無事に過去2年分の過去問を手に入れた俺たちは、ようやく茶柱先生が言っていた確実に赤点を免れる方法に辿り着いた。
2つの過去問は問題構成がまったく同じであったのだ。
なので今年の中間テストも同じ問題が出題される可能性が高い。
これならどんなお馬鹿さんでも解答欄をずれて書いたりしなければ赤点を取ることもないだろう。
「よし。早速みんなに教えるか」
「待って。みんなにはぎりぎりまで教えない方がいいと思う」
2つの過去問を確認し終えた俺はクラスメイトに報告しようとしたところ、一緒に確認をしてくれていた松下がそれを止めた。
「なんでだ?」
「過去問の存在がわかったら、みんなテスト勉強やめちゃうでしょ?」
「だろうな。過去問を暗記すればいいしな」
「だよね。私の予想だけど一部の生徒を除いて、みんな今が人生で一番勉強してると思うんだ」
「少なくとも須藤や軽井沢たちはそうだろうな」
「うん。だから今後のことも考えて、退学に対する恐怖心を持ちながら勉強してもらった方がいいと思うんだよね」
「な、なるほど」
確かに期末テスト以降は過去問が手に入るとも限らないし、そもそも問題構成が違う可能性も高い。
過去問に頼る楽さを覚えてしまったら、期末テスト以降にテスト勉強に身が入らない生徒が出てくるのは否めない。
松下は今回だけじゃなく先のことまで考えていたのか。
「わかった。平田には俺から言っておく」
「よろしく。私は軽井沢さんたちに伝えるね」
過去問を手に入れた事実を知っているのは今のところ俺、松下、軽井沢、平田、佐藤、篠原の6人だ。
「ちなみにぎりぎりって何日前に渡すつもりなんだ?」
「うーん、2,3日前でいいんじゃないかな。前日だと寝落ちしちゃう人もいるかもしれないし」
「確かに須藤あたりは寝落ちしそうだな……」
「でしょ。あ、でも講師の人たちには伝えてもいいかも。そこらへんは平田くんと調整してくれる?」
「わかった」
その後。平田や軽井沢たちも松下の提案に異論はなく、過去問は本番2日前にクラスメイトに渡すことになった。
ただ須藤に関しては不安だったので、みんなより1日早く過去問を渡すことにした。
なお、過去問を手に入れて一安心した俺だったが、順調に事が進んでいることに不安感を抱いてしまい、過去問以外に赤点を免れる方法がないかと考えてしまう日々が続いた。
♦♦♦
本番まで一週間を切った某日。ほかのクラスも過去問を手に入れたか確認したくなった俺は松下、軽井沢を連れて図書室に足を運んでいた。
前回は椎名ひよりのハニートラップに引っかかりそうになったが、今回は女子が二人もいるので問題ないだろう。
「うわぁ。すっごい人がいるじゃん」
軽井沢は図書室に入るのは初めてなようで、利用している生徒数の多さに驚いている。
「テスト前だからね。普段は空いてるよ」
「そうなんだ。松下さん読書好きだったんだ?」
「お金かからないからね。軽井沢さんは?」
「あたしは漫画しか読まないかな」
だろうな。
軽井沢が読書してるイメージがわかない。
俺たちは本を探すふりをしながらテスト勉強をしている生徒たちを観察した。
10分ほど観察したが、どうやら過去問を暗記している生徒はいなさそうだ。
「そろそろ帰るか」
目的は果たせた。長居は無用だ。
二人を連れて退室しようとしたところ、銀髪の美少女が目に飛び込んできた。
椎名ひよりだ。
数冊の単行本を抱えて入室してきたので、恐らく返却しに来たのだろう。
俺は咄嗟に二人の腕を掴み、本棚に身を隠した。
「き、急にどうしたのよっ!?」
軽井沢が顔を赤くしながら非難めいた視線を向けてきた。
「椎名ひよりが現れた。二人がいるから問題ないと思うが、なるべく接触は避けたい」
「椎名ひよりって……この前言ってたハニートラップの女子だっけ?」
「そうだ」
「そんな感じには見えないけど」
甘いぞ軽井沢。
確かに見た目は文学少女にしか見えないが、椎名が所属しているのはDクラス。
クラスのリーダーに命じられて平気でハニートラップを仕掛ける女だ。
すでに何人かの男子生徒が餌食になっているかもしれない。
「松下さんはどう思う?」
「外見だけ見れば悪い人には見えないけど。でも他クラスの人だから警戒するに越したことはないと思う」
「そっか。だよね」
本の返却を終えた椎名はそのまま図書室を後にした。
新たに本を借りる予定はなかったようだ。
退室する前にきょろきょろしていたが、クラスメイトでも探していたのだろうか。
……いや。新たな獲物を探していたのかもしれない。
俺を落とすことに失敗したので、次の獲物は慎重に選んでいるのだろう。
まったく可愛い顔をして恐ろしい女だ。
♦♦♦
中間テストの二日前。予定通りクラスメイトに過去問が配られた。
ほとんどの生徒が突如舞い降りた幸福に興奮を抑えきれず狂喜乱舞だ。
山内がもっと早く寄越せと文句を言っていたが、軽井沢と篠原に口撃され撃沈していたのが面白かった。
過去問を手に入れた生徒たちには、早々に帰宅してもらうことにした。
これは暗記はもちろんだが、過去問の情報を他のクラスに漏洩させないためである。
他のクラスに友達が多い櫛田にもテストが終わるまでは交流しないようお願いをしている。
「立花くん。あたしたちも帰ろうよ」
「いいけど。本当に俺の部屋で勉強するのか?」
「そうだけど」
「過去問があるから暗記すればよくないか?」
「最終的に暗記はするけど、まずは普通に解いた方が勉強になるでしょ?」
「……本当に軽井沢か?」
「どういう意味よっ!」
まさか軽井沢からそんな言葉が聞けるなんて。
本当に成長したんだな。
勉強会を続けてよかった……。
「ちゃんと毎日勉強してるんだからね!」
「知ってる」
いつからか知らないが、どうやら軽井沢は俺との勉強会がない日でも一人で予習・復習をしていたらしい。
「それじゃ帰るか」
「うん」
寮までの道中。
軽井沢から意外な情報が入った。
「佐藤が綾小路に惚れてる?」
「まだ気になってる程度だと思うけど」
「いつからだ?」
「過去問ゲット作戦のとき」
あの時か。
いつの間にそんな作戦名が名付けられていたのかと疑問に思ったがスルーすることにした。
「佐藤さんってメンクイだからねー」
「平田は?」
「平田くんはライバル多いから狙うのはやめたんじゃない?」
「そうか」
「でも綾小路だってライバル多くなるんじゃないか?」
「だから今のうちに唾を付けようとしてるのかも」
「汚いな」
「本当に唾をつけるわけじゃないわよ!」
やはり軽井沢の突っ込みは鋭い。
俺が軽くぼけても的確に突っ込んでくる。
松下とも相性がいいと思ったが、軽井沢もなかなかどうして。
そんな雑談をしていたらすぐに寮に辿り着いてしまった。
帰宅早々に軽井沢は勝手知ったる俺の部屋で冷蔵庫から飲み物を取り出して用意してくれた。
軽く水分補給をし、過去問に取り掛かる俺と軽井沢。
2時間ほどで全教科の過去問を解き終え、自己採点をしたところ、軽井沢は全教科80点以上の好成績だった。
「凄いじゃん」
「でしょ!」
「これなら赤点の心配はないだろ」
「やった。それじゃあたし夕食作るね」
「いいのか?」
「いいわよ。立花くんはお風呂でも入ったら?」
「それじゃお言葉に甘えて」
夕食の献立はかつ丼だった。
中間テストに向けてのゲン担ぎのようで、明日はとんかつを作ってくれるらしい。
ギャルなのに古風な考えをお持ちなんだな。
♦♦♦
「欠席者はなし、全員揃ってるみたいだな」
中間テスト当日。茶柱先生は不敵な笑みを浮かべながら教室へやって来た。
「とうとう中間テストを迎えたわけだが、何か質問がある者はいないか? 立花以外で」
なぜ俺を省く。
さすがの俺もテスト前に質問攻めにしたりはしないぞ。
「……いないようだな」
「はい。僕たちは数週間真面目にテスト勉強に取り組んできました。このクラスで赤点を取る生徒はいませんよ」
「随分な自信だな平田」
「自信じゃありません。確信です」
平田の言葉に教室にいる半数以上の女子たちがうっとりしたことだろう。
茶柱先生はそんな平田の言葉が嬉しかったのか、足取りも軽くテスト用紙を配りだした。
「もし、今回の中間テストと7月に実施される期末テスト。二つとも誰一人赤点を取らなかったら、お前ら全員夏休みにバカンスに連れて行ってやる」
「本当ですかっ!?」
茶柱先生の甘い言葉に池が反応した。
「本当だ。青い海に囲まれた島で夢のような生活を送らせてやろう」
「マジかよ……」
これは俺たちのモチベーションを上げるためについた茶柱先生の嘘だろう。
この学校が俺たちにそんな甘い蜜を吸わせてくれるわけがない。
無人島で悪夢のような生活を送らせてやる。
心の中ではこう言ったに違いない。
甘いですよ茶柱先生。
俺の心配性はクラスメイトにも伝染している。
「期待するなよ池」
ここで幸村がトリップしそうな池を制する。
「恐らく無人島でサバイバル生活をさせるんだろう」
「……え?」
「……え?」
池と茶柱先生が間抜けな反応を示した。
「幸村の言う通りだと思う」
「三宅もそう思うか?」
「ああ。10万ポイント支給の時みたいに、天国から地獄に落とそうとしてるんだろうぜ」
「じ、地獄……」
生徒から発される物騒な単語に茶柱先生が狼狽える。
「そういえば水泳の授業でガチゴリラ先生が全員泳げるようにするって言ってなかった?」
「言ってた言ってた!」
「もしかして遠泳でもさせられるんじゃないの?」
「きっとそうだよ!」
「理事長が黄金伝説のファンだって噂聞いたことあるよ!」
幸村と三宅に続き、生徒たちが憶測し始めた。
こんなにも学校に対して不信感を持ってくれるとは。
いい傾向だ。
「みんな落ち着くんだ」
ざわつくクラスメイトを平田が落ち着かせる。
「まだ決まったわけじゃない。もしかしたら中間テストの平均点数が一番高いクラスにバカンスがプレゼントされるかもしれない」
「平田の言う通りだ。まずは中間テストに集中しよう」
「だよねー。夏休みのことはテスト終わってから考えればよくない?」
俺の言葉に軽井沢が同調する。
彼女には俺や平田にとりあえず同調するように指示している。
このような発言を重ねれば、軽井沢の地位が盤石になっていくはずだ。
「先生。説明を続けてください」
「あ、ああ……」
平田に促され茶柱先生が説明を再開した。
中間テストは5教科のみなので、一日で終えることになる。
期末より教科は少ないが、一日で受ける教科の数は中間の方が多いことになる。
昨晩。須藤から寝落ちが心配だと相談を受けたので、俺の部屋で過去問を暗記させた。
軽井沢から文句を言われたが、退学者を出さないためなので、休日に買い物に付き合うことを条件に承諾してもらった。
「それでは始め」
♦♦♦
中間テストは何も問題なく終わった。
自己採点で赤点を申告する生徒もいなかったので、全員が平均点以上を取れたはずだ。
俺も自己採点は全教科100点だった。ちなみに松下、平田、堀北、幸村も全教科100点だったらしい。
一番面倒を見ていた軽井沢も軒並み90点以上を叩きだし、須藤も60点以上は取れたようだ。
採点結果は翌日に発表された。
予想通り赤点を取った生徒は一人もおらず、クラス全員が無事に退学を免れることとなった。
過去問を手に入れたからか、俺を嫌ってるはずの池や山内からも感謝された。
軽井沢と同じグループの佐藤と篠原は講師である堀北に抱き着いていた。
堀北は鬱陶しそうにしていたが、俺や綾小路と違って暴力を振るうことはなかった。
昼休み。
様々な重圧から一時的に解放された俺は平田と一緒に生徒会室に向かっている。
平田が先輩から備品補充の申請書を生徒会に提出するよう命を受けたらしい。
「ごめんね付き合わせて」
「気にしなくていいよ。生徒会には俺も用があったし」
久しぶりに橘先輩に会えるチャンスだ。
もし生徒会長がいなければ質問をしていい情報を聞き出せるかもしれない。
そんなことを思いながらスキップをし始めた瞬間だった。
「こんにちは」
前方から美少女が現れた。
「……っ」
その美少女は、まるでお人形の様だった。
美しいとしかいいようがない銀髪、日本人とは思えない青い瞳、お洒落な現代風の杖。
まるで創作物から飛び出してきたようだ。
「初めまして立花恭平くん、平田洋介くん」
「は、初めまして……」
二人そろって情けない声で挨拶をしてしまった。
「私はAクラスの坂柳有栖と申します」
「Aクラスだって?」
「はい。一緒にいるのはクラスメイトの神室真澄さん、橋本正義くん、鬼頭隼くんです」
坂柳有栖。
櫛田から頭脳明晰なAクラスのリーダーと聞いている。
まさかこんな小柄な少女だったとは。
「以前からお二人にはお声をかけようと思っていたんですよ」
あんな小さな身体で、見た目が強者そうな生徒を従えているのか。
特にあのロッチ中〇みたいな髪形の生徒。
誰にやられたのか、顔がところどころ腫れている。
それより、最も気になるのは……
「あ、この杖は気にしないでください」
「怪我でもしているのか?」
「いえ。先天性の病気を患っていまして、歩行時に杖が必要なんです」
「そうなのか……」
本当にそうだろうか。
そのわりに、なかなか肉付きがいい太ももをしている。
……まさか!
「くっ……!」
俺は最悪の答えに辿り着き、大きく後ろに下がった。
いきなりバックステップをしたからか、この場にいる全員がきょとんとしている。
「平田気をつけろ!」
「な、なにがだい……?」
「あの杖……武器を仕込んでいる可能性がある」
「……はい?」
返事をしたのは平田ではなく坂柳だった。
「平田、ここはどこだ?」
「え? ろ、廊下だけど……」
「正確には監視カメラが死角になっている廊下だ」
「……っ」
この学校はあらゆるところに監視カメラが設置されている。
だがどんなに設置していても、カメラの死角部分は出来てしまう。
恐らく坂柳たちはそこを狙ったのだろう。
俺たちBクラスはAクラスの一番のライバルだ。そのBクラスの中心人物と評される生徒が二人も無防備に廊下を歩いているんだ。
Aクラスにとって、これ以上の好機はないと判断したんだろう。
俺はポケットに忍ばせている防犯の刃を握りしめながら問い始める。
「危なかったぜ坂柳」
「な、なにがですか……?」
「まさか中間テスト直後に仕掛けてくるとはな」
「え、ええ。テストが終わったらお二人に声をかけようかと思ってましたが……」
「随分素直に答えてくれるんだな」
「事実ですから」
「そうか」
俺がポケットに手を入れてから、長髪の男子が殺気を放ってきている。
恐らく俺が武器を隠し持っていると思ったのだろう。
他の二人は俺を警戒する様子はない。先ほどから怪訝そうに俺を見てくるだけだ。
つまりあの長髪が坂柳の一番のしもべに違いない。
……もしかしてあの顔は坂柳にやられたのか?
そうだよな。
あんな武闘派みたいな男が、頭脳だけの女子に従うわけがない。
あの杖は……フェイクだ!
「あの、この杖は武器なんて仕込んでないですよ?」
「それはどうだろうな。そもそも坂柳は本当に杖が必要なのか?」
「え……?」
「歩行に杖が必要なわりに、なかなか肉付きがいい太ももをしている」
「なっ……」
「ガーターベルトで隠しているようだが、俺の目は誤魔化せないぞ」
「あ、あなたはどこを見ているんですかっ!」
頬を紅潮しながら坂柳が非難の目を向ける。
頭脳明晰なのに、意外と感情的なんだな。
「隣にいる長髪の男子」
「き、鬼頭くんのことですか……?」
「ああ。その顔。坂柳がその杖でボコボコにしたんだろ?」
「してません!」
「他の二人は調教不足のようだな。鬼頭と違って警戒心が足りない」
確か神室と橋本と言ったか。
俺に指摘されるとは思っていなかったようで、動揺しているようだ。
「調教なんてしていません!」
2対4か。分が悪すぎるな。
防犯ブザーを鳴らしてもいいが、被害を受けたわけではないので、逆に茶柱先生に怒られる可能性が高い。
「平田、撤退するぞ」
「わかった」
俺と平田は坂柳たちを警戒しながらバックステップでその場を後にした。
「あ、待ってくださいっ!」
坂柳が叫んでいるが、大人しく待つほど俺たちも馬鹿じゃない。
椎名ひよりを使ってハニートラップを仕掛けてきたDクラス。
リーダー自ら俺たちを潰しに来たAクラス。
「まったくどのクラスもいかれてやがる」
Cクラスのリーダーである一之瀬も危険な思考の持ち主に違いない。
いずれ仕掛けてくるであろう美少女の存在に俺は頭を悩ませた。