綾小路と別れた俺は堀北を部屋に招いた。正確には堀北が強引に部屋に上がってきたのだが……。
とりあえず飲み物でも出そうと思ったが、堀北はすぐにでも話をしたいようで、座るよう命じられた。
ここ俺の部屋なんだけどな。
「兄さんとのことは他言無用でお願い」
もちろん他人に話すつもりはない。
それより俺は堀北が命令ではなくお願い事をしたことに驚いた。
「堀北ってお願い事出来るんだな」
「あなた、私をなんだと思っているの?」
「いや、堀北のことだから強制的に命じられると思って」
「……あなたと綾小路くんには迷惑をかけたから」
罰が悪そうに堀北が言う。
家族の揉め事にクラスメイトを巻き込んでしまったことに多少罪悪感を感じているようだ。
「それで他の人には言わないでくれるのよね?」
「ああ、誰にも言わないから安心してくれ」
「……そう」
「ただ生徒会長とは距離を取った方がいいと思うぞ」
さすがにクラスメイトが実の兄に暴力を振るわれるのを黙って見ているわけにはいかない。
恐らく堀北が俺や綾小路に暴力を振るうのは兄貴の影響だろう。
家族からDV被害を受けた人は、自身の子供にも暴力を振るってしまう傾向があるとニュースで見たことがある。
堀北にも軽井沢みたいに、身体のどこかに傷があるのかもしれない。
「それなら心配ないわ。兄さんは私を見限ったと思うから……」
そうなのだろうか。
むしろ兄貴の方が妹に執着しているように見えたが……。
でも堀北がそう思ってるなら、勘違いしたままの方がいいかもしれない。
兄貴と距離を取ってもらった方が彼女は安全だ。
「そっか。それで勉強会の調子はどうだ?」
空気が悪くなりそうだったので、話題を変えることにした。
「問題ないと思うけれど。佐藤さんも篠原さんも基礎は出来ているから」
「そういえば佐藤は中一までは真面目に勉強してたと言ってたな」
「そう」
「遊びでも覚えて、勉強を疎かにしちゃったんだろうな」
「もったいないわね。それよりあなたの方はどうなの?」
「勉強会のことか?」
「いえ。赤点を免れる方法は見つけたのかしら?」
そっちか……。
赤点を確実に免れる方法はあると茶柱先生は言っていたが、いまだにその方法は見つけられていない。
思い当たることはいくつかあるが、どれも現実的ではない。
「まだだ」
「でしょうね。そもそも本当にあるか怪しいと思うのだけれど」
「茶柱先生が嘘をついていると?」
「ええ。だって確実に赤点を免れるとしたら、事前にテスト問題と解答を知るくらいしかないでしょ?」
事前にテスト問題と解答がわかれば赤点を免れる?
……そうか!
それが答えだったんだ!
「わかったぞ堀北!」
「え……?」
「堀北が今言ったことが答えだったんだ」
「……どういうことかしら?」
「だから事前にテスト問題と解答を知ればいいんだよ」
「どうやって?」
「……茶柱先生にポイントを支払って買うとか?」
「売ってくれるのかしら?」
「明日聞いてみる」
「ええ」
どうしよう……。
さっきは解決したと思ったけど、堀北に突っ込まれて自信がなくなってきた。
以前先生を買収できるか聞いたが、答えはNOだった。
テスト問題を売ってもらうのは買収になるのだろうか。
明日松下に相談してみよう。
♦♦♦
「さすがにテスト問題はポイントを支払っても教えてくれないと思うよ」
翌朝。いつもの待ち合わせ場所であるエントランスで松下にさっそく相談したところ、俺の意見は一蹴されてしまった。
「そっか……」
「とりあえずここじゃ他の生徒に話も聞かれるかもしれないし歩きながら話そうか」
「わかった」
松下に促され横に並んで歩きだす。
寮を出ると強烈な紫外線が俺たちを襲った。
5月初旬だがそれなりに気温は高くブレザーを鬱陶しく感じてしまう。
「私も色々考えたんだけど」
「うん」
「過去問なんてどうかな?」
「過去問?」
「そう。恐らく一学期の中間テストの範囲は毎年変わってなくて、過去問を解くのが赤点を免れる一番の方法かなって思ったんだけど」
過去問か。
中学校の定期テストじゃ過去問なんて考えもしなかったが、確かに可能性は一番高そうだ。
先生を買収出来ない以上、過去問くらいしか赤点を免れる方法はないだろう。
「確かにそれしか考えられないかも」
「でしょ。だから今日あたり手に入れようかと思って」
「過去問なら先生から譲ってもらえるかもな」
「どうだろう。とりあえずダメもとでお願いしてみて、ダメなら先輩から買うよ」
「知り合いの先輩でもいるのか?」
「いないよ。でも自信はあるから大丈夫」
確かに松下の容姿なら軽いボディタッチで落とせそうだ。
俺と松下は学校につくとすぐに職員室に向かった。
中間テストが近いからか、茶柱先生に声をかけたところ生徒指導室に移動させられた。
「それで今日の質問はなんだ?」
「質問というよりかお願いなんですけど」
「言ってみろ」
「過去問をくれませんか?」
「……過去問だと?」
「はい」
茶柱先生の目が鋭くなる。
「可能なら過去2年分の過去問を頂きたいです」
松下がさらに要求する。
これも彼女の提案で、過去2年の過去問を手に入れて、テストの範囲に違いはないか、問題の傾向などを解析したいらしい。
やっぱり松下は俺より頭が切れる。ていうかBクラスで一番じゃないだろうか。
「過去問は松下が考えたのか?」
「そうですけど」
「そうか」
茶柱先生が何だが嬉しそうだ。
俺の質問攻めがないのがわかって安心してるんだろうか。
「だが過去問を渡すことは出来ない」
「そんな殺生な……」
「そんな顔をしても過去問はやらんぞ立花。それに私から貰えるとは思っていなかっただろ?」
「そうですけど。先生からなら無料で手に入るかと少し期待してたんで」
「残念だが私はそんな安い女じゃないぞ」
「でしたか。……煙草1カートンじゃだめですか?」
「ダメだ。……それよりなんで私が喫煙者だとわかった?」
「え……? だって臭いますし」
「……………………え?」
「俺って人一倍嗅覚が鋭いみたいなので」
「そ、そうか……。松下はわかっていたか?」
「いえ。私は気づきませんでした」
「ほっ」
一安心してる茶柱先生に、俺は最後に質問をぶつける。
「念のため確認なんですけど、テスト範囲に変更はありませんか?」
「……っ!?」
久しぶりに驚愕の表情を浮かべる茶柱先生。
そんな大した質問をしたつもりじゃないんだけど。
「なぜそんなことを聞く?」
「いや、いつも通り気になったからですけど」
「……そうか。テスト範囲の変更はある。この後のSHRで案内する予定だ」
「そうでしたか。それじゃ俺たちはこれで失礼します」
「待て立花」
退室しようとすると茶柱先生に呼び止められた。
「なぜテスト範囲が変更になるか気になった?」
「えっと、中二のときの担任が定期テストの範囲を間違って教えてて、痛い目にあったことがあるんですよ」
「そうなのか」
「はい。なので念のため確認しました」
「わかった。呼び止めて悪かったな。教室に戻れ」
「はい。失礼します」
茶柱先生は話は終わったとばかりに、手をひらひらと振って、仕草で示した。
「立花くん」
「ん?」
「さっきのはアウトだから」
教室に向かう道中。松下が呆れたような顔で指摘しだす。
「煙草の話か?」
「正確には煙草の匂いがするって話ね」
「でも指摘したほうが本人のためになるんじゃないか?」
「指摘するなら第三者がいないところで言わないとダメでしょ」
「そうなのか……」
「茶柱先生だから大丈夫だと思うけど、教師に恥をかかすのは自分の印象を悪くするだけだよ」
「……わかった。気をつける」
「うん」
松下の教育的指導を受けながら教室に辿り着いた。
いつも通り談笑しているグループ、真面目にテスト勉強をしている生徒、手鏡で自分の美しさにうっとりしている生徒、『猿でもわかる英語』という教材を真面目に呼んでいるバスケ少年など、いつもの光景が目に入ってくる。
「おっす立花!」
「おはよう。今日も勉強熱心だな」
「当たり前だろ! このグローリーな時代に英語は必須だぜ!」
「グローリーじゃなくてグローバルな」
テスト勉強だけに専念してほしいところだが、本人がやる気になってるので本音は言わないでおこう。
それに中学じゃろくに勉強していなかったので、子供向けの教材の方が須藤の頭に入るかもしれない。
「見てろよ。卒業するまでにTWICEで満点を取ってやるぜ!」
「TOEICな」
須藤が言ってるのは軽井沢が好きなガールズグループだ。
何度もライブDVDを見せられたから覚えちゃったよ。
♦♦♦
昼休み。松下は軽井沢、櫛田、王を連れて食堂に向かった。
なぜ軽井沢たちも連れて行くのか事前に聞いたところ、標的にする男子生徒の好みに合う可能性を高くするためだそうだ。
松下はお嬢様系、軽井沢はギャル、櫛田は巨乳+正統派、王はロリータ、といったところだろう。
贅沢を言えば堀北と長谷部もいれば完璧だった。
標的は2年か3年のDクラスの男子生徒だ。
松下たちは山菜定食をまずそうに食している男子に声をかけた。
山菜定食は無料で、恐らくDクラスの生徒しか注文しないメニューだ。
なので上級生の顔と名前が一致しない松下でもすぐにDクラスの生徒を見つけ出すことが出来た。
俺と平田は心配そうに影から見守った。
遠目からなので会話は聞こえなかったが、その上級生は櫛田に両手を握られ顔を真っ赤にしている。
まるで松下にからかわれている自分を見ているようだ。
とどめとばかりに松下が上目遣いでお願いをしているのがわかった。
それが決まり手となったようで、上級生の食事を終えると5人は食堂を出ていった。
恐らく目立たない場所で過去問の受け渡しとポイントの譲渡をするのだろう。
昼休み終了まで10分。松下からミッションコンプリートの通知が届いた。
なんと5000ポイントという格安で取引が成立したらしい。
ちなみに費用はクラスメイト全員から徴収する予定だ。
クレームを言いそうな生徒もいるだろうが、女子には平田、男子には櫛田からお願いをすれば問題ないだろう。
放課後。勉強会の準備をしようとしたところ松下と軽井沢から指令が出された。
「明日は立花くんたちの番だから」
「どういうことだ?」
詳細を求めると松下が答える。
「言ったでしょ。過去問は2年分欲しいって」
「ああ」
「今日手に入ったのは2年生が保管していた過去問。つまり去年の過去問ね」
「3年からも過去問を手に入れろってことか?」
「正解。なので明日は立花くん、平田くん、綾小路くんの3人で頑張って手に入れてね」
「3年も松下たちが相手したほうがいいんじゃないか?」
「女子ばかりに働かせて、男子は働かないつもりなんだ?」
「いや、そういうわけじゃ……」
確かにこのままだと女子におんぶにだっこ状態である。
でも俺も平田も勉強会で講師してるし……、
だめだ。軽井沢ならともかく、松下に口論で勝てる気がしない。
「わかった。3年からは俺たちが過去問をゲットするよ」
「うん、よろしくね」
「頑張りなさいよ」
松下と軽井沢から励ましの言葉を頂いた俺はさっそく平田と綾小路に指令を伝えた。
綾小路は嫌がっていたが、渋々承諾してくれた。
「とりあえず綾小路くんは服装どうにかしようか」
「……え?」
翌朝。部活に所属していない俺と綾小路は20分ほど早く登校していた。
教室にはすでに松下、軽井沢、佐藤がいた。
「シャツをズボンから出すのダサいし、ネクタイも緩みすぎ」
「だ、ダサい……」
佐藤の容赦ない口撃が綾小路を襲う。
どうやらファッションに詳しい佐藤が、俺と綾小路の身だしなみをチェックするらしい。
「でもシャツを出すのが流行ってると聞いたんだが……」
「そんなの初耳なんだけど」
「え」
「そんな制服を着崩してるの時代遅れのヤンキーくらいだよ」
「じ、時代遅れ……」
「前から思ってたけど、綾小路くん悪目立ちしてるよ?」
「……」
普段はクールフェイスの綾小路だが、明らかにショックを受けている表情を浮かべている。
俺も綾小路の格好についてはお腹も冷えそうだしどうかと思っていたが、女子たちにも不評だったらしい。
「とりあえずこんなもんかな」
10分後。お洒落に制服を着崩している綾小路の姿があった。
シャツのボタンは一つ目だけ外され、ネクタイも程よく緩んでいる。
さらに髪も手をくわえられたようで、無造作な中分から韓流アイドルのような中分になっていた。
軽井沢が調子に乗ってメイクをしようとしていたが、さすがの綾小路も断固拒否していた。
ちなみに俺は髪形を整えられたくらいで、あまり変化はなかった。
過去問はすぐ手に入った。
山菜定食を食べている女子に声をかけたところ、運がいいことに3年Dクラスの女子だった。
ちなみに声をかけたのはじゃんけんで負けた平田だ。
3人ともナンパ経験はゼロで、彼女いない歴=年齢だったのである。
その女子生徒は平田がお好みのようで、過去問を譲ってくれるようお願いをしたら、3000ポイントと俺たちの写真で取引が成立した。
写真を何に使うか聞いたところ、気味悪い笑みを浮かべただけで答えてくれなかった。
仕事を終え教室に帰ろうとしたところ、綾小路が上級生の女子たちに捕まっていた。
どうやら逆ナンされているようだ。
女子たちは綾小路の腕に抱き着いたり、顔を近づけたり、やりたい放題である。
素直に羨ましいと思った俺も混ざろうかと思い一歩踏み出したところ、松下と軽井沢に腕を掴まれて教室に連れ戻されてしまった。
その日。密かに女子のみで投票されているイケメンランキングに変動があった。
食堂に突如現れたイケメンが見事一位に輝いたらしい。
綾小路の実力(容姿のみ)が明らかになってしまった!