坂柳有栖。
Aクラスで葛城と派閥争いをしており、絶対暴君として噂される女王だ。
彼女が初めて接触してきたのは中間テストが終わった直後で、会うのはそれ以来となる。
なぜなら俺が坂柳を避けていたからだ。
理由は簡単。
彼女が近い将来Aクラスのリーダーとなる存在で、俺たちBクラスにとって一番の敵になるからだ。
Cクラスの一之瀬帆波、Dクラスの龍園翔と各クラスのリーダーも難敵だが、坂柳は別格だと、俺のシックスセンスが叫んでいる。
自身の恐怖心に従い、俺は女王から逃げ続けた。
しかし、その生活も今日で終わりのようだ。
「あなたと話すのは一ヶ月ぶりくらいでしょうか」
教室まで乗り込んでくるとは予想外だった。
なぜなら教室には多数の監視カメラが設置されている。
手下の鬼頭に対して行ったような暴力を振るうことは出来ない。
それなのに坂柳は教室まで乗り込んできた。
くそ! 坂柳の狙いがわからない!
「……幸村、博士! 女子たちを守るんだ!」
「くっ、わかった……!」
「了解でござる!」
教室に残っているのは俺と幸村の勉強会のメンバーだ。
女子は佐倉とみーちゃんが残っており、暴力が苦手な可憐な乙女たちである。
正直、幸村と博士じゃ勝てないだろうが、肉壁くらいにはなれるだろう。
「池、沖谷は茶柱先生にいつでも連絡できるように準備を!」
「お、おう!」
「うん!」
いつの間にか、教室の扉は両方とも坂柳の手下たちが塞いでいた。
俺たちを教室から出させないようだ。
「最悪防犯ブザーを鳴らしても構わない!」
俺たちBクラスは万が一に備え、防犯ブザーを携帯している。
現状、実害がないので鳴らすつもりはないが、防犯ブザーの存在は坂柳にとって牽制にはなるはずだ。
「鳴らさないでください!」
坂柳が体格に反するような大声で俺たちを制する。
「それは坂柳次第だ。暴力には大人の力で対応する」
「暴力なんて振るいません」
「確かに、監視カメラが多い教室で暴力を振るうほど愚かではないことはわかっているが……」
「……まさかっ!」
「どうした博士?」
博士が何かに気づいたように坂柳に負けないボリュームで声を発した。
「この堂々たる殴り込み」
「殴り込みではありません!」
「立花殿、坂柳殿らは、監視カメラをハッキングしているのではないでござろうか?」
「……っ!?」
「彼女らはAクラス。恐らく天才が集結したクラスでござろう。一人くらい国家レベルのセキュリティを突破できるハッカーがいても不思議ではないでござる」
「確かにっ!」
「確かにじゃありません! ハッカーなんていませんから!」
坂柳が否定するが、俺たちは素直に信じるほど馬鹿ではない。
「いや、超名門である高度育成高校のAクラスだ。情報だと勉強や運動がいまいちな生徒がちょくちょくいるようだが、なぜ彼らがAクラスなのか……今理解したぜ」
「そんな理由で理解しないでください! それにあなたはAクラスを神格化しすぎです!」
「突っ込みが激しいな坂柳。それじゃ図星を突かれたと言ってるようなものだぞ」
「誰のせいですか!」
徐々に足の震えが収まってきた。
どうやら恐怖心が薄れているようだ。
「殴り込みでもありませんし、監視カメラのハッキングもしていません。何なら先生たちに確認していただいても構いません」
「……そういうことにしておこう」
「はぁ、もういいです。とりあえず私はあなたに用があって、教室まで来たのです」
「標的は俺だけか?」
「標的ではありません! ただ立花くんとお話をしたいのです」
「お話をするのに、凶器は必要か?」
「ですからこれは凶器ではありません!」
はぁはぁと息を切らしながら否定する坂柳。
しかし、手下である鬼頭の顔はボコボコのままだ。
もしかして、彼はサンドバック要員なのかもしれない。
クラスメイトを暴力のはけ口にするとは、恐ろしすぎる女だ。
「……と、言っても立花くんは信じてくれないでしょうね」
「当たり前だ」
「真澄さん、持っててください」
坂柳が秘書的な女子に杖を渡した。
神室真澄。
黒髪ロングでスレンダーな美少女だ。
ぶっちゃけもろタイプである。……ただ悲しいかな。彼女はAクラスだ。
俺たちが親しくなることはないだろう。
「……いいのか?」
「ええ。これで私の話に応じてくれますか?」
「条件がある」
「なんですか?」
「俺以外の生徒を解放してくれ」
「別に拘束はしてませんがっ!?」
「見ろ。みーちゃんなんて泣いてしまっている」
「え……?」
みーちゃんの大きな両目から大粒の涙が流れている。
「なぜ泣いているのですか……?」
「あの坂柳が教室まで乗り込んできたんだ。か弱い女子なら泣いても仕方ないだろう」
「わ、私はそこまで恐れられていたのですか……」
坂柳が落ち込んだ演技をし出した。
同性に怖がられてショックを受ける自分を演じ、俺の警戒心を取り除こうとしたのだろう。
食えない女だぜ。
「勝手に帰ってください……。拘束なんてしていませんから……」
幸村たちは恐る恐る教室を後にした。
坂柳は悲しげな表情でそれを見送っていた。
「とりあえず座りませんか?」
「わかった」
適当に空いてる席に座る俺と坂柳。
「はぁ……。やっと、立花くんとお話することができます」
「俺に何の用だ?」
「その前にこれを」
「……ん?」
坂柳はブレザーのポケットから手帳らしきものを取り出し、俺に見やすいように机の上に置いた。
「障がい者手帳……?」
「はい。私が障がい者である証拠です」
「なぜこれを?」
「立花くんが私の話を信じてくれないからに決まってるじゃないですか!」
「うっ……」
「初めてですよ。杖を凶器に間違えられたのは」
念のため中身を確認させてもらったが、どうやら本物のようだ。
「これで信じてくれましたか?」
「……ああ、どうやら俺が間違っていたようだ。すまなかった」
俺は誠心誠意を込めて頭を下げた。
自分の間違いは素直に認めること。
これは両親の教えである。
「いえ。信じてくれたならいいです」
坂柳有栖は本当に障がい者だった。
それが判明した今、俺は坂柳に対する警戒心が加速度的に膨らんだ。
「どうやら予想以上に恐ろしい女のようだ」
「なぜ今の流れでそうなるのですかっ!?」
「坂柳は障がい者だ」
「え、ええ」
「つまり体育の評価はゼロだろう。通信簿も1ばかりだっただろう?」
「一応、先生の気遣いで2でしたが」
「なるほど、いい先生だ」
「はぁ……。それで立花くんは何を言いたのですか?」
「坂柳は運動がまったくできないのにAクラスに選ばれた。学業と運動、どちらか片方が秀でて、片方が低評価の生徒は通常であればよくてBクラスに配属されるはずだ」
「そうなのですか?」
「とある生徒会の方からクラスの配属の傾向について聞いたことがある」
「生徒会……」
「つまり、運動がまったくできないのにAクラスに選ばれた坂柳は異例ということだ」
「ほ、褒めてくれているのですか……?」
「そうだ。だから俺は今まで以上にお前に恐怖心を抱いている」
俺は汗ばんだ掌を、坂柳に見せつけた。
「見ろよ俺の掌を。こんなに汗ばんだのは、実家の旅館に座敷童子が現れると知った時以来だぜ」
「は、はぁ……」
「坂柳、お前は正真正銘の化物だ」
「そこは天才と言ってほしいのですが……」
「天才なんて儚いものだ。お前はそんなもろっちい存在ではない」
「て、天才がもろっちい……」
今まであらゆるジャンルで天才ともてはやされた人たちが大勢いた。
しかし、大成せずに消えていったものも多い。
だから天才は儚い。
「坂柳、俺はお前に恐怖と畏怖を抱くぜ」
「あまり嬉しくないのですが……」
「それより俺に話っていったいなんだ?」
坂柳の障がい者手帳のおかげで、だいぶ話がそれてしまった。
そろそろ本題に入らせてもらおう。
「実は立花くんにお願いがあるのです」
「俺にお願い?」
「はい。立花くんは、私が葛城くんとクラス内で派閥争いをしているのはご存知ですよね?」
「ああ。噂だと坂柳からのプレッシャーが凄すぎて、葛城の髪の毛が全部抜けてしまったらしいな」
「彼はもともとそういう病気です!」
否定する坂柳の後ろで、神室と橋本が笑いを堪えている。どうやら、この二人はそこまで坂柳をリスペクトしていないようだ。
「そうか。Aクラスは病気持ちの生徒が多いのか?」
「いえ、私と葛城くんだけです」
「なるほど。それで俺に何をしてほしいんだ?」
俺が訊ねると、坂柳は背筋がぞくっとするような冷酷な笑みを浮かべた。
「葛城くんを潰して欲しいのです」
「俺に葛城を……?」
「ええ。恐らく、夏休みにクラスポイントをかけたイベントが実施されるでしょう」
「バカンス旅行のことか?」
「その通りです」
「やはり坂柳も気づいていたか」
「当然です。この学校が、代償もなしにそんな甘い蜜を与えてくれるわけがありません」
「そうだな。……それで、その試験で葛城を潰して欲しいってことか?」
「はい。恐らく私はその試験に参加はできないかと思われますので、私の代わりに葛城くんを潰して欲しいのです」
「……船が怖いのか?」
「違います! 医師に旅行など長期の外出は控えるよう言われているのです!」
「なるほど」
バカンス旅行改めサバイバル合宿は二週間予定されている。
障がい者の坂柳が参加できないのは仕方ないだろう。
「もちろん報酬は払います」
「報酬?」
「ええ。真澄さん、例のものを立花くんに」
「はいはい」
神室はだるそうに鞄から紙を取り出し、無造作に机の上に置いた。
「これは契約書か?」
「はい。心配性の立花くんは口約束だけだと話を受けてくれないと思ったので、こちらで契約書を用意させて頂きました」
「じっくり読ませてもらっても?」
「もちろんです」
俺は一文一句見逃さずに契約書を確認した。
報酬については前金として10万ポイント、成功報酬として10万ポイント、合計20万ポイントを支払ってくれるようだ。
さらに試験中は坂柳派閥の生徒が俺に協力してくれる記載もあった。
「問題はなさそうだが、念のためクラスメイトにも契約書を確認させてもいいか?」
契約書の確認は法務部の仕事だと、なんかのドラマで見たことがあるので、弁護士を目指している幸村あたりに確認してもらった方がいいだろう。
内容を見た限り、俺たちBクラスが不利になることはなさそうだが、見落としがあるかもしれない。
もし、少しでも俺たちにとって不都合があるようなら、この話は断らせてもらおう。
「ええ。返事は三日以内に頂ければと思います」
「わかった」
しかし、坂柳はなぜ俺に依頼をしてきたのだろうか。
葛城を潰すなら、自身の派閥の生徒だけでも問題ないはずだ。
彼女ほどの頭脳があれば、葛城に気づかれないように、手下たちに試験の妨害などの指示することも容易いだろうに。
そもそも、試験に関わらずに葛城を潰すことだって可能ではないのだろうか。
「ちなみに契約書には記載しておりませんでしたが、葛城くんを失脚させるためなら、私たちAクラスのクラスポイントがいくら減っても構いません」
「つまりBクラスに落ちても構わないってことか?」
「はい。そうでないと面白くありませんし」
クスクスと、余裕の笑みをかます坂柳。
「Aクラスのままじゃつまらないってことか?」
「はい」
即答か。Bクラスに落ちても、自分ならすぐにAクラスに戻すことができると言いたいのだろう。
確かに坂柳ならDクラスからスタートしても、Aクラスで卒業することも出来そうだ。
……待て、まさか坂柳が俺に依頼した本当の理由って……
「坂柳、訊いてもいいか?」
「はい」
「坂柳は勝ちが決まっているゲームに興味はあるか?」
「ありません。勝ちが決まっているゲームほど、つまらないものはないでしょう」
「……だよな、坂柳ならそう答えると思ったよ。ちなみに葛城を潰すために、Bクラス以外の生徒にも依頼する可能性はあるか?」
「そうですね。一之瀬さんや龍園くんに依頼する場合もあるかもしれません」
今の答えで確信した。
どうやら坂柳は、俺の予想をはるかに超えた人物だったようだ。
「坂柳、お前の狙いがわかったぜ」
「狙いですか?」
「ああ。葛城を潰すために俺に依頼をしたと言ったが、本当の狙いは違うんだろう」
「ほ、本当の狙い……?」
「いや、葛城を潰すのも一環なのは間違いないか」
「立花くんは何が言いたいのですか……?」
「坂柳の本当の狙いは、AクラスをDクラスに落とすことだ」
「……………………はい?」
俺の推理はこうだ。
葛城は保守派で、そのため坂柳と意見が合わず、クラス内で派閥争いをするようになったと、櫛田から聞いたことがある。
先ほど、坂柳はAクラスのままでいるのはつまらないと言っていた。むしろ、Bクラスに落ちるのを望んでいるかのようだった。
それはなぜか?
坂柳が勝ちゲーが嫌いだからだ。
勝利が決まっているゲームほどつまらないものはないと坂柳は断言した。
坂柳は現状に不満があるのだ。
Aクラスだって、Sシステムの仕組みに気づくのが遅ければ、Bクラス以下に落ちる可能性もあった。
けれど、優秀な生徒が集められたAクラスが、俺たちより遅く気づくはずもなく、その結果、俺たちBクラスは200クラスポイント以上離されてしまった。
もちろん、俺たちは諦めずにAクラスを目指すつもりだが、坂柳率いるAクラスが卒業まで逃げ切る可能性の方が高いだろう。
そうすると、結果的に入学して一ヶ月で勝負が決まったことになってしまう。
そんなの、坂柳にとっては勝ちゲー以外の何ものでもない。
だから、坂柳はゲームを面白くするために、自分のクラスをAから落とすことに決めたのだ。
しかし、クラスを降格させるのに邪魔ものがいた。
それが保守派の葛城だった。
ならばと、冷酷非情な坂柳は葛城を利用することにした。
坂柳は、一之瀬や龍園に葛城潰しの依頼をする可能性があることを示唆した。
恐らく、現状がAクラスならBクラスの俺、Bクラスに落ちれば一之瀬、Cクラスに落ちれば龍園といったかんじで、一つ下のクラスのリーダーに依頼するつもりなのだろう。
俺たちからすればクラスを昇格させるチャンスだし、大量のポイントももらえて、断る理由がない。
坂柳は葛城を試験のリーダーとして利用し、Dクラスに落ちたと同時にリーダーとしての責任を取らせて失脚させるつもりだ。
Dクラスに落ちてようやく坂柳の楽しいゲームの始まりというわけだ。
恐ろしすぎる。なんて恐ろしい女だ坂柳有栖。
俺の推理を聞いた坂柳が呆けた顔をしている。
どうやら自身の狙いに気づいた俺に驚いているのだろう。
「この考えに至るまで大変だったぞ」
「え、えっと……」
「なぜならお前は化物――いや、よく考えたら女子に化物は失礼だな。坂柳の望み通り天才と呼ばせてもらおう」
「あ、いや、その……」
「天才の考えは俺たち凡人じゃ思いつかないものだからな。だから自分の常識を取り払ったよ」
坂柳の顔が青くなっている。
もしかして教室の冷房が効きすぎたのだろうか。
東北人の俺にとってちょうどいい涼しさなので、都会っ子の坂柳にとっては寒いくらいなのかもしれない。
温度をあげたいところだが、あいにく教室のエアコンは温度を弄れないようになっている。
坂柳には悪いが、このまま我慢してもらおう。
「坂柳にとってAクラスでスタートして、Aクラスで卒業するのは簡単すぎる」
「そ、そうですね……」
「なにせ坂柳は天才だからな」
「そ、そうです……。私は天才で……」
「どうだ? 俺の推理は合っていたか?」
「……」
なぜか目を閉じて考え込むような仕草をする坂柳。
何秒ほど経っただろうか、綺麗な瞳がぱっと開き、坂柳の可愛らしい口からはっきりと発せられた。
「そ、そうです! よく私の考えに気づきましたね立花くん!」
「自分でも驚いているよ。天才の考えは凡人には理解できない」
「そうでしょう! 何せ私は天才ですから!」
吹っ切れたかのように自身を賞賛する坂柳。
「あんた、マジで言ってるのっ!?」
「坂柳、本当かよっ!?」
坂柳に考えを聞かされていなかったようで、神室と橋本が坂柳に詰め寄っている。
「え、ええ……。ほ、本当ですよ……」
坂柳の答えを聞いて唖然とする手下二人。
鬼頭は坂柳の狙いに気づいていたのか、表情が一切変わらない。
やはりあいつは他の二人とは実力も忠誠心も違うようだ。
「天才すぎるリーダーにつくのも考え物だな。それじゃ俺はそろそろ帰るよ」
「え、ええ……。お、お気をつけて……」
「坂柳たちもな」
俺はAクラスの生徒四人を残して、我がBクラスの教室を後にした。
端末を確認したところ、幸村と池から安否確認のLINEが来ていた。
「立花、無事に帰還せり」
俺は若干震え続けている右手で、何とか二人に返信して帰路についた。
坂柳はDに降格する自分のクラスをAに戻すことができるのか!?
彼女の活躍にこうご期待だ!