Muv-Luv 関東絶対防衛圏   作:八式健吾

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主人公はオリキャラであっても、一応は公式キャラなんだよな……。と思うと微妙に迷いが出る今日この頃。
ここから週一で更新予定。


第6話 第二機械化歩兵連隊第三中隊

 一九九八年一〇月一四日 一五時二二分

 帝国陸軍相馬原駐屯地 一一号棟

 第二機械化歩兵連隊第三中隊長室

 帝国陸軍一等軍曹 千葉春久

 

 千葉県の帝国陸軍習志野駐屯地から群馬県の帝国陸軍相馬原駐屯地に移動した千葉春久は、駐屯地の一角にある第二機械化歩兵連隊第三中隊事務室に挨拶するために顔を出した後、直属の上司となる中隊長との面接のために中隊長室で待たされていた。

 BETA日本上陸以前に調達されたソファセットの座り心地は驚くほど良く、軍属として配置されている事務員が出してくれた薄い緑茶を啜りながら、自分の目で確認できたことと用意されていた各種資料を整理していた。

 まず、当然のことではあるが再編中である第二機械化歩兵連隊は極めて忙しい状態だ。

先ほど覗いた事務室では並べられた各係の机の上に関係書類が山積みで、武器や弾薬などの係業務に就いている下士官達は軍属として配置された民間人――その多くは年齢や健康上の理由により軍務に耐えられないと判断された人たちと共に必死になって書類業務を片付けている。

 ここに来る途中にあった倉庫前では大型トレーラーで運ばれてきた装具――戦闘服やケブラー製のヘルメットを数名の作業員が慌ただしく荷下ろし中で、そこら辺のグランドや芝生の上では、原隊が壊滅したために各地から集められた軍人たちと徴兵課程を終了したばかりの新兵たちが一緒にトレーニングをして汗を流している。

 ただ、その光景で汗を流すのはベテランばかりで、新兵は四つん這いになって反吐を吐いているというよくあるシゴキの一風景だ。

 

 中隊長室に通されてから一〇分近く経つが、未だ中隊長が来る気配はない。

 ついでにと持ってきた新しい部下達の人事資料ファイルを開く。

 職業軍人である下士官一名、BETA日本上陸後に徴兵された新兵八名に自分を加えて一〇名。

 班編制自体に欠員は無い。が、最初からこれか……。と、頭を抱えたくなった。

 階級は低くてもいいから職業軍人がもう一人欲しいのだが、それは最早贅沢な我が儘なのだろう。

 以前はなんと恵まれていたのかと愚痴りたくなる。

 

 一覧表にされた部下達の経歴を見れば、これはなかなか一筋縄では片付かないような奴等が揃っているようだ。

 ……貧乏くじを引かされたか? 

 そう思いつつ、まずは同じ職業軍人である樽木三等軍曹の資料に目を通した。

 

 樽木三等陸曹。壊滅した第七歩兵連隊に所属していた若手下士官。

 日焼けした顔に天然パーマの短い髪。下士官として経験豊富とは言えないが、昇任して既に二年は過ぎている。

 この人物を副班長に据えることは中隊人事としての確定事項であり、何よりも対戦車ミサイル等の重火器のスペシャリストである事が有り難い。

 大型種相手ではその火力が命綱になる。

 間違っても素人に破壊力の大きい火器を扱わせたくないという本音がある。

 友軍誤射をされたらまとめて数人死んでしまう。

 

 彼以外に職業軍人がいないのが正直きついと思いつつも資料をめくる。

 なんだかんだと言って生死を共にせざるを得ない仲間達だ。文句だけ並べても始まらない。

 

 東野二等兵。一八歳。

 記載事項を確認して、有り難いと思った。

 小規模戦闘ではあるが既に実戦を経験している。

 添付されている写真に写っているのは、短かいながらも精一杯逆立てた髪と童顔の少年。

 ただ単に生意気盛りのクソガキにしか見えない。

 真っ先に締め上げるのはこいつと心に決める。

 どうせ運動神経はいいだろう。

 こいつだけが八月に徴兵されているのも重要な点だ。

 人手不足の現状を鑑みるに、このクソガキに部下を二人付けて組長を任すのも手かもしれないとチェックする。

 

 坂上二等兵。二等兵と言っても年齢は三一歳。

 「なんだ、俺より年上かよ」と思わず口に出した。

 元国語教師。四角い眼鏡にオールバック、太い眉毛に頭の良さそうな顔立ち。

 学徒出陣により生徒が減ったために、余った教員も生徒共々徴兵されたということか。と、当たりを付ける。

 インテリで頭が固い奴だと苦労する。

 いや、こいつは間違いなく古株どもが押し付けやがった『お荷物』だなと確信する。

 体力は勿論無いだろう。

 これで口だけ達者な小うるさい奴だったら、血反吐吐くまで吊し上げなくてはならない。

 この男が体育教師だったらと思わずにはいられない。

 

 胡桃沢二等兵。二〇歳。元公務員。

 こいつも最初は徴兵制から外れていたが、駆り出された口らしい。

 くるみさわとは珍しい名字だと、そのことだけが意識に残る。

 体力的には普通の成人男性程度はありそうだ。

 写真が背広姿の所為か、本当に特徴がない。

 強いて言えば、黒縁の眼鏡を掛けて七三分けの髪型程度しかないが、どうせ今頃は坊主頭のはずだ。

 眼鏡を目印に覚えればいい。

 

 田淵二等兵。一八歳。元高校生。科学部所属。

 書類上、特にこれといって特徴がない。

 少しぽっちゃりとした性格の良さを表したような優しい顔。

 写真を見れば内気そうに見える。

 内気の奴は大概根性がない奴が多い。

 体力は並でも、とりあえず根性があって欲しいと願わずにはいられない。

 それが生き残れるかどうかの分かれ目になる。

 

 笠原二等兵。一八歳。元高校生。野球部所属。

 坊主頭にくりっとした目の童顔。下手すれば中学生に見える。

 運動部に所属していたというのは大きなポイントだ。

 間違いなく、今まで見た奴等の中で一番体力がある。

 訓練時間が十分にとれないことを考えると、兵士として絶対不可欠な体力が少しでもいいからある者の方が生き残りやすいだろう。

 

 千葉としてはBETA小型種と白兵戦まで行う機械化歩兵である以上、格闘技経験者が一人ぐらいは欲しいのだが今のところ見つからない。

 少々落胆するが手の打ちようがない。

 何らかの対応策を施す必要がある。

 

 ここまで調子よくページを捲っていた千葉だが、次のページで盛大に顔を顰めた。

 感情のまま「最悪だ」と思わず呟く。

 職業軍人がいない程度で文句を言っていた自分がとてつもなく我が儘に思えたほど、見るのが嫌なページだった。

 別に武家や財閥の子息が彼の班に配属されたのではない。

 仮にそうだったとしても、その程度は差し障りなく捌く程度の分別は千葉にもちゃんとある。

 嫌々ながら記載項目に目を落とす。

 

 真木野二等兵。一九歳。元モデル。

 ウェーブの掛かった綺麗な黒髪に真っ白な肌。小さな顔に切れ長の目、薄くて形のいい唇。

 モデルという肩書きを裏切らない美女。

 つまり、最低。と、いうことだ。

 面倒臭いこと、この上ない。

 見るだけならば美人は最高だ。

 女遊びするときも最高だ。

 プロポーションが良ければさらに良い。

 感度が良ければ文句の付けようがない。

 性格も良ければ非の打ちようがない。

 そんな女性ならば、男は誰もが一生の伴侶にしたいと願う。

 ただし、部下となれば話は別だ。

 女の部下には最低限の気配りをしなくてはならない。

 いくら様々な施設を共用しているとはいえ、風呂の時間とか別にしなくてはならないし、寝床も別にしなくてはならない。

 何でもかんでも一緒にしていたら、男の方が我慢できなくなって“暴発”してしまう。

 わざわざ男の部下が犯罪者になる事は上官としては未然に防がなくてはならない。

 が、今の帝国軍には女性専用の設備を用意するほどの余裕がないので、班長自ら様々な時間調整をして便宜を図らなくてはならない。

 いくら軍隊が男社会とはいえ、女性に風呂とトイレはちゃんと気を配らなければ、健康や衛生面での問題を発生させてしまう。

 不衛生が原因で病気になって戦えないなど、言い訳にならない。

 

 日本が滅亡するかもしれない、この戦況だ。

 女は戦場に出るな、なんて戯言は言わない。

 だが、せめて通信や衛生などの後方の兵科や、前線に出るにしても砲兵とか戦車とかの部隊にして貰いたい。

 機械を大量に装備しているところは整備の関係で、補給とかもしっかりしているのでいろいろと楽だ。

 このまま行くと小隊本部に上げる補給要望一覧表に『ナプキン等生理用品一式』と、また千葉が書き込まなくてはならなくなる。

 

 ああ、もう本当に面倒臭いと思いながら次のページを捲り、千葉は遂にこめかみを押さえた。

 これは新手の嫌がらせか。

 頭痛がしてきそうだ。次の新兵も若い女だった。

 

 高井二等兵。二一歳。元保母。

 肩辺りで切り揃えた黒髪、保母さんらしい優しい顔立ち。健康そうな肌の色。

 そして、地味ではあるがそこそこ整った顔立ち。

 他の項目はもう読む気にもならない。無言でページをめくる。

 

 次のページにも女性。これで三人目。ここまで来るともう感想もない。

 

 三輪二等兵。二〇歳。元文学部の大学生。

 徴兵課程終了したばかりの出来たてほやほやの新兵。

 きっとカフェテリア辺りで外国語の小説片手に涼やかな微笑みでも見せれば、男女を問わず人気が出そうな、なかなか理知的な顔立ち。

 長細いフレーム眼鏡が端正な顔によく似合う。

 今のご時世、理系の大学生ならまだしも文系の大学生が徴兵を逃れることは難しい。

 大学生の徴兵に関しては一応ではあるが除外規定もあり、杓子定規に全員を徴兵しているわけではない――軍人だけでは社会は機能しないからだが、BETA日本上陸後の戦況の悪化により運悪く入隊となったようだ。

 実戦経験はもちろん無い。

 

 軍隊生活一〇年を越える千葉でも、今まで三人も女性の部下を受け持ったことはない。

 自然と苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

 軍隊は男社会だ。

 近頃は少々変わったが、元々は九九%男しかいない組織が軍隊。

 言い方は悪いが、どんなブスでも絶対もてる。

 目に映る女は全て美女に早変わりする異常な世界が軍隊だ。

 雌に飢えた雄が猛烈なアプローチをすることは目に見えている。

 恋愛するなとは言えないが、誰が父親か分からない子供が出来ることだけは防がなくてならない。

 

 神流の場合は楽だった。

 いつも彼女自ら進んで千葉の近くにいたので守るのも注意するのも簡単だった。

 寝床等に関しても、戦っていた新潟市内は第三〇機械化歩兵連隊が駐屯する新発田駐屯地から三〇キロも離れておらず幹線道路も整備されているため、部隊の交代(ローテーション)も頻繁だ。

 その為、野営自体が少なかった。

 

 ところが新しい部隊である第二機械化歩兵連隊は、元々は新潟県南部の高田駐屯地の部隊であり、群馬県の相馬原駐屯地では間借りの身である。

 寝床の確保すらまともに出来ているかどうか怪しい上に、近頃の徴兵で兵隊の頭数だけは急増している。

 下手すれば女性隊員用の寝床すら確保できているか怪しいものだ。

 戦いだけに集中したいのに、余計な仕事ばかりが増えていく。

 

 千葉にはもう自分が受け持つ班が、ただ単にトラブルの種を集めただけのような気がしてきた。

 目を閉じて少し気を落ち着かせる。

 どうせ、これも『()()()()()()()』。

 ()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()

 そんな千葉の思考は、やっと来た部屋の主により破られた。

 

「おう、すまんな。待ったか?」

 

 言葉の割には全く気にしていない様子でドアを開け入ってきたのは、千葉の新しい上官である遠藤大尉。

 中背中肉ではあるが、指揮官らしく自信に満ちた態度と表情で千葉の前に歩いてくる。

 入室と同時に素早く立ち上がり直立不動の姿勢をとった千葉は、上官に一〇度の敬礼と呼ばれるお辞儀のような敬礼を行った。

 遠藤中隊長はそれを鷹揚に受けながら「気にするな、楽に座ってくれ」と、千葉に着席を促した。

 特に断る理由もないので素直に腰を下ろすと、直ぐさま中隊長の面接――どのような部下か指揮官自らが直接確認する作業が始まった。

 それと同時に千葉も新しい中隊長を観察する。

 見た目の年は三〇代後半。

 日本の成人男性平均身長より少し低い程度の身長に少し腹が出たような体躯。

 だがベルトの上に贅肉が乗っていない所を見ると、案外はみ出ているように見える腹の肉は、相撲取りのように筋肉の塊なのかもしれない。

 オールバックの髪型はパーマでも掛けているのだろうか。ちょっとやそっとの風では揺らぎもしないように見える。

 

「中隊長の遠藤だ。よろしく頼むぞ」眼光鋭く千葉と目を合わす。

「はッ! こちらこそお願い致します」真っ向から受け止め、負けじと返す。

「念のため、一通り確認しようか。ご両親や親族関係、友人知人関係でも何でもいい。人間関係等で何か心配事があるかね?」

「いえ、何も問題ありません」

 

 本当は一人だけ気になるが、敢えて無視。

 

「健康状態に関してはどうだ? 古傷が痛むとかは無いか?」

「いえ、何もありません」

 

 これは本当に何もない。素直に回答。

 

「三〇連隊では()()()()あったようだが、それに関してはもう問題無いな?」

 

 いきなりに本題に切り込んできた。お前のことは知っているぞ。という中隊長のストレート。

 

「はい。既に()()()()()()()()()()()()()()()です」

 

 中隊長が何かする必要はありませんよ。と、軽くカウンター。

 

「それは結構、結構」心からの笑みを浮かべる遠藤大尉。

「今は佐渡島のBETAから本州を守るのが最重要課題だ。()()()()()()()()()()()()。もっとも今は忙しすぎて寝る暇もない」

「お疲れ様です、中隊長。今日中に班員を掌握し、直ぐさま二連隊の戦力になれるように頑張ります」

 

 中隊長という役職が忙しいのは真実だ。

 ましてや、指揮する部隊が再編中である。

 下手にその話題に突っ込むのはやぶ蛇というものだ。

 千葉としても自らの居場所の確保、延いては生き残りのために周りとは上手くやっていきたいと思っている。

 こんなときに我を出すのは非効率的だ。

 

「門倉が言う通りの男で安心したよ、千葉。正直言うと先任の推薦がなければ、札付きのお前を拾う気はなかったぞ」

 

 そう笑いながら、中隊長が人事の裏話を――見せても問題無い範囲で手の内を曝す。

 

「門倉? ああ、門倉先任ですね。初めてあったばかりなのですが……」

 

 札付きかよ。

 全く、直属の上官には、やはりある程度は耳に入るか。

 と、内心げんなりしつつも、千葉が狐につままれたような表情を浮かべて見せる。

 門倉曹長に関しては、第一特殊作戦団の上杉准尉と同期だと習志野で説明を受けている。

 一応驚いた様に受け答えてみるが演技が下手なのでどれだけ上手く出来たかは、中隊長のみが知ることで流石に結果を聞くようなことでもない。

 

「『S』の選抜試験を落ちたお買い得がいるとな。珍しく門倉がゴリ押しするから、これ幸いと拾ったんだよ。俺としては実戦経験豊富な下士官は一人でも多く欲しい。迷わず、手を打ったよ」

「拾って頂き、有り難う御座います。確かに再編中の二連隊では、本職が一人でも多く必要だと思います。期待に負けぬように全力を尽くします」

 

 千葉が言った『本職』という言葉は自ら志願した職業軍人の事を指す。

 以前から軍に志願していた者たちは、学徒兵以外の徴兵された者たちに対しては人類の危機に際して今さら来たのかという気持ちが強い。

 

「ああ、京都防衛戦と親不知撤退戦で損耗率五割を越えて文字通りの壊滅だ。生き残った若年士官も戦時昇任でほとんど隊長クラスにまで引き上げた。が、どこもかしこも下士官を始めとするベテランの数が足りん。これはお前だけでなく全員に言っているのだが、直属の部下だけを見るのではなく、中隊全体を見るようにようにして欲しい。新兵どもは……徴兵課程を終えた奴等は銃の扱いだけを覚えた素人だ。中には実弾撃っただけで一人前の兵士になったと錯覚する救いがたい馬鹿もいる。そういう奴は締め上げて構わん。ド素人達をしっかりと掌握しろ」

「はッ! 了解しました。少々手荒に締め上げます」

「戦えなくなるような怪我だけ負わなければいい。そこは上手くやれ」

「はッ」と答えて、本音は隠した。

 

 どうやら相当に大変な状況だなと思う。

 中隊長がこんな事を言わなければならないほど、二連隊は本職が少ないらしい。

 自分の班に一人しか職業軍人がいない訳だと納得する。

 

 日本帝国軍はユーラシア大陸派遣から、規模こそ様々だが休むことなくBETAとの実戦を繰り返している。

 その中で陸軍――特に歩兵の死亡率は尋常ならざるほど高い。

 死亡率だけを言えば衛士を軽く凌駕する。

 貴重な衛士はそう易々と使い捨て出来ないが、()()()()()()()()()()歩兵は捨て駒としてユーラシア大陸各戦線で殿を務めた。

 そのツケが今来たのだろうか。

 歩兵は一見専門性が無さそうに見えるが、本当に強い歩兵――様々な武器を使いこなし、戦場で容易く死なない強靱な歩兵の育成は想像以上に時間が掛かる。

 一つの武器だけを使いこなせれば生き残れるような生温い戦場は、人と殺し合おうが、BETAと殺し合っていようが存在しないからだ。

 

「――どうだ? 新しい班員は?」

 

 中隊長らしく鷹揚な態度で遠藤大尉が目聡く千葉が先ほど見ていた人事ファイルに目を移して問い掛けると、千葉は努めて無表情に答えるように努めた。

 

「実際に会っていないので何とも言えないですが、癖がありそうな奴らですね」

 

 そう言ってから破顔した。こんなこと言っておいて、表情だけ取り繕っても意味がない。

 素直に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 その表情の変化に驚いたのか僅かな間だけ目を見開いた遠藤大尉はゆっくりと苦笑を浮かべた。

 

「この戦況、この状況。日本帝国滅亡の危機だ。死力を尽くせ」ただし目だけが笑っていない。

「承知しております。中隊長」ここでいきなり本気かよと内心ぼやく。

 

 さて。と新しい中隊長、遠藤大尉は咳払い一つして話題を変えた。

 面接は最終段階に入ったという前振りだ。

 

「新しい部隊ではあるが、特に問題はないな、千葉一曹」

「今現在、何ら問題はありません。中隊長」

 

 実質的にはまだ何も始まっていないのだ。

 今から問題があったら、逃げ出した方が早い。

 

「では、徴兵された新兵どもを可及的速やかに――一週間以内に軍人として(つか)えるように鍛え上げろ」

 

 思わず即答するのを躊躇った。

 最終的に命令通りにするとはいえ、条件闘争もしないで安請け合いしたら自らの首を絞めかねない。

 上官の心象は悪いだろうが、正面から当たるのが千葉の流儀だ。

 

「中隊長、正直に申し上げます。下士官二名で素人八名を一週間で“正規軍(われわれ)”並みに戦えるレベルにするのは不可能です。“動ける”レベルにするのが限界です」

「そんなことは知っている。だが、戦況がそれを許さない」

 

 大きく頷き千葉の意見も一理あるとした上で、遠藤大尉はそれを却下した。

 その程度、彼とて分かっている。

 

「了解しました。二つだけ要望してもよろしいですか?」

「出来ることならば、な」

 

 にやりと中隊長は口を歪めた。

 古今東西、戦争が計画通りに進んだことなど有りはしないのだ。

 

「訓練計画は全て自分の自主裁量で。そのうち完全休養を一日の内容取る方向で、班集中訓練を行いたいと思います」

「他には?」

 

 いとも容易く要望は通った。

 千葉が思っていた以上に二連隊の戦力化は時間が掛かる予定らしい。

 これならば言うだけ損だったかと思わないでもないが、後の祭りだ。

 

「せめて、この間だけは実戦勤務を外して下さい。鍛え上げる前に死なれては意味がありません」

「それで諦めが着くな」

「はい。これで諦めます」

 

 千葉は瞳に強い意志――確たる自信を込めて上官に返答する。

 それに満足げな笑みを浮かべた遠藤大尉は大きな声で応えた。

 

「よし。一つ目は了解した。二つ目は確約出来ない。良くて五日だ」

「分かりました」

 

 会話が止まる。

 面接も要望も終了した。

 次は実行に移す段階だ。

 千葉が立ち上がると遠藤も立ち上がり、敬礼を交わす。

 

「では、これから直ちに班員を掌握。訓練に入ります」

「速やかに実施せよ」

「はッ!」

 

 千葉は中隊長室から出るとまず中隊事務室に向かった。

 中隊長の次は、小隊長と先任に挨拶しなければならない。

 時間を無駄に出来ないと思うと、その足の運びは自然と速くなった。

 

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