それと櫛田の出番多めです!
翌朝。俺は松下から指示された業務を遂行するため、いつもより20分早く登校した。
松下から櫛田は毎日始業の30分前には登校していると聞いたので、二人きりになれる時間を確保するため、俺も早めに登校した次第である。
教室に入ると、鼻歌を歌いながら携帯を弄る櫛田の姿があった。
「あれ? 立花くんだ。おはようっ」
「おはよう、櫛田」
「ずいぶん早い登校だね」
「ちょっと早起きしちゃって。櫛田も早いな」
「私は毎日この時間に登校してるよ」
松下から聞いたから知ってるよ。
「毎日か。偉いな」
「そんなことないよ。早く登校しても勉強してるわけでもないし」
「じゃあなんで早めに登校してるの?」
「うーん、なんとなく」
「なんじゃそりゃ」
「あはは。よかったら私とお喋りしない?」
「いいぞ。俺も始業時間までどうやって時間を潰そうか思ってたところだし」
「ありがとう」
俺は櫛田と他愛もない話で盛り上がった。
気になったのは、中学でどう過ごしていたか聞かれたことくらいか。
「そっか。立花くんの実家は旅館だったんだね」
「ああ。ネットで調べるとすぐにヒットするぞ」
「そんなに有名なの?」
「かなり。なんでだと思う?」
「えっと……温泉が人気あるとか?」
「それもあるけど、一番の理由は座敷童子だな」
「座敷童子?」
「そ。櫛田も聞いたことあるだろ」
「うん」
うちの実家は昭和初期から座敷童子が出ると言われる旅館だ。
母親の話だと、何十人も座敷童子を見たと報告するお客さんがいたらしい。
ちなみに俺は見たことはない。
「確か、座敷童子を見たら幸せになれるんだっけ?」
「そう言われてる。実際、うちに泊まったお客さんで総理大臣や大企業の社長さんもいたからな」
「凄いねっ!」
「だろ。だから岩手で旅行する機会があったら、うちの旅館に泊まってくれ」
「うん。その時は友達割引してくれると嬉しいなっ」
やはり櫛田はあざとい。
洗練された男に媚びる可愛らしい動作は幼馴染にそっくりだ。
だがこれはBクラスの武器ともいえる。
実際、櫛田のおかげで過去問を手にれることも出来たし。
「わかったよ。両親も櫛田みたいな美少女がお客さんになってくれたら喜ぶだろうからな」
「そ、そんな……美少女だなんてっ……」
よし。自然に容姿を褒めることが出来た。
このまま櫛田の承認欲求を満たしてやるぜ。
「いや、事実だろ。客観的に見て櫛田は美少女だと思うぞ」
「あ、ありがと……」
容姿を評価され、頬を紅潮させる櫛田。
顔の赤みまでコントロールできるなんてすごいなこの女。
退学して女優目指した方がいいんじゃないか。
「でも……私以外にも可愛い子たくさんいるよね」
ここで、”私よりも”ではなく”私以外にも”と言ったことから、櫛田の承認欲求の強さが垣間見られる。
恐らく自身の口から、他人より自分が下だということを、言いたくないのだろう。
「例えば?」
「い、一之瀬さんとか……堀北さんとか……」
「確かに二人とも美少女だと思うが、櫛田の方が愛嬌があって可愛いと思うぞ」
「……っ」
外見だけなら長髪でスレンダーの堀北が好みだがあの性格じゃな……。
「そ、そうかな……?」
「ああ」
「一之瀬さんや堀北さんより私の方が可愛いの……?」
「さっきからそう言ってるだろ。ちなみに、平田や綾小路も同じこと言ってたぞ」
「平田くんと綾小路くんもっ!?」
もちろん嘘である。
ただ櫛田の承認欲求をより満たすため、二人の名前をお借りした。
あとでメッセージを送って、口裏を合わせてもらえば問題ないだろう。
「そうなんだ。あはは、照れちゃうなぁ」
「だが、俺には心配事がある」
「な、なにかな?」
「櫛田は可愛いからたくさんの男子に言い寄られると思うんだ」
「えっ!?」
「何回も告白されると気苦労が絶えないだろう」
「え、っと……」
「それに櫛田ほど可愛いとストーカーが現れるかもしれない」
「ストーカーっ!?」
「もしトラブルにあったらすぐに茶柱先生に報告するんだぞ」
「あ、そこは立花くんじゃなくて先生なんだ」
「そりゃ生徒より先生の方が頼りになるだろ?」
「そ、そうだね……」
「とりあえず櫛田は可愛いから男には気をつけろってことだ」
「そんな、何回も可愛いと言われると……て、照れちゃうよぉ……」
可愛いなんて何百回も言われているだろうに。
やはり櫛田は演技の才能がある。
文化祭の演劇のヒロインは櫛田に決まりだな。
この学校に文化祭があるか知らんけど。
……よし。放課後に茶柱先生に質問しよう。
「ちょっとお手洗いに行ってくる」
「あ、いってらっしゃい」
今日はこれくらいでいいだろう。
櫛田の承認欲求もだいぶ満たされたはずだ。
むしろ満たされ過ぎて昇天しているかもしれない。
昼休みにでも松下に報告しよう。きっと褒めてくれるに違いない。
仕事を終えた俺はほくほくしながら教室を後にした。
♦♦♦
私―――櫛田桔梗は承認欲求の塊だ。
家族に愛されなかったり、友人に恵まれなかったりなど、不幸な経験をしたわけではない。
同性の中でも恵まれた容姿であることも自覚しているし、運動も勉強も得意な方だった。
けれど、私より可愛い子は当然存在するし、私より勉強や運動が得意な子も存在する。
それも、芸能人やスポーツ選手ではなく、クラスメイトなどの身近な存在だ。
私は身近な誰かに負けると、感情が大きく揺さぶられる人間だった。
悔しさ、嫉妬、憎しみといった感情が混ざり合い、私の心の中に生まれた闇は、負ける度に深まっていった。
そんな苦しみから逃げだすために、私は誰よりも友人から『信頼』を得ることで承認欲求を満たすことにした。
必死な努力のおかげで、私は誰からも好かれる人気者になった。
いろんな人間と関わることでストレスは溜まったけれど、それでも私は幸せだった。
さらに、みんなからの信頼を得た私は、みんなの『秘密』を知ることができた。
『秘密』とは、みんなが内に秘めたもの。
好きな相手だったり、過去の過ち、中には性癖まで晒してくれる人もいた。
他人には言えないであろう『秘密』を教えてくれることに、私はかつてないほどの優越感を得ることになった。
けれど、自分でも自覚できないほどのストレスを抱えた私は過ちを犯してしまった。
結果、私の中学生活は悲惨なものとなった。
だからこそ、私はリベンジを誓った。
過去の私を誰も知らない場所で、新しい楽園を作ろうとした。
なのに……あの女と再会してしまった。
堀北鈴音。
中学の同級生で、私の過去を知る唯一の人物。
堀北がいる限り、私に本当の平穏は訪れない。
私は新しい楽園を作るため、堀北を退学させることを誓った。
それなのに……
「わ、私が……一之瀬や堀北より可愛い……」
今朝は珍しい生徒と二人きりで会話をした。
生徒の名前は、立花恭平。
平田くんと並ぶクラスのリーダー的存在だ。
運動も勉強も得意で、顔も整ってる方だと思う。
そんな彼が、私を一番可愛いと評価した。
昨日。森と誰が学年で一番可愛いかという話をしていた。
もちろん私の名前もあがったけれど、一之瀬さんが一番という結論に達した。
それだけなら問題なかった。
私より一之瀬の方が美人なのは自分でもわかっている。
けれど、森はあろうことか私とレベルが違うとまで言ったのだ。
ふざけるなこのブスが!
他人の悪口ばかり言う外見も性格もブスのお前に言われる筋合いはない。
森の発言は私のプライドを酷く傷つけた。
すぐにでも森がみんなの陰口を言っていることを、クラスメイトに言いふらそうと思ったくらいだ。
そんなストレスを抱えながらも、私は今日も早めに登校した。
そして、立花から一之瀬より可愛いと言われてしまった。
私は今までの人生で一番の優越感を感じた。
あの堀北よりも可愛いと言われたことも、私の承認欲求を満たすスパイスになった。
「あいつ、私に惚れてるの……?」
立花には、松下千秋と軽井沢恵という親しくしている女子がいる。
それなのに二人の名前は一切出てこなかった。
つまり二人よりも私の方が可愛いと言うことだろう。
松下も軽井沢もタイプは違えど美少女の部類に入る存在だ。
そんなやつらに私は勝ったんだ。
あの一之瀬よりも。
うざい堀北よりも。
私は勝った。
私が一番なんだ。
「あぁ……」
立花は言った。
私の方が愛嬌があって可愛いと。
その愛嬌は私が努力して得たものだ。
なんだろう。
一之瀬より可愛いと言われたことも嬉しいけど、今までの努力も認められたような気がして、それも嬉しい。
「立花恭平……」
もしも、私が私じゃなければ、彼に恋に落ちたかもしれない。
でも、私は櫛田桔梗だ。
立花と付き合うのもいいかもしれない。
私があいつの恋人になったら、松下と軽井沢の悔しがる顔を見るだけで、かつてないほどの優越感に浸れそうだ。
けれど、私は誰とも付き合うつもりはない。
私に彼氏が出来れば、男子からの人気は落ちてしまうだろう。
そんなの許されない。
私はみんなから一番人気がある存在でいたい。
だから……
「ごめんね、立花くん。君とは付き合えないよ」
「……え? なんで俺いきなり振られてるの?」
いつの間にか立花が教室に戻ってきていた。
立花の間抜け顔を見て、私は久しぶりに腹の底から笑った。
笑い声が発されるたびに、心の中の闇が薄まっていくような気がした。
なんか堀北とかどうでもよくなってきちゃった。
そうだよ。堀北が私の過去を言ったところで、誰も信じないに決まってる。
それに、堀北のために私の貴重な時間を使うなんてもったいない。
私が、櫛田桔梗であるために使った方がいいに決まってる。
「ありがとう立花くん」
「なにが?」
♦♦♦
放課後。茶柱先生に文化祭の質問をしてから帰路につく。
今日は告白もしていないのに振られるという珍しい体験をした。
それにしても、なぜ櫛田は俺を振ったのだろうか。
もしかして、可愛いとほめ過ぎて、告白されたと勘違いさせてしまったのかもしれない。
そうなってくると、今後どう褒めればいいのかわからなくなってきたぞ。
(嫌な予感って櫛田に振られることだったのか)
女子に振られるというのは、思春期の男子にとって大きな出来事である。
今回は櫛田だからよかったけど、これが松下や軽井沢だったらと思うとぞっとする。
告白したことないのに、告白のトラウマをもってしまった。
「はぁ……」
俺はため息をつきながら一人でスーパーに向かう。
軽井沢、松下と下校しようとしたところ、軽井沢は佐藤とショッピング、松下は美容院に行くということで、久しぶりに一人で下校することになった。
一人ということは、それだけ襲われる可能性が高まる。
なので、俺は監視カメラの死角にならないよう、細心の注意を払って歩行している。
時折、奇異の目で見られるが、気にしない。
監視カメラの死角に入って坂柳やDクラスのリーダーの餌食になるよりマシだ。
(Dクラスのリーダーも早く特定しないと)
Dクラスのリーダーはあまり表に出ないようでまったく情報が入ってこない。
ハニートラップを仕掛けてくる輩なので、女性経験が豊富なやつかもしれない。
もしかしたら、女子がリーダーの可能性も考えられる。
AクラスもCクラスも女子がリーダーだからな。
(まったくとんでもない女子が多すぎるぜ)
Dクラスのリーダーに頭を悩ませていると、いつの間にかスーパーに辿り着いた。
今日は精神的に疲れたので、半額弁当で夕食を済まそう。
「お、重たい……」
半額弁当とミネラルウォーターをカゴに入れてレジに並ぼうとしたところ、5キロのお米を重たそうに運んでいる女子の後姿が見えた。
今にでもお米を落としそうなほどふらついている。
素直にカートを使えばいいのに。
「あっ」
そう思っていると、バランスが崩れたのか、とうとう女子が両手からお米を離してしまった。
俺は咄嗟にカゴを床に置き、地面に落ちる前に、なんとかお米を両手でキャッチすることに成功した。
「ぎ、ギリギリセーフ……」
お米の銘柄を見たところ『秋田こまち』だった。
「あ、ありがとう……」
「いや」
顔をあげると、そこには秋田美人顔負けの美少女がいた。
「ごめんね。助かったよ」
「あっ」
俺はこの女を知っている。
話したことはないが、この女は有名人だ。
恐らく同学年で、この女を知らない生徒はいないだろう。
女の名は―――――一之瀬帆波。
俺たちBクラスの敵である、Cクラスのリーダー様だ。
櫛田問題はこれにて解決!
とうとう現れたCクラスのリーダー一之瀬に立花はどう対応するのか!?