25話
「さすが豪華客船だ。揺れがまったく感じられない」
豪華客船によるクルージングの旅が始まった。
俺たちが乗り込んだ客船は外観はいうに及ばず、施設も充実している。一流の有名レストランから演劇が楽しめるシアター、国内最大手のトレーニングジムや高級スパまで完備されている。
もし個人で旅行しようと思ったら、何十万も費用がかかるだろう。
このバカンス旅行は二週間を予定しており、最初の一週間は無人島のペンションで夏を満喫し、残りの一週間は客船内での宿泊という流れだ。
もちろん俺たちBクラスは先生の説明をまったく信じていない。
恐らく最初の一週間は無人島でサバイバル生活、残りの一週間は休息を挟んで、何かしらの特別試験を実施するつもりだろう。
そのため、俺たちは各々サバイバル合宿に向けて、心身ともに整えていた。
プールで水中ウォーキングをする者。
トレーニングジムで筋トレをする者。
自室で体力を温存する者。
彼氏と言っても過言ではない男子といちゃつく佐藤。
サバイバル合宿に向けて、Bクラスの準備は万端だ。
ちなみに俺は軽井沢、松下、篠原、平田、沖谷とヨガと瞑想に励んでいる。
豪華客船の施設を楽しんでいない俺たちBクラスは他のクラスから奇異の目で見られていた。
一部の生徒はそんな視線を気にしているようだが、俺は他のクラスがバカンス旅行であることをまったく疑っていないことに安堵した。
Bクラス以外にバカンス旅行でないことに気づいているのは坂柳派閥の生徒だけだろう。
「けっこうきついこれ……」
「だよね……」
俺たちが習っているのは初心者向けだが、あまり運動をしない軽井沢や篠原にとってはきついようだ。
一方、同じ帰宅部である松下は涼しい顔で体勢を維持している。
「松下はきつくないんだな」
「私は定期的にやってるから」
「運動嫌いって言ってなかったっけ?」
「ヨガはあまり疲れないし、何より短時間で済むからね」
「なるほど」
松下も体形維持のためそれなりに努力していたらしい。
「立花くん」
「なんだ?」
「そんなに私のおへそが見たいの?」
「……っ」
先ほどからシャツが捲れて、松下の可愛らしいおへそがちらちら見えていたので、ばれないようにこっそり鑑賞していたのだがばれていたようだ……。
「……すみません」
「別に減るもんじゃないから見ててもいいよ」
「いいのっ!?」
「だめっ!」
「うわっ!?」
軽井沢に思いっきり押されて、転倒してしまった。
「なにするんだよ!」
「立花くんがエッチだからでしょ!」
「本人の許可は取ってある!」
「それでもだめ!」
「うぐっ……」
恐らく軽井沢は松下のおへそというより、松下に鼻の舌を伸ばしている俺が気に入らなかったのだろう。
だがこれくらい許して欲しい。
こっちはサバイバル合宿に向けて地獄のトレーニングを積んできたのだ。
他のクラスの生徒がデートしたり、大人の階段を登ったりしている間も、必死に頑張ってきたのだ。
「ふふふ、それじゃ軽井沢さんのおへそ見せてあげれば?」
「うぇっ!?」
松下の提案に、顔を真っ赤にして奇声をあげる軽井沢。
「それある!」
「ないわよ!」
秒で却下されてしまった。
軽井沢もスレンダーで、いいおへそをしていると思うんだが。
「ははは、もう一時間たったし、そろそろ部屋に戻ろうか」
平田に言われ、俺たちはクールダウンをしてから各々の部屋に戻っていった。
無人島につくまであと一時間ほどかかるようなので、シャワーを浴びても少しはゆっくりできるはずだ。
『生徒の皆様にお知らせします。お時間がありましたら、是非デッキにお集まりください。まもなく島が見えて参ります。暫くの間、非常に意義ある景色をご覧頂けるでしょう』
そんなアナウンスが流れたのは、ヨガを終えてたからちょうど一時間が経った頃だ。
もちろん、俺たちは無人島を観察するために、アナウンスが流れる10分前にはデッキに集まっていた。
十二分に観察した俺たちは他のクラスの生徒が来るのを見計らってデッキから退散することにした。
部屋に戻る道中、Aクラスの生徒に「お前たちがBクラスになったのは詐欺だ。いかさましやがって」と難癖をつけられた。それだけならよかったのだが、俺や軽井沢などに肩をぶつけてきたので、文句を言おうとしたところ松下に止められてしまった。
松下に文句を言おうとしたところ、Aクラスの生徒に天罰が下った。
船酔いしていた幸村に肩をぶつけた瞬間、思いっきりゲロを浴びてしまったのである。
他人が吐いてるのを見ると、自身も吐き気を催してしまうと聞いたことがある。
同じく船酔いをしていたのか、堀北が海に向かって勢いよくリバースしていた。
結局、二人ともそのままダウンしてしまい、二人揃って下船するまで星乃宮先生のところで安静することになってしまった。
「さっきの男子うざかったわね」
なぜか自室でなく俺の部屋にいる軽井沢がしかめっ面で言う。
「確か弥彦だっけ?」
「うん」
「だな。怪我してないか?」
「大丈夫だってば。軽く肩をぶつけられたくらいだし」
「……そうだけど」
男子ならまだしも、女子にぶつかってくるなんて頭がおかしいんじゃないか。
だから幸村のゲロを浴びることになるのだ。
「それより、弥彦って葛城くんの右腕らしいよ」
「葛城の右腕……」
葛城はあの坂柳と派閥争いをできるくらい優秀な生徒だ。
そんな生徒の右腕があんな馬鹿そうな男子とは信じがたい。
……いや、愚者を側近にして、俺たちを油断させる作戦かもしれない。
あの弥彦の馬鹿そうな言動も演技かもしれない。
「もし演技なら大したもんだな」
「演技?」
「何でもない。それより、そろそろ部屋に戻った方がいいんじゃないか?」
「じゃあ部屋まで送ってって」
「わかった」
「いいのっ!?」
「なんで驚いてるんだよ。軽井沢が言ったんだろ」
「そうだけど。面倒くさくないのかなって」
俺の部屋から軽井沢の部屋までは歩いて二分もかからない。
しかし、この豪華客船には一年全員が乗船しているので、その二分で軽井沢が危険な目にあう可能性もゼロではない。
軽井沢もそれをわかっているのか、乗船してからは俺のそばから離れないようにしている。
本人が用心深くなったのは有難い。守る側も守りやすくなる。
「いいから行くぞ」
「……うん」
軽井沢を部屋まで送っていったが、なぜかすぐに部屋から出てきてしまった。
理由を訊いたところ、佐藤と綾小路がベッドでいちゃついてたらしい。
結局、軽井沢は下船する直前まで俺の部屋にいることになった。
***
下船はAクラスの生徒から順番に行われる。
五分ほどでBクラスの出番になり下船しようとしたところ、なぜか先生方に止められてしまった。
「立花、麦わら帽子は置いていけ」
「なぜですか茶柱先生?」
「私物は持ち込み禁止とアナウンスが流れただろう」
「この麦わら帽子はクラスのみんなでポイントを出し合い購入したものなので私物ではありません」
「ぬっ」
「それに……この後無人島で一週間も過ごすんです。熱中症対策に麦わら帽子は必需品でしょう?」
これから一週間俺たちは炎天下で暮らすことになる。太陽は容赦なく俺たちに紫外線と暑さを与えてくる。それを少しでもしのぐために麦わら帽子は欠かせない。
「……いいから置いていくんだ」
「つまり先生方は俺たちが熱中症になってもいいと言いたいんですかっ!?」
「そんなことは言ってないだろう!」
「落ち着いてください先生。よく考えてくださいよ。あの甲子園でさえ試合の開始時間を遅くして熱中症対策をしてるんですよ。麦わら帽子を置いていくなんて正気ですか?」
「うぐっ……少し待ってろ」
そう言うと、茶柱先生はAクラスの担任である真嶋先生の下に向かった。
恐らく麦わら帽子の持ち込みを許可するか相談しているのだろう。
だめもとで駄々をこねてみたが、思ったより効果はあったようだ。
少し経ってから他のクラスの担任も集まり、担任全員で話し合うようになった。
みんな困った顔をしているが、今まで麦わら帽子を持ち込もうとした生徒はいなかったのだろうか。
「麦わら帽子持ち込めると思う?」
「半々かな。松下は?」
「私はだめだと思う。Bクラスだけ麦わら帽子持ち込んだら平等じゃなくなるから」
「平等か」
先生たちの話し合いは10分近く行われた。
結果、なんと麦わら帽子の持ち込みは許可されることになった。
恐らく事前の準備を評価されたのだろう。
特別試験はこれから始まるんじゃない。
夏休みに入った時点で始まっていたのだ。
しかし、池が用意してくれたサバイバル道具一式は没収されることになってしまった。
すでに俺は下船してしまったので、まだ下船していない平田たちが必死に茶柱先生を説得したが覆ることはなかった。
生徒全員の下船後、まずはクラスごとに点呼が行われた。
点呼後、真嶋先生の口から特別試験が行われることが宣言された。
試験内容は無人島で一週間集団で生活することだった。
あまりに予想通りの内容だったからか、Bクラスから変な笑いが起きた。
ちなみにこのサバイバル合宿は、実際の企業の新人研修でも行われていると真嶋先生が説明した。
炎天下で不要な外出を控えるよう言われているのに、ずいぶん時代遅れの企業もあったものだ。
「先生、俺たちは旅行という名目で連れてこられたのですが、これじゃだまし討ちじゃないでしょうか?」
不服を覚えた他のクラスの生徒が、そんな風にたてついた。すると……
「そうですよ。これじゃ詐欺じゃないですか」
「そうだそうだ!」
「ペンションも嘘だったんですか!?」
「朝のラジオ体操はどうすればいいんですか!?」
Bクラス以外の生徒たちがクラス関係なく文句を言い始めた。
気持ちはわからないでもない。
これが普通の学校だったら、俺も彼らと同じようにクレームをつけていただろう。
「ぎゃあぎゃあうるせえな」
彼らが落ち着くまで瞑想しようとしたところ、夏休み前と別人状態の沖谷が舌打ちをしながら言う。
「この学校がただのバカンス旅行に連れて行ってくれるわけがないだろうが」
「け、けど……っ!」
「お前たちは甘いんだよ」
「うっ……」
「ったく、頭がお花畑で羨ましいぜ。先生、こいつら放っておいて早く説明の続きをしてくださいよ」
「あ、ああ……」
沖谷に促され、真嶋先生は試験の説明を続けた。
この特別試験のテーマは『自由』とのことで、クラスポイントを稼ぐためにサバイバル生活を頑張るのもありだし、試験用に支給されるポイントを使用して娯楽に費やすのもありとのことだ。
ポイントはクラスごとに300ポイント支給され、購入できるものはマニュアルに載っているらしい。
また、試験中にリタイアした場合は、一人につきマイナス30ポイントのペナルティが発生する。
ある程度説明が終わると、茶柱先生からマニュアルを手渡された。
ちなみに、マニュアルはデザインが香典返しのカタログギフトみたいだった。
マニュアルには商品だけでなく、追加ルールも記載されていた。
茶柱先生が口頭で説明してくれたスポット、それを認証するためのキーカード、キーカードを使用することができるのはリーダーのみであること、試験最終日に他のクラスのリーダーを言い当てると50クラスポイントが付与されること、外したらマイナス50ポイントになることなど、たくさんの内容が記載されている。
「おい、お前らだけ卑怯だぞ!」
リーダーを決めるのは点呼まで時間あるとのことで、さっそくベースキャンプを決めようと出発しようとしたところ、Aクラスの弥彦からやっかみを受けてしまった。
「何が卑怯なんだよ?」
「麦わら帽子のことだよ!」
「これは先生たちから持ち込み許可をもらってるぞ」
「許可なんか知らねえよ!」
しつこいなこいつ。
飼い主の葛城を探したら見当たらない。
「葛城なら小便だぜ」
俺が葛城を探してるがわかったのか、坂柳派閥の橋本がやって来た。
「そうか。それよりこいつをどうにかしてくんない?」
「うちの弥彦が悪いな」
「なにがうちの弥彦だ! 俺は葛城さんの右腕だぞ!」
「じゃあ葛城の右腕の弥彦くん」
「なんだよ!」
「なんでお前らは麦わら帽子を用意しなかったんだ?」
「…………は?」
俺の唐突な質問に、きょとんとした顔になる弥彦。
「俺たちはバカンス旅行の話を聞いてから、サバイバル合宿が行われると予想していた。だから身体も鍛えたし、熱中症対策で麦わら帽子も用意した」
「身体を鍛えていただと……?」
「そういえばケヤキモールのトイレでBクラスの男子が吐いてるのを見かけたって掲示板で書き込まれてたな」
マジか。書き込んだの誰だよ恥ずかしい。
「そうだ。お前たちが夏休みを満喫している間に、俺たちは身体をいじめ抜いた」
「な、なんでそこまで……」
「そんなのサバイバル合宿を乗り越えるために決まってるだろうが」
「……っ」
言葉が出ないのか、弥彦は口をパクパクさせ始めた。
「立花くん、そろそろ行こうよ」
軽井沢が促すように俺の右腕を引っ張る。
「そうだな。それじゃまたな」
「おう」
橋本に別れを告げて、出発しだしたクラスメイトの後を追うとしたが、呆然とする弥彦に一言物申すことにした。
「弥彦」
「な、なんだよ……?」
「さっき、なんでそこまでするんだって言ってただろ?」
「そ、それがなんだよ……」
「俺はアレでも準備が足りないと思っている」
「……はぁっ!?」
「トレーニングをしたのは一ヶ月前からだし、期末テストで休んでいた期間もあったからな」
「一ヶ月前って……」
「やり過ぎだと思うか? もし、そう思ったのならお前は近いうちに退学するぞ」
「なっ……!?」
「最善の準備をする人間しか、
「う……くぅ……」
ガクッと肩を落とす弥彦を背にして俺と軽井沢はその場を後にした。
「なんで、あそこまで言ったわけ?」
クラスメイトのみんなに追いついたころ、隣を歩く軽井沢が首を傾げながら訊いてきた。
「坂柳に葛城を潰すよう依頼されただろ?」
「うん」
「だから、まずは右腕の弥彦から潰そうと思って」
「なるほどね」
軽井沢には言わないが、それ以外にも弥彦を追い詰めた理由がある。
それは軽井沢に手を出したからだ。
肩をぶつけただけとは言え、女子に暴力を振るうのは許せない。
ましてや、相手が軽井沢なんて言語道断である。
「な、なに……あたしの顔をガン見してんのよ……」
「あ、悪い……」
どうやら俺は自分が思っている以上に、このギャルを大切に思っているようだ。
***
一年が無人島に上陸したころ、一人の天才が自室で頭を抱えていた。
「まずは一日でも早くDクラスに落ちなくては……」
天才の名前は坂柳有栖。
坂柳には先天性の障がいがあるため、バカンス旅行(サバイバル合宿)参加の許可が医師から下りず、学年で一人だけ学校に残ることになってしまったのだ。
そんな暇を持て余してしまう状況にもかかわらず、彼女の脳みそは常にフル回転していた。
原因はAクラスで入学したにもかかわらず、Dクラスまで落ちてAクラスに返り咲く必要ができたからだ。
「まず弥彦くんが停学するよう仕向けるべきでしょうか……」
彼女は今まで勝利するために、その優れた頭脳を活用していた。
そんな彼女が、敗北するために思考を巡らせている。
「うーん……」
Aクラスの現在のクラスポイントは1000ポイントを超えており、Bクラスとは200ポイント以上の差がある。
そのため、一気にクラスポイントを減らす必要がある。
悠長に構えていたら、Dクラスに落ちるのが進級してからになってしまう可能性があるのだ。
「……また明日考えましょう」
坂柳は思考を放棄した。
「まだ二学期まで一ヶ月ありますし」
まるで夏休みの宿題を後回しにする子供のように。
慣れないことに疲れたのか、坂柳はベッドに横になるとそのまま眠ってしまった。
だが、彼女の心労が軽減されることはなかった。
なぜなら――――夢にあの男が出てきたからだ。
坂柳有栖を追い込んだ張本人。
立花恭平。
その男に質問攻めにあう夢を坂柳は見てしまった。
その悪夢がDクラスに落ちるまで続くことになろうとは、その時の坂柳は思いもしなかった。
坂柳試練編は続く!