Muv-Luv 関東絶対防衛圏   作:八式健吾

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サブタイトルは数話纏めて変更するかもしれません。
そういえば思いだしたけど同人誌の『瓦礫の園を 己が軍靴で』って題名は、如星さんが付けてくれたんだよな。
寄稿した時に「題名でいいの思いつかないんでお任せします」と丸投げw
あっという間に決まった題名を聞いたとき、短く纏める能力とこの手のセンスは敵わねぇな……と素直に思ったことも。思い出すと懐かしい記憶。


第5話 大臣直轄対テロ・反オルタ勢力鎮圧部隊『S』

 一九九八年一〇月一四日 一三時四五分

 帝国陸軍習志野駐屯地のとある建築物内

 第一特殊作戦団歩兵中隊事務室

 帝国陸軍第一特殊作戦団歩兵中隊先任 上杉准尉

 

 第一特殊作戦団の各中隊事務室は基本的に味気ない事務用机が幾つも並んでいる。

 壁面に並んだ壁面書庫もシンプルなデザイン。

 数個あるホワイトボードには各人の予定を書き込むスケジュール表等があり、他には地図を広げたりする際に使用する大きな机が数個。

 一つの机には一台ずつパソコンが置かれ、壁際の棚には無線機なども見える。

 情報収集用と表記されたテレビとラジオが数台。

 

 見れば見るほど、飾り気がない機能性だけを求めた少し広めの室内。

 日光を取り入れる大きな窓が特徴的だが、それもただの窓ガラスではない。

 防弾処理が施された分厚い窓ガラスにはスモークが張られ、外からは内部を覗き込むことが出来ないようになっている。

 

 その中で事務室全体見える場所に陣取っているのが、日本帝国国防大臣直轄帝国陸軍第一特殊作戦団歩兵中隊先任である上杉准尉。

 部下達を直ぐさま掌握出来る場所が彼の定位置である。

 

 事務室内にはもう一人の男が事務用椅子に座っていた。

 その場所は彼の定位置ではないが、元々椅子が少ない事務室なのだ。

 事務仕事をする人物がいなければ誰が使っても問題はない。

 

 一九〇センチ以上の上背に女子供の太腿よりも太い上腕二頭筋を持ち、筋骨隆々という言葉すら生温いと感じさせる、彫りの深い造形の顔に静かな雰囲気を漂わす男――第一特殊作戦団歩兵中隊所属帝国陸軍二等軍曹内藤正毅が、下士官の長である上杉准尉に正対していた。

 

「――機械化歩兵ならば合格していた千葉を、何故放出したのですか?」

 

 内藤の一言目はそれだった。

 新潟攻防戦の最中、万代橋で少女を救助する際に左肩を負傷した内藤が、その腕を三角巾で吊したまま上杉に訳を尋ねた。

 

 特戦団は確かに入団志願者に対し、要求するレベルが高い。

 その中でも最も高いレベルを要求するのが生身一つで戦う歩兵と、対BETA戦に於ける人類の切り札の一つである衛士である。

 千葉が最も得意とする強化外骨格を扱う第一特殊作戦団機械化歩兵小隊は極めて高い死傷率のため――その影には戦力として“使い易い”という側面もある――損耗が激しく、人員が常に頭数が不足しがちな部隊である。

 確かに今の千葉は部隊内の平均レベルの技量ではなかったが、鍛え上げれば直ぐに要求される技量――つまり、千葉は技量的には選抜試験自体には合格している――に達することは、それほど難しくない無いように内藤には思えていた。

 

 それに溜息一つを挟んでから、上杉は内藤に答えることに決めた。

 今となっては特に隠すようなことでもない。

 

「真実は、ただ単に俺たちと千葉と陸軍と()()()()()()()の理由だ。千葉には悪いが特戦団(おれたち)としては新潟の一件で情報省に痛くもない腹を探られるのは好かん。()()()()とかに動き出されてはこちらも骨が折れる。代わりと言っては何だが、これでもその分いろいろと優遇した。無論これからも必要とあれば多少は“手を回す”。だから、それほど不機嫌になるな、内藤」

「……正直、納得しかねます。もしかして、彼にはそれ以外にも問題があったのですか?」

 

 顔に浮かべた不満の表情を隠しもせずに内藤は質問すると、上杉は少し戯けた表情を浮かべたようと片目を大きく見開いて口元を大きく歪めて口角を上げた。

 

「正直に言えば、何も無いわけではない。奴にはどうしても一点だけ、性格的に特戦団(おれたち)に向いていないところがある」

「――?」

「あいつはBETAを憎み過ぎている。それ自体は正常なことで、普通とも言えるがな。だからこそ、難しい。俺たちの仕事に耐え切れない公算が高い」

 

 上杉の言葉でふと納得出来たような表情を内藤は浮かべた。

 そうだ。

 その通りだ。

 千葉春久の性格ならば。最終的に特戦団から自ら出て行ってしまう可能性は否定できない。

 

「納得がいったか、内藤。千葉は確かに俺たちの一員に()()()()()()()()()有望株なんだが、彼の様な男には最前線で戦って貰う方が日本の為になる」

 

 内藤が浮かべた表情に、上杉は満足したように続けた。

 

「俺たちは帝国軍ただ一つの対人戦専門部隊であり、国防大臣直轄の対テロ・反オルタ勢力鎮圧が主任務の第一特殊作戦団『S』だ。BETAと戦わない日々を千葉が耐えられるとはとても思えん。一応説明はしたが、こればかりは経験しないと分からないしな。京都防衛戦ですら、与えられた任務は要人警護と救助任務、迎撃対処しかなかった俺たちだぞ」

「――それは。ある意味、そうでしょうね」

 

 対人戦専門部隊とはいえ、今は国家滅亡の危機。

 彼らもBETA戦を行う事は珍しくないのだが、直属の上官たる国防大臣――ひいてはその上の内閣総理大臣にとって特戦団の無意味な損耗は許容出来る損害ではない。

 その為、他の部隊に比べれば対BETA戦の回数は少なく、千葉のようにBETAを心底憎んでいる男には容易く我慢できるような職場ではないかもしれない。

 

 上杉も内藤も新潟攻防戦では一週間ほど千葉と一緒に戦っている。

 学徒兵が配属された機械化歩兵部隊を率いながらも、その損耗が大して無かったことは注目に値する。

 新潟攻防戦時の最終段階では日本海側BETA殲滅作戦『ユキツバキ』発動条件を『S』と共に整える為に命令無視と独断専行。

 ほぼ孤立無援のままで部下六名と共に市街地戦闘を繰り広げ、最後の突撃で五名の戦死者を出しつつも生還。

 全滅しても何らおかしくなかった状況だっただけに、その高い生存能力と戦闘能力は目を引いた。

 

 何よりも絶望的な状況下で戦闘行動を支える精神的要素――特に戦意が極めて旺盛であり、正に不撓不屈と形容出来る精神力がある。

 精神力は軍人にとって重要な素質の一つである。

 死と恐怖、苦痛と疲労、危険と困難が間断なく続く実戦を潜り抜け、なおも戦い続けるには強靱な精神力が必要不可欠である。

 

 その点、千葉は逆境においても衰えぬ戦意を持ち、周りを鼓舞し続ける精神力がある。

 そこに注目していた上杉は選抜試験を通して、千葉の強靱な精神力の源はBETAに対する憎悪であると見抜いた。

 選抜試験の試験官でもあった上杉は、千葉はBETAを憎み殺したいが故に驚異的な戦闘力を発揮していると判断し、最終的に不合格の判定を下した。

 それはある意味、第一特殊作戦団という部隊の性質上致し方ないとも言える。

 

 『S』は日本帝国の国益を守る為に人類――他国の軍隊やテロリスト、または日本政府が誘致したオルタネイティヴ4計画に反対・妨害する勢力と戦うための部隊である。

 彼らの敵は人間だ。

 BETAも敵だが優先順位が違う。

 滅亡の危機に瀕する人類ではあるが、今も一枚岩で団結しているわけでは無い。

 BETA襲来以前と変わらず、国家間の覇権争いは継続中であり、むしろ滅亡の危機にあればこそ外交や国際会議を主体とした駆け引きや情報戦は裏切りと欺瞞とともに激しさを増し、その影で合法非合法を問わない破壊工作を伴う熾烈な諜報戦が人知れず繰り広げられる。

 

 つまり『S』に所属するということは、BETAでは無く、日本に敵対する人間と戦うということだ。

 きっと千葉ならば『S』の重要性を理解して問題無く任務を遂行するだろうが、対BETA戦ほどの能力を発揮するのだろうかと、上杉は疑念を持った。

 最終的に千葉のような男には己が戦いたいように戦わせる方が、個人と日本のために良いと判断した彼は、今回の特殊作戦訓練課程選抜試験では千葉を不合格にした。

 優秀な人材の確保が難しい今日では勿体ないと思ったことも確かだが、千葉と部隊の事を考えればその方が最善だと判断した結果でもある。

 

 上官がそのような考えで千葉を不合格としたのであれば致し方ないと、半ば無理矢理納得して内藤は溜息を吐いた。

 

「補充人員はまた当分の間、無しですね」

「ああ、仕方がない。だが――」

 

 そう言いながらも上杉は、巨体に似合わない諦観を浮かべた内藤に一言述べた。

 

「俺たちが帝国最強であることを望まない人間も、当然いるのさ」

 

 そう言ってから上杉は椅子から立ち上がり、書類仕事を片付けるために壁面書庫を開けて分厚いファイルを取り出した。

 会話が終わった内藤は音もなく立ち上がり、事務室を後にした。

 人類はBETAに滅ぼされ掛けても一枚岩にならない。

 国家間どころか国内すら纏まらない。

 上杉らはこのことを当然のことと受け止め、今日も昼夜を問わず秘密裏に任務を遂行し続けるのだ。

 


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