やはり俺のシックスセンスは間違っていなかった。
大きなトラブルは櫛田に振られることじゃない。
Cクラスのリーダーである一之瀬帆波に遭遇することだったんだ。
「私の名前は一之瀬帆波。君は立花くんだよね?」
「俺のこと知ってるのか?」
「当たり前だよ」
そりゃそうだ。クラスのリーダーなら、悪目立ちしている俺のことを知っているのは当たり前か。
「それより本当にありがとう」
「いや。……それより会計済ませないか? 他のお客さんの迷惑になるし」
「そうだね。あっ、私持つよ」
「いや、俺が運ぶから」
さっき落としそうになったばかりなのに何を言ってるんだこの女は。
それにここで一之瀬に持たせたら、周りの人からなんて言われるか。
「あ、ありがとう」
「代わりに俺のカゴを持ってくれ」
「うん」
会計を済ませた俺たちはサッカー台で購入した商品をエコバックに詰めている。
「立花くんもエコバッグ持参なんだね」
「節約になるからな」
外の世界と同じく、高度育成高校の敷地内もレジ袋は有料である。ちなみに小は3円、大は5円だ。大した金額ではないが塵も積もれば山となるので、買い物をする際はエコバッグを持参している。
「偉いね」
「それは一之瀬もだろ」
「にゃはは。そうだった」
「……っ」
なんだその笑い方は。
『にゃはは』って笑う女を初めて見たぞ。
わざとしているのならあざとすぎるし、素でしているなら怖い。
俺の予想通りヤバイ女なのは間違いなさそうだ。
「立花くんはもう寮に帰るの?」
「そうだけど」
「よかったら一緒に帰らない?」
寮まで歩いて10分ほどかかる。
例え相手が敵でも、か弱い女子に重たいお米を持たせて、先に帰るのは俺の良心が痛む。
一緒に帰ろうと言われたら、イエスと答えるしかないじゃないか。
「そうだな」
「やったー。一度立花くんとは、ゆっくり喋ってみたかったんだー」
「そ、そうなんだ……」
俺からBクラスの情報を入手するつもりだな。
一之瀬ほどの美少女に聞かれたら、大抵の男はなんでも喋ってしまうだろう。
だが、美少女耐性がある俺にその手は通じない。
むしろCクラスの情報を聞き出してやるぜ。
「それじゃ行くか」
「あ、お米……」
「俺が持つからいいよ」
「……本当にいいの?」
「一之瀬じゃ寮まで持てないだろ?」
「うっ」
俺に指摘されて、一之瀬は喉を詰まらせた。
「そ、それじゃ……お願いします」
「あいよ」
一之瀬は申し訳なさそうに頭を下げた。
俺は彼女と話す中で、ある結論に至った。
この状況は、一之瀬が意図的に作ったものだ。
恐らく俺が一人でスーパーに寄るのを見計らって、作戦を実行したのだろう。
レジ待ちする俺の前に並び、重たい荷物を持って、最終的に俺に持たせるつもりだったのだ。
そして、二人で帰る流れに持っていき、その帰り道で俺から情報を入手しようとした。
じゃなければ、こんな偶然はありえない。
「次からは量が少ないお米を買った方がいいぞ」
「だね。量が多いほうがお買い得と思って5キロ買っちゃったんだけど、失敗しちゃった」
気持ちはわからないでもない。
お米に限らず、量が多いほうがお買い得なので、ついつい大きいサイズを買ってしまうのだ。
「それより俺とゆっくり喋ってみたかったって?」
「うん」
「それは……俺が敵だからか?」
ストレートに質問してみた。
さて、一之瀬はどう答えるか……。
「それもあるよ。私たちを抜いたBクラスのリーダーがどんな人か知りたかったからね」
「……俺がリーダー?」
「違うの?」
個人的にリーダーは平田だと思っている。
しかし、勘違いしているなら、それに越したことはない。
「まあ、リーダーみたいなものかな」
「だよね? もう、びっくりさせないでよー」
一之瀬が笑いながら俺の右肩を叩いた。
叩くたびに、一之瀬のとある部分が揺れるのが視界に入った。
まさかリーダー自らハニートラップを仕掛けてくるとは。
椎名と違って、自身の身体を駆使した肉弾戦が得意なようだ。
「一之瀬もリーダーなんだよな?」
「学級委員長だから、そういうことになるのかなー」
俺が必要以上に一之瀬を恐れている理由。
それは、彼女が学級委員長であることが原因だ。
学級委員長。
学校のクラスにおいてリーダー的な立場の役職に就いている生徒の事である。
本来、高度育成高校に学級委員という仕組みはない。
それなのに、一之瀬たちのクラスは学級委員長の役職を設けた。
坂柳やDクラスのリーダーと違って、役職を設けることにより、誰からも自分がクラスのトップだと分かるように仕向けたんだ。
さらに、何かトラブルなどが起きれば、クラスメイトたちは一之瀬を頼ることになる。
なぜなら彼女が学級委員長だから。
ちなみに、松下から聞いた話だと、学級委員を設けるよう進言したのは、一之瀬本人だったらしい。
自分で進言して、自分がクラスのトップにつく。
なんて恐ろしい女だ一之瀬帆波。
ここまでトップになることに、どん欲な女は初めてだ。
きっとAクラスになることに、誰よりも強い思いを持っているに違いない。
油断するなよ俺。
たとえ天使のような笑みで話しかけられても、豊満なあれを押し当てられても、我慢するんだ。
意外なことに、寮につくまで、一之瀬からBクラスのことについて質問されることはなかった。
恐らく時間をかけて俺を攻略するつもりだろう。
なにせ卒業まで三年近く残っているのだ。
もしかしたらBクラスに一番ダメージを与えられる機会を窺っているのかもしれない。
恐ろしや恐ろしや。
結局、俺たちは他愛のない話をしながら、帰路についた。
「今日はありがとう。本当に助かったよ」
俺は一之瀬の部屋の前までついていった。
もちろん下心ではなく、単純にお米を持っていたからだ。
「あのさっ」
「なんだ?」
「お礼に麦茶でも飲んでかない?」
「……っ」
どうやら俺は思い違いをしていたようだ。
一之瀬は一気に俺を落とすつもりだ。
出会った初日から男を部屋に呼び込むなんて。
ふしだらな女と思われようと、それでも男は自分の誘いを断らないと、一之瀬は確信しているのだろう。
予想以上にヤバイ女だ。
「帆波ちゃんに何をしてるんですか!」
どう断ろうか頭を働かせていると、悲鳴にも似た声が聞こえてきた。
「帆波ちゃん、大丈夫っ!?」
声の主であるボーイッシュな女子が、割り込むようにして二人の間に立ち、一之瀬に言葉をかける。
「ち、千尋ちゃん……?」
駆け付けた女子は千尋というらしい。
今の慌てようからするに、一之瀬が俺に襲われていると勘違いしたのだろう。
なんでだよ!
お米を持ちながら女子を襲う男がどこにいるってんだ。
もしかしたら、焦りすぎてお米が見えてないのかもしれない。
「あなた、帆波ちゃんに何の用ですか?」
まるで親の仇のように俺を睨みつける千尋ちゃん。
ただ、童顔だからか迫力はゼロである。
堀北の爪の垢でも煎じて飲むがいい。
「千尋ちゃん、誤解してるよ」
「え……?」
「彼は善意でお米を持ってくれただけだよ」
「……お米?」
一之瀬に指摘され、ゆっくり視線を下げる千尋ちゃん。
お米に気づいたのか、瞬時に頬が紅潮した。
「あっ……」
ようやく自分が早とちりしたと気づいたようだ。
「彼は立花恭平くん。偶然スーパーに一緒になって、お米を持ってきてくれたんだよ」
「そういうことだ」
「え、えっと……すみませんでしたっ!」
恐縮して、身を低くし、頭を下げる千尋ちゃん。
素直に謝れることはいいことだ。
「別にいいよ。一之瀬がピンチだと勘違いしたんだろ」
「は、はい……」
「友達思いのいい子じゃないか」
「でしょ?」
友達が褒められて嬉しいのか、一之瀬は満面の笑みで答えた。
「じゃあ俺は帰るよ」
「えっ……麦茶は?」
「また今度の機会にさせてもらう。じゃあな」
お米を千尋ちゃんに渡し、一之瀬から俺のエコバッグを受け取る。
「わかった。またね、立花くん」
「本当にすみませんでした」
二人に見送られながら俺はその場をあとにした。
エレベーターに乗り込むと、自然とため息が漏れた。
「危なかったぁ……」
まさかいきなり部屋に誘われるとは思わなかった。
Cクラスのリーダーは自ら身体を張るタイプのようだ。
あんな美少女に誘われたら、断れる男子はそうはいないだろう。
「とりあえず松下に報告だな」
♦♦♦
「一之瀬さんがハニートラップを仕掛けてきた?」
一之瀬と別れてすぐに俺は松下にメッセージを送った。
美容院で髪のメンテナンスを終えた松下は、そのまま俺の部屋に来てくれた。
俺はすぐに今日の出来事を漏れなく報告した。
「立花くんはスーパーで一之瀬さんと会ったのは偶然じゃないと思ってるんだね」
「ああ」
「確かに偶然としては出来すぎかもしれないけど」
そもそもあんな重たい商品を買うなら、クラスの男子に声をかけるはずだ。
あんなにふらついてて、寮まで持って帰れるわけがない。
「しかも、お部屋に上がるよう誘われたと?」
「そうだ」
「うーん、出会ったばかりの男子を部屋に誘うなんて……怪しいかも」
「だろ?」
椎名ひよりの時は懐疑的だった松下だが今回は信じてくれそうだ。
「千尋ちゃんが来なかったら危なかった」
「……危なかったって部屋に上がるつもりだったの?」
その千尋ちゃんより鋭い眼差しで俺を睨む松下。
思わずたじろいでしまうほどの圧迫感がある。
「な、ないぞ……」
「ふーん」
「本当にないから」
「……ま、立花くんなら期待より不安が勝って断るだろうね」
「そうだ」
「そんな威張られても……」
なぜか呆れ顔の松下。
「連絡先の交換はしなかったの?」
「しなかった。聞かれもしなかったぞ」
「そうなんだ。……もし、本当にハニートラップなら連絡先の交換はすると思うんだけどね」
「二人とも両手が塞がってたからじゃないか?」
「なら、玄関に荷物を置けばいいだけでしょ」
「な、なるほど……」
「……うん、私も一之瀬さんに接触してみようかな」
「大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。念のため櫛田さんから情報を仕入れてから接触するから」
「……櫛田は一之瀬と友達なのか?」
「うん。前にケヤキモールで遊んでるところ見たことあるし」
まさかCクラスのリーダーと友達だったとは。
櫛田のコミュニケーション能力恐るべし。
ただ、一之瀬と交流があるということは、櫛田からクラスの情報が洩れる可能性があるということだ。
やんわりと櫛田に警告しておこう。
「ちなみに一之瀬と接触してどうするんだ?」
「まずは友達になってみようかな」
「友達に……?」
「うん。それで仲良くなったら、徐々に攻めてみようと思う」
攻めるとは、クラスの情報を聞き出すという意味だろう。
「クラスのリーダーが答えてくれるとは思わないけど」
「だね。でも、一之瀬さんと交流を持つのは悪いことじゃないと思うんだよね」
「そうか?」
「うん。今後、もしかしたら違うクラスと協力する特別試験があるかもしれないし」
「……っ」
そうか。その可能性があったのか。
さすが松下だ。
俺より視野が広いし、先のことを考えている。
俺も彼女を見習って成長しなければ。
「一之瀬さんの話はこれくらいにしておくとして、私からも報告したいことがあるんだよね」
「なんだ?」
「平田くんなんだけど」
「平田がどうかしたのか?」
「Aクラスの女子から告白されたみたい」
「Aクラスからっ!?」
「うん」
Aクラスといえば坂柳有栖。
中間テスト直後に接触されてから、俺と平田は細心の注意を払って、坂柳に遭遇しないようにしている。
「クラス間で争いがあるのに呑気なもんだよね」
「坂柳が仕掛けた可能性は?」
「うーん、その子は葛城くん派閥の女子みたいだから、違うんじゃないかな」
「そっか」
これは最近わかったことだが、Aクラスは坂柳派と葛城派で対立しているらしい。
このままお互い潰しあって、自滅してくれたら嬉しいが、そんな都合がいい展開にはならないだろう。
個人的には葛城に頑張ってもらいたい。
なぜなら――――坂柳は危険すぎるから。
「みんな学校に慣れてきたから、また平田くんに告白する子が増えるかもしれない」
「モテる男は辛いな」
「うん。告白する子が、みんな他のクラスならいいんだけど……」
「同じクラスだと困るのか?」
「男子にはわからないと思うけど、女子って色々あるの」
「平田は彼女作るつもりはないって言ってたから、彼女ができない限りは大丈夫じゃないの?」
「告白しただけでも、問題が起きる場合があるの」
「そ、そうなのか……?」
「そうなの。告白しない協定を結んでいるのに告白しちゃったり、告白して振られた子がいじめの対象になったり……ね」
「うわぁ」
やっぱり女子って怖い。
「うちのクラスも平田くんが好きな女子がちょくちょくいるから」
「平田も罪な男だな」
「本当だよ。それに、私は同じグループだから、告白に協力するようお願いされる可能性もあるし……」
「それは面倒だな」
「すごい面倒」
珍しくしかめっ面をする松下。
もしかしたら中学時代に経験したのかもしれない。
「あの……ちなみに俺は?」
「立花くんに関する相談はないよ」
「そうですか……」
おかしい。
松下からイケメンって評価されたのに、誰も告白してくれない。
平田は五人以上から告白されてるみたいだし、綾小路は佐藤から好意を寄せられてるというのに……。
「なんでショック受けてるの」
「受けてない」
もしかして一之瀬は俺が相手だからハニートラップを仕掛けてきたのでは。
平田、綾小路より俺の方がチョロそうと思ったのかもしれない。
「はぁ……」
男としての自信を少しだけ失い、本日三回目のため息が漏れた。
ガチレズの白波が救世主でした!