ほぼオリジナルですが。
坂柳と再び接触した翌日、契約書を幸村と松下にチェックしてもらい、『双方の合意がない限り契約を解除することはできない』という文言を付け加え、ガチゴリラ先生立会いの下、俺は白い悪魔と契約を交わした。
ちなみに前金である10万ポイントは、何かトラブルが起きた時の対処用として俺が管理することになった。
心配性の俺なら無駄遣いはしないだろう、というクラスの総評だ。
池や山内あたりがポイントを寄越せと要求してくるかと思ったが、彼らも少しは成長したようだ。
「ねえ、本当に大丈夫なの?」
俺の部屋で期末テストに向けた勉強中の軽井沢が不安そうな顔つきで訊いてくる。
「大丈夫だろ。契約書の内容も問題ない」
「そうだけど……。あたし、立花くんが退学とかぜったい嫌だからね」
「俺も嫌だよ」
高度育成高校を退学になったら、地元の高校に再入学することになる。
つまり中学の後輩たちと同級生になってしまう。
そんなの恥ずかしすぎて死んでしまう。
「もし立花くんが退学になったら、あたしもこの学校やめるから」
「……は?」
「だからぜったい退学にならないでね」
「なんて脅し文句だ……」
軽井沢には壮絶ないじめを受けた辛い過去がある。
彼女も退学することになれば俺と同じように地元に戻ることは間違いない。
つまり自身を虐めていたやつらと再会する可能性が高い。
そんなことになれば、冗談じゃなく本気で軽井沢は自殺してしまうかもしれない。
「約束だからね」
軽井沢の目には強い意志が宿っていた。
本気だ。
俺が退学になれば、軽井沢も本当に退学するつもりだ。
しかし、俺が卒業まで退学にならないという保証はない。これは俺だけではなく、他の生徒も同じだ。
なので心配性な俺は念のため保険をかけた。
「わかった。けど、万が一退学することになったら、俺と一緒に岩手に来るか?」
「…………え?」
「よかったら住み込みで働いて、定時制に通うのもありだし」
「い、一緒にって……」
軽井沢を退学になっても地元に帰らせない方法はこれしかない。
人情に熱いうちの母親なら快く受け入れてくれるだろう。
「か、考えておく……」
もしかしたらプロポーズと勘違いさせてしまったかもしれない。
その証拠に軽井沢の顔は真っ赤である。
そんな彼女の反応を見て、俺も自分の顔が熱くなっているのがわかった。
「そろそろ夕食作るねっ……!」
その日の夕食はいつもより少しだけ豪勢だった。
***
期末テストが終わった。
俺たちBクラスは勉強会のおかげもあり、クラス平均60点以上という成績を残した。もちろん退学者はゼロだ。
ちなみに、俺は平均92点で学年11位、松下は平均94点で8位、幸村は平均99点で一之瀬と同率で2位、堀北は平均96点で5位だった。
なお、堀北が幸村に負け惜しみをしていたのは言っていたのは言うまでもないだろう。
また、学力では劣等生にあたる軽井沢は平均71点、須藤は59点、池は63点と全員好成績を叩きだした。
期末テストを終えた俺たちはサバイバル合宿に向けて、
参加者は高円寺以外の男子全員、女子は体力に自信がある堀北と小野寺の二人だ。
自由参加なのに多くの生徒が参加してくれたのは嬉しい誤算だった。
ちなみに、メニューは以下の通りだ。
・二時間耐久走
・体幹トレーニング
・ウエイトトレーニング
・スプリント走
なお、部活動に参加している生徒及び運動が苦手な生徒はフルにこなすのは厳しいので、メニューの半分をこなすよう目標を設定した。
トレーニングは地獄と言っても過言ではなかった。
基本的に午前中に実施するので、トレーニング後にケヤキモールにあるフードコートで昼食を取るのだが、ほとんどの生徒がトイレで吐いている。
それでも脱落者が出なかったのは、サバイバル合宿に不安を抱いているからだろう。
終業式を終えても情報がまったく与えられないので、退学に対する恐怖は日々増していく。
他のクラスの生徒たちはバカンス旅行に浮かれていたようだが、愚か者の極みである。
みな地獄のトレーニングには徐々に慣れていったが、雰囲気は徐々に重たくなっていった。
そこで松下が動いた。
松下の提案により、夏休みに入ってから女子たちがレモンの蜂蜜漬けを差し入れてくれるようになった。
そのおかげで、一部を除いた参加者たちのモチベーションが上がり、雰囲気も見る見るうちに明るくなっていった。
「はぁはぁ……きょ、今日もメニューを半分もこなせなかったのね幸村くん……」
息を切らした堀北が幸村を煽る。
これはいつもの光景だ。
定期テストで負けてしまったので、運動でマウントを取りに行く哀れな美少女の図である。
「う、うるさい……っ! ぜぇぜぇ……」
「ふふふ、その調子じゃサバイバル合宿では足手まとい確定ね。……うぷっ!」
吐きそうなのに、それでも堀北は幸村を煽り続ける。
テストで負けたのがそうとう悔しかったのだろう。
「おぇぇぇぇぇぇっ……!!」
「うわぁっ!?」
堀北が豪快にリバースしてしまった。
美少女のゲロをもろに喰らい、幸村の顔面が一瞬で吐瀉物塗れになってしまった。
「堀北が吐いた!」
「マジかよ!?」
「幸村大丈夫か!?」
「そこは堀北を心配するべきじゃね?」
「裏山でござる」
どうやら博士は歪んだ性癖をお持ちのようだ。
綾小路を含めた三人でちょくちょくアニメを観る仲だが、少し距離を置いた方がいいかもしれない。
「ふ、ふざけるなよ堀北ぁ……」
体力の限界だったのか、幸村は憤怒しながら気を失ってしまった。
「……仕方ない。幸村は俺が連れて帰ろう」
「それじゃ堀北はオレが連れて帰る」
いつの間にか堀北も気を失っていた。
二人揃って吐瀉物の溜池に顔面を突っ込んでおり、これ以上ないほど無様な格好になっている。
「悪いな綾小路」
「気にするな」
翌日、さすがの堀北も罪悪感を感じていたようで、幸村に謝罪をしていた。
幸村は謝罪を受け入れ一件落着かと思ったが、堀北の体力マウントはトレーニング最終日まで続くのであった。
二週間近く続いた
肥満体だった博士は10キロ近く体重が減り、池は身長が3センチも伸びたようだ。
一番大きく変わったのは沖谷だった。
中性的な顔立ちで女子の玩具だった彼だが、日々引き締まっていく身体を見て自信を得たのか、一人称が僕から俺に変わった。
それだけならよかったのだが、変に自信がついてしまったようで、自分を玩具扱いしていた女子たちに毒舌を吐くようになった。
「沖谷くん、腹筋割れてるじゃん。ウケルw」
「うるせえよブス!」
「……え?」
「気安く触んじゃねえよ」
「ご、ごめんなさい……」
沖谷に暴言を吐かれたのは森だ。
俺はあまり絡んだことはないが、軽井沢とはそこそこ仲が良い女子である。
「いいからさっさとレモンの蜂蜜漬け寄越せ」
「は、はひっ! 今すぐっ!」
おかしい。
暴言を吐かれてるのに、なぜか森は嬉しそうだ。
「なあ軽井沢」
「なに?」
「森の様子がおかしいんだが」
「あれがあの子の本性だから」
「……え?」
俺の汗をタオルで拭きながらさらっと言う軽井沢。
なぜ軽井沢に拭いてもらってるかというと、両手が痺れてタオルが持てないからだ。
トレーニングは三勤一休のペースで行っており、今日は三日目なので心身ともに疲労がMAXなのである。
「本性とは?」
「森さんってドМらしいよ」
「そ、そうなんだ……」
「なんかオラオラ系の人が好きなんだって」
「へ、へぇ……」
知りたくなかったなその情報。
「沖谷くん、食べさせてあげようか……?」
「うるせえ。どっかいけや」
「は、はいっ♡」
どうやら軽井沢の情報は本当のようだ。
それにしても沖谷変わりすぎじゃないか。
これならトレーニングに参加させない方がよかったかも……。
「立花くんもレモン食べる?」
「食べたい」
「じゃあ食べさせてあげる」
「いや、さすがにそれは恥ずかしいので……」
「いいから食べるっ!」
「むぐっ!?」
無理やりレモンを口に突っ込まれてしまった。
俺たちの様子を見て、佐倉とみーちゃんが顔を赤くしている。きっと幸村に同じことをしたいのだろう。
しかし、二人とも軽井沢以上の恥ずかしがり屋なので、あーんを実行する勇気はなさそうだ。
「おろおろっ……!」
その前に、幸村がゲロを吐いているので近づくのも大変そうだ……。
***
時は少し遡り七月下旬、俺は椎名ひよりと喫茶店に来ていた。
夏休み前に買い物に付き合うよう誘われており、お目当ての新刊を購入した帰りに喫茶店に寄った次第である。
お店は落ち着いた雰囲気で読書しやすいのか、店内には本の世界に没頭する客がちらほらいる。
「立花くんが教えてくれた『古典部シリーズ』ですが面白かったです」
「もう全巻読んだのか?」
「はい」
以前、この文学少女を遠ざけるために猟奇的な作品を好んでいると嘘をついたら余計に懐かれてしまい、次々に猟奇的な小説を求めてくるようになったので、俺は好みの作品をライト文芸にシフトチェンジした。
『古典部シリーズ』は博士に勧められてアニメを観ていたので、キャラクターのイメージがしやすく、非常に読みやすかった。
「アニメもお勧めだぞ」
「アニメ化もされているのですね。今度レンタルショップで借ります」
「ああ」
「立花くんの方はどうですか?」
「うーん、俺には難しかった」
俺が椎名からお勧めされたのはガルシア=マルケスの『百年の孤独』だ。
ノーベル文学賞受賞作で、世界傑作文学100にも選ばれた名作だが、読書初心者の俺には難しすぎた。
「そうでしたか」
「椎名は面白いと思ったんだろ?」
「はい。ただ時代背景が異なれば異なるほど、読み解くには苦労することはあります」
「だから名作でも昔のは難しいのか」
「そうですね。実際、過去の名作を手に取る読者の数は減少しているようです」
「現代人は時間ない人が多いからな」
「ええ。ですが、立花くんは覚悟と忍耐がある人だと思いますので大丈夫です」
「あ、そう……」
なぜか椎名に高評価な俺……。
彼女に覚悟と忍耐があるところなんて見せたことないと思うのだが……。
「まあ、頑張って読んでみるよ。幸い時間はあるから」
「はい!」
普段は落ち着いている椎名だが、本の話になると年相応な女子に見える。
彼女と連絡先を交換してから二ヶ月経つが、今のところハニートラップを仕掛ける様子はない。
今日は初めて椎名の私服姿を見たが、コーデも清楚系で、エッチな感じはしない。強いて言えば、可愛らしいシュシュで後ろ髪をまとめており、うなじを全開にしているところがエロく感じるくらいだ。
「それじゃ本でも読みましょうか」
「そうだな」
椎名は鞄から本日入手した新刊を取り出した。
俺も図書室から借りた文庫本を鞄から取り出し、創作の世界に旅立った。
本を読み終え、時間を確認したところ、来店してから二時間が経っていた。
思ったより長居してしまったようだ。
椎名はすでに読み終えてあり、美味しそうにコーヒーを味わっていた。
「待たせて悪かった。そろそろ帰るか」
「そうですね。あの……」
「ん?」
「また会ってくれますか?」
立ち上がる瞬間、椎名が不安げに訊ねた。
「私、立花くんしか友達がいないんです。だから……」
「俺でよければ」
「……っ。あ、ありがとうございます……!」
櫛田の情報によると確かに椎名には親しい友人はいないとのことだった。
Dクラスは不良ばかりなので、椎名のような文学少女は浮いてしまうのかもしれない。
もちろん、ハニートラップを仕掛けてくる可能性は否めないので、警戒を解くつもりはない。
ただ、椎名のおかげで数多くの本に出会えたことは確かなので、そのお礼としてたまに出かけるくらいなら付き合ってもいいとは思っている。
***
八月某日、とうとうサバイバル合宿に出発する日を迎えた。
俺たちBクラス(高円寺以外)は集合時間の一時間前に教室に集合していた。
「とうとうこの日が来たね」
教壇に立つ平田がみんなに言う。
「僕たちはこれ以上ないほど入念な準備をしてきた。サバイバル合宿がどんなに過酷なものでも、僕たちなら乗り越えられるはずだよ」
クラスのリーダーの言葉に、みんなの士気が上がっていく。
地獄のトレーニングに参加していた生徒たちのコンディションが心配だったが、三日間完全休養日にしたので、体調は問題なさそうだ。
「池くん、道具の準備は大丈夫かな?」
「もちろんだぜ」
池は小学生の頃、ボーイスカウトに似たサークルに参加していたので、サバイバル道具の調達を担当している。
池の回答を聞いた平田は満足そうに頷いた。
「僕はこのサバイバル合宿の結果によってはAクラスになることも可能だと思っている」
Aクラスという言葉に、みんなの雰囲気がピリピリしていくのがわかった。
「よし、みんな行こう!」
平田の言葉を合図に、机の上に置いていた麦わら帽子をかぶり、俺たちは教室を後にした。
海外の作品は何回かチャレンジしたけど、やっぱり日本の小説の方が読みやすいです……