本土防衛軍での設定でひたすら悩んだのも、今となっては良い思い出。
拙作中では俗に言うフォース・プロバイダー(和製英語)となっております。
国防省の本拠地を東京にしたのはそうでもしないと組織的抵抗なんて無理だからw
あと藤本中佐は個人的にはお気にのキャラ。
防衛費倍増、自衛隊大改革……間に合えば良いですね(ニッコリ真顔。
一九九八年一〇月一九日 〇八時五六分
東京都市ヶ谷 日本帝国国防省 帝国軍中央指揮所
日本帝国の大都市である東京の市ヶ谷には、BETAの日本上陸以前から、帝国軍の中枢たる国防省と帝国陸軍及び帝国本土防衛軍の中央指揮所がある。
今は灰燼と化した旧帝都・京都にも無論、国防省の庁舎はあったがそれが全てではなかった。
なぜならば旧帝都・京都には、皇帝と政威大将軍を守護する城内省と斯衛軍があったからだ。
皇帝と政威大将軍を始めとする五摂家の為に存在する斯衛軍は四個戦術機甲連隊を基幹とする約一個師団もの──一部兵科が無いなど、編成上アンバランスながらも強大な戦力を有し、全兵力ではないとはいえ京都に陣取って居たのである。
BETA日本上陸以前では京都防衛に帝国陸軍は不要とまでさえ言われていた。
それで良しとする空気が日本全体にあったことは否めない。
完全編成の戦術機連隊は一個連隊で一〇八機もの戦術機を有する。
それが四個連隊全て完全編成の状態で、帝国各軍から選抜した心技体全て優秀な者たちを揃えているのが斯衛軍である。
帝国陸軍ですら完全編成の戦術機連隊を四つも揃えた師団は無い。
BETAとの戦いが眼前のものとならない限り、そう思う者たちが世論を支配し、また民衆もそう思っていた。
大陸での経験からそれでも足りないことを知っていた帝国陸軍は、大阪を中心とする大都市の防衛のために帝都守備隊の名を冠する精鋭部隊である帝国陸軍第一師団に大阪と京都を防衛する任務を付与していた。
帝国政府はそれ以上の戦力の集中は無駄であるとし、何もしようとしなかった。
折しも日本本土でBETAを迎え撃つよりも、ユーラシア大陸で可能な限りBETAを迎え撃ち、より日本の安全を図る為に帝国陸軍の大陸派兵を決定したのである。
帝国陸軍側も、それ以上の戦力の抽出は不可能だった。
結果的にとはいえ、様々な歴史的、政治的な要因により帝国軍国防省と帝国軍中央指揮所は京都ではなく東京にあった。
そして、それ故に大陸からのBETA日本上陸により本土の西半分が一週間で壊滅するという状況下にあっても、帝国軍の指揮系統は瓦解しなかった。
結果、帝国軍の組織的戦闘能力は維持され、継続的な戦闘を可能とし、日本政府の外交力──いつ滅びるか分からない国との交渉を誰が真面目しようか──を担保している。
日本帝国存続の確固たる可能性が、帝国政府──主に榊首相と外務省の外交力を担保し、それにより国連と各国からの食料支援を始めとする各種支援を取り付けている。
帝国各軍の戦いそのものが文字通り、日本帝国と帝国国民の未来に直結している現実。
その重圧を全ての政府関係機関より受ける場所が市ヶ谷にある国防省。
国防省にいる軍人も無論それを常に感じながらの勤務とならざるを得ない。
その東京都新宿区の市ヶ谷に位置する国防省には大小様々な建物がある。
三〇階を超える高さの本庁舎を始めとする事務官や高級幕僚等が勤務する数棟のビルが建ち、さらには市ヶ谷を警備する歩兵部隊のための兵舎や倉庫が幾つか建ち並ぶ。
その中の一つ、国防大臣室がある本庁舎の地下に日本帝国軍中央指揮所がある。
核兵器にすら耐えるようにと地中に作られた帝国軍中央指揮所は正に帝国軍の頭脳であり、帝国各軍の高級幕僚課程で優秀な成績を収めた選り抜きの士官たちが集められた場所でもある。
数フロアにも渡る巨大な地下建築物は、地中にビルを埋めたと言っても過言ではない容積を誇る。
そこには帝国四軍を束ねる帝国軍参謀本部があり、陸軍参謀本部、海軍軍令部、航空宇宙軍参謀部も円滑な運用をするためにと同じ建物にある。
その一角にある帝国本土防衛軍作戦課。
帝国本土防衛軍は帝国軍参謀本部直轄の組織で、帝国陸軍、帝国海軍、帝国航空宇宙軍を統合運用する為の組織で直属の実働部隊は僅かな戦術機甲部隊しかない。
作戦に応じて各軍より戦力を抽出し、統合指揮を行う任務部隊的な運用を行うための組織である。
組織の性格上、各軍の上位に位置するものとして扱われることが多く、帝国本土防衛軍に配属されるというのは出世街道の定番コースであり、その帝国本土防衛軍の作戦運用を行う作戦課で重要な要職に就くということは、帝国本土防衛軍の出世レースのゴールでもある。
さらなる出世を求めるのであれば帝国軍参謀本部の要職や、師団等の戦略規模の指揮官の座を求めるのが一般的となる。
空調が行き渡り過ぎるほど行き渡った帝国軍中央指揮所の中で、帝国本土防衛軍所属の藤本貴明は苛ついた雰囲気も露わに、若い部下からの辿々しい口調の報告に耳を傾けていた。
藤本貴明。
帝国本土防衛軍中佐。士官学校を出てから、ほぼ帝国本土防衛軍一筋のエリート軍人である。
齢は既に四二。仕事をしていて最も脂の乗る時期でもある。オールバックにした黒髪に色白の肌。鋭い目と薄い眉毛。神経質そうな顔立ち。長身で軍人としては細身の身体。造形は整っているが美形という印象は受けない。鋭い視線と雰囲気を、隠しもしない佇まい。
彼を動物に例えるならば、蛇。
それも猛毒を持った大蛇。
部下たちが仲間内で彼を示す隠語は“マムシ”。
仮の話ではあるが、きっと華やかな雰囲気でもあれば鷹と言われたのかもしれない。
妻子は居るが家庭のことは全て、妻と年老いた両親に投げっぱなしである。
月曜に出勤して、金曜に帰るか帰らないかのような生活をもう一〇年近くもやっていれば、それも当然である。
家庭での会話などほとんど無い。
今や離婚していないことが奇跡的である。
藤本は不機嫌を隠さず、だが部下の報告を遮ることなく椅子に座っている。
その前で直立不動の姿勢のまま報告する若い中尉の額にはうっすらと脂汗が滲む。
士官学校を出て一年ほど経つ中尉は緊張感故に口が上手く回らないことを自覚していた。
「──第一戦術機甲連隊飯山派遣隊、〇七一七配置完了。増強第四八戦術機甲連隊の実働機数は同時刻を以て、不知火二九機、陽炎一三機、撃震四八機、七四式戦車三六両、九〇式戦車二一両、八七式対空自走砲三両となりました」
「陽炎の稼働機数が一機減った理由をなぜ報告しない?」
藤本が吐き捨てるように詰問する。
彼は昨日受けた報告と今朝の報告では陽炎の機数が一機違うことを瞬時に見抜いた。
そして、続けて直ぐにそれを述べない部下には無能という判定を下した。
登庁して直ぐに部下達から受ける、この報告が終わったならば、可及的速やかに人事部長に電話しなくてはならない。
この中尉を左遷し、新たな──“まともな”帝国軍人を部下にする手続きが必要だ。
無能者の勤務評価表に“任務に遂行する能力に乏しく、著しく勤務意欲を欠く”と直筆で記載しなければならない等の各種制約事項が煩わしいが、明日もこの辿々しく、要領を得ない報告を聞くことに比べればなんと言うことはない。
仕事は手間の掛かることから片付けるべきだ。
そう。日本帝国の命運を握る帝国本土防衛軍作戦課に、無能者は一人たりとも存在してはならない。
まして、自分の部下にそのような無能者はいてはならない。
日本帝国と帝国軍の命運を背負って立つべきである、この藤本に部下の無能を放置したなどという汚点は存在してはならない。
自分をそのように律して生きてきた藤本は、他者にもそれを要求する。
だが、藤本に報告していた中尉には、そのような意識はなかった。
彼の顔に、そこまで報告しなければならないのかという驚きの表情が一瞬浮かんだが、慌てて素早く隠した。
隠し損ねたことは、ピクリと動いた藤本の眉毛で分かっているが、そのまま出していて良い結果をもたらすようなことでもない。
内心の焦りを必死に押し隠しながら、二時間ほど前の報告の内容を思い出す。
……確か、陽炎の損耗部品が足りず不稼働になったのだ。
「その一機は……、損耗部品が無いために不稼働になっております」
己の不安を誤魔化すように一気に述べた。
それで──それだけで、藤本はキレた。
「このッ! 馬鹿者が!!!」
怒鳴りながら立ち上がった藤本が、若い中尉に有無を言わさず、手加減無しの
今はまだ静かな司令所の中に、一際高い肉を打つ音が響く。
そんなことには一切斟酌せずに藤本は怒鳴った。
「分かっていながら報告しないとは! 貴様、士官学校で一体何を学んできた!!」
何故ここで、こんなことを教えなければならない──。
上意下達。以心伝心。
上官に
これこそがあるべき姿。
これが幕僚の基本であり、出来ない者は無能者だ。
士官学校で習う基本中の基本が分かっていない。
現に私の要望を理解していない。
正に許されぬ怠慢。
それはつまり、
怒りが藤本をさらに苛立たせる。
「しかも損耗品不足で不稼働だと!? 部隊補給に気を配っていない証拠ではないか、この無能者めが!」
藤本の言葉に若い中尉の胸中に驚きにも似た感情が広がった。
補給に関する事項は彼の職務にはない。
また、それに関係することもない。
ついでに言えば、損耗品が不足したことに彼は関係ない。
「──いえ、部隊補給に関することは私の管轄では──」
中尉の不用意な反論は再び放たれた上官のビンタで最後まで言い終えることはなかった。
またも蹈鞴を踏んだ中尉を無視して、藤本が怒鳴る。
「貴様! ここを何処だと思っている! 帝国三軍を束ねる日本帝国軍の頭脳たる本土防衛軍司令部だぞ! 我々が日本帝国の命運を担っているというのに、なんだ!? その自己中心的な考えは! 管轄外だからと言って、何もしないような馬鹿者に任す仕事はここにはないッ!! 即刻出て行け!」
「……ほ、報告は……」
余りの剣幕に飲み込まれてはいるが、せめて実行中の職務だけは果たそうとする中尉の言葉は無駄だった。
「貴様のような愚か者の報告など役に立たつものか!! 今すぐ出て行け! これが命令だ! 復唱しろ! この私が復唱しろと言っているんだ!! 早くしろッ!! さっさと復唱しろ! 無能者が! 貴様が軍人であることすら忌々しい!!」
藤本の罵倒に若い中尉はしばしの間、肩を振るわせたが最後に諦めきったように力のない声を出した。
「復唱します。即刻退室します」
「今日中に処置は済ませておく。午後に新しい部署を人事部で確認し、明日からは新しい部署に行け。以上だ!」
藤本は言うだけ言うと少し落ち着いたのか、満足げな表情を浮かべながら腰を下ろす。
その姿はまるで自分の権力に満足した王族のようにさえ見えた。
事実、彼は自らを選ばれた人間だと思っている。
いろいろなものを諦めて背を向けて出て行く中尉。
藤本は数時間後には元部下になる若い中尉を眺めて悦に浸った。
彼は悦に浸った自らを感じながらも、その感情を否定しない。
ただ、それを楽しむ暇のない身だということだけは忘れていない。
不愉快な数分間を忘却する為の総括として、藤本は順番待ちをしている部下に教え諭すかのように──あるいは脅迫のように告げた。
「あの無能者の後ろ姿をよく見ておけ。自分が決して、ああならないように。そして、私が決して無能者を許されないという事実を、な」
その言葉の最中、若い中尉は部屋を出た。
アイボリーカラーの特殊鋼の自動扉が開き、閉じる。
溜息を吐き、床を見つめた。壁の色と同じアイボリーカラーで、顔が映りそうなほど磨き上げられた床。
常識的に考えれば、異動に一週間は掛かる。主に書類と異動先との調整が必要だからだ。
しかしながら、藤本はそれをほぼ無にするような人脈を持っている。
それは彼の軍歴を見れば一目瞭然の事実でもある。当然、この中尉も知っている。
自分なりには精一杯任務を遂行していたはずだ。そう思っている。
正直言って、悔しい。
そして、分からない。
努力はした。
結果は駄目だった。
どうしたら、良かったのだろうか?
それが分からない。
迷いと共に諦めも胸中にある。
あの課長と共に任務を遂行していくことは無理だろうと、既に漠然とではあるが思っていたからだ。
下を向きながら、溜息を吐いた。
それから顔を上げた。
これ以上、廊下にいても意味がない。
荷物を纏める必要があるだろうから、そこから手を付けよう。
自分自身の全人格が否定されたようでとても陰鬱だが、立ち止まっていては、さらに事態が悪くなることは士官学校で叩き込まれている。
とりあえず、居室に向かうことに決めた。
近藤忠之。二四歳。
優しげな顔立ちに六四で分けたさらさらの前髪。中背細身ではあるが筋肉質の身体。身のこなしのセンスがもう少しあれば、爽やかな新米士官に見えるだろう。
大学卒業直後に徴兵されて軍隊生活三年目の彼は独身。
市ヶ谷に来てから恋人も作る暇のない日々を送っていたが、これからどうなるか見当もつかない。
近藤自身どこに飛ばされるか想像もつかないし、藤本にも何処に行くか分かっていない。人事部がこれから決めることだ。どこか適当に欠員が出ている部隊の補充要員として、異動することになるだろう。
彼の人生は、紙切れ一枚でヒラヒラと舞うように軽い。
それは徴兵されたときも、今も変わらない。
否応なしに実感させられる現実。
近藤はただ溜息を吐いて歩き出した。