ここからはお手数では御座いますが、グーグルマップで地名を地図上で確認しながらお読み頂ければと思います。
戦況MAP作成はまとまった時間が出来れば考えたいと思います。
書いているときは、設定として政威大将軍が出てくるので作中の整合性で苦労した記憶があるなぁ。
一九九八年一〇月一九日 〇七時二九分
長野県飯山市内 帝国陸軍第一戦術機甲連隊第三中隊 展開地
達磨の如き面相と鋭い眼光、そして筋肉質な体躯が特徴的な帝国陸軍第一戦術機甲連隊第三中隊長の村田大尉は、飯山駅近くの公園と駐車場等に展開し終えた自分の部隊を眺め、僅かではあるが安堵した。
彼の視界の中には八七式自走整備支援担架にジャッキアップされ、完全武装済みの不知火一二機が立っている。無論、全機出撃可能状態である。
全長一八メートルにも達する巨大な戦術機を運搬可能な支援車両は特大のトレーラーであり、国内を移動する際には通行可能な道路の関係で交通統制がし易く、スムーズに移動できる夜間に移動する事が多い。
前日の夕方の一八時ちょうどに練馬を出発した第三中隊と整備部隊の計一七両の車両が、飯山に到着したのは日付が変わった深夜二時過ぎである。
彼らは到着直後から展開地域で出撃準備──トレーラーに積まれていた一二機の不知火の跳躍ユニットを取り付け、突撃砲を兵器架に装備させると、あっという間に朝五時を過ぎていた。
続いて、寝床の準備も終わらせ、部下達には逐次仮眠を取らせている。
彼自身はと言えば、全般事項を指揮しながら原隊の第一戦術機甲連隊本部と、今回の配属先である増強第四八戦術機甲連隊団本部に出撃準備完了の報告をした。
後は長距離移動で疲れた部下達にちゃんとした休養を与え、心身共に万全の状態に持って行くことが、彼の義務である。
幸いなことに、近傍のある温泉旅館を休憩所兼仮眠所として帝国本土防衛軍が借り上げているので場所に困ると言うことはない。
一個小隊を即動用に機体近くに建てた指揮所天幕と仮眠用テントに待機させ、それ以外は温泉旅館で休憩させる勤務割りで特に問題は無い。
佐渡島ハイヴから飯山までは結構な距離もあり、旅館で寝ている衛士を起こしてからでも出撃は十分間に合う。
そういった意味では、さほど厳しい任務ではない。
(──とはいえ、ここのところ佐渡島ハイヴへの間引きがのぅ……)
村田はそう心の中だけで呟き、無精髭が生えた顎を指でさすった。
九月二六日から九月三〇日までの間、実施された日本海側BETA殲滅作戦『ユキツバキ』は佐渡島にいた一般市民約一二万人の犠牲とその救助の打ち切りともに
佐渡島にBETA上陸時にいた日本帝国国民は約一五万人。
その内、救助できたのは約三万人。『ユキツバキ』の実行をあと四日延ばせば、少なくとも一万人は救助できたと噂されており、榊首相に批判的な議員は既に議会でその責任を問い質している。
しかしながら、佐渡島以外の本州日本海側にBETAがほぼいないという状況は、それをマスコミに無視させるだけの価値があった。
では、村田が心配することは何であろうか?
五日間に渡って実施された日本海側BETA殲滅作戦『ユキツバキ』には、綿密な計画の元で始まった作戦ではなく、どちらかと言えば、なし崩し的に始まった作戦である。
確かに統合参謀本部も東部方面軍及び国防省も『ユキツバキ』の計画を了承しており、一〇月一日を以て実行する予定だった。
だが、実際に作戦が発動したのはそれより五日も早い九月二六日。
確かに『ユキツバキ』の主力となる第一軌道降下旅団及び帝国航空宇宙宇軍は作戦準備を既に完成させており、これらの部隊に関しては問題がなかった。そうでなければ、作戦自体が崩壊していたであろう。
まず、第一の問題は帝国陸軍と日本帝国議会との関係悪化である。
それは帝国陸軍と航空宇宙軍との信頼関係にすら、深刻な影響をもたらしていた。
今回事前に作戦準備を済ませ、さらに『ユキツバキ』を強引に前倒しする為の榊首相の工作を知っていた航空宇宙軍は何ら問題無く作戦準備を完了させていた。
そうでなければ、彼らが『S』からの現地情報で軌道降下作戦を実行したりしない。
だが陸軍の──特に日本海側でBETAと戦っていた主力である東部方面軍第一二師団には、その情報の最も重大な部分は伏せられていた。
統合参謀本部が関与していると言うことは、榊首相の工作に関する一部の情報は当然、陸軍参謀本部にも伝わっている。
何よりも、榊首相と統合参謀本部の意向を受けて動いた国防大臣直轄部隊『S』は、陸軍の部隊であるため様々な情報ルートが元々存在する。
つまり、榊首相と統合参謀本部は、帝国航空宇宙軍には十分な情報を与えておきながら、最前線で身を挺して戦う帝国陸軍──特に第一二師団を故意に『裏切った』のである。
第一二師団司令部には『ユキツバキ』作戦開始日を一〇月一日と伝えており、それ以外の情報を一切伝えていない。
この影響は想像以上に大きく、特に最前線である新潟市内で激戦を繰り広げていた第三〇機械化歩兵連隊長と第一二師団司令部の士官数名が統合参謀本部に猛烈な抗議をした。
第三〇機械化歩兵連隊は本当の作戦を知らないが故に、幾度となく佐渡島からの避難民を守ろうと、新潟市内の“みなとトンネル”から光線級殲滅を目的とした突撃を繰り返した。
その結果、同連隊は多大な犠牲を出し、現在再編成中である。
まして、運任せの出たとこ勝負の博打の為に無駄に部下を死なせたとあっては、その指揮官たちが怒ることは心情的に無理もないことである。
その結果、『ユキツバキ』作戦中に連隊長を含め数名の士官が更迭または異動させられる事態が発生する。
この対応を一言で言い表すならば、
せめて、『ユキツバキ』作戦後に時間を掛けて対応すべきであった。
この一方的かつ素早すぎる一連の処罰は、帝国軍上層部に政治家と官僚は今後現場で戦う軍事の専門家達の意見を一切無視するという誤ったサインを送ることになった。
彼らがそう思慮するのも無理はない。
処罰された者たちは、
だが、処罰された軍人達の直属の指揮官達を無視する形で、国防省内局の官僚達──当然、その背後には榊首相らがいる──は処罰を下した。
処罰の理由は文民統制への重大な反抗である。
しかしながら、これ自体も問題を含んでいた。
それは
軍政を司るのは官僚であり、軍令を司るのは軍人である。
軍人は政策に口を出すことが許されていない。
政策は政治家と官僚が作る。軍人は助言のみである。
つまり、国家戦略を作るのは政治家と官僚であり、軍事作戦を遂行するのが軍人である。
なお、日本帝国の政治家及び官僚には帝国軍の指揮権が無い。
憲法上、榊首相及び内閣、帝国議会は帝国軍を指揮する権限が無い。
日本帝国軍の四軍全てを指揮する権限を有するのは、皇帝の委任を受けた政威大将軍のみである。
政治家に許されるのは、軍人と同様に政威大将軍に助言することのみである。
これは『泥棒が裁判官の振りをして、別の泥棒に裁きを下す』と、例えても言い過ぎではない。
表面にこそ出てこないが政治家官僚に対する帝国軍人の反感は一気に高まった。
彼らとて、己らの命を駒のように扱う政治家や官僚のために軍人になったのではない以上、当然すぎる事である。
政治家と官僚に人望やカリスマの類が無い証拠とも言えるだろう。
第二次世界大戦の敗戦で政治力が大幅に低下した政威大将軍の権限と権威を、政治家と官僚、一部の軍人、それどころか武家と公家までもがそれを蔑ろにし、また都合の良いように特例や通達で前例を作り出し、それを利用して来たのである。
これに半ば反発する形で斯衛軍は増強されて装備品等に独自色が強くなり、帝国陸軍との部品共有に一部ではあるが問題を抱えることになった。
しかし、それ故に榊首相は己の政治的プラン──オルタネイティヴ4に必要な物資等を強引に確保出来るのであり、反対にそれが原因で日本帝国は国力を結集することが出来ず、滅亡の危機に瀕していながらも最前線では無駄に人が死ぬのである。
第二に、不十分な準備で作戦を強行したために発生した各種問題。
これは特に海軍戦艦部隊と陸軍戦術機部隊に発生している補給整備の問題である。
BETAが佐渡島に上陸して二日後の九月二四日当時、日本海にいた三隻の帝国海軍の戦艦全ては弾薬切れであった。
その三隻である大和級の“信濃”“美濃”、それと改大和級である“出雲”は直ちに青森の大湊軍港に向けて北上。
帝国海軍軍人と軍属、さらには軍需産業関連企業の社員まで動員した昼夜を問わない突貫作業により、弾薬の約六〇%を積載した時点で各艦各個に再出撃したが、もっとも早く作業を終えた“信濃”でも次の日の出港。
他の二隻が出港したのもさらに一日後の九月二十六日。『ユキツバキ』発動当日である。
三隻の戦艦はそのまま日本海側BETA殲滅作戦『ユキツバキ』に投入され、佐渡島への間引き作戦は中止された。
当然のように弾薬を消耗した三隻は再び青森の大湊に帰ることになった。
加えて佐渡島救助作戦の打ち切りは、そのまま佐渡島への間引き作戦の中断を生んだ。
帝国海軍だけでなく、同じようなことは帝国陸軍でも起きた。
新潟市内のBETAを殲滅した帝国陸軍はそのまま新潟県内のBETA群を追撃し戦果の拡大に努めた。
手持ちの砲弾のほぼ全てを撃ち尽くしたが、佐渡島に逃したBETAも多い。
事前の準備が不十分のために、追撃しきれなかったのである。
当然、最低限の弾薬は残してあるが、BETAとの戦いは物量の戦いでもある。
不安が残る結果となった。
本来ならば早急に補給すべきなのだが、太平洋側もBETAに押し込まれ、静岡県を失う可能性が高い現状ではそのような余裕もない。
さら言えば、いくら軽微な損害で殲滅したとはいえ、決して無傷ではない。
西日本と中部日本の重工業地帯全てを失った日本帝国では戦術機一機といえども、その重みは決して軽いものではない。
無理矢理実行したユキツバキ作戦により得たものは大きいのだが、それと同時に補給・整備計画に大きな混乱と日本海側BETA間引き作戦計画の破綻を生んだ。
弾薬に余裕がない以上、間引き作戦は実行できない。
目下、帝国政府──主に外務省は全力で国連と米国に武器弾薬の無償援助を要請している。
この要求はほぼ間違いなく通るが、米国からの弾薬が日本に届き、最前線に運ばれるまでは最速でも一週間は掛かる。
この間、佐渡島ハイヴから想定より大規模なBETA侵攻があった場合、日本海側防衛線が崩壊し、関東平野を蹂躙され、新帝都・東京は為す術もなく壊滅する可能性がある。
これを防ぐために日本海側の帝国軍全軍で戦力回復と戦力の集中に努めている──真木野たちもその為に徴兵されたが、それは同時に佐渡島ハイヴの拡充とBETAの増殖に直結する。
さらには外交的な問題もある。
それは国連軍内部で暖めていた『ハイヴ建造初期段階での攻略作戦』の全ては実行不可能となったことだ。
これは日本海側BETA殲滅に対するトレードオフとも言えるものであり、一概に『ユキツバキ』を否定できるものではない。
特に日本帝国にとって──自国民を護るためには当然の選択である。
だが、国連は違う。
彼らにとって日本国民の死者数は重大な問題ではない。
むしろ、些細な問題に過ぎない。
新たなハイヴが出来ることの方が、人類の生存可能地域を脅かす大問題なのだ。
BETAがハイヴを建設する最初期の段階で手持ちの最大限の戦力を投入することは、最も有効な対処方法と世界中で考えられてきていただけに、それを全く考えない日本帝国軍の作戦は国連軍内部では大きな失望をもたらした。
それは『光州の悲劇』ほどではないが、日本軍の評判に影を落としていた。
これらの問題が、最前線の衛士である村田の耳にも入るのである。下士官であろうと、耳の良い者たちには既に伝わっている。
日本海側BETA殲滅作戦『ユキツバキ』の成功により事態は好転したとはいえ、問題は今も増え続けていた。
(次に襲来するBETA群は如何ほどの規模になるのか想像もつかん……)
それらの問題を頭の片隅に追いやった村田ではあるが、最前線で迎撃する彼に楽観できる要素は何一つない。
佐渡島ハイヴから溢れ出るBETAを迎撃するのが、彼らの任務である。
個体数が少ない内に継続的に攻撃──つまり間引き作戦を実行するのが理論上最善なのだが、そんなことが出来ない以上、如何ともしがたい。
結局、彼には軍人としてのベスト──戦いでBETAを一匹でも多く殺し、一人でも多く国民を護ることに全力を尽くすしかない。
そう思い、その双眸を閉じる。
瞼の裏に浮かぶのは、炎の海と化した旧帝都・京都。
死地を駆け巡り、その命を玉と散らした戦友達の笑顔。
今も耳に残る彼らの願いはただ一つ。
──日本を頼む。
それは守りたかったものを守れなかった無念。
己の死を目の前にしても、なお託さずにはいられない願い。
彼らは別に日本帝国政府を守りたいのではない。
日本とは、彼らが守りたいものの総称。
日本帝国という国体の中で暮らす愛する家族と郷土と歴史と、何よりもそれらの未来を守りたいが故に戦い、それが叶わぬ故に村田たちにそれを託したのだ。
京都防衛線を戦い抜いた村田の胸に宿るのは、戦友たちへの遺言とそれを受け止めた者としての義務。
信頼してくれている国民への責任感。
戦いに人生を捧げた己の矜持。
(──まぁ、よい。儂に出来ることは戦うことのみよ)
己で決めた生き方を静かに確認した村田は、ゆっくりと目を開けながら振り向きもせずに言った。
「どうした、柏葉? 何かあったのか?」
「──!! い、いえ、特には何も」
村田から近付き難い雰囲気を感じ、声を掛けられずにいた柏葉への問い。
強化装備姿の柏葉に驚きの表情が浮かび、感情はどもりになって表れた。
あまり足音をさせずに近付いたとはいえ、距離はまだ五メートル以上ある。
驚きを落ち着かせながら柏葉は村田に足早に近付いた。
この古武士のような風貌の上官は、どうやら中身もそのものらしい。
上官の隣まで来ると、早朝の微風に彼女の短めの前髪が微かに揺れた。
細身ではあるが筋肉質な柏葉がメリハリのある挙動で村田に敬礼し、女性としては太めの眉毛をつり上げながら報告する。
「各小隊配置につきました。今現在、第一小隊三〇分待機、第二小隊即応待機、第三小隊仮眠中。今後は八時間ローテで交代していきます」
「うむ。ご苦労」
「中隊長、今のうちにおやすみになっては如何ですか?」
「……そうさせて貰うか」
控えめに提案する柏葉に、村田は少しだけ思案したのちそう答えた。
次の即応待機状態になる小隊は村田が直接指揮を執る第一小隊である。
休めるときに休んでおかなければ、長丁場となる支援任務はこなせない。
村田は中隊長であると同時に一人の衛士である。
衛士としての体調管理も重要な任務であった。
彼が指揮する帝国陸軍第一戦術機甲連隊第三中隊の仮眠所となった温泉旅館に足を向けようとして、一瞬踏みとどまり副隊長である柏葉に向き直った。
「そうだ。柏葉、お主に確認しておきたいことがある」
「──何でしょうか? 中隊長」
肩の力を抜いた口調で問い掛ける村田とは対照的に、ハキハキとした口調で応じる柏葉。
北部方面軍第一一師団から来たこの女性衛士は、軍人が模範的とする行動を常に意識して行っている。
柏葉を送り出した原隊は間違いなく彼女に本州で戦うことの出来ない──シベリアのBETAが樺太に来ないという保障は何処にもない──自分たちの分も戦ってきて欲しいと送り出したのであろう。
そして、そのことを充分に柏葉自身が自覚している。
「お主が今まで経験したBETA迎撃戦、どれほどの規模だ?」
「──っ」
柏葉は思わず見栄を張ってしまいそうな唇を何とか押さえ、正直に事実を口にした。
「樺太で経験した連隊規模が最大です」
事実を口に出してから、柏葉の胸に不安が染み出てくる。
柏葉の言葉を聞いたはずの村田は何も言い出さず、少し思案している。
それが余計に彼女の不安を掻き立てた。
副中隊長の力量を持たず、戦力として見なされないのではないのかという恐れ。
柏葉としては悔しいことに、実戦経験や戦闘技量は村田に遠く及ばない。
村田どころか常日頃言動と素行に問題があり、帝国軍人であることさえ信じられないような破廉恥行為を繰り返す加藤にすら及ばない。
村田や加藤は師団規模どころか、数個師団規模──推定総数一〇万以上というBETAの群れと京都防衛線で戦い続けた経験がある。
その数分の一の規模のBETAとしか戦ったことがない柏葉では、彼らに幾分気後れするのも致し方がないところもあった。
村田が一息吐き、無精ひげを生やした顎を擦り、また一息吐いてから話す内容を決めたようだった。
「柏葉、お主は加藤と張り合おうとするな」
「──ッ!!」
図星を突かれ、柏葉の顔色が変わった。
「それはどう言ったことでしょうか……」
彼女の声音も険のあるものに変わったが、それを隠せそうになかった。元より隠す気もない。
「お前は加藤に勝てん」
彼女の怒気など存在しないかのように村田はあしらった。
当たり前すぎることを、諭すような口調。
「確かに私は加藤中尉に比べれば実戦経験は少ないです! ですが、決して見劣りするような腕前ではありません! 訓練量も、知識も、技能も、私は負けていません!」
柏葉は自らの一生を人類と国民の為に捧げると心に決め、苦しい訓練と実戦を潜り抜けてきた。
その証しの一つが、彼女の肉体だ。
下手な男など比べものにならないほど鍛え上げられた引き締まった肉体は、彼女の弛まぬ研鑽の証明に他ならない。
そして、それは彼女が強さを求め、自ら『女らしさ』を投げ捨てた証しでもあった。
柏葉は先天的に身体能力が優れていたわけではない。
BETAという人類共通の驚異に対し、自ら戦うということを決心した時から鍛え上げた肉体と技能。
厳つくなった肩ではもう可愛いドレスは似合わないし、水着を着れば割れた腹筋が浮き上がる。
力こぶが出来る二の腕は、見る者に男のようだという印象しか与えない。
特に才能があるわけでもない女性が男性と互角になるような肉体を作ろうとすれば、相当な努力が必要なのだ。
柏葉の決意と努力は村田とて知っている。
強化装備姿の彼女を見れば、否応なしに分かろうというものだ。
副隊長としてもよく働いている。
几帳面な性格で各種命令の事務処理と関係部隊との調整では、その手腕を遺憾なく発揮している。
関係部隊との調整が問題なくできるということは、それらが必要なことを何度かこなしているということだ。
確かに柏葉は連隊規模のBETAしか迎撃したことがないが、対BETA戦をある程度こなしているという証拠でもある。
だが、加藤はずば抜け過ぎていた。
性格と言動こそあれだが、加藤の実戦経験と戦闘能力は精鋭部隊である第一戦術機甲連隊にあっても頭一つ抜けている。
ある意味、天才的と言ってもよい。
特に戦いの流れを読む能力──状況判断能力に非凡なものがある。
村田の沈黙に、自らの言葉は届かなかったと肩を落とした柏葉は力なく問うた。
「……私は、それほど駄目なのですか?」
「そうではない。加藤を意識するなと言うことだ。固執しすぎれば、無意識に間違いを犯す。自らの死を呼び込むぞ」
「──ですが! だったら、なぜ私が副隊長なのですか!? 加藤中尉より優れていなければ、私には上に立つ資格がありません!!」
「思った以上に単純なやつだのぅ。……ただ単に加藤と同じ土俵で戦うなと言うことに過ぎん」
柏葉の直情に呆れた村田が顎をさすりながら、ぼやいた。
「戦闘能力──特に戦術機操縦技術でお主は加藤に勝てん。仮に勝つとしても五年以上は修行せねばならん。だが、お主が加藤に負けているのは戦闘技術のみ。事務処理能力は比較にならんし、調整能力も格段に上だ。副隊長として重要なのは、むしろそちらの方だから、お主がいる限り、儂は加藤を副隊長にする気がない」
いともあっさりと本音を述べる村田を、柏葉はその目をぱちぱちと瞬きした。
彼女は村田が加藤を優遇していると思っていたので、従える上官の言葉は正直意外だった。
とは言っても、柏葉の考えが急に変わるわけもない。
それは女を捨てた彼女の決意そのものを捨てることと同義だ。
「ですが、私は上に立つ者は優れているべきだと思います」
「少しは適材適所という言葉の意味を考えろ」
意固地な部下に女性特有の強情さを感じながらも、村田は必要事項を伝えたら会話を打ち切ることを決めた。
一々付き合うのも骨が折れる。
「まぁ、よい。柏葉、儂は仮眠に入るが何かあったならば即座に起こせ。良い知らせは起きてから聞けばいいが、悪い知らせや怪しい兆候を感じた際は躊躇わずに起こせ。それが、お主の最優先事項だ。分かったな?」
「はっ。復唱します。柏葉中尉は、悪い情報及び判断しかねる兆候があった場合、即座に中隊長に報告致します」
まるで新兵かと思うかのような堅苦しい──つまり帝国軍の規則通り、敬礼したのち復命復唱を行う柏葉。
それを聞き終えた村田は最後に「頼むぞ」とだけ言って、仮眠所となった温泉旅館に足を向けた。
理想の軍人を具現すべく努力を重ね、理想を元に己を律する柏葉。
その対極に位置する、奔放に振る舞い、時に己の命ですら軽んずる加藤。
武人として戦い続ける人生に価値を見出し、その死生観を元に生きる村田。
彼ら三人を中核として第一戦術機甲連隊第三中隊は戦いに備える。