俺と松下がベースキャンプに戻ると、食料探索チームも帰還したようで、大量の果物が置かれていた。
イチゴのような赤く小さな実がいっぱいくっついたものやミニトマトなどいろんな果物を収穫できたようだ。
それらの果物は池が食べれるものと説明し、半信半疑の生徒たちを納得させるため、池本人と伊吹で毒味をしたところ、問題ない食料であることが証明された。
「なんで私が……」
毒味役を任命されたことに納得がいかない様子の伊吹だが、厄介者であることは自覚しているようで、俺たちに直接文句を言ってくることはなかった。
夕食後、今後の作戦を話そうと数人の生徒を集めた後に平田があることに気づいた。
「高円寺くんは……?」
その問いに答えられる生徒は誰もいなかった。
高円寺はいつの間にかリタイアしていたのだ。
以前からクラスに非協力的だったが、まさか試験まで放棄するとは思わなかった。
「くそっ! なんで高円寺を監視してなかったんだ俺は……」
これは完全に俺の落ち度だ。
高円寺が特別試験をリタイアするという心配をまったくしていなかった。
これじゃ中間テストの赤点を30点以下と決めつけていた時と同じだ。
地獄のフィジカルトレーニングで体力は上がった。
ミステリー小説を読んだおかげで推理力が向上した。
そのせいで、無自覚に変な自信を持ってしまったんだ。
最悪だ。
これでクラスポイントを30ポイントも失ってしまった。
「立花くん、そんな自分を責めなくても」
平田たちが慰めてくれたが、俺の心が晴れることはなかった。
きっと特別試験で一位にならない限り、俺は自分を責め続けるだろう。
「次の試験では必ずクラスに協力させてやる……」
サバイバル試験の後に、船上で行われるであろう試験で、高円寺にはクラスに役に立ってもらう。
幸い高円寺と交渉するカードを俺は持っている。
待ってろよ高円寺。
次の試験では死ぬほど働いてもらうぜ。
せいぜい今は船上でたった一人のバカンスを楽しみやがれ。
***
朝の目覚めはいつもより早かった。
生まれて初めてテントで就寝したが、背中は痛いし、虫が飛ぶ音は気になるし、汗も異常にかいている。
俺は昨晩から続いている心のざわめきをおさめるため、朝一でヨガと瞑想をした。
ヨガと瞑想を終えた後、綾小路を起こして伊吹を発見した場所に向かった。
松下に言われた通り土を掘ってみると、プラスチック製の箱が埋められており、蓋を開けてみるとトランシーバーが入っていた。
恐らく伊吹はトランシーバーを使用して龍園と定期的に連絡を取るつもりなのだろう。
やはり伊吹はスパイだったのだ。
伊吹にばれないよう埋め直そうとしたところ、綾小路がトランシーバーに小便をぶっかけ始めた。
本人はおしっこが我慢できなかったと言ってるが、トランシーバーを壊すためなのは明らかだ。
俺たちはアンモニア臭が漂うトランシーバーに合掌し、丁寧にそれらを埋め直したのだった。
ベースキャンプに戻り、すぐに平田と松下に報告した。
クラスメイトに報告するか綾小路を入れて四人で検討したところ、クラスに混乱が生じる可能性が高いため、伊吹がスパイであることは伏せておくことになった。
ただ、俺の心配性が伝染している生徒が多いため、その分伊吹をスパイと疑う生徒も多いはずだ。
平田と綾小路が離れたタイミングで松下が伊吹の鞄からデジカメを発見したと報告があった。
なぜ二人が離れたタイミングで言ってきたのか質問したところ、スパイとはいえ他人の鞄を勝手に漁るのは平田がいい顔をしないからとのことだった。
「立花くんはなんで伊吹さんがデジカメを持ってるんだと思う?」
松下が俺を試すように問う。
「……そうだな、一番可能性が高いのはキーカードを撮影するためだろう」
「それしかないよね」
「どうやら龍園は手下を信用していないようだな」
「だね」
龍園は確実な証拠が欲しいのだろう。
ヤンキーのくせに、やたら慎重な男だ。
朝の点呼を終えて、平田の指示のもと食料確保に向かおうとしたところ、Dクラスの生徒がやって来た。
「いやーずいぶん質素な生活をしてんだなBクラスは。さすが元Dクラス」
小宮と近藤である。
二人は手にしていたスナック菓子のポテチを頬張りながら、暑さをしのぐように炭酸水をごくごく飲んでいる。
「お前らふざけんじゃねえよ!」
そんな二人に須藤が食って掛かった。
「ん、んだよっ!?」
「お前らアスリートだろうが! なんてもん飲食してんだよ!」
「はぁっ!?」
そんな須藤も入学直後はカップラーメンを食していた。
それが今では徹底した食事管理をしており、今朝もフィジカルコンディションを維持するため砂浜で10キロほど走ってきたらしい。
「確かにアスリートであれはないな」
「だからバスケ下手なんだよ」
「てか肌も荒れてないか?」
「ほんとだ。ニキビがけっこうあるね」
「男子でもお肌に気を使ってほしいよね」
「てか自分を律することもできない男はアウトだね」
「確かに。だから童貞なんだよ」
須藤に続いて、Bクラスの生徒から容赦ない口撃が放たれた。
「うぐっ……」
「う、うるせぇよっ……!」
挑発しに来たのに、まさかの反撃を喰らい慌てふためく小宮と近藤。
「りゅ、龍園さんからの伝言だ。夏休みを満喫したかったら今すぐ浜辺に来いってよ。このバカみたいな生活が嫌になる夢の時間を与えてやるってよ」
なるほど。龍園の命令で俺たちを誘いに来たのか。
「夢の時間を与えるってなんでござろうか?」
「危ないクスリでもやってんじゃないか?」
「なるほど。それなら納得でござる」
「だから二人とも肌荒れしてるんだな」
「納得」
「やっぱ不良が多いDクラスだな」
「クスリやってるなら茶柱先生に報告しておいた方がいいかな」
「だから童貞なんだよ」
さすがに龍園でもクスリはやっていないだろう。
だが絶対ではない。
もしかしたら無人島でたまたま大麻草があって、それをあぶって使用している可能性もある。
「夢の時間って何だろうねみーちゃん?」
「うーん、夢だからディ〇ニー系じゃないかな」
「ディ〇ニー系?」
「ほらディ〇ニーランドって夢の国って言うでしょ。だからディ〇ニー映画でも見てるのかも」
「な、なるほど……」
櫛田とみーちゃんがほくほくする会話をしている。
小宮と近藤に多少イラついていた生徒たちも、二人の会話を聞いてほっこりしたようだ。
「わりぃな二人とも。俺の価値観を押し付けてしまったぜ」
「……は?」
「高校の部活動にはいろんな生徒がいる。俺みたいにプロを目指す生徒や、バスケは高校までと割り切ってる生徒、あくまで運動不足解消が目的の生徒などたくさんいるんだよな」
「す、須藤……?」
「だから、これからはお前らが何を食べようが、何を飲もうが、何も文句は言わねえよ」
「……」
「学校に戻ったら一緒に頑張ろうぜ!」
須藤はウインクしながらサムズアップした。
対して小宮と近藤はきょとんとしたままフリーズした。
二人がクラスに戻っていったのは、それから5分後のことだった。
せっかく龍園が誘ってくれたので、俺と松下はDクラスのベースキャンプに向かうことにした。
軽井沢も行きたがっていたが、心配だからDクラスに関わらせなくないと説明したところ、頬を紅潮させながら納得してくれた。
「す、凄いねこれ……」
その光景を目にしながら、松下が呟いた。
確かにこれは予想していなかったパターンだ。
仮設トイレやシャワーが設置されているのは当然として、日光対策のターフ、バーベキューセット、パラソルセット、スナック菓子にドリンクなど娯楽に必要な設備が揃っていた。
海に目を向けて見ると、水上バイクで遊んでいる生徒もいる。
これは最低でも150クラスポイント以上は吐き出しているはずだ。
「Dクラスは試験を諦めたってことなのかな?」
「それは龍園本人に訊いてみるか」
松下の問いに答えると、一人の生徒が近づいてきた。
「あ、あの龍園さんが呼んでます……」
その男子生徒は緊張した様子で声をかけてきた。
「なんで声をかけるだけで緊張してるんだ? 美少女がいるからか?」
「褒めてくれてありがとう」
慣れた様子でお礼の言葉を述べる松下。
「あ、いや、それは……」
どうやら図星のようだ。
さすが松下。ほかクラスからも人気があるのは本当だったようだ。
男子生徒は顔を赤くしながら、龍園のところへ案内してくれた。
「よう。こそこそ嗅ぎまわってると思ったらお前たちだったか。俺になにか用か?」
龍園翔。
Dクラスのリーダーにして、現代のヤンキーだ。
龍園は水着姿でチェアーに寝そべり、美味しそうにウインナーを食している。
「え? 龍園が俺たちを誘ってくれたんだろ?」
「あん?」
「だって小宮と近藤が、龍園が一緒に遊ぼうって言ってたって」
「……」
「立花くん、二人は『夏を満喫したかったら浜辺に来い」って言ってたんだよ」
「そうだったか」
「ちっ、調子が狂うやつだぜ。石崎、キンキンに冷えた水を持ってこい」
「うすっ!」
龍園はそう言うと、俺たちを挑発するかのように半分ほど残った水を砂へと零して捨てた。
近くで砂のお城を建築していた石崎が慌ててテントの中へと水を取りに行く。
「ま、見ての通り俺たちは夏のバカンスを楽しんでいるのさ」
「つまりDクラスは試験を放棄したってことか?」
「当たり前だ。たかが100だか200だかのクラスポイントを拾うために、こんなクソ暑い無人島で試験なんてやってられっか」
「なるほど」
「どうやらお前たちは真面目に試験を受けるようだな。数少ないクラスポイントのために飢えに耐え、暑さと虚しさに耐える。想像するだけで笑えてくるぜ」
俺は龍園の挑発を右から左に受け流しながら、Dクラスの環境を観察し続けた。
見たところ娯楽道具ばかりだが、一つだけ怪しいものがあった。
トランシーバーだ。
やはりこれを使って伊吹と連絡を取り合うつもりなのだ。
「見ろよこの光景を。俺たちはストレスフリーでこの試験を終えるんだぜ」
「うん。ストレスフリーなのはいいことだ」
「そうだね。これもありだね」
「……あん?」
俺と松下の言葉に、龍園は怪訝な表情を見せた。
「Dクラスはヤンキーが多いから根性や忍耐力がないやつばかりのはずだ。そんな連中が一週間もサバイバル生活を続けられるとは思えない。龍園、お前の判断は正しいよ」
恐らく龍園はポイントを使い切ったら、ほとんどの生徒を仮病でリタイアさせるつもりだろう。
最初はスパイだけ残すかと思ったが、トランシーバーの存在が俺の考えを改めた。
伊吹以外の生徒は全員リタイアしたと思わせて、龍園は無人島を隠れて過ごすつもりだ。
わざわざ伊吹にデジタルカメラを持たせるくらいだ。そんな龍園が伊吹をリーダーにしたり、他クラスのリーダーを報告させる大役を任せるはずがない。
「そういえば、うちのクラスで伊吹を保護してるんだが」
「……はっ。威勢よく飛び出したと思ったら、あいつは結局他のクラスのやつらに助けを求めたのか。情けない女だぜ」
「ああ。最初はスルーしようかと思ったが、『私を保護しろ』と言い出してまいったよ」
「……」
ありのままを伝えたところ、龍園の眉間に皺が寄った。
気持ちはわかるぞ龍園。
そんなことを言ったら、自分がスパイだって宣言してるようなものだ。
そんな女をスパイにさせるなんて、Dクラスは深刻な人材不足のようだ。
「伊吹はポイントの使い方について龍園と衝突したんだな」
「そう言うことだ、だから軽くお仕置きしてやったのさ」
「女子に手を出すなんてひどい男だ」
「俺は男女平等主義なのさ。もう一人俺に逆らった男子がいたが、そいつも追い出してやったぜ」
つまり、スパイはもう一人いるってことか。
あとで一之瀬か神崎、橋本か神室あたりにDクラスの男子を保護していないか確認するとしよう。
「そっか。二人も反乱分子を出すなんて、思ったより統率が取れていないんだな」
「……なんだと?」
「Dクラスは龍園の独裁政権と聞いていたからな。なんだか肩透かしを食らった気分だ」
「てめぇ、俺に喧嘩を売ってるのか?」
「俺は事実を言ってるだけだ」
ここで龍園が怒りに任せて殴りかかってくれたらラッキーと思ったが、さすがにDクラスの王様もそこまで単細胞じゃないらしい。
「あ、立花くんじゃないですかっ!」
俺と龍園が睨み合ってると、甲高い声が聞こえてきた。
「椎名か?」
「はい、二日ぶりですね。立花くん」
海水浴に興味がなかったのか、椎名はジャージ姿のままだった。
てっきり水着かと思ったのに、なんだか肩透かしを食らった気分だ。
なんか、さっき同じことを言ったような……。
「なんだ、ひよりと顔見知りかよ」
「立花くんは私の唯一のお友達です」
「ほう」
龍園は俺と椎名の交遊を把握していなかったようだ。
「なら、こいつをお前にやるよ」
龍園はそう言うと、俺に向かって椎名を思いっきり突き飛ばした。
「きゃっ」
「おわっ」
龍園に突き飛ばされた椎名は、勢いよく俺の胸元に飛び込んできた。
「す、すみません……。龍園くん、いきなりなにをするんですか?」
「怒るなよひより。大事なお友達のところに送ってやったんだぜ」
「そんなの頼んでいません」
珍しく椎名が怒っている。
これは演技なのだろうか。
力技で椎名を抱きしめさせ、いい匂いと柔らかさで俺を堕とすつもりなのか。
もしこれがハニートラップなら、大胆すぎるぜ椎名と龍園。
「その代わりその女を俺に寄越せよ」
「私……?」
「そうだ。松下千秋だろ」
「私のこと知ってるんだ」
「ああ。各クラスの面白そうなやつは全員知ってるぜ」
松下の全身を舐め回すように視線を向ける龍園。
「私は面白くないよ」
「面白いかどうかは俺が決める。どうだ俺と遊ばないか?」
「うーん、遠慮しておくね。私、ヤンキーはタイプじゃないから」
「そうかよ」
「うん。それに私にはこの人がいるから」
松下はそう言うと、俺の左腕に抱き着いてきた。
「なんだお前ら付き合ってるのか?」
「……え?」
龍園の質問に、なぜか椎名が唖然とした。
「付き合ってないよ。でも友達以上の関係なのは間違いないかな」
「ほう」
「立花くん、そろそろ帰ろうか」
「あ、ああ……」
「もう帰っちゃうんですか……?」
踵を返そうとしたところ、椎名が潤んだ瞳で「帰らないで」と訴えてきた。
「いいぜひより。そいつと遊んで来いよ」
「……いいんですか?」
「ああ。そのかわり避妊はしっかりしろよ」
龍園は股間に指を指しながら、注意を促した。
「最低です」
椎名はありったけの侮蔑を込めた目で龍園を睨みつけ、俺たちと一緒に背を向けて歩き出した。
「きゃっ」
その一歩目、椎名が豪快に砂浜にダイブした。
どうやら龍園に言い返したのはいいが、内心怖かったようで、両足が生まれたての小鹿のようにぷるぷる震えていた。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫れす……」
結局まともに歩けない椎名をおんぶし、左腕は松下に抱き着かれたままという、青少年にはたまらない状態でその場を後にした。
綾小路「どうだ。あの女はオレの小便塗れのトランシーバーを持つんだ」