ようこそ心配事が多い教室へ   作:御米粒

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19話

 椎名ひよりは積極的な女だった。

 学校では場所を問わずに話しかけてくるし、LINEも毎日送られてくる。

 話題の大半は小説なので、読書好きというのは本当のようだ。

 さらに椎名は速読の達人で、俺がお勧めした本は必ず翌日までに読み終わっている。

 ちなみに、椎名からもお勧めの小説を紹介されるが、海外小説ばかりでなかなかページが進まない。

 

「今日は50ページくらい読むか」

 

 放課後はクラスメイトの相談に乗ったり、軽井沢に勉強を教えたりするのであまり時間がない。

 そのため、最近は休み時間に読書をすることが多くなった。

 

「アガサ・クリスティか」

 

 綾小路が珍しく興味深そうに話しかけてきた。

 

「立花はミステリー小説が好きなのか?」

「好きってほどじゃないけど勧められて」

「そうか」

「綾小路も読書家だよな」

「本は好きだな」

 

 椎名に綾小路を紹介して、俺の負担を減らすか考えたが、佐藤に怒られそうなのでやめておこう。

 

「海外小説も読むのか」

「そうだな。もちろん翻訳してるやつだが」

「ふーん。……佐藤と話合うのか?」

「趣味は合わないな」

「だよな」

「ただ、佐藤は俺の知らないことをたくさん教えてくれる」

「だから一緒にいて楽しいってか」

「まぁな」

「なるほど」

 

 初めて綾小路の口から聞いたが、本当に佐藤は上手くやっているようだ。

 これならクラスで一番目のカップルになるのも近そうだ。

 

「立花、知っているか?」

「なにを?」

「俺たちの世代はZ世代というらしい」

「……なにそれ?」

 

 流行の音楽は軽井沢から教えてもらっているが、Z世代のことは教えてもらってない。

 俺が綾小路からレクチャーを受けていると、なぜか博士が話に割り込んできた。

 どうやらZと聞いて、ガンダムの話と勘違いしたようだ。

 なぜか、そのまま博士から流行のアニメを教えてもらう流れになり、近々三人でレンタルショップに行くことになってしまった。

 

 

***

 

 

 土曜の正午、俺は松下、平田と一緒にいつものファミレスに来ていた。

 目的はもちろん一之瀬率いるCクラスとの交流のためである。

 

「今日は来てくれてありがとう」

「こちらこそ」

 

 主催者である一之瀬と松下が笑顔で握手する。

 

「改めて自己紹介するね。一之瀬帆波です。学級委員長してます」

「神崎隆二だ。よろしく頼む」

「白波千尋です。よろしくお願いします」

 

 Cクラスにご丁寧にあいさつされたので俺たちも自己紹介を交えて挨拶をした。

 席順は右から俺、松下、平田の順で、向かい側は右から白波、一之瀬、神崎の順だ。

 

「えっと、神崎君と白波さんも学級委員なの?」

「神崎くんは副委員長、千尋ちゃんは書記だよ~」

 

 松下の問いに一之瀬が答える。

 つまり神崎と白波が側近というわけだ。

 神崎は見た目からしてできる男って感じがするし、白波は忠犬のような雰囲気を醸し出している。

 

 お互いに挨拶を済ませた後は、雑談を交えてゆっくり食事を済ませた。

 驚いたのは、櫛田曰く団結力が売りのCクラスだが、最初はまとまりが悪く、好き勝手する生徒が多かったようだ。

 それを一之瀬が上手くまとめて、現在のクラスを作り上げたらしい。

 千尋ちゃんこと白波が熱弁を振るっていた。

 ちなみに一之瀬は照れていたようで、終始顔を赤くしていた。

 

 俺たちBクラスは手土産として、質問リストのファイルデータをプレゼントした。

 質問リストとは、俺が今まで茶柱先生に質問した内容をリスト化したものである。

 これは松下からの指示だ。

 最初に大きな餌を与えて、より信頼させる作戦らしい。

 一之瀬は善人なので、必ず恩返しをしてくれると確信しているようだった。

 そんな松下の予想はすぐに当たることになる。

 

「あのね、松下さんたちに伝えておきたいことがあるんだ」

 

 一之瀬から聞いた話は衝撃的だった。

 なんとCクラスが、Dクラスからたびたび嫌がらせを受けているとのことだった。

 また悪質なのが校則に違反しない程度のものらしく、学校や生徒会に訴えるのも難しい状況のようだ。

 

「嫌がらせが始まったのは5月に入ってからなの」

 

 つまり一ヶ月近く被害を受けているわけだ。

 これはなかなかのストレスになっているだろう。

 

「厄介なのは、Dクラスのリーダーが誰なのかわからないことなんだよね」

「え? Dクラスのリーダーならわかるけど」

「うぇっ!?」

 

 俺がそう言うと、一之瀬が奇声をあげた。

 

「だれだれっ!?」

 

 一之瀬はよほど興奮しているのが、テーブルに身を乗り出して顔を近づけてくる。

 顔だけならいい。問題はその大きな二つの果実だ。ブレザーのボタンがはち切れそうな勢いである。

 

「一之瀬さん、落ち着いて」

 

 ここで相棒の待ったが入った。

 さすが松下だ。

 危うく一之瀬のハニートラップに引っかかるところだったぜ。

 

「いたっ」

 

 松下にウインクをしたら、なぜか足を踏まれてしまった。

 そんなに気持ち悪かっただろうか。

 帰ったら鏡見てウインクの練習をしなければ。

 

「あ、ごめん……」

「ううん。それより立花くん教えてあげてよ」

「あ、ああ……。Dクラスのリーダーは龍園だ」

「龍園……くん」

「情報元は椎名ひよりだ」

「椎名さんって読書好きな?」

「そうだ」

 

 一之瀬も椎名のことを知っていたのか。

 恐らくCクラスの誰かが、椎名のハニートラップに引っかかったのだろう。

 いったい何人の男を手懐けたんだあの売女は……。

 

「龍園くんがリーダー……」

 

 先ほどから一之瀬がぶつぶつ独り言を言っている。

 恐らく頭の中で復讐の計画を立てているのだろう。

 リーダーがわかった途端に復讐を思索するとは恐ろしい女だ。

 いつ寝首を搔かれるか不安でしょうがないぜ。

 

「……よしっ。立花くん、教えてくれてありがとう!」

「お、おう……」

 

 俺の右手を両手で握りしめ一之瀬がお礼の言葉を述べた。

 敵とはいえ、美少女に感謝されるのは悪くない。

 そう思った瞬間、またしても松下に足を踏まれてしまった。

 

 

***

 

 

 一之瀬たちとの食事会から二週間が過ぎた。

 Dクラスの悪行について注意喚起されたBクラスだったが、龍園からアクションが起こることはなかった。

 むしろ龍園より坂柳が厄介だった。

 廊下を歩くと二回に一回は見かけるので、遠回りしたり、体格がいい生徒の後ろに隠れたりなど、Aクラスの女王にばれないよう移動するのに苦労した。

 

 そんな化物の対応に気を取られながらも、俺は夏休みに行われるであろうサバイバル合宿の情報収集に勤しんでいる。

 まず茶柱先生に質問したが、答えはいつも通り肯定も否定もされなかった。

 試しに他の先生に訊こうとしたところ、血相を変えて止められてしまった。

 どうやら俺は教師陣にブラックリスト扱いされているようだ。

 生徒を差別するなんてひどい教師たちだ。

 

 教師から情報を得るのを諦めた俺は漢字違いだが同姓の橘先輩に訊くことにした。

 

「というわけで、松下に付いてきてほしいんだけど」

「ごめん。今日は一之瀬さんと約束があるんだよね」

 

 松下は一之瀬と順調に友情を育んでいるようで、週に二回は遊んでいるらしい。

 

「……そっか」

「軽井沢さん連れていけば?」

「いや、軽井沢を連れて行くのは失礼にあたるだろ」

「なんであたしを連れて行くと失礼になるのよっ!?」

 

 俺の隣で話を聞いていた軽井沢が頬を膨らませ抗議してきた。

 

「だって生徒会にギャルはおかしいだろ?」

「別におかしくないでしょ! ていうかあたしそこまでギャルじゃないし」

「この学校ではギャルな方だろ」

「そ、そうかもしれないけど……」

 

 うちのクラスのギャル枠は軽井沢と佐藤だが、他のクラスにも二人よりギャルレベルが高い女子はいない。

 二年生にもギャルがいるようだが、残念だからお見かけしたことがない。

 

「大丈夫だと思うよ。うちの学校は頭髪や服装には緩いみたいだし」

「確かに」

 

 赤髪だったり、金髪の生徒がちらほらいるが、クラスポイントに影響がないのか、黒染めしている奴はいないようだった。

 

「仕方ない。軽井沢で我慢しよう」

「あたしの扱いが酷すぎるんだけどっ!?」

 

 放課後、ブーブー文句を垂れる軽井沢を連れて、俺は入学してから初めて生徒会室に向かった。

 生徒会室は一階に設置されており、一年でも訪ねやすい場所にあるのは有難かった。

 

「どうぞ」

 

 ノックをすると女子の声を聞こえてきた。

 恐らく橘先輩だろう。

 

「失礼します」

「し、失礼しますっ」

 

 緊張気味の軽井沢に笑いそうになりながら、俺はゆっくりドアを開けた。

 

「立花くんじゃないですか」

 

 やはり声の主は橘先輩だった。

 橘先輩は雰囲気が柔らかいので、質問がしやすい先輩と認識している俺は安堵した。

 

「お久しぶりです橘先輩」

「はい。お隣は?」

「クラスメイトの軽井沢です」

「か、軽井沢恵ですっ」

「軽井沢さんですね。とにかく座ってください」

 

 橘先輩に促されソファーにする俺と軽井沢。

 

「えっと、橘先輩おひとりですか?」

「もうすぐ堀北会長がいらっしゃいますよ」

 

 生徒会長はクラスメイトである堀北の兄貴だ。

 堀北会長と会うのは、あの一件以来なので若干気まずい感じがする。

 

「他の方は?」

「今日は二人だけですね」

「そうなんですね」

 

 国立学校の生徒会なので、毎日参加するものとばかり思っていたが、服装と同様で思ったより緩いようだ。

 

「お茶でも飲んで待ちましょう」

「ありがとうございます」

 

 それから五分ほど経ったころ、堀北会長が生徒会室にやって来た。

 相変わらずのクールフェイスだ。

 恐らく堀北も兄貴の真似をしているのだろう。

 

「珍しい客がいるな」

「お邪魔してます」

 

 なぜか微笑む堀北会長。

 隣りに可愛いギャルがいるから喜んでいるのだろうか。

 

「私たちに訊きたいことがあるみたいですよ」

「ほう。言ってみろ」

 

 会長に促され、俺は姿勢を正して訊ねる。

 

「はい。茶柱先生から夏休みにバカンスに連れて行くと言われたのですが、実はサバイバル合宿だったりしますか?」

「ぶほぉっ!」

 

 刹那。橘先輩が豪快に茶を噴いた。

 

「橘先輩、大丈夫ですかっ!?」

「だ、大丈夫でず……。ごほっ、ごほっ……」

 

 勢いよく飲み過ぎて変なところにお茶が入ってしまったのだろうか。

 

「えっと、もう少しゆっくり飲んだ方がいいですよ」

「いえ、そういうことではなくてですね……」

「……はい?」

「立花」

「「はい」」

「一年の立花だ」

 

 こういう時、名字が同じだと面倒である。

 

「なんでしょう」

「なぜサバイバル合宿だと思った?」

「うっ」

 

 なんてオーラだ。

 嘘は絶対に許さない。

 堀北会長から、そんな重圧が放たれているように感じてしまう。

 まるで旦那に浮気を問い詰める奥さんのようだ。知らんけど。

 

「えっと、まずうちの学校がただのバカンス旅行に連れていくとは思わないんですよね」

 

 一学期なんて定期テストを受けただけだろうに、そんなご褒美をこの学校が与えてくれるわけがない。

 

「あと気になったのは、水泳の授業でガチゴリラ先生が、かなづちの生徒も泳げるようにすると仰っていたので、それも関係あるかなと思いまして」

「教師をあだ名で呼ぶな。ほかには?」

「担任以外の先生に同じ質問をしようとしたら、茶柱先生が血相を変えて止めてきたのも怪しいと思いました」

「そ、そうか……」

「茶柱先生……」

 

 なぜか憐れみの目を向ける生徒会の二人。

 

「それで教えてくれるんですかー?」

 

 ようやく緊張が解けたのか、軽井沢が回答を促した。

 

「悪いが俺たちもその質問には答えられない」

「……そうですか」

「すみません」

「いえ、橘先輩が謝る必要ないですよ」

 

 生徒会からも答えを得ることができないのはわかっていた。

 こうなったらサバイバル合宿があると予想して、クラスのみんなに準備をしてもらうしかない。

 もし無駄に終わったら、うちの旅館の優待予約で許してもらおう。

 

「それじゃ帰るか」

「だねー」

「待て立花」

「はい?」

 

 ソファから立ち上がろうとしたところ、堀北会長に止められた。

 

「鈴音は元気にしているか?」

「堀北ですか?」

「ああ」

「……そうですね。口は悪いですけど、クラスメイトに勉強を教えたり、自分よりテストの成績が良かった男子に突っかかったり、元気にしてますよ」

「鈴音が勉強を教えているのか?」

 

 そんなに意外だったのか。

 堀北会長が珍しくきょとんとしている。

 

「中間テストから教えてますよ」

「おかげで佐藤さんたちの学力が上がったり、煽り耐性がついたり、堀北さん様様だよねー」

「そうだな」

「あ、煽り耐性……」

「まあ、マスコットキャラ的な立ち位置ですが、上手くやってると思いますよ」

「鈴音がマスコット……」

「それじゃ失礼しますね。いろいろとありがとうございました」

 

 橘先輩は「また来てくださいねー」と手を振りながら見送ってくれたが、堀北会長は呆然としたままだった。

 

 生徒会室を後にした俺と軽井沢はまっすぐ寮に向かっていた。

 

「橘先輩がわかりやすくて助かったじゃん」

「なにが?」

「サバイバル合宿のこと」

「……ん?」

「だから、橘先輩がお茶を噴いてたでしょ?」

「ああ。あんなに喉が渇いていたなんてな」

「違うでしょ! あれは立花くんの質問に動揺してむせたんでしょうが!」

「そ、そうだったのか……?」

「立花くんってやっぱり馬鹿なのね」

「うるさい」

 

 今日の勉強は軽井沢が苦手な数学から教えてやろう。

 そして、答えを間違えたら思いっきり詰ってやる。

 そんな小さい復讐心を滾らせ、俺は帰路についた。

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