5月初日から3日が過ぎた。
俺たちBクラスは、中間テストに向けての勉強会を翌週から始める予定となっている。
講師役は俺、平田、幸村、堀北、櫛田、王の6人だ。松下はサポート役に徹するらしい。
勉強が苦手な生徒たちはほぼ全員が参加することになっている。
池や山内など勉強会に参加することに渋っていた生徒もいたが、櫛田から池たちに中卒になった場合の悲惨な未来を説明してもらい、最後は上目遣いでお願いをしたらあっさり陥落した。
ちなみに櫛田を利用した作戦は松下の考案である。
問題は部活動を優先したい須藤だった。
同じグループの池と山内が真面目に授業を受けるようになってから、たまに居眠りをするが授業態度はマシになっている須藤だが、部活動だけは譲れないらしい。
「須藤くん大丈夫かな?」
体育の授業。準備体操をしていると平田が心配そうに呟いた。
「そうだな……」
俺と平田は須藤と親しくない。なので俺たちがお願いをしてもそっけなく答えが返ってくるだけだ。
池と山内と違って嫌われてる感じはないが、これから仲良くなることもないだろう。
そう思っていたが、授業後に須藤との距離が縮まることになった。
「バスケ部に入れよ立花!」
制服に着替えていると須藤が鼻息を荒くしながら勧誘してきた。
体育の授業でバスケットをしたのだが、紅白戦で見せた俺のプレイを気に入ってくれたらしい。
「その実力で帰宅部なのはもったいないぜ!」
気持ち悪いくらい評価してくれる須藤だが、バスケ部に入部するつもりはない。
「悪いな。俺は帰宅部で青春を謳歌したいんだ」
「そうか……。なら気持ちが変わったら俺に言えよな!」
もっとしつこく誘ってくると思ったが、意外とあっさり引いてくれた。
もともとの好感度が低かったせいか、たったそれだけで須藤の好感度が上がってしまった。
ヤンキーが捨て犬を拾うだけで、好感度が爆上がりするみたいなものだろうか。
「なあ須藤」
教室に向かう途中で、隣を歩く須藤に優しく声をかける。
今なら俺の話を聞いてくれるかもしれない。
松下に相談するか迷ったが、彼女に頼りすぎるのも男としてどうかと思ったので、思い切って須藤に再度勉強会に参加するようお願いをしてみた。
「あん?」
「須藤はプロのバスケ選手を目指してるんだよな?」
「ああ。小さい頃からの夢だからな」
「そっか。可能であれば高卒でのプロを目指してるのか?」
「そうだな。一日でも早くプロになりてぇからな」
須藤は一年で唯一スタメンを狙えるレベルらしい。
高度育成高校のバスケ部の実力は知らないが、弱小校ってわけではないだろう。
本人もプロを目指してると公言しているし、それなりの実力があるに違いない。
しかし……
「でもバスケ選手ってほとんどが大卒だよな」
「……そうなのか?」
「知らなかったのかよっ!?」
「いや、プロの試合はNBAしか見ねえからな」
おいおい。プロを目指してるならそっちの世界も少しは勉強しようぜ……。
しかしこれはチャンスかもしれない。
「確かに日本とはレベルが違うもんな」
「おう。立花もバスケの試合見たりすんのか?」
「そこそこな」
幼馴染がバスケ部だったから、テレビ観戦によく付き合わされていた。
「話戻すけど日本でプロを目指すなら大学を経由するのがベターだ」
「大学か……」
「高卒でスカウトされる可能性もあるだろうけど、世代別代表の選手も大学経由してるから、進学することを考えてた方がいいぞ」
「マジかよ……。世代別代表でも高卒プロは厳しいのか……」
適当に言ったけどすっかり信じてくれてるようだ。
念のため部屋に戻ったらネットで調べておこう。
もし違ったら違う球技と勘違いをしていたと謝ろう。
「しかも強豪校は偏差値が高い大学が多い」
「そうなのか」
「なので須藤もプロを目指すなら、それなりの学力が必要になる」
「はぁっ!?」
大学は学部によって偏差値が異なるので、俺が言ってることは正しくはない。
強豪でも偏差値が低くても入学できる大学もそこそこあるだろう。
ただ須藤は情弱だ。
騙される方が悪い、というブラックな考えで須藤を落とす。
俺たちはAクラスを目指すのだ。
一学期の中間テストでいきなり退学者を出すわけにはいかない。
「須藤だって入学するなら強豪校の方がいいだろう?」
「そうだけどよ……」
「それに将来海外でプレイするなら英語も勉強しておいた方がいいだろ?」
「か、海外……?」
「そう。それに日本代表になったら審判とコミュニケーションを取ることもあるんじゃないのか?」
「に、日本代表……」
俺の言葉に輝かしい未来を想像しているのだろう。
須藤の目がキラキラしている。
「だから勉強会に参加したほうがいいじゃないか?」
恐らくバスケ選手を目指す須藤にとって勉強は不必要なものだと判断していたのだろう。
だがその勉強をバスケに結びつければ?
苦手な勉強も夢の為だと思えば、少しはやる気になってくれるかもしれない。
「……わかったよ。毎日は無理だが俺も勉強会に参加するぜ」
「本当かっ!?」
「ああ。その代わりちゃんと教えろよ?」
「わかったよ」
こうして俺は須藤を勉強会に参加させることにこぎつけた。
♦♦♦
「へー、須藤くんの勧誘に成功したんだ?」
その日の夜。調理中の軽井沢が感心したように言った。
「ああ。これで赤点候補者は全員勉強会に参加させることが出来たよ」
「……その赤点候補者にあたしは入ってる?」
「今の軽井沢なら大丈夫だろ」
「本当に……?」
「ああ。でも勉強会には参加してくれよ?」
「わかってるわよ」
小テストが45点だった軽井沢。
そんな彼女の学力が上がった理由。
そもそもなぜ彼女が俺の部屋で料理をしているのか。
話は小テストが実施された日に戻る。
「勉強を教えてほしい?」
放課後。まっすく寮に帰宅して30分ほど経ってからだろうか。
制服のままの軽井沢が部屋にやって来た。
「うん。授業の復習はしておいた方がいいって言ってたじゃない?」
その日の昼休み。
俺、松下、軽井沢との朝食中に小テストの話題になったのだが、軽井沢の自己採点が40点だったのだ。
このままでは赤点で退学になると危惧した俺は、彼女に授業の復習をするよう勧めた。
「だから立花くんに教えてもらおうかと思って」
「やる気があるのはいいことだけど、俺より同性の松下の方がいいんじゃないか?」
松下は自己採点が俺と同じだったし、教え方も彼女の方が上手そうな気がする。
「そ、それは……。松下さんの時間奪っちゃうの悪いし……」
「俺の時間は奪ってもいいのかよっ!」
「だってあたしのこと守ってくれるって言ったじゃない!」
「うぐっ……。それは、いじめから守るって意味で……」
「じゃあ立花くんは、あたしが赤点取って退学になってもいいんだ?」
「いや、それは……」
プライベートな時間が減るのは嫌だ。
もちろん軽井沢のような美少女と一緒にいるのは嬉しいが、映画を観たり、音楽を聴いたり、保健体育をしたり、一人で過ごす時間も大切なのだ。
だがここで頑なに断ったらどうなる?
せっかく軽井沢が俺を信頼してくれたのだ。
それなのに彼女のお願いを無下にしたら、俺の信頼度がぐんと下がってしまう。
さらに、もし軽井沢が退学になって地元に戻ったら……。
恐らくいじめっ子たちは地元に残っているのだろう。
再びそいつらの餌食になって、軽井沢の心も身体もボロボロになったら……。
またしても彼女の最悪の未来を想像してしまった。
そうだ。
俺は彼女を守ると決めたのだ。
プライベートな時間が減るくらいなんだ。
軽井沢の命と比べたら軽いものだろう。
「わかった。責任を持って勉強を見る」
「ほ、ホントにっ!?」
「ああ。そのかわり、軽井沢も真面目に受けてくれよ?」
「うん。それじゃ学校に戻るわよ」
「なんで?」
「教科書を取りに戻るために決まってるじゃない」
「置き勉してたのかよ!」
あれから3週間。軽井沢は週4日ほど俺の部屋で授業の復習をしている。
最初は勉強を教えるだけだったが、いつからか軽井沢が夕食を作ってくれるようになった。
勉強を教えるお礼とのことだ。
見た目からして料理が苦手そうな軽井沢だが、その腕前は確かだった。
どうやら両親が共働きで、寄り道もせず毎日まっすぐ帰宅していた彼女が、軽井沢家の料理担当だったらしい。
「お待たせ。出来たわよ」
今日の献立は、俺の大好きなペペロンチーノとサラダの盛り合わせだ。
「いただきます」
入学したばかりの頃は合掌はしていなかったが、東京は合掌しながら言うのが当たり前のようで、今ではお辞儀をしつつ合掌をしている。
郷に入っては郷に従え、だ。
彼女は和洋両方とも得意なようだが、個人的に洋食の方が好みなので、洋7和3の割合で作ってもらっている。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様」
毎回俺の方が軽井沢より早く食べ終わる。
彼女が食べ終わるのを待って、俺が洗い物をする。その際に軽井沢が勉強の準備をするのが日課になっていた。
「やっぱ食後って眠たくなるわよね」
勉強を開始してから30分ほどすると、彼女が可愛らしく欠伸をしながら言った。
「そうだな。今日は早めに終わらすか」
「いいの?」
「復習する科目も少ないからな」
今日は体育やLHRがあったので、他の曜日より楽な時間割だ。
「じゃあ勉強が終わったらDVD見てもいい?」
「いい加減DVDプレーヤー買えよ」
「嫌よ。だってポイントがもったいないじゃない」
軽井沢は最近K―POPにはまっているようで、よく俺の部屋でライブDVDや動画を見たりしている。
自分の部屋で見てほしいものだが、実家から持参したDVDプレイヤーが壊れてしまったらしい。
「節約するのはいいことだけど」
「でしょ。それに一人で見るより、二人で見たほうが楽しいし」
映画は一人で見るのが好きな俺には理解しかねるが、軽井沢が楽しんでいるのなら仕方ない。
授業の復習を終えた俺たちは、軽井沢の希望通り人気アーティストのライブDVDを鑑賞していた。
純粋に音楽を楽しんでいる彼女を見てふと思った。
きっと音楽も彼女にとって嫌な時間を忘れさせてくれるものだったのだろう。
普段はからかったり言い合いをしている俺たちだが、たまに庇護欲が掻き立てられてしまうことがある。
「もう21時か」
そろそろお風呂に入る時間だ。
「もうそんな時間なんだ。それじゃあたし帰るね」
「ああ」
「……あっ、やばっ」
帰り支度をしていた軽井沢が思い出したように呟いた。
「どうした?」
「コンビニで買いたいのあったんだけど忘れてた」
「遅い時間だし明日にしたら?」
「うーん、でも今日買いたいから今からコンビニ行ってくる」
「そっか。気をつけていってらっしゃい」
「一緒に来てよ……」
「いや必要ないだろ」
寮からコンビニまでは徒歩5分くらいだ。
「あたしが危ない目にあったらどうするのよ?」
学校の敷地内なので、暴漢などに襲われる可能性はゼロに近いと思う。
いや待て。
もしかしたら男子生徒にナンパされるかもしれない。
この時間に外をうろつく生徒だ。
Dクラス(旧Cクラス)のヤンキーの可能性も十分に考えられる。
ヤンキーはギャル好きが多いから、軽井沢の容姿はドストライクだろう。
軽井沢は虚勢を張る癖があるので、ナンパ男を罵倒しながら断る姿が容易に想像できる。
それに逆ギレして、ナンパ男が軽井沢に暴力を振るう可能性も……。
「わかった。それじゃ行くか」
「……いいの?」
「軽井沢が言ったんだろ」
「う、うんっ!」
「涼しそうだからパーカー着ていくか」
自室なのでTシャツにジャージとラフな格好をしていた。
クローゼットから上着を取り出すと、軽井沢がそれを掴んできた。
「……あたしにも貸して」
「え……?」
「あたしもこの格好だと寒いだろうから、パーカー貸してよ」
ジャケットは自室に置いてきたようで、彼女の上着はブラウスのみだった。
ちなみにスカートは相変わらずミニで美脚をさらけ出してくれている。
ありがたや。
「わかった。ほれ」
「……ありがと」
寝間着で使用しているパーカーを渡すと、軽井沢は嬉しそうにそれを抱きしめた。
パーカーファッションに憧れでも抱いていたのだろうか。
「それで何買うんだ?」
「えっと……文房具?」
「なんで疑問形なんだよ」
「うるさいわね。勉強疲れで忘れちゃったのよ」
ぷんぷんしながら文房具コーナーを漁る軽井沢。
「軽井沢の小さい脳みそじゃ仕方ないか」
「喧嘩売ってんの?」
きりっと睨む軽井沢だが、彼女の本性を知っている俺にとっては可愛いものだ。
それにしてもパーカーにミニスカートもなかなかいいものだ。
特に軽井沢みたいなギャルは似合う。
「あれ? 立花くんと軽井沢さんじゃん」
振り向くと佐藤が立っていた。
「さ、佐藤さんっ!?」
なぜか佐藤の出現に焦りだす軽井沢。
「佐藤か。こんな時間にどうしたんだ?」
「ジュース買いに来たの」
「ふーん」
「二人は何してるの?」
「それは軽井沢の買い物に付き――――いたっ!?」
言いかけたところで軽井沢が俺の足を思いっきり踏みつけた。
「あ、あたしたち、たまたま偶然会ってっ! えっと……あたしは文房具買いに来たのよねっ!」
そういえば俺の部屋で勉強会をしてるのは内緒だったな。
危うく佐藤に話すところだった。
「文房具って……偉いね軽井沢さん」
「ま、まぁ中間テストも近いし?」
「そっかそっか。それにしても本当に偶然だよねぇ」
「……な、なにが?」
佐藤はにやにやしながら俺と軽井沢を交互に見る。
何が面白いのだろう。
「だって二人とも色違いの同じパーカー着てるんだもん」
直後。軽井沢が奇声を発した。
後々知ったことだが、軽井沢がちょくちょく俺の部屋に来ていたことは、佐藤も篠原も知っていたらしい。
どうやら俺の部屋を出た直後にエレベーターで鉢合わせしたことがあるようで、軽井沢は上手く誤魔化したつもりのようだが、実際はバレバレだった。
その後。俺たちは一緒に寮に帰宅したのだが、ペアルックだの、彼氏パーカーだの、佐藤にからかわれた軽井沢は終始顔が真っ赤だった。
次回は勉強会のお話です。