Muv-Luv 関東絶対防衛圏   作:八式健吾

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原作設定は年を追うごとに崩れていきましたが、今作は原作設定をほぼ厳守です(のつもり)。
つーか、良くも悪くも面白かったからね。
スマホが無い設定とBETAの情報公開がされていない世界観は大事にしたい。


第21話 情報統制の残滓

 一九九八年一〇月一八日 一七時〇七分

 新潟県村上市内の某所のバス停留所待機室

 

 沢口絵里は神流との会話でまた言葉に詰まった。

 未だに続く、絵里と神流との会話。

 どう話を続ければいいか、迷いながら相槌を続ける絵里。

 神流の方は絵里の返事をそれほど期待していないのか、淡々とした口調で呟くように今までの出来事を独白している。

 

 神流と共に下校中し、思い人についての話を切り出した。

 神流の返答で、片思いの上官が死んだものと勘違いしたが、それは激しく否定された。

 それから、今まで片思いの相手と一体何があったのか、カウンセリングでもするかのように聞き始めた。

 何か出来なかったとしても神流の話を聞くだけで、少しはその苦痛を軽くすることが出来るのではないかと思ったからだ。

 

 最初は歩きながらそれを聞き、バス停を見つけてからはそこにあるベンチ――田舎のバス路線は数が少ないため、利用者のために待合室として小屋が設置されていることがある――に腰を下ろして、話を聞き続けた。

 独りぼっちになった神流と千葉との出会い。

 千葉と過ごした時間の断片。

 

 そして――。

 

 新潟市内で繰り広げた、BETAとの激しい攻防戦。

 片思いの相手のことも、BETAのことも、驚くことがありすぎて、何をどういって言いのかと逡巡する。

 例えば、まずBETAのことだ。

 BETAに関しては日本では情報統制が行われており、軍人や政府関係者及びそれらと関係が深い一部企業や組織しか正しい情報が届いていない。

 当然、絵里はBETAの姿形を知らないし、それは神流も徴兵されるまで知らなかった。

 絵里が知っているBETAに関する情報なんて、噂話程度しかない。

 

 曰く、BETAは気持ち悪い姿形をした宇宙から来た異形の生物。

 曰く、BETAは鉄をも噛み砕き、戦車さえ食べる。

 曰く、BETAは大きな生物で、大きいものはビルよりも大きい。

 曰く、BETAは何十万という途方もない数で押し寄せる。

 曰く、BETAは目に見えぬ速度で飛ぶ砲弾すら撃ち落とす。

 

 どれもこれも地球の生物では有り得ないことばかりで、生物という常識の範疇から大きく逸脱している。

 だから、絵里も噂話だと思っていた。

 BETAの写真が新聞の紙面を飾ったことはない。

 無論、雑誌にもだ。

 TVでBETAの姿が映ったことも絵里の知る限りでは一度もない。

 

 だが、絵里の親友である神流はその噂話は全てを正しいと断言した。

 鉄を喰らい、人を喰らう地球外生物が存在すると。

 ビルよりも大きい異形の生物が視界を埋め尽くし、津波のように押し寄せると。

 目から光線を放ち、小山のようなサイズの巨大なBETAもいると。

 彼女の親友が、それら全てが真実だと語った。

 

 呆然とする絵里に神流は「……一応、言うけど誰にも言わないでね。これでも秘密なんだから……」と、自嘲気味に語った。

 それから「徴兵されると、無理矢理ビデオを見せられるから……」と呟いた。

 

 実戦を潜り抜けた神流は、こういうことは広く知らせるべきだと思う。

 一般社会でパニックが起きるかもしれないが、実戦でパニックになって死んでしまうよりは良いと思う。

 

 次に絵里が驚いたことは、千葉の事だ。

 妻帯者で子供もいた、一回りも年上の男性。

 口が悪く、暴力的。

 そして、たまに優しい直属の上官。

 圧倒的な戦闘技能を持ち、好戦的で大雑把な性格。

 

 絵里ならあまり近づきたくないタイプの人物。

 だけど、神流はそんな人物にぞっこん。

 先ほどの神流の取り乱し様を見れば、冗談でも冷やかしの言葉は口に出来ないと思った。

 

 絵里の立場で見れば、千葉は孤独な神流に手を差し伸べ、生き残る術を叩き込んだ、謂わば、親友の命を救ってくれた恩人でもある。

 冷やかしたり、小馬鹿にするような事は口が裂けても言えない。

 

 そんな人物が神流に行き先も何も伝えず、いきなり音信不通になっていると言う。

 ちょっと訳が分からない。と絵里でも思った。

 話を聞く限り、千葉という男性は間違いなく神流を大事にしている。

 千葉の行動は保護者そのもので、黙っていなくなるとは絵里でさえ思えない。

 

 ところがある戦闘の後、千葉は完全に音信不通になった。

 神流が所属していた第三〇機械化歩兵連隊に電話しても、千葉は行方不明だという返事しか戻ってこないという。

 それどころか同僚たちの安否を確認しても、行方不明者が数人いる上、誰とも連絡が取れないという。

 

「別の任務で――」と、絵里は言い掛けたが、その言葉は途中で止まった。

 

 神流の反論がそれを遮ったからだ。

 

「だって、中隊本部は千葉さんが『九月二七日の戦闘で行方不明になった』って断言した。あの日の戦闘の後、私の目の前にちゃんといたのに……、絶対にいたのに……」

「…………」

「あのとき千葉さんが、私の名前を呼んでくれて、抱き締めてくれて……」

 

 思い出す、あの時のこと――。

 耳元で自分の名を呼ぶ、あの低い声。

 折れるほどきつく抱き締められた、あの痛み。

 密着した身体に伝わる、あの体温。

 あの時のことは、今でもはっきりと思い出せる。

 絶対の確信を以て、神流は呟いた。

 

「――あれは。あれは絶対、夢じゃない。千葉さんは必ず、どこかで生きてる」

「……神流ちゃん……」

 

 言えない――。

 呟く神流を見て、絵里は咄嗟に自分が推察したことを言ってはならないと判断した。

 

 今の話を聞くと、仮に千葉が死んでいたとしても時間的に不思議ではない。

 

 確かに、神流が目を覚ましたときは生きていたのだろう。だが、神流の話では、それは先月の話だ。

 その後に、出撃しないということがあり得るのだろうか? 

 もしかしたら、部隊の人が言った日付だって間違いがあるのではないだろうか? 

 断片的ではあるが、神流の話ではその片思いの相手――千葉という人物も親友のことを悪く思っていないようだが、だったら何故今も神流に連絡しない?

 

「……神流ちゃん。……あのさ、市役所で、その人のこと安否確認した?」

 

 地雷をまた踏むのかもしれないと思いながら、絵里は慎重に言葉を選びながら聞いた。

 

「市役所で、安否確認?」

 

 キョトンとした表情で神流は親友を見た。

 絵里は内心、安堵の息を吐き出した。

 

「あのね、人によっては西日本や京都に親族とか居るじゃない。そういう人たち用に親族とかの安否確認を市役所のデータ端末で可能なんだよ。完璧って訳でもないし、その人が何処にいるのかとかも全然分かんないけど、生きてるかどうかぐらいは分かるよ」

「え、けど、西日本とか……関係ないけど……」

「データ端末が設置された当初は西日本に親族がいる人たち専用だったんだけど、帝都が落ちて――九月上旬から、身分証さえあれば、簡単な使用手続きだけで誰でも使えるようになったんだよ。ほら、私のお母さん、市役所で働いているでしょ。それで教えて貰ったの。誰だって行方不明の親族とか居れば安否確認したいけど、京都が落ちてから国内はもうぐちゃぐちゃだし……、市役所にどうにかしてくれって頼まれても、どうにも出来ないし。それで、もうどうしようもないって、安否確認用に内務省が戸籍データの一部公開を許可したらしいの……。もう、それ以外、全国規模での行方不明者の安否確認手段がないって。名古屋より西なんて誰も調べに行けないし、国も避難所に来た人たちに確認を呼びかけているって」

「だけど、それ、軍隊関係ないじゃない」

 

 僅かに滲む神流の苛立ち。

 絵里はそれに怯まなかった。

 

「私が何で神流が無事だと知っていたと思う? 田中先生に教えて貰う前から知っていたんだよ。帝国国民の戸籍データだから、軍人のだって普通にあるのよ。――私でも“戦場に行ったみんなのこと”は、一応だけど確認できたの」

「――本当なの?」

 

 ちょっと信じられなかった。神流が徴兵された頃、こんなシステムはなかった。

 

「うん。細かい事は何にも分かんないけど、生きているか、死んでいるのか、それとも行方不明なのかだけは、分かるよ。ただ、完璧な情報でもないから、鵜呑みにしちゃ駄目ってだけで――。だけど、徴兵された親友たち(みんな)のデータは正しかったよ」

 

 その言葉と共に絵里の表情が翳った。

 神流は今日自分が行った作業を、絵里が日常的にやっていたことを、それで確信した。

 

「絵里……」

「あんまり、役に立たないだろうけどさ……。それでも、少しは分かるかもしれないから、やってみる価値あるんじゃないかな?」

 

 もしかしたら調べない方が良いのかもしれない。

 そんな思いが絵里の脳裏を掠める。

 彼女自身調べた結果、味わった悲しみが多すぎる。

 

「……分かった。明日、病院行った後にでも調べてみる。ありがとう、絵里」

 

 神流は頷きながら礼を言った。本当は不安だ。恐怖もある。

 もしかしたら――。と、続く想像。

 そんな、止めようがない恐れ。

 だけど、あの人が死んでいるとは絶対に思えない。

 

『――BETAは不死身じゃない。ちゃんと殺せる。ただ数が多いのが問題なんだ――』

 

 あの人は常にそう言っていた。

 唐突に思い出したあの人の教え。

 あの人がBETAに負けるわけがない。

 新潟のあの戦いですら、死んだ思ったあの時でさえ――。

 千葉さん(あのひと)は私の前に帰ってきてくれた。

 その朧気な事実が神流の心を支える。

 

「神流ちゃん、あのさ、その後で良いんだけどさ――」

 

 新たな決意をした神流に、絵里も新たな決意を持って語り掛けた。

 

「なに? 絵里」

「明日も一緒に帰ろう。市役所で調べ終わった後で良いからさ……。どうしても、明日中に渡したいものがあるんだ」

 

 そういって、沢口絵里は微笑んだ。

 

 その微笑みは優しくて――。

 

 ()()()()()――。

 

「……絵里……」

 

 神流に、その先の質問を躊躇らわさせた。

 

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