛用の小道具たちは、戦友と同じように愛着が湧くものだった。

 

「――分かった。戦場で回収した小銃が倉庫にあったはずだ。消毒してから、それを渡す。それでいいな?」

 

「はい。お願いします」

 

「ああ、あと、これは貸しのうちに入らん。何か要望があれば素直に言えよ。俺たちの補給庫から好きなのを持って行け。持って行くものはちゃんと員数さえ教えてくれれば、何の問題もない」

 

「分かりました」

 

 少し笑いながらそう言うと、千葉は少し崩れた敬礼をしてから踵を返して部屋を出た。

 

 新たなる戦場。

 

 関東絶対国防圏日本海側防衛拠点の要衝、帝国陸軍相馬原駐屯地。

 再編中とはいえ、通称“韋駄天連隊”とその名も高き第二機械化歩兵連隊。

 四日後には顔を会わすことになるだろう新しい九人の部下と、数名の上官達。

 いつかまた戦場で戦友たちと出会い、共に戦うだろう。

 

 そして、その場に、あの少女は――神流はいない。

 

 それで十分。

 俺は戦う。生きている限り、戦い続ける。

 魂を削るような戦いの場に身を置く。

 

 だから――。

 神流の事を思い出す余裕も無くなるだろう。

 千葉春久はそんな独り言を誰もいない廊下で零した。

 




投稿は久し振りだけど、やっぱり結構時間掛かるねw
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