Muv-Luv 関東絶対防衛圏   作:八式健吾

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いや~、危うくエタるとこだった。

やっと病気と怪我が治って今もリハビリ中ですが、どうにか投稿再開出来るレベルにまで体調が戻りました。
書き終わっているんで誤字脱字の修正しかする必要ないんですが、体力に余裕がないと仕事だけで精一杯になりますな。

では、もう読んでいる人いないと思いますが、再び供養としての投稿を再開します。

予定以上に間が開いたので、今後は頻繁に投稿していきます。


第22話 五十嵐上等兵と真木野たち

 一九九八年一〇月一八日 一九時二〇分

 帝国陸軍相馬原駐屯地 女性用浴場

 真木野二等兵、高井二等兵 及び 三輪二等兵

 

「うわっ! もう、ヤダ! シャワーからお湯が出ない!」

 

 カランに付いているシャワーから出るぬるま湯に衝撃を受けた真木野に――。

 

湯槽(ゆぶね)の湯を使おう! まだ温かいよ!」

 

 たらいでお湯を汲んで素早く浴びる高井と――。

「サイテー……。お風呂一つ満足に入れないじゃない」

 

 不平不満を隠さず呟きながらも、高井を見習い、たらいでお湯を汲む三輪。

 ただ今、一九時二〇分。

 浴場が閉まるのは一九時三〇分。

 入浴可能時間、あとたったの一〇分。

 戦闘服も下着も脱ぎ散らかして、三人は身体に巻き付けたタオル一枚で浴場に駆け込んだ。当然、こんな状況は彼女たちが望んだことではない。

 原因は、千葉だ。

 あと三〇分ほどすれば今日一日の訓練が終わると思った直後、事務室から戻ってきた千葉が彼女たちの前で「気合いが抜けている」とたった一言呟いた。

 そう、たった一言。

 されど、一言。

 千葉の呟きで追加の訓練が一瞬で確定。思わず上がる不平不満のうめき声。

 

「良い度胸だな、テメェら」と、千葉がドスのきいた低い声で呟く。

 皆の前で仁王立ちしながら、ニヤリと不敵な――どちらかと言えば、残忍とも見える笑みを浮かべた。

 そんな姿と声が目の前にあれば、誰だって呻き声すらピタリと止める。

 楽しみにしていた夕飯は飯盒(はんごう)で受け取る羽目になり、その直後から始まる体育訓練。

 駐屯地の外周を走って走って、最終的には六キロほどの持続走。

 それが終われば、腕立て伏せに腹筋、背筋、スクワットの定番メニュー。

 当然、みんな汗まみれでくたばった。

 

 時間すれば一時間半ほどだったとはいえ、予想外すぎて目茶苦茶に疲れた。と、言うか、今からさらに疲れる。

 食堂は閉まり、浴場も閉まる寸前。

 ついでに言えば、彼女たちは食事もまだ取っていない。洗濯しなければならないし、食事も摂らないと行けない。

 だけど、一日の終わりである消灯時間は変わらない。

 

「――全く、あの筋肉班長! ただの嫌がらせじゃない、こんなの!」

 

 真木野が千葉への文句を言いつつ頭からお湯を浴びて、素早くシャンプーを付けて髪を手荒く洗う。

 本当は丁寧に洗いたいのだけども、そんな時間があるわけもない。わしゃわしゃと無理矢理泡立てる。

 

「もう、ただでさえ時間がないのに……。どうして、さらに時間が無いようにするのよ……」

 

 高井も手早くシャンプーを泡立てる。もはや髪全体を綺麗に洗うのは諦めて、頭皮の部分だけを洗う。

 手早く洗い終わると、これまた素早くお湯を浴びて流す。

 

「絶対、八つ当たり! それ以外、考えられない! あんな楽しそうな表情浮かべるなんて、絶対サディスト! 変態!」

 

 三輪も同じように髪を洗うが、彼女が最も髪が短い。

 さっさと終わると、化繊のボディスポンジに石鹸を擦り付けて、直ぐさま身体を洗い始める。

 

「本当、あの班長さえ居なければ、もう少しまともな生活できるのに! 最悪!」

 

 頭から勢いよくお湯を浴びて、シャンプーを洗い流す真木野。

 髪の水を払ったり、拭いたりもせずに身体を洗うためのタオルに石鹸を擦る。

 

「明日も絶対、筋肉痛……。回復どころじゃないよ」

 

 ぼやきながらも身体を洗い始める高井。

 巨乳の彼女は左手で左乳房を持ち上げて、その裏を――胸と胴体の密着部分を手早く洗う。

 そうでもしないとそこにあせもが出来て、結構辛い。

 今使っているブラジャーが官給品のスポーツブラなので、余計にどうしようもない。

 本当はまともなブラジャーを使いたいのだけども、激しい運動と洗濯のしやすさを考えると、どうしてもスポーツブラになってしまう。

 

「……………………。――っ!! ――私もですよ! 腕も脚もカチコチに固くなって、お風呂入ってマッサージしても全然消えないし」

 

 近頃は見慣れたとはいえ、高井の胸のボリュームに引き込まれた三輪が内心慌てながら止まってしまった手を動かす。

 ちょっと自分の胸と他の二人を見比べる。

 

(……いくら何でも、ちょっと不公平じゃない……)

 

 高井は保母をしていたというイメージ通り、穏和な笑みが似合うそこそこの容姿に形の良い巨乳。

 真木野はモデルしていたという言葉を裏切らない見事なプロポーション。腰とか手足とかは細いけど、実は筋肉質。けれども、痩せすぎでもない。その上、ちゃんと出るとこはバッチリ出ている。

 三輪だって自分自身の容姿やスタイルが悪いと思っていないけど、なんだかんだと真木野の方が胸はあるし、腰は細いし、容姿も良いし、外見はどうしたって敵わない。

 

「あれ、三輪ちゃん。また、難しい顔をしてる。皺寄りすぎだよ」

「――べ、別に難しい顔している訳じゃありません。あの脳味噌まで筋肉で出来た単純ゴリラにむかついていただけです」

 

 無理して作った澄まし顔に、ちょっと照れ気味の言動、そこに少々の不機嫌さ。

 そうすると、今の微妙に難しい表情を浮かべながら身体を洗う三輪貴子が出来上がる

 

「――え~。ミワっちの視線、桃さんの胸に釘付けだったじゃん。ミワっちのが、小っちゃいからって気にしちゃ駄目だよ」

 

 言葉と共に「にししししっ」と、いつもの親父笑いを浮かべて目を細めて笑う真木野。

 言外に匂わす、あからさまな勝利宣言。

 敢えて言葉にするならば、『桃さんより小さいからって気にしちゃ駄目だよ。私よりも小さいけども。くすっ』って、そんな感じ。

 

「そんなこと考えてないわよ! 全く、どこをどう邪推したら、そんな結論出てくるのよ!」

「邪推も何も、事実じゃん」

 

 そう言っては「うししししっ」と再び上げる親父笑い。

 そのくせ、にんまりと両端を上げた口元で、目を細めた猫のように笑う表情が結構可愛い。

 それすら、真木野は似合う。

 三輪はぷいっと顔を逸らした。

 

「そんな胸のサイズとか、自分ではどうしようもないこと、私が気にするわけ無いじゃない! これでもCはあるんだから、十分よ」

 

 正直、ただの負け惜しみにしか聞こえない。

 

「三輪ちゃん、大きすぎても肩こりして邪魔なだけだから、気にする必要ないわよ」

 

 苦笑を浮かべる高井。

 彼女にとってはこの悩みも結構辛い。何もしていなくても肩こりが酷くて、酷いときには首筋まで痛くなる。

 ふて腐れた三輪に真木野がさり気なくアドバイス。

 

「だったら、ミワっち。その胸、男に揉んで貰えばいいじゃん」

「れ、玲ちゃん!!」

「――ぶっ!!」

 

 素で吹いた三輪とさり気ない一言で仰天した高井が、恐る恐る真木野に視線を向ける。

 

「何、そんなに驚いてるのよ」

 

 と、言いながら、真木野は言葉を続けた。

 

「セックスすると女性ホルモン増えるし、どうせ一人でウジウジしたって大きくならないし、気持ち良いし、悪いこと無いよ。あ、避妊は忘れちゃ駄目だよ。ゴムだけはちゃんと付けないと。後悔する人、多いしね~。あ、アフターピルは止めといた方が良いよ。不確実だし」

 

 CMにでも出てきそうな営業用のソツのない笑顔のまま、真木野の可憐な唇から生々しい忠告が溢れ出てくる。

 

「玲ちゃんはどうして、そんなに露骨なのよ!」

 

 どこをどう言っていいやら、悩むことすら出来なくなった高井が喚く。

 もう悲鳴のような声で、真木野の羞恥心の少なさに嘆く。

 が、当然、真木野は気にしない。

 

「え、だって、隠しても意味ないじゃないですか。セックスしない人間なんて、童貞と処女だけですよ」

「それはっ! ……そう……、だけど、玲ちゃんは生々しすぎるの!」

 

 ケロッと答える真木野。

 モデルだった美貌とプロポーションであっけらかんと言われると、高井はこれ以上の言葉が継げない。

 

「破廉恥すぎるわよ!!」

 

 首まで真っ赤になった三輪が喚く。

 言った真木野より、聞かされた三輪の方が遙かに羞恥心がある。

 

「あのねぇ、ミワっち、別に誰でも良いから胸を揉ませろって話じゃないわよ。さっさといい男捕まえるのが一番良いけど、まぁ、『ちょっといいなぁ』って程度の男と寝て、そいつをセフレにするのも悪くないって話よ」

「だから、セフレとか、そう言うことをのたまうのが破廉恥なのよ!! 少しは羞じらいなさいよ!!」

 

 ヒートアップする真木野と、それを茶化す三輪に挟まれた高井は自分の両脇で行われる破廉恥な会話を止めようと思った――けれども、具体的な言葉が思い浮かばずにオロオロするばかり。

 

「やってる現場を見せろなんて、下世話な事は言って無いじゃない。何、そんなに怒ってんのよ?」

 

 うししししっと親父笑いを、これでもか。と、浮かべる真木野。

 真木野の行動の全ては、確信犯そのものである。

 

「怒るに決まってるでしょ! 普通、そう言うことはこんなところで話さないの! ここは浴場で、他にも人がいるんだから場所を考えなさいって言ってんの!! TPOよ、TPO!!」

 

 怒髪天を衝く三輪。

 短く纏めた髪が猫のように逆立ちそうな気配である。

 

「なんだ、場所ね。うん、それは気をつける。女しかいないとはいえ、ちょっと不注意だったね」

 

 にっこりと可愛らしい微笑み。

 誰もが騙されそうになる、真木野の綺麗な笑顔。

 

「……わ、分かればいいのよ」

 

 やたら素直な真木野にドギマギする三輪。

 あれ、こいつなんでこんなに素直なの?

 

「じゃ、この話の続きは営内に戻ったから、ゆっくり、たっぷり、ねっとりとお話ししましょうね」

 

 色気たっぷりの潤んだ流し目で真木野が三輪の裸体を下から上へ舐め回すように見ると、三輪が怯えたようにその胸元を両手で隠した。

 それはもう、なんというか危険に対する動物的な防衛本能に近い。

 

「どうして、あんたはそんなにいやらしい目付きでこっちをみるのよ!!」

「うふっ……嫌だなぁ、貴子。私がバイセクシャルだってこと忘れたの? それともベッドの上で確かめてみる?」

 

 真木野が意志の強さを感じさせる綺麗な瞳で見つめたまま、額に掛かった濡れたウエーブの黒髪を掻き上げて微笑む。

 見事なプロポーションの裸体と美貌も相まって、まるで映画か写真のワンカットのようなシーン。

 同性から見ても、綺麗で決まっている真木野の微笑みとポーズ。

 三輪だって、それには同意見だ。

『貴子』と呼ばれた声音にすら、ゾクッとする。

 その前後の卑猥な言葉の数々がなければの話だが――。

 

「桃さん! この万年発情猫娘に何か言って下さい!」

 

 とはいえ、本当に自分を押し倒しそうな視線に悪寒を感じた三輪は高井に泣きついた。

 本能的に両手足で身を隠すように縮こまる。が、全ては無駄。

 

「……私に何か出来ると思う?」

 

 諦め切って、疲れ果てたような高井の一言。

 

「ひどい! 桃さん、私を捨てるなんて! まるで私が浮気しているみたいじゃない!」

 

 真木野が何故か三輪が言いそうなことを言う。

 

「浮気じゃなくて、卑猥なの。冗談でこれ以上、三輪ちゃんを怯えさせるのは止めなさい」

 

 以前ので、真木野の演技に少し慣れたのか、高井がちょっとだけ突き放すと真木野は「非道い」といって泣き崩れた。

 もちろん、それも演技。

 そのまま、なんというか、よくあるTVドラマの姑に虐められた嫁のようにポーズを素早く取って、それからジト目で三輪を睨んで一言。

 

「ミワっち! 今夜ベッドの上で、悶絶絶頂地獄に叩き込んでひぃひぃ言わせてあげるから、覚悟なさい!」

「だから、なんで私を襲うのよ!!」

 

 もう、何が何やら。真っ赤な顔で三輪が喚く。

 

「もう、玲ちゃん。悪ふざけもほどほどにしないと、いい加減、湯槽に浸かる時間が無いわよ」

「――じゃ、入りま~す」

 

 その一言で、真木野は身体に付いた石鹸を素早く流して湯槽に入る。

 カラスの行水かと思うほど身体を洗う時間が無いが、如何ともしがたい。

 高井も三輪もそれに続き、三人揃って肩まで湯船に浸かる。

 

「はぁ~~~~~っ。………いいお湯。なんか、……幸せ……」

 

 天井を見上げて高井が呟く。

 この一時だけは何もかも忘れて良いのだ。

 訓練も、シゴキも、罵声も、現実も、何もかも忘れて微睡みの様に心地よい一瞬。

 

「いい湯ですね……」

 

 三輪もうっとりとした表情で同意する。

 石鹸擦り付けてお湯で流す程度しか出来なかったはいえ、今日一日の汗を洗い流せるだけでも十分に気持ちいい。

 

「桃さんも、ミワっちも、お風呂の中でマッサージしておいた方が良いですよ。筋肉痛が軽減できるからオススメ」

 

 そう言った真木野は、足を大きく広げて湯槽の中でストレッチ中。

 股関節とかお尻周り、太腿や膨ら脛(ふくらはぎ)の筋肉を伸ばしながら、両手で丹念に揉みほぐす。

 

「そんなに違う?」

 

 珍しそうに聞く高井。

 

「……本当に?」

 

 運動音痴の三輪には初耳の情報。

 

「全然、違いますよ」

 

 少し痛そうだけども、気持ちよさそうに答える真木野。

 

「――で、アンタたち、何時まで呑気に風呂入ってんのよ」

 

 突如響く第三者の苛立たしいような、それと同時に呆れたような声。

 一昨日の深夜に聞いた、その声に真木野たち三人は半ば反射的に腰を浮かした。

 あの碌でもない手紙を持ってきた人物が再び現れて焦る。

 細長い眼鏡と後ろ髪を大きな髪留めで止めた髪型で、どちらかというと学校の厳しい感じの女教師という風情が特徴的な上等兵。

 

「――五十嵐上等兵!」

 

 高井が彼女の名前を呼ぶ。

 一昨日の夜、就寝間際の彼女たちに千葉の非常呼集訓練開始の手紙を手渡した実戦経験六回の上等兵がジャージ姿でデッキブラシ片手に仁王立ち。

 その後ろには同じようにデッキブラシを持った三人の女の子たち――年頃はきっと一八歳行くか行かないで、明らかに徴兵された女の子たちがいた。

 そんな彼女は右手をひらひらと振りながら、

 

「別に、今日は非常呼集訓練じゃないわよ」

 

 と、浴槽から既に片足を出した真木野に言うと、自らのデジタルの軍用腕時計を指で示した。

 

「だけど、もう入浴時間は終了。さっさと出ないと、風呂場の窓を全部開けるわよ。私ら、これから浴場清掃しなきゃならないんだから」

「ええ~~~っ。そんな殺生な……」

 

 真木野の泣き言は演技でも何でもなく、本音も本音。

 秋ももう終わろうかという昨今に風呂場の窓を全部開けられたら、あっという間に外と変わらないほどに冷えてしまう。

 

「急いで出ましょう。迷惑掛けるわけにはいかないわ」

「そうですね。急ぎましょうか」

 

 名残惜しそうに高井が腰を上げ、三輪が最後にと首まで湯に浸かる。

 

「もう少し、入っていたい?」

「入りたいです!!」

 

 思いもよらぬ五十嵐上等兵の問い掛けに、素直に即答する真木野。

 

「どうせ訓練が伸びたんでしょ? あとで一緒に掃除するなら少し延長してあげるわ」

「え~、清掃!?」真木野の我が儘。

「了解です」三輪の即答。

「じゃ、あとどのくらい入っていて良いですか?」高井の調整。

 

 二対一の多数決で、三人の行動が決定。

 

「そうね、あと五分間暖まってて良いわよ。出たら、すぐ着替えて更衣室の清掃やりなさい。アンタたちが入っている間に、浴場の中はやっちゃうから」

「「「ありがとうございます」」」

 

 嬉しくて素直に礼を言う。

 真木野たちにも仕事を手早く割り振った五十嵐は、後ろでおどおどしている新兵たちに指示を下す。

 

「じゃ、アンタは椅子片付けて。そっちは残っているゴミ集め。排水溝の蓋に髪の毛絡んでるから、ちゃんとそれも集めなさいよ。汚い? 風呂場なんだから、すぐに手を洗えばいいでしょ! つべこべ言わずにやんなさいッ! 残ったアンタと私はデッキブラシで床掃除よ。――はい! 作業開始!」

 

 五十嵐は手際よく指示を下すと両手をパンパンと打ち鳴らして作業を始めさせた。

 湯槽に浸かっている時に、周りで清掃されているのは何というか居心地が悪い。

 

「なんか、思った以上に……居心地、悪いわね……」

「もう、こうなったら入ってた者勝ちです。腹括りましょう、桃さん」

「私たちも清掃するんです。きっちり五分後から頑張ればいいんです」

 

 湯槽の中の三人は肩を寄せ合って、ひそひそと話し合う。

 

「――で、アンタたちさ」

 

 そんな三人を無視する勢いで、デッキブラシでゴシゴシと風呂場の床を擦りながら五十嵐が話しかけた。

 ただし、手は遊んでいない。

 丁寧な清掃とは言えないが、手抜きでもないと言った感じの動作。

 

「何ですか?」

 

 真木野が素早く反応して、五十嵐のいる方へ顔を向けた。

 いつの間にか五十嵐はジャージの裾を捲り上げていた。

 

「一班の第三組長って、あの東野とか言う不良もどきで確定なの?」

 

 五十嵐が少々意外そうな顔で確認してくる。

 理知的な雰囲気の女性が素の表情を出してくると、そこはかとなく可愛らしさがある。

 目下のところ、第一班の新兵たちを悩ます問題に真木野は天井を見上げた。

 高い浴場の天井。実家のお風呂では有り得ないような高さ。

 

 ――私には、まるで手が届きません。

 

 真木野は何故か、そんな当たり前のことを呟きたくなった。

 

 天井も――。

 人事も――。

 どうせ、届くわけがない。

 当たり前のこと。

 私には関係ない。

 

 ただ自分のものであるはずの、自分の運命すらもこの手にはない。

 手にすることが出来ないほど、それは遠くにある。

 自分のものであって、自分のものでないような、そんな現実。

 

「まぁ、そう、思いますよねぇ。…………けど、事実なんですよ」

「ある意味、妥当じゃないの」

「へっ!?」「えっ!?」

 

 至極当然と言わんばかりの五十嵐の返答に、真木野と三輪が驚いた。

 

「アイツだけでしょ? そっちの班で実戦経験がある新兵って。だったら、別に不思議でも何でもないわよ。まぁ、私の予想は外れたけどね。第三中隊第三小隊第二班(うちら)の予想じゃ、あの不良もどきか教師くずれか、半々だと思っていたのよ」

「そうなんですか……」

 

 高井も驚くが――三人へ特に興味を示すこともなく、五十嵐はデッキブラシを垂直に立てると両の掌を竿の先に当てて、つっかえ棒のようにすると頬杖を付くかのように顎を載せた。

 

「人望か、経験か、どちらを選ぶかって話で、千葉班長は経験の方を選んだんでしょ。まぁ、部外者からは妥当な結末に見えるんだけど、当事者の貴女たち的にはどうなのよ?」

「正直、ちょっと、なぁ……って思います」

 

 遠慮無く、真木野が胸の内を明かす。

 

「どんなところが問題なの?」

 

 そう訊ねながらも、五十嵐は部下に次の指示を下していく。

 

「何かを邪魔をするって訳ではないんですけど、協調性の欠片も感じないし、打ち解けようともしないから、私もまだ喋ったこともないぐらいで……。イマイチ、どんな奴か分からないこと《ルビ:・・・・・・・》自体が嫌ですね」

「ふ~ん、マッキーはそうなんだ」

「――ま、まっきー!?」

「ぷっ! お似合いじゃない」

 

 しれっと渾名を付けられた真木野が不服の意を表すが、五十嵐は取り合わずに小さく吹き出した三輪に向き直った。

 

「それじゃ、貴女から見たら東野ってどんな奴?」

「……よくクラスに一人や二人はいる人の輪に入ろうとしないヤツ。そんな感じです。それに不良というか、なんか無意味に捻くれて、物事を斜に構えているヤツって感じがします。ほとんど話したことありませんけど……」

 

 五十嵐は少し意外そうに三輪の回答を聞いた。

 驚いたのは、三輪が慎重に言葉を選んだからだろうか、それとも東野の人物像に関してだろうか?

 

「結構、捻くれ者なのね。あの少年《こ》。この御時世、普通の若い男の子だったら目の色変えて女に突っ込んでくるのに、話しかけもしないなんて。もしかして、同性愛者(ホモ)?」

同性愛者(ホモ)では無いようですよ。女遊びがどうとか、男の子同士で話していましたから。ただ、男の子同士でも仲が悪いみたいで、昨夜も殴り合いの喧嘩したらしいですけど」

 

 五十嵐の独り言のような疑問に高井が律儀に応じる。

 そんな彼女に五十嵐は「そうなんだ……」というと何か難しそうな表情を浮かべて、口を尖らせた。

 

「そう言えば、どうしてそんなにうちの班の組長を気にするんですか?」

 

 三輪が、遠慮がちに五十嵐に問い掛けた。

 どうして、あの捻くれ者の事を、わざわざ他班の上等兵が気にするのか疑問だった。

 だが五十嵐にとっては、自分の真意を理解出来ない事の方が驚きだった。

 

「ちょっと……。仕方ないとはいえ、鈍いわねぇ。そんなんじゃ、戦場で右往左往している内に死んじゃうわよ」

「……すいません」

 

 遠慮がない五十嵐の一言は、さり気なく小さく、だが、思わぬほど深く三輪の心を抉った。

 こんな些細な事で馬鹿扱いされるなんて、三輪の人生では生まれて初めての経験だ。

 千葉の訓練で生まれてこの方、聞いたことも無いような罵倒を浴び続ける毎日だが、あの口の悪い班長だけでなく、少し年上の同性の先輩にまで言われてしまうと思った以上に精神的にきつかった。

 当然そんな三輪の心理など、五十嵐は気にしていない。

 

「まぁ、徴兵からまだ一ヶ月も経っていないけど、ぼんやりしてると誰も相手にしてくれないわよ。気にする理由なんて簡単。東野が組長なんでしょ? 千葉一曹がいなくて、樽木三曹もいなければ、次級者の彼と調整して連携取るに決まっているじゃない」

「――え! いざって時は、あいつが私たちに命令するんですか!?」

「玲ちゃん、やっぱり、真面目に考えてなかったのね」

 

 真木野が悪夢だと言わんばかりの声が上がり、高井がそれに溜息をついた。

 その溜息にさらに溜息を重ねて、五十嵐はこの会話の理由を述べた。

 

「私も私で、二班の第二組長だからね。うちの班長と第一組長が死んだ場合のことを考えて、他の班の編制ぐらい押さえておきたい訳よ」

「――組長!?」

「すごい」

「わぁ」

 

 三者三様の感嘆。

 いくら何でも、ちょっと大げさに言われているようで五十嵐も面映ゆく感じる。

 

「そこまで驚かないでよ。今や機械化歩兵でも女性の班長が生まれてきているわよ」

 

 ――男が死にすぎたから……ね。

 

 その事実は言う必要もないので語らずに、僅かに視線を逸らした。

 己が肉体一つで戦場を駆け抜ける歩兵に女性は極少数を除き配属されていない。

 だが、機械力のアシストを受ける機械化歩兵には確実に増加し始めていた。

 ただ、ここまで何も知らないと同一小隊として共に戦う五十嵐としても不安になる。

 彼女としても動かざるを得ないと判断した。

 無論、千葉や樽木の邪魔にならない範囲でそれを行わなくてはならない。

 今の真木野達のように特別な訓練を実施している状況の他班の教育に口を出すなんて、殴り倒されても文句が言えない越権行為だ。

 下手にばれたら、千葉は決して容赦しないだろう。

 それぐらい、千葉を見ていたら誰でも想像がつく。

 

「これから余計な世話を焼くわ。いい? アンタたちは扱かれる側だから分かっていないんでしょうけど、小隊規模の訓練を未だ実施していない我が小隊は、各班同士の連携も碌に取れない烏合の衆と言っても差し支えないわ。別にアンタたちだけが悪い訳じゃないわよ。私たちの班だって、多少は似たようなものよ。かといって、ただ待っていたら、いつ実戦に駆り出されるか分かったもんじゃないわ」

「…………、」

 

 あからさまに自分達が足手纏いだと言われている。

 そんな気分になる事実。

 そして、五十嵐が言った実戦という言葉の重みが、真木野たちの心にのし掛かる。

 真木野らは五十嵐の言葉が無ければ気が付けなかった、ある事実に愕然とした。

 そう。

 たった一〇人で、数千数万という大群で押し寄せるBETAと戦うわけではないのだ。

 皆と一丸となって戦うのだ。

 だが、彼ら八人はそれに必要な最低限の技量を身に付けていないから、彼女たちは小隊規模の訓練が出来ない。

 小隊の仲間たちと協力することが出来ない自分達がいる。

 五十嵐の言葉も口調も優しいが、そう評価されているのだ。

 自分達が未熟なために、自らの手でBETAに喰い殺される可能性を押し上げている。

 そんな現実が彼女たちの胸を刺す。

 

「烏合の衆のまま、BETAに喰われる気なんて、私にはさらさら無いの。だから、聞きたいことがあったら何時でも私のところに来なさい。分かること、教えられることは、出来る範囲でみんな教えるわ。もちろん、千葉一曹には内緒。連携不足で死ぬなんて馬鹿らしいし、アンタたちじゃ千葉一曹とかにちょっと聞きづらいでしょう?」

「お願いします」

 

 高井は素直に頭を下げた。

 他の二人も彼女に見習う。

 確かに何か分からない事があっても、千葉には聞きづらい。

 聞いたらすぐに怒るというわけではないだろうが、怒られるのではないかと思うと、それだけで聞きづらい。

 樽木は聞きやすいけども、女性用兵舎にはいない。

 訓練後に何か聞くのであれば、五十嵐という先輩はこの上なく心強い。

 

「――ちょっと話しすぎたわね。もう五分過ぎたから、貴女たちは脱衣所をやって。こっちが終わったら、合流してさっさと終わらしましょう」

「了解」

「すぐに着替えます」

「はい」

 

 三人は素早く湯から上がると脱衣所に向かったが、彼女らに笑顔は無かった。

 

 

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